民間の団体が発行する排出枠、「ボランタリークレジット」への関心が高まってきている。環境意識の高まりから企業が自主的な温暖化対策の一環として利用しているのに加え、公的な規制の遵守にも活用可能になったからだ。一方で信頼性や質に問題があるとの指摘もある。
こうした中、最も注目を集めている組織が、ガバナンス機関「Integrity Council Voluntary Carbon Market(IC-VCM)」だ。同機関は、「クレジットの信頼性に関する原則(Core Carbon Principles, CCPs)」を定めたうえで、評価の枠組み「Assessment Frameworks(AF)」を踏まえ、CCPsに適格かどうかを審査している。適格認定を受けたボランタリークレジットは一定の信頼性が担保された存在として、市場の注目を集めると思われる。

2021年には取引が最高額突破

ボランタリークレジットは端的にいえば、CO2の排出削減量や除去量を対象に、民間の団体が発行するクレジットのことだ。排出量取引制度であるベースライン&クレジットメカニズムには、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づくクリーン開発メカニズム(CDM)やパリ協定の64項メカニズム(PACM)など国際機関が運営するものや、各国が運営するJクレジットやJCMなどがあるが、民間も運営している。

実はベースライン&クレジットメカニズムを最初に運営し始めたのは、1996年に米国で設立された民間団体「American Carbon Registry(ACR)」だ。当時は温室効果ガス(GHG)排出規制を導入した国はまだ存在せず、企業が自主的に温暖化対策に取り組む手法とされた。ボランタリー(自主的)と呼ばれるゆえんも、ここにあるのかもしれない。

ACRは基本的に米国内で実施されるプロジェクトにクレジットを発行しているが、2000年代中ごろには、米国外でのプロジェクトを対象とする「Verified Carbon Standard(VCS)」や「Gold Standard」が設立された。発行されたクレジットは主に、企業の自主的な温暖化対策に利用された。

近年は環境問題への意識の高まりを受け、ボランタリークレジットの発行量は大きく伸びている。企業が排出削減に向けて設定したカーボンニュートラル目標などの達成のためボランタリークレジットを利用するようになったためだ。企業の排出量の種別には、スコープ1(直接排出量、自社が化石燃料を燃焼させることで発生する排出量)、スコープ2(間接排出量、化石燃料を燃焼させて得られる電力や熱を自社が利用することによって生じる排出量)、スコープ3(スコープ2以外の自社事業に関わる他社の排出量)がある。

さらなる追い風もある。ボランタリークレジットを公的な規制の遵守に活用可能になってきたのだ。たとえば、国際民間航空機関(ICAO)2016年に設定した「国際航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム(CORSIA)」では、規制遵守のため一定の条件を満たしたボランタリークレジットの利用が認められた。米カリフォルニア州の排出量取引制度やコロンビア、南アフリカ共和国の炭素税制度でも、一定の条件下でボランタリークレジット利用が認められた。これらの要因が重なって2017年ごろからボランタリークレジットの発行は急増し価格も上昇した。2021年には取引額が初の20億ドルを突破した。

グリーンウォッシングとクレジットの信頼性への懸念

このようにボランタリークレジットの市場は成長してきたが、その利用を巡り様々な問題が指摘されるようになった。こうした問題は、2つの側面を持つ。

1つは企業の自主的な温暖化対策自体の問題だ。温暖化対策の目標設定や達成については個々の企業の判断に委ねられている部分が多く、客観的な基準や広く認められた手続きなどは存在していなかった。そのため、企業による温暖化対策の有効性を疑問視する声が強くなり、見せかけだけの環境配慮である「グリーンウォッシング」ではないかとの批判がなされるようになった。

