GXを左右する設備廃棄、留意すべきポイント
目次
政府は2月に閣議決定した「GX実現に向けた基本方針」に基づき、2050年の脱炭素社会の実現に向け、今後10年間に官民で150兆円を投資していく計画である。GX推進に当たっては、温室効果ガス排出削減につながる新たな設備や運送手段、技術の導入に注目が集まっているが、こうした新規投資と並び、目を向けるべき重要な取り組みがある。それは、排出削減が困難な老朽化した設備(レガシー設備)の規模縮小や廃棄である。
レガシー設備の廃棄が今後、経営戦略で特に問われるのが石油化学、鉄鋼等の重厚長大産業。化学産業では、基礎化学品の供給過多が続き、国内9カ所に15存在する石油化学コンビナートは再編圧力にさらされている。鉄鋼産業では、高炉から相対的に排出量が少ない電炉に転換する動きが加速している。
排出削減に向け、従来型の石油化学コンビナートや高炉をどのように縮小、廃棄していくべきか。ポイントは次の2点となる。
- 業界や利害関係者との調整
- 独占禁止法への対応
廃棄は、上下流の取引企業や幅広い地域産業に影響が及び、業界内や利害関係者との綿密な情報共有が求められる。一方、競合企業同士で情報を共有する場合、独占禁止法上の問題を招く可能性があり、同法抵触への注意も求められる。公正取引委員会がまとめたGXに関するガイドライン「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」に触れながら、詳述したい。
① 業界や利害関係者との調整
レガシー設備の廃棄は、企業、産業ごとの排出削減戦略に基づいて進められる。企業はどの設備を、いつ、どのように廃棄するのか、あるいは一部を維持するのか、需要や業界・市場動向、自社の経営方針に適した形で決めなければならない。
例えば、エチレンを中心とする基礎化学品は、アジア諸国の生産体制拡充と内需の低迷を背景に、恒常的に供給過多となっている(図)。化学産業にとって、基礎化学品の利益率は高機能化学品と比べて低く、これらを生産するコンビナートの再編は経営面でも排出削減の面でも課題となっている。
ただし、基礎化学品は半導体、自動車等の製造業にとって欠かせない素材でもある。技術革新によって次世代自動車で軽量プラスチックなどの利用が増え、用途が多角化・拡大する可能性も残っており、一定の供給量を確保することが重要になる。このため、レガシー設備の停止・廃棄に当たっては、企業間、あるいは業界で内需を見極め、一定の生産体制を維持していくことが期待されている。
決定は個社の事業戦略に属する領域だが、コンビナートには上下流の取引企業、産業が関わるだけに、対象設備や時期を決める上で情報交換や調整が求められる。
同時に地域・自治体をはじめとする利害関係者との調整も重要である。国内9カ所のコンビナートには石油精製、ナフサ分解等の多数の設備が集中し、地域経済と雇用を支えている。生産体制を見直し、将来的に設備を廃棄する場合は、地域社会と雇用への影響を勘案して段階的に進めることが求められる。自治体や地域への説明、従業員への適切なリスキリングの機会提供といった緻密な対応が期待される。
鉄鋼産業は、利害関係者や取引業種が、化学産業に比べると少ないものの、高炉をはじめとする設備の廃棄ではコンビナートと同様に取引企業、地域との調整が不可避となる。
② 独占禁止法への対応
業界内外の広範な調整が重要になるレガシー設備の廃棄だが、その過程で発生する競合企業同士の情報共有については、独占禁止法に対する細心の注意が必要になる。競合企業間の情報共有は、競争手段の制限や新規参入の制限といった競争制限効果をもたらす恐れがあるためである。
公正取引委員会が3月に策定したGXに関するガイドラインは、レガシー設備の廃棄を事例に取り上げ、独禁法違反への注意を記載した。事例には、競合企業同士が「独自に判断することなく、相互に連絡を取り合い、(レガシー設備を)廃棄する時期や廃棄する対象を決定した」場合、独禁法上の問題になると記してある。
一方、経済団体や産業団体は当社のヒアリングに対し、「レガシー設備を廃棄する過程で、競合企業同士の情報交換は起こり得る」と指摘している。
団体関係者らが挙げるのは、排出量削減につながる新設備にジョイントベンチャー(JV)等で共同投資している同業企業の間でのコミュニケーションである。アンモニアや水素等の次世代燃料を活用した新たな設備の導入は投資額が巨額になるため、個社では対応が難しく、複数の同業企業による共同投資が検討されている。こうした企業が新設備の稼働に合わせ、レガシー設備を廃棄、縮小する際、情報共有が発生する可能性があるという。
ある団体はGXガイドラインに対する意見公募で、競合企業間の情報交換が一律に独禁法違反とみなされる場合、巨額の新設備への投資に踏み込めなくなる恐れがあるとして、「(独禁法上問題とならない事例を)加筆すること」を求めた。
公取委はGXを目的にレガシー設備を廃棄し、新設備に移行する取り組みについては、個別の状況を勘案して判断すると見られる。GXガイドラインについても「ゴールではなく、スタート地点」(担当者)と位置付けており、拡充・更新に前向きな姿勢である。
ただし、現行のガイドラインでは、明確な基準は示されていない。このため、企業は当面、同業間の情報共有が起きそうな場合、公取委に積極的に相談する姿勢が必要になる。公取委は(1)書面による事前相談、(2)電話等による一般相談——の二つの制度を用意しており、対応する陣容を拡充する方向だ。
企業からの相談によって事例が蓄積されれば、GXガイドラインは更新されていくだろう。結果的に企業の予見可能性が高まり、戦略的な判断の障壁は低くなる。企業と公取委の間での相談・事例蓄積が進むかどうかが、GX推進の焦点の一つとなる。公取委による判断は当該企業だけではなく、幅広い利害関係者にも及ぶため、関連する業界や地域も動向を注視することが求められそうだ。
<参考資料>
「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(公正取引委員会、2023年3月31日)
「『グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方』(案)に対する意見の概要及びそれに対する考え方」(公正取引委員会、2023年3月31日)
「エチレン換算輸出入バランス推移」(石油化学工業協会)