進化する米国のGovAI連合:公共調達で重要性増す「官民連携人材」

世界のビジネスの現場では生成AI(Generative Artificial Intelligence)の導入が加速している。民間に続き、各国・地域の政府や地方自治体といった公共セクターでもAI実装を検討する動きが活発になってきた。公的機関によるAI導入で課題となるのが、知見の不足だろう。米国ではカリフォルニア州サンノゼ市が中心となって、自治体・政府機関が連携する「GovAI Coalition」(GovAI連合)が結成され、ガバナンスや公共調達に関する情報共有に乗り出した。GovAI連合の形成と発展を取り上げたうえ、先端領域の調達や導入において重要性を増す「官民をつなぐ人材」に関する考察と示唆を提示したい。
目次
OpenAI社が2022年11月に文章生成AI「ChatGPT」を公開[1]してから、世界各国で業務に生成AIの導入を模索する動きが広がっている。生成AI導入によって生産性が向上したとの分析[2]から、業務の効率化への期待は大きく、民間に続き、各国の公的セクターにおいてもAIの実装が試みられている。
AIの公共調達は、他の先端領域での調達と同様、透明性を確保しながら、最適な製品・システムを採用することが求められ、公共部門は専門知識の集積が大切になる。しかし、現実には公共部門のAI導入は民間企業任せのケースが少なくないと見られる。世界経済フォーラム(WEF)の第4次産業革命ネットワークセンター(C4IR)は2020年、デロイトなどと共に、AI調達における公共部門の専門的知識の不足や、倫理的な検討の不明確さを課題に挙げ、官民の「情報の非対称性」解消の重要性を示した[3]。
本稿で取り上げる米国のGovAI連合は、技術・政策的な知見を持つ公務員が中心となって、AI公共調達をめぐる官民の「情報の非対称性」の解消を目指す枠組みである。
自治体のAI導入が課題となる日本では、総務省の有識者委員会が2025年7月、中央省庁に続いて、自治体についてもAI統括責任者(CAIO)やCAIO補佐官を定め、「AI の利活用・リスク管理における責任者を明確にする必要がある」と指摘した[4]。米国のGovAI連合の事例は、AI対応を求められる日本の自治体にとって、参考になるだろう。
きっかけはサンノゼ市CIOの危機感
GovAI連合は2023年11月、サンノゼ市が主催するオンライン会議で発足した。公共部門において、責任と目的を明確化したAIの導入を進めることを掲げ、公共調達に必要な枠組みを構築している。2025年8月時点で参加自治体・政府機関は850を超え、ボードメンバーを「シリコンバレー」の中心であるサンノゼ市(カリフォルニア州)、ベルビュー市(ワシントン州)、ロングビーチ市(カリフォルニア州)、サンアントニオ市(テキサス州)、サンディエゴ市(カリフォルニア州)、セントポール市(ミネソタ州)、コロラド州歳入局、オレゴン州トライカウンティ都市交通地区(TriMET)という8つの自治体・機関が担っている[5]。
GovAI連合の結成のきっかけは、サンノゼ市のCIOと担当部門がAI公共調達において、直面した課題と危機感にあった。
サンノゼ市によると、同市は2023年秋、AIの調達に当たって、理解を深めるため、複数のAI技術ベンダーに対し、プライバシーとデータの利用に関する詳細な情報を求めた。その際、小規模なベンダーは積極的に回答した一方、著名ベンダーのほとんどはサンノゼ市が納得する十分な回答を示すことがなかった。この結果は、サンノゼ市にとって、公共調達における官民の情報の非対称性が顕在化した格好となった。サンノゼ市のデジタル・プライバシー・チームは、AIの能力と限界について基本的な理解を得ないまま、公共サービスにAIを導入することに危機感を覚え、このような事態を回避するため、公共団体同士で連携する枠組みの必要性を呼びかけることになる。結果、2023年11月に約50の自治体と機関が参加したオンライン会議が開かれ、その場でGovAI連合の設立が決まった。
連合形成の政策的な中心人物が、サンノゼ市のChief Information Officer (CIO)を務めるカリード・タウフィク(Khaled Tawfik)氏である。
タウフィク氏は1997年に民間企業のシステム開発部門でキャリアをスタートし、官民双方で調達に携わってきた。サンノゼ市CIOに就任する前、2016年から2022年まではカリフォルニア州アーバイン市のCIOを務め、2021年の民間シンクタンク主催「a Top-10 Digital Cites Award」での同市受賞に貢献した。経歴を参照すると、民間企業でシステム開発・運用を経験した後、公共部門の幹部や市政府のCIOとしてデジタルトランスフォーメーションを主導し、政策策定・調整の知見を蓄えてきたことがうかがえる。
タウフィク氏は、サンノゼ市のCIOおよびDirector of Information Technologyとして情報技術局(Information Technology Department)を統括し、3か年の戦略技術計画の策定と執行にあたっている。同氏は2022年3月、サンノゼ市CIOに就任するにあたって、「テクノロジーは市の発展と成長の鍵である。私は効果的なツールを活用してコミュニティやビジネスに関与し、サービスを向上させ、サンノゼ市を迅速で強靭な都市にする」と表明していた[6]。
