新しい技術の社会実装や新市場創出に役立つ規制緩和策「規制のサンドボックス制度」が2018年に創設されてから約5年。規制の枠内に収まらないまったく新しい新市場を創設するために、その活用促進が求められる。活用拡大のための3つのポイントを提示する。

規制のサンドボックス制度(正式名称は「新技術等実証制度」)は、規制改革を企図した政策の中でも、企業からの提案に基づき実施するものの一つだ。具体的には、新しい技術の社会実装や、新市場の創出を目指す企業が、まずは実証実験という形で実現可能か試す。それとともに、行政も消費者保護などの観点から問題のない事業であるかどうかを見極め、必要に応じて規制の見直しを行う。

サンドボックス制度が実現したハイブリッドバイク市場

分かりやすい具体例として、「人力と電動モードを切替可能なハイブリッドバイクの自転車レーン走行実証」について取り上げたい。

道路交通法では、原動機付自転車(原付)と自転車の走行可能レーンを別々に定めている。そこへ、あるスタートアップが原付と自転車に切り替え可能なハイブリッドバイクを発売したいと考えた。しかし、そもそも切り替え可能なバイクの存在を前提としていない現行法下では、たとえ自転車として利用していたとしても原付とみなされ、自転車専用レーンは一切走行できず、ハイブリッドバイクの良さを活かせない。このままではハイブリッドバイクの新市場を創出することは不可能になってしまう。

規制する行政側としても、自動車事故が大きな社会問題となる中、安易に規制緩和をして重大事故を招くようなリスクは取りにくい。

ここで、規制のサンドボックス制度の出番となる。このスタートアップは、原付としての機能をオフにした改造を施し、自転車として走行していることが外部から確認可能な車両を用意し、走行エリアを限定して実証実験を行った。行政も、自転車として走行していると確証が得られるため、現行の規制下で公道での実証実験を認めた。

実証実験の結果、走行中の原付と自転車との切り替えに制限を加えれば、これまでと同様の交通安全水準を担保できると判断され、既存の規制の解釈の変更により、このハイブリッドバイクが自転車レーンを走行できるようになった。

先行する英国ではユニコーン狙うスタートアップも

世界で最も早くから規制のサンドボックス制度に取り組んできたのは、英国の「金融行動監視機構(Financial Conduct Authority、FCA)」である。金融規制当局の一つだ。2016年の開始以来、これまでに171案件の実証実験を認めてきた。FCAによると、その中で92%の企業が規制をクリアして事業化にこぎ着け、80%の企業が現在も事業を継続している1。ユニコーンに成長したスタートアップはまだ出てきていないものの、数百億円規模に成長した企業も存在する。

学術研究では、規制のサンドボックス制度への参加によって情報開示が進むことで、事業内容や成長力が外部の投資家からも確認しやすくなり、出資が得られやすくなると分析されている2。また、規制のサンドボックス制度にスタートアップが1社参加することで、そのスタートアップが含まれる業界への新規参入が増えたり、そうしたスタートアップへの出資も増えたりといった波及効果もあると分析されている3

日本における規制のサンドボックス制度は、生産性向上特別措置法に基づいて2018年に開始され、産業競争力強化法による制度の恒久化を経て、これまで29件の実証実験が行われてきた。2022年も、複数のスタートアップなどに対しブロックチェーン技術を活用した電子的取引について制度活用が認められた。

しかし、英国と比較するとサンドボックス制度が積極的に活用されていないようにも見える。

安心安全を意識するあまり、変わる・変えることに対して身構えてしまいがちな日本において、全く新しい技術の社会実装や、新市場の創出を目指すスタートアップを本気で育成するならば、「まずやってみる」、「走りながら考える」ことができる環境を整備し、しっかりと活用しなければならない。

ちなみに、企業提案型の規制改革制度には、「グレーゾーン解消制度」と「新事業特例制度」がある。いずれも実用化する上で障害となる既存の規制に関して、抵触しているか否かを事前に確認したり、適用除外を求めたりできる。

ただ、これら二つの規制緩和策は、新事業に関係する規制が特定されており、違反や抵触する可能性が明白である場合に活用できる。したがって、実証実験をやるまではどんな規制や法律に関わるかさえわかっていない新技術を活用した製品・サービスの場合は、グレーゾーン解消制度などは使えない。

規制緩和策には、「国家戦略特区」など、国や自治体が主導するものもある。ただ、こうした国・自治体主導の規制改革は、国や自治体の解決したい社会課題があらかじめ定まっており、課題解決に活用可能な技術に目星が付けられる場合に威力を発揮する。全く新しい技術の社会実装や、新市場の創出には向かない。

