中堅・中小企業M&Aを推し進める気運が高まっている。「人生をかけた真剣勝負」に挑む覚悟と、成長追求のガッツをもって当たりたい。体験的7つの鉄則からの提言。

東京、名古屋、大阪、福岡、広島の全国5都市に拠点を置き、地域密着型でミドルマーケット(中堅・中小をからめたM&A案件)の支援を行っている。地縁・血縁・学校繋がりも駆使して中堅・中小企業の懐に飛び込む活動を重ね、オーナー企業の事業承継型売却案件を数多く扱わせていただいている。このところ大型の案件も増え、市場は活況を呈している。

最近、気になっていることは、中堅・中小企業のM&Aとは「人生をかけた真剣勝負」であるということへの認識・理解がやや薄れているのではないかということである。事業承継をM&Aによって推進するという気運が高まっているが、モノの売り買いと同じように考えたら決してうまくいかない。中小企業は、創業オーナーの生き様であり、その家族を含めた人生そのものであるからだ。

M&Aのアドバイザー(当社含む)から中小企業政策の立案者まで、あらゆる関係者が今一度原点に立ち戻り、心と力を合わせて取り組むことが大切だと思う。まことに僭越ながら、中小企業と向き合ってきた私自身の経験則を共有することをもって、提言としたい。

【鉄則一】 嘘をつくな

中小企業のオーナー社長は、感情と感性で動く方が多い。いわゆる「ちゃぶ台返し」など激しやすい面がある一方で、数々の修羅場をくぐっているので勘が鋭く、人を見る目が厳しい。

だから、嘘をついても簡単に見破られてしまう。嘘がばれたら二度と信用されない。一度嘘をついたら、ついた嘘を全て覚えておいて辻褄を合わせ続けなければならなくなる。そんな器用なことができる人はいない。これは、中小企業に限った話ではなく、ビジネスの基本中の基本。

【鉄則二】 ダメなものはダメと言え

創業社長は、成功した一国一城の主である。自信があり「俺が正しい!俺の言うことを聞け!」というタイプが多い。聞かなければ怒るので、周囲は「はい、わかりました」と服従的に聞いてしまう。

だが、M&Aに関しては私たちファイナンシャルアドバイザーの方が詳しい。だから、社長が嫌がっても、言うべきことは言う。間違っていることは間違っていると言う。怒られるので勇気も必要だが、私はそれで出入り禁止になったことはない。逆に信用を得て、心を開いてくれることが多かった。フィー欲しさに話の調子を合わせても見透かされる。

【鉄則三】 時機を待て

会社には売るタイミングというものがある。中小企業の社長は、できれば会社を売りたくない。苦労して育てた会社には愛着がある。家族経営の会社なら、「社員旅行=家族旅行」であり人生の思い出が会社に詰まっている。売らなければならないこと、売ったほうが良いことは分かっていても、決断するためには「きっかけ」が必要。時機を待つ辛抱が求められる。

辛い決断ばかりだったが東日本大震災(2011年)がそうだった。「これ以上は無理だ。元気なうちに売ろう」と意を決した経営者が被災地や東北に多かった。天皇陛下(現上皇)の譲位(2019年)と、それに伴い元号が平成から令和に変わったことも、高齢社長の心を動かした。

最近では、新型コロナウイルス禍で普及したテレワーク。走り続けていた企業経営者に立ち止まって考える時間を与えた。設備投資をどうするか、アクセルを踏み続けるべきか、誰に後を託すのか、と悶々とするうちに、「会社を売ることも選択肢の一つかな」という悟りに至った社長もいた。

【鉄則四】 会社をモノ扱いするな

会社は法「人」である。人の思いと意思でできた生き物である。モノならオークションサイトで売り買いできるが、会社はそうはいかない。「1億円」でも頑として売ろうとしない社長が、「取引先、従業員、地域のため」という大義のためなら「タダでも良い」とほろりと折れることもある。人の情がそこにからむ。

中小企業は地域に根差している。町会費を払ったり、お祭りの費用と人手を出したりと、コミュニティのよりどころとなっている。財務的に計算した企業価値以上の有形・無形の価値で地域に貢献している。廃業してしまったら本当に困る人が多い。繰り返すが会社は単なるモノではない。

【鉄則五】 「目的は企業価値向上」を忘れるな

企業価値向上に資する――。これがM&Aアドバイザーの大原則・大目的である。当たり前のことだが、企業価値を上げてこそのM&Aであって、下げたら意味がない。M&Aはあくまで手段であって、ただ会社をくっつければ良いというものではない。どうすれば、トータルで価値を増大できるかを徹底的に考えなければならない。

【鉄則六】 会社を好きになれ、だが惚れるな

会社を理解しなければならない。そのためには、その会社を好きになるのが近道だ。だが、惚れてはいけない。客観的に見られなくなれば、アドバイザーとしての冷静な判断力を失ってしまうからだ。見切る冷徹さも併せ持たなければならない。

【鉄則七】 補助金に頼るな

補助金支給、低利融資、税額控除など様々な支援制度がある。これらを最大限活用することは良い。だが「補助金頼み」になってはいけない。

日本経済を支える有名大企業の多くが、戦前戦後に起業したベンチャーだった。創意工夫と自助努力によって成長を続けて今日に至っている。我々が目指しているのは、M&Aという手法を駆使して、日本を引っ張っていくような優良企業の創出を後押しすることである。救済も大切だが、成長追求のガッツを忘れてはならない。

(構成=水野博泰・DTFAインスティテュート 編集長)

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー

西村 龍哉 / Tatsuya Nishimura

ミドルマーケット統括
大手證券会社にて営業店、本社法人開発部を経て、投資銀行業務立ち上げのための子会社設立に関与後、独立系M&Aアドバイザリー会社を設立。2010年4月1日より当社のコーポレート ファイナンシャルアドバイザリー部門に入社。様々なセクターのディールに関与し、豊富な成約実績を有している。日本証券アナリスト協会検定会員

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