インフレが変革を迫る外食産業の需要創造のヒント
外食産業で上場各社が好決算を続けている。しかし、これは大手が中小零細のシェアを奪う二極化が進んだ結果に過ぎず、市場全体はコロナ前の水準には回復していない。「食のオケージョン(需要機会)創出」による数量的な成長や付加価値訴求による単価向上がいまだ途上だからだ。外食産業が需要を本格的に拡大させるには、メリハリ志向など消費者の変化を的確にとらえ、業態変革を実現するほかない。本稿ではそのヒントの一つとして、飲酒ニーズの取り込みに注目した。
目次
外食市場の現状と課題
大手は好調だが需給両面で弱含み
外食産業の上場各社決算を見ると、コロナ明けの2022年度通期から2024年度まで上位10社すべてが増収を続け、営業ベースでも8社が増益となっている。しかし、これは市場全体の回復や拡大ではなく、大手企業がシェアを奪う二極化の進行によるものである。
二極化は供給側の統計で示されている。企業規模を問わない総務省のサービス産業動態調査を見ると、市場規模は名目と実質の両方でコロナ前の2019年の水準まで回復していない(図表1左)。一方、大企業の寄与度が大きい日本フードサービス協会の統計では2024年にかけて、名目ではコロナ前水準を超える需要回復が見られる(図表1中央)。
この2つの統計がいずれも実質で2019年水準まで回復していないことは、外食業界が需要創造に課題を抱えていることを示している。2019年を100とした家計調査においても、2025年の実質的な水準感は86.3にとどまり、前年よりも低下している(図表1右)。食の外部化[1]が進展している中、家計調査を見ると、2025年1-3月期と4-6月期では、外食から惣菜へシフトしている[2]ことが確認できた。これらの点からも、外食業界による新たな食のオケージョン創出は途上であると言えよう。
【図表1】 外食市場を需給両面から見る
(データソース)総務省「サービス産業動態統計調査」、日本フードサービス協会「外食産業市場動向調査」、総務省「家計調査」、「住民基本台帳」、内閣府「消費者物価指数」
(注1) サービス産業動態調査は全規模の飲食店運営企業を対象とする一方、協会統計は洋風、和風などファーストフードチェーン運営会社をはじめとした大手企業のサンプル寄与が大きい
(注2) 家計調査・総世帯の1世帯当たり外食支出に総世帯数を乗じた値について指数を作成し、2019年を100として実質化した
(注3) 実質化は、消費者物価指数2020年基準から「外食」を用いた
外食業界の需要創造の契機は?
外食業界は社会動態やライフスタイルの変化に対応し、新たな商品や業態を具現化してきた。新たなオケージョン創造に向かうには、業界が直面している課題と向き合い、消費者に受け入れられなくなった業態・サービスやビジネスモデルを刷新してゆくほかない。
課題を克服する業態が需要を生む
外食業界が直面する課題は、図表2のように整理できる。
アルコール離れや単身世帯化といった生活スタイルの変化、また食の外部化に伴うスーパーマーケットやディスカウントストアの惣菜との競合などの構造的課題には、中長期で取り組む必要がある。
とりわけ、図表2の⑦・⑧で示した、2022年以降進行しているインフレがもたらす消費者および事業者への影響は、変化を加速させる事象として注目すべきである。
【図表2】外食業界が直面する事象と対応すべき課題
(参考)デロイト トーマツ戦略研究所作成
インフレにより客単価と客数との伸びは縮小
インフレがどのように消費者の購買行動に影響しているかを、まず確認したい。業界統計を見る限り、消費者は値上げを受け入れてはいるものの、価格に対する感応度を高めているようだ。
図表3左にみるように、ウクライナ侵攻以後の物価高とコロナからのリオープニングであった①の時期は、単価と客数とが伸び、消費者は値上げを受容していた。その後、事業者が客離れに配慮して値上げ幅を緩やかにしてきた②の時期を経て、現在は原材料価格の上昇を価格転嫁せざるを得ない③の状況下、客数の伸び率が縮小している。とりわけ業態別に見た図表3右では、客単価を伸ばそうとした業態の客数は増えず、業態が選別されている。
【図表3】 客単価と客数の関係(全体および業態別)

(データソース)一般社団法人 日本フードサービス協会「外食産業市場動向調査(月次レポート)」
消費行動におけるメリハリ志向
この一見矛盾する、値上げの受容と客数伸び率の弱含みこそ、メリハリ志向の表れだと理解できよう。ホットペッパーグルメ外食総研が2025年1月に実施した節約行動についての調査[3]においても、消費者が節約しようとする項目と並び、たまの贅沢をしたい項目として外食が挙げられている。