GovAI連合の構成とCIOの役割
GovAI連合は現在、ボードの下、「運営」(Operations)、「準備・導入」(Readiness and Adoption)、「データガバナンス」(Data governance)、「調達」(Procurement)、「産業関係」(Industry Relations)、「ユースケース」(Use Cases)、「公共関与」(Public Engagement)の7つの委員会が置かれている。それぞれの委員会はボードメンバー機関が委員長を担う仕組みとなっている。さらに、4つの委員会の傘下に作業部会が設置され、具体的施策の企画・執行に当たっている[7]。
例えば準備・導入委員会は公的機関による「責任あるガバナンス」の導入や職員トレーニングを支援している。また、公的機関同士のデータガバナンスやデータ共有のベストプラクティスを提供し、フレームワークの開発にも当たっている。また、産業関係委員会はAIベンダーとの連携を支援し、ベンダー側に公的文書のひな型なども提供しているといった具合である。(図表1)
GovAI連合が2024年12月に開催した「サミット2024」のアジェンダやその他の発信を見ると、各市・機関のCIO(あるいはCIO相当職)とCIO担当部門が運営や施策の実施を主導していることがうかがえる[8]。
図表1:GovAI連合の組織図
データソース:GovAI Coalition. “Committees & Working Groups.”
AI時代の自治体の課題――公共調達
AI時代の公的セクターにとって、特に課題となるのは、世界経済フォーラムC4IRやデロイトが挙げた「公共部門の専門知識の不足」だろう。
GovAI連合は、発足の経緯に記した通り、C4IRが指摘した官民の情報の非対称性の解消を重要な政策アジェンダと位置付けている。そして連合はこれまでに、①標準的契約条項の共有、②「AI契約ハブ」(プラットフォーム)の形成――という2つの特徴的な施策によって非対称性の解消に動いている。それぞれについて概説したい。
①標準的契約条項
GovAIでは発足直後から、準備・導入委員会傘下の「ファクトシート・ベンダー規約」作業部会において、メンバー機関が円滑に契約・調達できるよう、標準的契約条項を盛り込んだ2種類のテンプレート(AIファクトシート、ベンダー規約)をとりまとめ、公開している[9]。
第一のAIファクトシート(AI Fact Sheet)は、ベンダーやサービス事業者が提供するAIや関連システムの仕様やトレーニングデータ、試験データ、強靱性、制約などを書き込む内容となっており、企業が採用する「責任あるAI」に関する戦略・政策といった影響評価事項も回答を求めている[10]。第二のベンダー規約(Vendor Agreement)は、メンバー機関とベンダーの間の要件定義に関するテンプレートであり、AI・システムの定義や免責事項を書き込み、AIファクトシートを添付する形となっている[11]。
いずれもAIに関する公共調達において争点となる事項を明示しており、AI調達の経験が乏しいメンバー自治体であっても利用しやすい内容である。テンプレートは、AI技術の進展や普及に合わせて更新されている。
②GovAI連合のAI契約ハブ(プラットフォーム)
標準的契約条項の共有に加え、GovAI連合は2025年2月、メンバー機関のAIの公共調達を促進するための「AI Contract Hub」(AI契約ハブ)を公表した。AI契約ハブは、連合の購入委員会と公共調達プラットフォーム企業Pavilionが連携して構築したインターネット上の枠組みであり、連合のメンバー機関が民間企業と契約する内容を一元的に管理・共有できる[12]。公共部門が、AIベンダーとの契約内容や倫理規定等を共有し、不利な公共調達になることを回避したり、手続の迅速化を図ったりすることを目指しており、登録した公共部門は過去にメンバーが結んだ契約の内容や条件を検索、一覧できるようになる。
GovAI連合に参加する公共部門にとっては、ハブを通じた契約・情報管理によって、⑴調達の迅速化とコスト削減、⑵契約条件の透明性の向上と団体交渉力の強化、⑶多様なAIベンダーとのアクセス拡大——といったメリットを得られる。民間のAIベンダー側にとっても、公共部門とのビジネス機会が増え、標準化やガバナンス慣行について示唆を得られるとみられる。
GovAI連合に参加する自治体・機関は自らの契約内容を提供することを条件として、Pavilion社が構築した「ハブ」を利用できる。世界経済フォーラムC4IRが指摘した公共部門の専門知識の欠如を補完し得る仕組みであり、今後の普及が注視される。
GovAI連合の形成・発展における「官民をつなぐ人材」
GovAI連合の形成からAI契約ハブの展開に至るまで、重要な役割を果たしたのが、「官民をつなぐ人材」であった。特に連合を主導するサンノゼ市CIOのタウフィク氏とそのスタッフたちの影響力は注目すべきものだろう。
まとめると次の3つのプロセスを経て、GovAl連合の形成の必要性が生じたと言える。それは、
①2023年秋にサンノゼ市と民間企業の間でプライバシーとデータをめぐる摩擦が発生した
