政府は経済・産業のグリーントランスフォーメーション(GX)を重要戦略に掲げている。公正取引委員会は3月末、GXに関するガイドラインを公表し、どのような企業活動が独占禁止法上に抵触するかを取りまとめた。企業の関心事項とGX推進のためのポイントを整理する。

政府は2月、GXに関する基本方針を閣議決定した。2050年の脱炭素社会の実現に向け、今後10年間に官民で150兆円を投資する計画だ。革新技術の開発や新規設備の導入は個別の企業だけでは対応が難しいため、大規模なM&Aや共同での研究開発が増えると見られる。

これを受け、公正取引委員会は、グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方(以下ガイドライン)を策定した。脱炭素に関する企業連携の増加を見越し、「独占禁止法適用及び執行に係る透明性、事業者等の予見可能性を一層向上させる」(発表資料)ということが目的である。

ガイドラインは、脱炭素を目的とした企業活動について「基本的に独占禁止法上問題とならない場合が多い」と明記した。一方、「価格等の重要な競争手段である事項について制限」、「新たな事業者の参入を制限」、「既存の事業者を排除」——という競争制限効果が見込まれる場合、独禁法違反になり得るとした従来の方針も改めて記載した。

ガイドラインが取り上げたのは次の5分野。76の想定事例を挙げ、法的問題の有無や考え方を示している。

・事業者の共同の取組(共同購入、共同研究開発、生産設備の共同廃棄等)
・取引先の事業活動に対する制限、取引先の選択
・優越的地位の濫用
・企業結合
・公正取引委員会への相談

大企業は「M&A」「共同取組」「相談体制」に注目

ガイドラインが取り上げた5分野のうち、特に大企業の関心が高いのは、M&Aに代表される企業結合②共同取組③相談制度——の3分野と言える。大企業関係者に対するヒアリングとガイドライン原案に寄せられた意見を元に整理したい。

①企業結合

公正取引委員会はGXを目的としたM&Aについて、独占禁止法上の適用除外を設けずに従来の基準を適用する方針である。ガイドラインは、「特定市場で独占に近い状況を生じさせる水平型企業結合」(同業の合併等)が独禁法上の問題になると指摘した。

原案に対する意見公募では、経済・産業団体から「GX実現に向けた取組が国家の命運に関わる時代。国際市場におけるシェア、中長期的な産業競争力強化といった観点も考慮してもらいたい」とのコメントが寄せられている。

②共同取組

GXの推進に当たって、化学・鉄鋼企業等は、温室効果ガス削減効果の高い新規設備に投資することと同時に、排出量の多い既存設備・プラントを縮小・廃棄することが重要になる

ガイドラインは、共同取組が問題になる事例として「競合企業が連絡を取り合って既存の生産設備を廃棄する時期や廃棄する対象を決定する場合」を挙げた。価格への影響といった競争制限効果を想定した事例と見られる。これに対し、大企業関係者は「共同で新規投資していくためには、既存設備の廃棄時期等の情報を交換することが必要不可欠な場合がある。個別の事案ではそうした点を考慮してほしい」と話している。

③相談制度

公正取引委員会は、独占禁止法上の問題に当たるかどうかを、「書面による事前相談」、「電話等による一般相談」——の2つの相談制度で受け付けている。ガイドラインはGX関連の問い合わせについても、この2つの制度で対応すると記した。

ただし、事前相談は相談者と内容が原則的に公開される上、詳細な資料や根拠の提示を求められる。また一般相談は回答に長期間を要する場合がある。

速やかなGX推進が経営戦略の根幹に関わるため、企業には相談内容の非公開化や手続きの簡略化を要望する声が多い。意見公募では、経済・産業団体が、非公開を前提とした相談制度の拡充や回答期間の短縮を求めている。

意見交換と事例蓄積がポイント

公的な投資支援を追い風として、企業がGX関連のM&Aや共同取組に向かえば、ガイドラインだけでは独占禁止法抵触の有無を判別しがたいケースも現れるだろう。公正取引委員会は「事業者等の具体的な行為が違反となるか否かについては、個々の事案ごとに判断される」と説明している。競争制限効果と同時に、経済成長やイノベーションにつながる競争促進効果を考慮して判断したい考えのようだ。

今後、独占禁止法違反への懸念から企業の投資・協業が委縮する事態を避けるには、(1)公正取引委員会と企業の緊密な意見交換(2)判断材料となる事例の蓄積——が重要なポイントになる。公取委は継続的に事例を追加し、ガイドラインを更新していく意向を示した。企業側も投資・協業の検討段階から、積極的に公取委に相談する姿勢が求められる。

一方、脱炭素ルール形成を推し進める欧州では、環境に関連した企業活動への競争法適用を緩和する動きが出ている。オランダの競争当局は「将来の消費者利益」を考慮して、環境貢献度が高い企業連携を適用除外とする指針案をまとめた。

国内では、地域経済の活性化を目的とした地方銀行、乗合バスの統合を独禁法の適用除外とする時限特例法が2020年に施行されている。

脱炭素をめぐる国際競争が激しさを増す中、日本でも将来的にGXを推進する企業連携への独禁法の適用除外が議論になる可能性がある。企業はこうした動向への目配りも必要になりそうだ。

  

<参考資料>

・内閣官房「GX実現に向けた基本方針」(2023210日)
・公正取引委員会「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」および発表資料2023331日)
・公正取引委員会「『グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方』(案)に対する意見の概要及びそれに対する考え方」(2023331日)

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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