もう1つは、ボランタリークレジットの質と信頼性を問う報道が相次ぎ、企業が、実際に排出削減を伴わないクレジットを「目標達成」に利用したとの批判につながったことだ。こうした報道の背景には、排出削減見込みが過剰に算定されているとの懸念がある。ベースライン&クレジットメカニズムでは、当該プロジェクトが実施されない場合に予想される「ベースライン排出量」と、プロジェクト実施後の実際の排出量との差分を「排出削減量」とみなしてクレジットを発行している。このため、ベースライン排出量を意図的に高めに設定することで排出削減量を水増しして、より多くのクレジットを得ようとするケースが出てくる可能性がある。

こうした事態を回避するため、クレジットを発行している団体が個別の独自基準に基づいて承認した排出削減量の算定方法に準じなければ、企業はクレジットを得られない仕組みとなっている。しかし、承認された算定方法が過剰なクレジット発行を認めてしまうような場合、その算定方法自体が問題となる。ボランタリークレジットの信頼性を確保する上では、算定方法がどのような形で承認されているのか、また、その算定方法の内容は妥当なのかが重要となる。

また、ベースライン&クレジットメカニズムにおいては、クレジットの発行対象となるプロジェクトが、クレジットの売却収益などによるインセンティブがあることで実施されたと証明することが求められている。この点は「追加性」と呼ばれ、ベースライン&クレジットメカニズムでは重要な基準とされるが、一部のプロジェクトは追加性を欠いているとの指摘も、信頼性を損なう要因となっている。

信頼性回復の中心となるIC-VCM

信頼性を取り戻すため、様々な動きも出ている。まずは、企業の自主的な温暖化対策にどのようにクレジットを利用するのかについて一定の基準や手続きを定めようとする動きだ。2021年に発足した「自主的炭素市場十全性イニシアティブ(VCMI)」という組織は、企業がネットゼロやカーボンニュートラルの目標達成に向け一定の範囲でボランタリークレジットの利用を認めたうえで、信頼性の確保されたクレジットの利用を求めている。国際標準化機構(ISO)も企業のカーボンニュートラル基準を策定している。

各国政府においてもこの問題の重要性が認識され、2023年に札幌で開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合では、「十全性(質)の高い炭素市場の原則」採択を通じて、質の高いクレジットに関するいくつかの原則が示された。また、米国では20242月に当時のバイデン政権が「ボランタリークレジット信頼性確保のための原則(Voluntary Carbon Markets Joint Policy Statement and Principles)」を発表した。

様々な動きの中で注目されているのがIC-VCMだ。イングランド銀行元総裁のマーク・カーニー氏などが旗振り役となり202021年に活動した「Task Force on Scaling Voluntary Carbon MarketsTFSVCM)」の勧告を踏まえて設立された。TFSVCMはボランタリークレジット市場発展の方策について検討した結果を、信頼性に関する原則、取引市場のガバナンス、取引インフラとクレジットの利用に関するルールなどの提言にまとめた。

IC-VCMは、ボランタリークレジットの信頼性を確保するためのCCPsを制定するとともに、ボランタリークレジットを発行している民間団体がCCPs適格かどうか認める団体として発足した。特徴は、民間団体が中心となって運営するとともに、ボランタリークレジットに関わる多種多様な利害関係者が参加して意思決定を行うことだ。利害関係者には、プロジェクトを開発する事業者やクレジットを利用する企業だけでなく、自然保護関係のプロジェクトから大きく影響をうける先住民の代表なども含まれる。

2021年秋のIC-VCM発足後、CCPsの内容に関する検討作業が行われ20233月に発表された。CCPsに適合するかどうか評価する枠組みのAF20237月には完成し、CCPsAFを踏まえボランタリークレジット発行に関する評価が行われることになった。CCPs適格取得は義務ではないが、多くの団体が適格を望んだ結果、認定例が出始めている。

信頼性と質の確保のためのCCPs

(1)適格と認定するための10原則

CCPsは、ガバナンス、排出量への影響、持続可能な発展への貢献の3つに大別される。さらに区分けがあるため、合計で10の原則が示されている。これらの原則に適合しているかどうか判断するためのAFには、原則ごとの詳細な評価基準が設けられている。(図表1)