②サンノゼ市では摩擦の解決と再発防止策への要請が高まった
③問題解決策として自治体・政府機関による「連合」の形成が目標となった
――である。
これらの政策を動かすうえで、サンノゼ市CIOのタウフィク氏らは「(公的機関側で)官民をつなぐ人材」としての能力を果たした。彼らは(a)デジタル技術と公共調達に関する知見、⒝政策企画・官民間の政策調整に関する経験――に基づく能力を発揮し、他の公的機関や企業に働き掛けたうえで、「AI導入には、官民の情報非対称性を乗り越える必要がある」というアジェンダを共有することに成功した。その帰結として、連合形成の流れは生まれた。
さらにGovAI連合発足後、主要な公的機関のCIOや「ハブ」を運用するPavilion社のメンバーらも重要な役割を果たした。彼らは官民双方の職歴を持つ者が目立ち、先端技術に関する公共調達にも詳しい。彼らが連合のサミットや会合、交渉などで意見のすり合わせを進めた結果、連合に参加する公的機関は「AIの公共調達の知見、官民連携を強化すべき」といった政治的課題感を共有でき、標準的契約条項の共有にとどまらず、AI契約ハブのような斬新なサービス・施策が動き出した[13]。
今後、GovAI連合メンバーが各CIOの指導力の下で結束し、民間企業からのAI調達や開発などに対処し、交渉することによって、自分たちの政策だけではなく、米国全体・広域のAIガバナンスにAdvocacy Coalition(唱道連合、ロビイスト的存在)として影響力を発揮する可能性がある。第2次トランプ政権の下、連邦政府のAI規制緩和が進む米国[14]において、多数の自治体が集うGovAI連合の発信を注視すべきである。(図表2)
図表2:GovAI連合をめぐる経緯
デロイト トーマツ戦略研究所作成
「官民をつなぐ人材」に求められる要素
本稿では、拡大を続ける米国のGovAI連合の形成、運営において公共部門のCIOが重要な役割を担ったことを示した。公共部門における先端領域の調達では、組織内部の制度やガイドラインの設計、民間事業者との交渉(情報の非対称性の緩和)が重要であることが明確になった。GovAI連合のように広域・大規模な連携を機能させるためには、「官民をつなぐ人材」が不可欠と言える。
それでは、先端領域の公共調達において、「官民をつなぐ人材」に求められる要素(コア・コンピタンス)とは何だろうか。ここでは、
⑴ 技術的洞察力と政策形成力の両立
⑵ 組織内外との高度なコミュニケーション能力
⑶ 変革を推進するリーダーシップ
――の3点を特に挙げたい。これらは日本を含む多くの国の公共セクターに当てはまるはずだ。
ただし、多くの日本の自治体の人事制度は、現状において、技術と政策で知見を持つ人材の確保、組織内外と調整する権限や体制の整備といった点で課題が目立つ。この状況はAIのように急速に発達する技術の導入・活用の遅れの一因となっており、政府は中央省庁だけではなく、自治体においてもAI統括責任者(CAIO)とCAIO補佐官の設置を検討課題に挙げている。
現時点の日本で該当する人材や制度は不十分であり、理想(目標)と現実の乖離は大きい。この差を埋めるため、サンノゼ市の事例を参考にするならば、AI時代において自治体が「官民をつなぐ人材」制度を実現するには、次の3点が重要なポイントになるのではないか。
第一に、サンノゼ市やGovAI連合を主導する公的機関のように、民間と公的部門の両方で豊富な経験を持つ人材を起用・育成することを明確にする。
第二に、サンノゼ市のデジタル部門のように、組織・チームとして技術、政策、公共調達の知見を持つ人材をそろえていく。
第三に、サンノゼ市のように、デジタル関係の公共調達、ガバナンスなどCIOと担当チームが技術の専門家にとどまるのではなく、デジタルに関する政策領域において決定権を持つ制度・組織慣行を整える。
これらの制度整備に向けた3つのポイントは、AIに限らず、デジタルやIoT、ブロックチェーンのような先端領域全般の実装において共通して重要になる。少子高齢化が進む日本において、地方自治体の効率化にはデジタルトランスフォーメーションに続いて、AIの本格的な導入が欠かせない。「官民をつなぐ人材」の確保と機能・権限の拡充は、政策アジェンダとして優先度が高くなるだろう。官民間の人材交流を通じた適任者の育成、民間人材サービスを活用した外部人材の起用、複数の自治体の間での専門家(CAIO補佐官等)の共有に関して、さらなる議論が期待される[15]。
※本稿は「国際CIO学会ジャーナル第19号」採択論文「米国におけるGovAI連合の形成とCIOの役割に関する考察」の情報を更新したうえ、改稿した。
<参考レポート・サイト>
<参考文献・注釈>
[1] OpenAI. (2022). Introducing ChatGPT. Retrieved from https://openai.com/index/chatgpt/
[2] Noy, Shakked, and Whitney Zhang. (2023). Experimental evidence on the productivity effects of generative artificial intelligence. Science, 381(6654), 187-192.
