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スタートアップ5カ年計画が進んで将来的に実際10万社が誕生した場合、1社の従業員数を30人と仮定すると合計で300万人が必要になる。総務省の労働力調査(詳細集計)によると、2022年平均の転職者数は303万人で、年間の転職者数に匹敵する規模になる。転職が活発な環境を作ることがスタートアップ企業を育てていくうえでも重要だ。
働き手の転職への関心は高まっている。労働力調査の「転職等希望者」は2022年平均で968万人にのぼる。5年前に比べ、17%増えた。転職等希望者は「現在の仕事のほかに別の仕事もしたい」という人も含まれているため、すべてが純粋な転職を希望しているわけではないが、一つの会社にこだわらず多様なキャリアを志向する人の増加がうかがえる。
図1 「転職等希望者」の推移
一方で、求職者は341万人(2022年平均)にとどまっている。現状の課題を整理したうえで、転職等希望者と求職者のギャップを埋めていくためにどのような案が考えられるか検討したい。
転職等希望者には実際に仕事を探している求職者と非求職者が存在する。求職者の割合は、年齢が上がるほど低下する傾向にある。労働力調査では、25~34歳(男女計)は37.1%だったのに対し、45~54歳では33.3%だった。正社員として働く割合の高い男性に限ると、25~34歳は37.7%で、45~54歳は30.9%と差の開きが大きい。
転職を考えながら実際に動かない理由の一つとして考えられるのは、特に中高年で転職が待遇の向上につながっていないケースが多いということだ。厚生労働省の「令和2年転職者実態調査の概況」では、50~54歳では53.2%が転職で賃金が減ったことが確認できる。
背景には「メンバーシップ型」と言われる日本独自の雇用慣行が影響している。メンバーシップ型の企業では新卒者を中心に採用し、どのような職務に就くか企業が強い決定権を持つ。その代わり、職務の違いで賃金に大きな差は付けず、年齢(勤続年数)が重要なモノサシになってきた。
メンバーシップ型では、年齢と賃金に一定程度の連動があり、年齢の高い従業員の仕事内容と賃金が必ずしも一致しておらず、割高になっているケースは珍しくない。市場価値の高い職務のスキルを身に着けていないと転職で賃金は下がりやすくなるのだろう。
政府は労働市場改革を推進
こうした課題を解消するため、政府は労働市場改革を進めようとしている。政府の新しい資本主義実現会議は5月、三位一体の労働市場改革の指針を公表した。三位一体とは「リ・スキリングによる能力向上支援」、「個々の企業の実態に応じた職務給(ジョブ型)の導入」、「成長分野への労働移動の円滑化」である。
ただ、転職によって賃金が増える可能性が低いままでは、働き手の行動促進は難しい。職務と職務を遂行するスキルに関する賃金の適正な相場が形成され、働き手が自身の仕事の相場を知れるといった環境が必要になる。企業と働き手の双方が転職しやすい環境を整備し、トライアル&エラーを繰り返した結果として相場は形成されていくのではないか。
試用期間の再考が必要
政府は、転職など自己都合での退職の失業給付を条件付きで会社都合と同じ扱いにする方針を示した。制度改正が実施されればセーフティーネットが厚くなり、転職を考えていた人の背中を後押ししてくれる。
働き手だけでなく、企業が経験者を積極的に正社員として採用するための後押しも欠かせない。職務を明確に定義するジョブ型の雇用を前提にしたうえで、転職後の試用期間で職務を遂行できていなければ本採用への移行を見送ることを明確にし、人材のミスマッチという問題を企業が長期で抱えるリスクを減らすべきではないか。これは本来の試用期間のあるべき形である。ブラック企業に濫用されないよう、求人情報で試用期間から本採用に移行しなかった割合を開示するといった対策も合わせておく必要があるだろう。
<参考資料>
内閣官房「スタートアップ育成5か年計画」
(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/sdfyplan2022.pdf)
内閣官房「三位一体の労働市場改革の指針」
(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/roudousijou.pdf)