ボランタリークレジットの信頼性確保に必要とされるのは、まずクレジットを発行する団体のガバナンスを確立させ、クレジットの保有と移転のための登録簿などを整備することである。次に、プロジェクトに追加性があるかどうかを厳密に判定し、排出削減量を保守的(控え目に)に見積もるよう求められている。さらに、地域共同体や生物多様性への配慮などを通じて、持続可能な発展に貢献すべきとされている。

ボランタリークレジットの信頼性と質に関連して、ベースライン排出量の設定方法と追加性の判断が重要な位置を占める。このため、CCPsにおいては「追加性」、「排出削減量と除去量の確固とした算定方法」に関して2つの原則が示されている。この2つはCCPsにおいて重要な位置を占めているため、AFではさらに詳細な基準が設けられている。

図表1 CCPsの概要

ガバナンス

  •  実効的なガバナンス(クレジットを発行する団体のガバナンスの透明性、説明責任、継続的な改善)。
  • 追跡(プロジェクト・クレジットの追跡、明確化を行う登録簿の構築・管理)
  • 透明性の確保(プロジェクトに関する情報の公開)
  • 第三者検証機関による確固とした有効化および検証(中立した第三者によるプロジェクトの確認)

排出量への影響

  • 追加性(クレジットによる収益のインセンティブがなければプロジェクトが実施されなかったこと)
  • 永続性(排出削減量と除去量は永続的なものとする。永続性が損なわれるリスクがある場合は、対応策をとる)
  • 排出削減量と除去量の確固とした算定方法(科学的知見を踏まえた保守的、主要排出源を全て含んだもの)
  • ダブルカウントの回避(プロジェクト二重登録、クレジットの二重発行、二重計上、二重利用をしない)

持続可能な発展への貢献

 

 

  • 持続可能な発展への貢献とセーフガード(持続可能な発展に貢献するためのガイダンス、手続きなどを設ける)
  • ネットゼロへの移行に貢献(GHG排出量の固定化につながる活動は認めない)

(参考)IC-VCMホームページ(https://icvcm.org/core-carbon-principles/

(2)認定は団体自体と算定方法の2種類

AFで定められている要件を大別すれば、①ボランタリークレジット発行元のガバナンス、基本的な制度の運営方針などを評価するプログラムに関する要件と、➁排出削減量あるいは除去量の算定方法など個別プロジェクトの実施に関する要件、の2つとなる。このため、たとえプログラムに関する要件を満たしている団体であったとしても、算定方法に関する要件を満たしていなければ、CCPsに適格なクレジットの発行はできない。

具体的な評価作業は、IC-VCMが設ける専門家パネルが担う。評価プロセスには、外部の様々な利害関係者や専門家も助言を提供することとされており、多様な見解を踏まえた検討を経たうえで、最終的にIC-VCM理事会においてCCPs適格の是非が判断される。

昨年末で6団体と12算定方法が認定

IC-VCMにおけるCCPs適格認定は、ボランタリークレジットを発行する民間団体にとって義務ではない。しかし、信頼性や品質に関する問題が指摘されている中、IC-VCMのような第三者の評価を受ければ一定の信頼性が担保される。このため、多くの団体が適格認定の申請を行った。

2024年末時点で、団体の適格性が認められたものは6件で、適格性が認められた算定方法は植林プロジェクト、ゴミ処分場からのメタン回収、メタンガスの漏洩防止、オゾン破壊物質の排出削減、森林破壊の防止による排出量削減(REDD+)など12件だった。これらの団体と算定方法から発行されるクレジットは、CCPs適格と表示することが許される。

