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化学・金属産業では2022年まで、新型コロナウイルス感染拡大とサプライチェーンの混乱を受け、海外での買収が低調に推移していた。一方、国内では大手企業がノンコアと位置付けた合成樹脂、アルミニウム関連事業などの売却に取り組んできた。国際競争力を失った事業を切り離し、成長領域に経営資源を集中させることが狙いであり、「脱炭素」の潮流に備えた動きと言える。
化学企業などは、収益性の向上と温室効果ガスの排出量削減を求められ、構造転換に向けたM&A(合併・買収)の機運が高まっている。23年に最も注目すべき三つのポイントは、(1)国内大手化学企業による基礎化学品事業の大規模再編が始まるのか、(2)国内大手化学企業による機能化学品事業のM&A加速、(3)国内大手鉱業・金属企業による脱炭素関連の海外投資——である。
(1)基礎化学品事業の大規模再編が始まるのか
大手化学企業が、ノンコア事業の切り離しに加え、エチレンや合成樹脂などの基礎化学品(汎用品)事業の大規模な再編に踏み切るのかどうかが最も注目すべきポイントである。再編は国内15拠点の石油化学コンビナートの縮小・集約を伴う形になる。国内のコンビナートは新興国の生産体制が向上した結果、採算性が悪化。さらに、石油を主力燃料・原料とするため、排出量の削減を問われているためだ。
ただし、再編を進めるのは容易ではない。エチレンや合成樹脂などの基礎化学品は多様な製品の原材料になっており、供給の途絶や急減を避ける必要がある。また、コンビナートは地域経済に多数の雇用を提供しており、自治体や地域産業界と綿密に調整することが不可避となる。段階的に事業規模を縮小することが重要になるため、関連企業がジョイントベンチャーを形成し、供給責任を果たしながら、設備を集約していく手法などが有力な選択肢になり得る。
(2)機能化学品事業のM&A加速
収益性を向上する手段として、化学企業は成長領域である電子材料、ライフサイエンスなど機能化学品領域のM&Aを国内外で加速すると見られる。感染拡大やデジタル化、脱炭素の潮流を受け、医薬関連品、半導体材料、電池材料、水素など次世代グリーン燃料に関連した投資や買収が注視されている。特に、海外の機能化学品事業に対する投資はこれまでコロナ禍で停滞していたため、23年は活性化する可能性がある。
(3)鉱業・金属企業による脱炭素関連の海外投資
脱炭素の潮流を受け、国内大手鉱業・金属企業は関連事業・技術に対する海外M&Aを検討している。焦点の一つはEV(電気自動車)に関連した部材だ。EV普及を見込み、金属企業においても、海外でバッテリー関連事業の買収を加速すると見られる。また、鉄鋼企業は、生産工程での排出量削減を求められており、比較的排出量が少ない高炉や脱炭素技術への投資を進めている。今後、鉄鋼企業による海外の高炉事業、脱炭素技術への投資が活況になる可能性がある。
- 中長期課題:グリーントランスフォーメーション官民連携
化学産業は、製造プロセスでの排出量削減という大転換、いわゆる「グリーントランスフォーメーション(GX)」を迫られている。石油、天然ガスを主力燃料とするプラントを水素など次世代グリーン燃料活用型に切り替えること、運搬を含めたサプライチェーン全体をGX対応すること、を同時に推進していかなければならない。
あまりにもプロジェクト規模が壮大であるため、個別企業だけでは対応が難しい。政府による強力な投資・支援が不可欠である。
欧米は先行している。EU(欧州連合)は2020年に早々と1兆ユーロ(約140兆円)規模の公的投資計画を発表した。脱炭素の要素技術、ビジネスを開拓で欧州一体となって先行する狙いだ。米国は21年に気候変動対策を盛り込んだ2兆ドル(約270兆円)規模の財政計画を発表し、既に関連法を成立させた。
遅ればせながら、日本は22年、GX経済移行債の発行を通じて10年間に官民協調で150兆円を投資する戦略を打ち出した。GX投資元年となる23年、産官が密に連携して大胆な挑戦に打って出られるかが、中長期の産業競争力を左右することになる。
(協力=DTFA石油・化学/鉱業・金属セクター・チーム)