法務負担軽減、野心的実証実験、規制見直しガイドラインを

そこで、規制のサンドボックス制度を活用したスタートアップ育成のための改善策として、以下の3点を提示したい。

1点目として、制度活用の際に発生する法務面での負担軽減である。

規制のサンドボックス制度を活用した実証実験計画を申請する際には、関連する既存の規制の洗い出しなど、相応の規制対応コストが発生する。ある有識者会議(新技術等効果評価委員会)メンバーは「経営能力・体力に応じた行政の支援強化」を提案する4。日本では内閣官房に一元窓口が設置され、行政による規制対応法務のサポートが行われている。現状の行政マンパワーを考えると更なる対応強化は容易ではない。

その点、経済産業省が2022年から外部の専門弁護士による規制に係る関係法令の特定などのサポートを開始しており、こうしたサービスの更なる拡充が有効かもしれない。シンガポールで実施しているような専門サービス費用への補助も、経営体力に劣るスタートアップにはありがたい5

2点目として、規制の枠外だが実験の中止も視野に入れた野心的な実証実験の拡大である。

規制のサンドボックス制度では、原則として、現行の規制に違反しないことが認定の要件となっている。一時的な規制緩和を認める規制の特例措置を活用した、現行規制に抵触する実証実験を利用する方法もあるが、活用実績は現状1件のみである。

リスクを取って新たな取り組みを実施することに対して慎重になりがちな日本においては、可能な限り既存の規制の解釈の枠内で実施することで、実証実験の実績を積み上げられた面は大きい。

しかし、既存の規制の延長線上で評価できるような技術しか実証実験の対象になっていないため、まったく新しい技術の社会実装や新市場の創出を目指すスタートアップを取りこぼしている可能性もある。

一方で、既存の規制から逸脱する実証実験を行うことは、消費者を予想外に危険にさらす可能性があり、問題が発生した場合など、必要に応じて提供を中止できるような仕組みを構築する必要がある。

実はこうした考え方は既に実証実験の認定においても取り入れられている。例えば、2022年に認定された「災害対策医薬品供給車両を用いた過疎地域における調剤モデルに関する実証」では、「公衆衛生上の危害が生じた又は生じる可能性があると認められる場合には実証事業を中止することが可能であること」6が認定の根拠の一つとなった。

いざという時いつでも中止できるのであれば、野心的な実証実験をもっと実施してもいいのではないか。

3点目として、規制のサンドボックス制度を活用した規制見直しのガイドラインを整備し、規制見直しを巡る判断の見える化を進めることである。

経営体力が劣るスタートアップは解釈の変更も含む規制見直しの蓋然性が高くなければ、わざわざコストをかけて実証実験を行おうとは思わない。

現状では、行政の規制見直しを巡る考え方は、有識者会議での各実証実験の認定やフォローアップの議論から、個別具体的なケースに限定したかたちで垣間見ることが出来る。ここからさらに進めて、ある有識者会議メンバーの指摘7を参考にすると、より包括的なかたちで、様々なケースに対応できるような一般論として、規制見直しの要件が行政から示されると、スタートアップの実証実験の実施意欲が高まるかもしれない。

  

<参考文献・資料>

  1. Jessica Rusu, Innovation & Regulation: Partners in the success of Financial Services, 8 June 2022, https://www.fca.org.uk/news/speeches/innovation-regulation-partners-success-financial-services, last visited March 17, 2023.
  2. Giulio Cornelli, Sebastian Doerr, Leonardo Gambacorta and Ouarda Merrouche, Inside the regulatory sandbox: effects on fintech funding, BIS Working Papers No 901, Nov. 2020, https://www.bis.org/publ/work901.pdf
  3. Hellmann, Thomas F. and Montag, Alexander and Vulkan, Nir, The Impact of the Regulatory Sandbox on the FinTech Industry (August 2022). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4187295
  4. 新技術等効果評価委員会「第1回議事録」9頁〔小黒一正発言〕(令和3127日)(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/s-portal/new_committee/dai1/gijiroku.pdf
  5. Monetary Authority of Singapore, Sandbox Plus, https://www.mas.gov.sg/development/fintech/sandbox-plus, last visited March 17, 2023.
  6. 内閣官房「災害対策医薬品供給車両を用いた過疎地域における調剤モデルに関する実証」2022830日(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/s-portal/project/gaiyou26.pdf2023317日最終閲覧)
  7. 新技術等効果評価委員会「第1回議事録」9-10頁〔増島雅和発言〕(令和3127日)(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/s-portal/new_committee/dai1/gijiroku.pdf

久光 孔世留 / Marcel Hisamitsu

主任研究員

政府系金融機関にて、欧州・新興国を中心とした海外経済や国際金融市場の分析のほか、関西を中心とした地域経済調査に従事。また、バーゼルIIIなどの国際金融規制策定やASEAN+3などの国際金融協力に関わる業務にも従事。2022年6月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。経済学修士。
(肩書はレポート発表時点のものです)

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