2期目に返り咲いた米トランプ政権が世界中で議論を呼ぶ政策を次々に打ち出す中、日米経済協議会の会長や経団連副会長を務める澤田純氏に、日米外交や産業、貿易の今後などについて幅広く意見を聞いた。一方、国内では澤田氏が長年携わってきた、サイバーセキュリティーに関する新法の審議も進み始めている。澤田氏の関心の深い防衛とも絡めながら、通信政策の今後の在り方についても語ってもらった。(インタビューは3月中旬)

―――米財界人と一緒に日米財界人会議を開催し提言を行っている、日米経済協議会の会長として、トランプ政権の政策が日本に与える影響についてはどうみていますか。

澤田氏 トランプ氏は米国とロシアやウクライナ、カナダ、メキシコなど2国間の外交や政策に関心が強いが、対日本についてはイシューがあまり多くないこともあり、プライオリティは低いのではないか。ただ、トランプ氏は、米国からの輸入品に高い関税を課す国や非関税障壁があると認識する国に対して、その国からの輸入品の関税を引き上げる「相互関税」について4月2日に詳細を発表する見通しだが、日本の貿易や経済にも当然、大きな影響が出るだろう。

―――トランプ氏は就任直後から国内外に議論を巻き起こす政策を次々に打ち出しています。

澤田氏 パナマ運河の奪還方針や、ウクライナとロシアの停戦の仲介、中東ではガザ地区のリゾート化計画を発表するなどリーダーシップはすごく強い。次々に政策を洪水のように出していく手法をFlood the Zone(フラッドゾーン、情報洪水戦略)と呼んでおり、トランプ氏の第一次政権時代の側近だったスティーブ・バノン氏が提唱していたようだ。就任から60日程度で、公約に掲げた政策を矢継ぎ早に実行に移している。議論の余地がある、問題の多い政策も少なくないがリーダーシップの強さは疑いがない。

―――日本やアジアに対するトランプ氏の外交姿勢をどうとらえますか。

澤田氏 第一次政権の際もトランプ氏は、日米豪印4か国の枠組みである「クアッド」(QUAD)を重視する姿勢を示していた。トランプ第二次政権の発足直後にもクアッド外相会合が開かれており、トランプ政権は「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指す方針を堅持しているようで、これは日本にとって非常に良いことだ。

2月にワシントンで開かれた全米知事会に出席して、各州の知事と意見交換した。関税の問題は国家間の問題だが、経団連の立場からすると、日本企業が進出して投資する先の各州の知事との関係を深めるのは非常に重要だ。各州の様々な規制を所管するのは州知事や州政府だからだ。

―――トランプ氏は日本に対しては特に貿易赤字の解消を強調しています。

澤田氏 自動車の輸出で対米貿易収支が黒字になっているだけで、デジタル、IT関連では圧倒的に日本は対米赤字だ。ソフトウェアもハードウェアもサーバーも軒並み対米赤字だ。それだけデジタル、ITの世界では日本は弱くなったということだ。日本政府が規制を強化して産業政策を進めてこなかったツケが来ている。電電公社時代、日本の通信機器メーカーとの共同開発の費用は電電公社が受け持っていた。電電公社の無い今は、通信機器メーカーの開発を援助する仕組みが無い。NTT以外の通信企業は通信機器メーカーの育成や共同研究をする気はない。こうした結果が、日本のメーカーには開発できなかったiPhoneの誕生とつながっていると言える。トランプ氏の姿勢を見習ってまず「日本ファースト」の産業政策が必要だろう。

―――トランプ政権は環境規制の見直しについても次々に打ち出していますが、NTTを中心に官民で世界展開を進める光電融合の情報通信基盤「IOWN」は省エネルギーが特徴です。トランプ政権のこうした環境に関する姿勢は逆風になりませんか。

澤田氏 光電融合の半導体の特徴として、電気の使用量が減って環境にいいということを前面に出しすぎているが、本質的には光を活用した大きな変革の一部に過ぎない。半導体の高度化という意味でも、回路幅が2ナノ(10億分の2)メートルの半導体のさらに先は、光素材に回路基板を変える光半導体に近づいていくことになるだろう。

環境に関していえば、今は全世界が環境規制に対して見直しの方向に来ているのではないか。ドイツも環境規制に力を入れすぎた結果、経済への悪影響が露呈した。EU(欧州連合)もEV(電気自動車)一辺倒から舵を切った。ただ、トランプ氏はご都合主義なところもあるので、経済基盤が良くなれば環境を守るのは大事だと方針を変える可能性もあるかもしれない。