[3] World Economic Forum. (2020). AI Procurement in a Box: Project overview. Deloitte. Retrieved from https://mkto.deloitte.com/rs/712-CNF-326/images/Retningslinjer-for-offentlige-AI-anskaffelser.pdf
※世界経済フォーラムC4IRは2020年, デロイトなどと共に「AIは,政府の業務を大幅に改善し, 交通管理から医療提供, 納税申告書の処理に至るまで, 新しい方法で市民のニーズに応えることに役立つ可能性を有する」と指摘したうえ, 各国政府が公共調達プロセスを再考するよう指導し, AI Procurement in a Boxと名付けたガイドラインを域内で検討するよう提唱した.
[4] 総務省.(2025). 自治体におけるAI の利用に関するワーキンググループ報告書. 総務省ホームページ.
https://www.soumu.go.jp/main_content/001022757.pdf
[5] GovAI Coalition. (n.d.). “Government AI Coalition.” Retrieved from http://www.sanjoseca.gov/GovAI
[6] City of San José. (2022). “NEWS RELEASE: New Chief Information Officer to Drive Innovation and Technology Solutions for San José.” Retrieved from https://www.sanjoseca.gov/Home/Components/News/News/3939/4699
[7] GovAI Coalition. (n.d.). “Committees & Working Groups.” Retrieved from https://www.sanjoseca.gov/your-government/departments-offices/information-technology/artificial-intelligence-inventory/govai-coalition/committees-working-groups
[8] GovAI Coalition. (2024). “GovAI Coalition Summit 2024.” Retrieved from https://events.govtech.com/GovAI-Coalition-Summit-2024
[9] GovAI Coalition. (n.d.). Templates & Resources. Retrieved from https://www.sanjoseca.gov/your-government/departments-offices/information-technology/artificial-intelligence-inventory/govai-coalition/templates-resources
[10] GovAI Coalition. (2025). “Fact Sheet for AI Systems.” Retrieved from https://www.sanjoseca.gov/home/showpublisheddocument/109736/638729749523530000
[11] GovAI Coalition. (2024). “Vendor Agreement.” Retrieved from https://www.sanjoseca.gov/home/showpublisheddocument/109754/638458754641770000
[12] Pavilion. (2025).” GovAI Coalition Partners with Pavilion to Launch AI Contract Hub, Accelerate AI Procurement in Public Sector.” Retrieved from https://www.withpavilion.com/about/resources/govai-coalition-partners-with-pavilion-for-ai-contract-hub
[13] 政策立案・企画や交渉力, システム設計に関する知見を持つCIOは[Herweg, et al. 2015]における「政策起業家(Policy Entrepreneur)」および「政治起業家(Political Entrepreneur)」の両方の役割を果たし, 政策アジェンダの周知と政策(施策, システム)の決定・実装を推進したと考えられる.
江田覚. (2025). 米国におけるGovAI連合の形成とCIOの役割に関する考察. 国際 CIO 学会ジャーナル, (19), 13-20.
Herweg, Nicole, Christian Huß, and Reimut Zohlnhöfer. (2015). “Straightening the three streams: Theorising extensions of the multiple streams framework.” European Journal of Political Research 54.3, 435-449.
[14] The White House. (2025). "REMOVING BARRIERS TO AMERICAN LEADERSHIP IN ARTIFICIAL INTELLIGENCE". Retrieved from https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/removing-barriers-to-american-leadership-in-artificial-intelligence/
[15] 注4と同じ.
※総務省ワーキンググループは「一部の大都市を除けば人材確保が困難と見込まれるため, 共同設置による複数団体でのCAIO 補佐官の確保や, 都道府県が確保した専門人材を CAIO 補佐官として市区町村へ派遣すること等が考えられる」と指摘している.
最終閲覧日は2025年9月16日.