図表4で、外食はしたいが節約したいという一見矛盾する消費者の意向が、どのように具体的な購買行動として表れているかを示した。外食の回数を抑える意識は76.1%と高水準なものの、外食に行きたい気持ちは強い。一方で数量の調整が節約の仕方としてより意識され、外食中に余計なものを頼まない志向は強まっている。総支払額ベースでの予算制約意識が強まっている半面、価値のあるものにはお金を払う態度が2024年度から顕著になっていると言えよう。
【図表4】 アンケート設問「現在、外食時に実行している節約方法」の回答
(データソース)株式会社リクルート ホットペッパーグルメ外食総研「物価高で高まる節約志向の実態と外食での節約行動を調査(2025年1月実施)」
(注)左右のスケール時の違いに留意
事業者にとっては、客数の伸びが鈍化し、付加価値訴求が一層求められる状況になっている。客離れリスクに直面しながら、付加価値商材もそろえた対応をしなければならない、難しい局面にある。
収益環境の厳しさは継続する見通し
単純な価格転嫁が難しい中で原材料価格も上昇する見通しであり、外食事業者の収益環境はより厳しくなろう。
2009年の統計によると外食産業での食材の輸入比率は、業態ごとに30~50%[4]であった。直近2025年に公表された野菜に関する調査[5]では、業態別は不明なものの業界全体としてはほぼ横ばいの約4割であった。また、品目別(穀類、畜産、野菜、果物、乳卵類)でも概ね30~40%[6]となっている。図表5左では為替の円安や国際商品市況の急な変化による価格のボラティリティが示されており、損益を考える上で、外食業界はこうした国際市況の影響を受けやすい。とりわけ、図表5右のように牛肉やコメといった定番商材の高騰はすでに看過できない状況にある。
【図表5】 商品市況の推移と見通し
(データソース)日本銀行「企業物価指数」「輸入物価統計調査」
加えて、国内での食料品製造・供給が、生産能力の削減を背景に減少トレンドにあり、輸入が数量ベースで増加しているとの指摘[7]を踏まえると、外食業界の原材料仕入れにおいても、国産品から輸入品へのシフトがさらに進む可能性がある。
競争環境に目を転じると、価格抑制圧力がより強まる。図表6左で示したように通常、競争環境の激化と価格の感応度は高く、1年内に相関は収れんする。ただし、図表6右に見るように2025年には原価上昇を受けて、前年同期比で3%近い伸び率で推移している。これは事業者が原価上昇を客離れのリスクを覚悟しながら価格転嫁せざるを得ない状況が続いていることを示す。
【図表6】 競争環境の厳しさと単価動向(店舗数伸び率×客単価伸び率の推移)
(データソース)一般社団法人 日本フードサービス協会「外食産業市場動向調査(月次レポート)」
(注)右軸の店舗数前年比が減少する(=競争が緩和)、増加するか(=競争が激化)として逆目盛りで表現している
変化対応が需要を生む契機に
メリハリ化した消費者に食のオケージョンを新たに提供するには
差し迫ったゲームチェンジ要因であるインフレ課題に対応し、しかもメリハリ志向に応えるビジネスモデルを考える上で、小売業のディスカウンターに学ぶべきではないか。
デフレ期から昨今のインフレにかけて、小売業でドン・キホーテ、ロピア、オーケー、トライアルカンパニーはじめとするディスカウンターのビジネスモデルが、時下の情勢に適応している。客単価は、一人当たり購入点数と一品当たり単価に分解できるが、この時、一品当たり単価を抑えて値ごろ感を訴求し、購入点数を上げることで、手軽さと客単価の向上とを両立させている。さらに手頃なブランドが確立される過程で客数の拡大も目指せる。
もっとも、食においては一人当たりの食事量におのずと制約があるので、購入点数(食べてもらう量)を増やす戦略に倣うのは簡単ではない。そこで、価格訴求に応えつつ購入点数を増やせる「マグネット型」の商材を導入する必要がある。ここでは一つのヒントとして、飲酒ニーズの取り込みを挙げたい。
「ちょい飲み」を掘り起こす意義
居酒屋業態は長期的には需要が停滞しているものの、飲酒ニーズ自体は底堅い。飲酒習慣のある人の数は図表7左に見るように、2009年以降では比較的安定推移している一方で、成人一人当たりの飲酒量は2015年以降減少傾向にある。