心配なのが日本の環境問題への考え方だ。全世界的に環境規制から巻き戻す動きが強くなったときにどう対応するか。日本のこれまでの流れではカーボンニュートラルの方針を放棄することはできないだろう。しかし、それは産業競争力を弱める流れにもなりうる。資源エネルギー庁の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の委員として、第7次エネルギー基本計画の策定に携わったが、原子力や再生可能エネルギーなど全ての発電方式を状況に応じて変えながらフレキシブルに対応できるような計画にするように尽力した。

―――環境への配慮と産業競争力には密接な関係があるわけですね。

澤田氏 政府は、再生可能エネルギーの普及を目的として電力料金に上乗せしている「再エネ賦課金」を消費者から徴収している。電力会社は再エネで発電した電気を通常の発電方法の電気よりも高く再エネ事業者から買い取っており、この差額分を賄うために消費者から徴収している。つまり、再エネを普及させるために、電気代が上がっているということだ。

ところがこれによって日本の製造業が日本から出ていくことにつながる。日本の電気代が高くて米国が関税を上げるなら、米国に製造拠点を持てばいいということになる。日本の産業政策をよく考えた上で、エネルギーや環境問題を考えないといけない。

トランプ氏を見ていてうらやましく思うのは、他国には大きな影響を与えるような政策だったとしても平気で自国のためにはぶった切るところだ。抵抗勢力がいても、USAID(米国際開発局)や教育省の解体を進めてしまう。日本の省庁は古いままで既得権益を守る構造になっており、米国のような大きな変革が必要と言えるかもしれない。

―――国内に目を移しますと、経済安全保障に関する情報の取り扱いを政府が認めた人に限定する「セキュリティークリアランス」の運用基準がまとまったほか、能動的サイバー防御の法案も閣議決定されるなど、安全保障の新たな仕組みの構築が進んでいます。澤田さんは20247月に情報処理推進機構(IPA)の産業サイバーセキュリティセンター長に就任されていますが、サイバー安全保障の取り組みをどう評価していますか。

澤田氏 小林鷹之、高市早苗の両氏が経済安全保障担当大臣として頑張ってくれたこともあってようやく進んだ形だ。世界各国は経済安全保障をしっかり進める政治リーダーを必要としている。経団連としては、日本企業が日本でセキュリティークリアランスの認定を受けても各国に日本の制度を理解してもらわないと、せっかく認定を受けても意味がないということになりかねないので、その辺りの課題はある。

一方でセキュリティークリアランスの対象には、官僚や民間人は含まれるが政治家が含まれていない。そこに踏み込むと法案が成立しないということで議論が先送りになったと聞いているが、これにはかなり違和感を覚える。政治家には経済安全保障に関する機微情報を話すことができないということになる。政治家は役職上、それを知りうる立場であるはずだ。

能動的サイバー防御の法案により、サイバー防御はかなり前進することになると思っている。法案では、通信の監視の対象は日本を経由する海外間(外外通信)、海外から日本(外内通信)、日本から海外(内外通信)の3通りだが、まだ国内から国内は対象になっていない。日本に入国している悪意を持った攻撃者間の通信を監視できないのは抜け穴と言えるのではないか。国民の安全を国が担保しないといけない、人々が肌で感じている体感治安が悪化している現状に対応できないのではないか。

能動的サイバー防御では通信企業が情報を政府に提供することになるが、もし、通信企業が外資系になった場合、政府の求めに応じて情報を提供するだろうか。通信企業の外資規制はNTT法でNTTにだけ課されている。しかし、NTTは情報を提供する通信企業の1つに過ぎない。サイバー防御の観点から通信企業の重みが増してくる以上、各通信企業向けのサイバーディフェンス新法を制定して通信企業全体に外資規制をかける必要があるのではないか。

外為法の強化や日本版の「対米外国投資委員会」(Committee on Foreign Investment in the United States=CFIUS)の新設も検討して、外国企業による対日投資の審査を拡充すべきだろう。

―――サイバー防御を進める上では、海底ケーブルなど通信インフラの安全保障も非常に重要になってきます。

澤田氏 海底ケーブルを陸に引き上げる拠点である陸揚げ局を爆破されると、一気に日本全体の通信がブラックアウトする危険性がある。陸揚げ局をどう防護するか。自衛隊の保護対象にしたり、常駐の自衛官を置いたりする必要があるのではないか。または陸揚げ局の周辺の土地の国有化なども視野に入れるべきだ。民間企業としては攻撃された場合に対処するすべはほぼない。