適格性が認めらなかったものの、認められる余地が残されているケースもある。たとえば、再生可能エネルギープロジェクトの排出削減量の算定方法だ。適格性を認めなかった理由としてIC-VCMの文書は、排出削減量の算定方法に問題があることや追加性の判断方法に問題がある点などを指摘した一方、パリ協定クレジットメカニズム(PACM)での検討結果を踏まえ修正されれば再検討の余地があるとしている。そのため将来的には、再生可能エネルギー由来のプロジェクトもCCPs適格と認められる可能性がある。

熱帯雨林におけるREDD+プロジェクトについても、クレジットの過剰発行につながるとの懸念が多くの報道で示されていたものの、最終的には、CCPs適格が認められた。IC-VCM発表の文書では、批判を踏まえて算定方法に様々な修正がなされたことが考慮された、と説明されている。決定に抗議して一部の専門家がIC-VCMを去る事態も生じたが、適格の決定は維持されたままとなっている。

CCPs適格クレジットの次の展開

こうして近い将来、CCPs適格と認められるクレジットが発行される見通しとなったことは、自主的な取り組みにボランタリークレジットの利用を検討している企業に影響を与えると予想される。グリーンウォッシングをしているとの批判をかわしながら、ボランタリークレジットを利用するうえで必要な信頼性の確保につながるからだ。CCPs適格認定のクレジットの市場取引が始まる時期は読めないものの、市場関係者から大きな注目を集めると予想される。

CCPs適格の評価作業が依然継続していることにも留意が必要だ。適格性が認められた団体は6件、適格性が認められた算定方法は12件あるが、評価作業が終了していない算定方法は実に73件ある。

いったん適格性が認められなかった案件も注視すべきだ。今後、PACMにおいて再生可能エネルギーのベースライン排出量の算定方法や追加性の判断方法などが採択された場合、IC-VCMにおいても再生可能エネルギーがCCPs適格と認められる可能性がある。その場合は、市場にも一定の影響を与えると考えられる。

REDD+プロジェクトについては大量のクレジット発行が可能なため、CCPs適格が認められたことによる市場への潜在的な影響力は大きい。ただ、上記のように適格認定に抗議して一部の専門家がIC-VCMを去っており、REDD+由来のクレジットがどのように市場で取引されるのかは慎重に見極める必要があるだろう。

<参考文献・資料>

1.Forest Trends’ Ecosystem Marketplace. 2021. ‘Market in Motion’, State of Voluntary Carbon Markets 2021, Installment 1. https://www.ecosystemmarketplace.com/publications/state-of-the-voluntary-carbon-markets-2021/

2. Forest Trends’ Ecosystem Marketplace. 2024. State of the Voluntary Carbon Market 2024. https://www.ecosystemmarketplace.com/publications/2024-state-of-the-voluntary-carbon-markets-sovcm/

3. IC-VCM. 2024. CORE CARBON PRINCIPLES, ASSESSMENT FRAMEWORK AND ASSESSMENT PROCEDURE. https://icvcm.org/wp-content/uploads/2024/02/CCP-Book-V1.1-FINAL-LowRes-15May24.pdf

4. Guardian. 2023-1-18. Revealed: more than 90% of rainforest carbon offsets by biggest certifier are worthless, analysis shows.

https://www.theguardian.com/environment/2023/jan/18/revealed-forest-carbon-offsets-biggest-provider-worthless-verra-aoe

 

関連サイト

サステナビリティアドバイザリー|ファイナンシャルアドバイザリー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte

M&AにおけるESGトレンド調査 2024 日本版|M&A|デロイト トーマツ グループ|Deloitte

小松 潔 / Kiyoshi Komatsu

主任研究員

政府系研究機関や民間企業において、環境問題に関する調査・分析に長く従事。特に、国連や各国の温暖化政策の動向、中でもカーボンプライシングに関わる政策動向、クレジット取引市場の動向などの研究に取り組んできた。2011年から2023年まで、国連気候変動枠組み条約の締約国会議(COP)の日本政府代表団に専門家として加わり、交渉に参加した。
2024年にデロイ トトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。修士(学術)。


この著者の記事一覧