また、図表7右に示した2017年の日本酒造組合中央会によるアンケート調査[8] によると、自宅外での飲酒頻度が月4.1回なのに対して、自宅での飲酒は月14.2回であった。世代別には中高年のニーズが根強い。また若年層の飲酒離れはあるものの、20代は外飲み志向が相対的に強いなど外食との親和性も確認できる。こうしたことを考え合わせると、長時間の飲み会は無理だが、一人や気楽に飲める「ちょい飲み」ニーズを掘り起こせば、食のオケージョンを開拓できるのではないか。また、飲酒ニーズへの対応は、単価を向上させる効果が見込める。酒と相性の良いメニュー開発や酒の品ぞろえ強化が客単価に寄与する可能性があると考えられ、取り組む価値があるのではないか。
【図表7】 飲酒ニーズは根強く存在するが、酒量はほどほど
(データソース)厚生労働省「国民健康・栄養調査」、総務省「住民基本台帳」、国税庁「酒類販売(消費)数量」、日本酒造組合中央会「日本人の飲酒動向調査」
柔軟な変化対応で新たな商機を
インフレを機とした消費の変化を受け、外食産業は原材料価格のリスクヘッジと業態開発を柔軟に進めてスクラップ&ビルドを進めるよう強いられる。ファミリーレストラン大手がうどん店を買収してそのノウハウを生かそうとしている例では、回転率を高く維持したまま値ごろ感を訴求することで客単価の向上が期待される。牛丼グループの一部がラーメン業態の開発や買収に取り組んでいることも、消費者のメリハリ志向に応えようとするものである。
ファミレスや牛丼チェーンが食のオケージョン創出を進める上では、本稿で検討したちょい飲み需要取り込みも一つの方向性ではないか。成功すれば、居酒屋に対するカテゴリーキラーとしてシェアを拡大させる可能性もあろう。
食習慣は基本的に安定的で、変化があるとしても漸進的である。本稿でとりあげた飲酒需要の取り込みは、あくまで仮説の一つにすぎないが、こうしたニーズを緻密に捉え、業態ごとの変化に対応すれば、オケージョンを創出して固定客を捉え、商機を見出せるだろう。
<<参考資料>>
[1] 食の外部化は、家庭内での調理である内食から、中食(惣菜、調理食品)および外食の利用にシフトするトレンドを指す。食の安全・安心財団の推計では、2023年時点で39.9%とされる。
[2] 総務省「家計調査」(家計収支編「第1表1世帯当たり1か月間の収入と支出」・総世帯)2025年1-3月期および4‐6月期では、調理食品の実質ベースでの前年同期比がそれぞれ-0.9%、-2.9%に止まるところ、一般外食は-1.7%、-4.1%であった。
[3] 株式会社リクルート.(2025年2月27日).物価高で高まる節約志向の実態と外食での節約行動を調査(2025年1月実施)参照先:ホットペッパーグルメ外食総研(https://www.recruit.co.jp/wp-content/uploads/_old/newsroom/pressrelease/assets/20250227_gourmet_01.pdf) PP.4-10
[4] 農林水産省.(2009年6月).外食産業に関する基本調査結果.参照先:農林水産省 総合食料局(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/eat/pdf/kiso.pdf) P.5 図表7、8
[5] 農林水産省.(2025年4月).野菜をめぐる情勢.参照先(https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/yasai/attach/pdf/index-93.pdf)P.5 輸入野菜は「大ロットで定時・定量・定価格の供給に対応可能」という外食産業のニーズを満たす。そのため、国産は家庭用では98%を占めるが、加工・業務用では4割程度にとどまる。
[6] 緋山瞳・草苅仁.(2017年3月).内食・中食・外食食材における国産・輸入比率の推定.〔農業経済研究第 88巻,第 4号. 416-419. 2017)(https://www.jstage.jst.go.jp/article/nokei/88/4/88_416/_pdf/-char/ja)
[7] 宮嶋貴之.(2025年8月27日).食料インフレが長期化する公算、金融政策運営で位置づけ再考を.参照先:ソニーフィナンシャルグループグローバル経済・金融ウォッチ(https://www.sonyfg.co.jp/ja/market_report/pdf/g_250827_01.pdf)
[8] 日本酒造組合中央会.(2017年5月31日). 日本人の飲酒動向調査.参照先:日本酒造組合中央会(https://www.sakagura-press.com/wp-content/uploads/2017/05/【日本酒造組合中央会】調査リリース.pdf)
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