日本周辺の安全保障環境を振り返ると、有事の武力行使だけでなく、有事以前のサイバー攻撃や情報操作、情報詐取、歴史認識への干渉など、あらゆる手段を駆使したハイブリッド戦争を仕掛ける「超限戦」という考え方を持っている中国が隣国である以上、どう抑止するかを政策的に議論していかなければならない。憲法には公共の福祉が定められているが、公共、国家権力の範囲は狭められており、超限戦の時代には合わない。

北朝鮮にサイバー攻撃を仕掛けるサーバーがあった場合に日本は攻撃ができるのか。専守防衛に逸脱しないのか。また、北朝鮮から日本がサイバー攻撃を受けた場合、米国の集団的自衛権の適用範囲なのか。議論は尽くされていないが、そもそも国境の壁がないサイバー攻撃の場合は集団的自衛権の議論を超越しているのではないか。

―――最後に、NTTの社長、会長を歴任されてきた中で現在の国内の通信分野の課題をお聞かせください。

澤田氏 通信の問題はいろいろある。例えば、エネルギー価格の高騰などがあっても通信料金への価格転嫁はすべきではないのか、議論が必要だろう。携帯端末については結局、米国からiPhoneを仕入れて、そのリセール価格で通信大手が競争しているだけで身のない競争だ。

次の通信方式の6G(第6世代移動通信システム)については、どういう新しいアーキテクチャにすべきなのかという議論が全く出てこない。AI(人工知能)の活用の話ばかりで、通信そのものはどうするのか。

結局、スケールを取るような世界均一の世界では日本の通信企業は勝てない。逆転の発想で、日本向けに作ったガラパゴスのサービスや製品であっても、その独自性を売りに輸出しても競争力があるのではないか。スイスの時計を見習うべきだろう。

スマートフォンと接続する眼鏡型端末をNTT系で開発しているが、あれに光電融合チップを入れると電池が長持ちする。大問題なのは、日本の通信会社も通信機器会社も、世界をリードできるシステム商品、サービスを作ることができていない。それが一番の問題。全部海外に持っていかれているのを何とかしたい。

澤田純/Jun Sawada

経団連副会長、日米経済協議会会長、京都哲学研究所共同代表理事、NTT取締役会長。

1978年4月、日本電信電話公社入社。20146月、NTT副社長、20186月、NTT社長を歴任。会長就任後は財界活動のほか、防衛省「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」の委員や資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の委員を務めるなど、携わる分野は多岐にわたっている。

◆ヒアリングを終えて◆

「多岐にわたって憂えている」。今回のヒアリングの最後に、澤田氏がこう述べて席を後にしたのが非常に印象に残った。

澤田氏へのインタビュー、ヒアリングは、これまでも何度も行ってきた。時に通信と防衛の関係について話が広がることもあったが、巨大企業NTTのトップとしての今後の取り組みについて話を聞く機会が大半だった。

貿易、産業政策、環境エネルギー、防衛、サイバーセキュリティー、通信政策……今回ほど、幅広い分野について語ってくれたのは初めてで、NTTの社業から半ば開放されて以降、澤田氏のカバー範囲が拡大し続けていたのは、こちらの予想を超えるものだった。

ただやはり、最も専門と言える産業政策、通信政策については政府の方針に明確に異を唱えたり、見直しを求めたりする場面が多かった。特に通信企業全体への外資規制の導入を提案するなど、総務省の通信政策については、今後も意見する場面が多いのではないか。

一方、トランプ氏の強引なまでの政策推進力や既得権益を破壊していく姿に対して、澤田氏が「うらやましい」、「賛否はあるがリーダーシップは強い」など前向きにとらえている様子だったのは、澤田氏自身がNTT社長時代に「破壊者」としてドコモの子会社化などの様々な改革を断行してきたためではと感じた。

今後も、澤田氏は政府の各省庁の有識者委員や財界首脳の一人として、おそらく最大の持論である「まずは日本ファースト、それから公益を」という考えに沿って、環境や産業、防衛、通信など各分野でどういう政策が必要かを提言し続けることだろう。「破壊者」としての大胆な提言も必要な時代かもしれない。

大坪 玲央 / Leo Ohtsubo

研究員

産経新聞社入社後、主に経済部でキャリアを積み、総務、国交両省キャップとして情報通信政策・産業、郵政行政、運輸・観光行政などを取材。2024年3月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
研究・専門分野は、情報通信、デジタル政策、運輸行政。

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