2025年の論点, IT・デジタル, デジタルトランスフォーメーション
「2025年の崖」から転落しなかった企業がすべきこと
「2025年の崖」という言葉がある。経済産業省は6年前に発表した「DXレポート」で、この年には企業の基幹系システムの約6割が導入から21年以上経過する見込みであるため、放置すれば崖のように巨額な経済損失が発生すると警鐘を鳴らしていた。その2025年を実際に迎えて振り返ると、ERPのリプレイスや導入は一定程度進んだとい言える。一方で、転落を免れた企業が新たな課題に直面している。レガシーシステムを刷新しさえすれば崖を乗り越えられるとの風潮が広まったため、DXレポートの本質だったデジタル技術を活用した事業変革が疎かになった面があるのだ。企業は足元の課題に向き合い、競争優位性を高めるための経営基盤としてERPを活用し、本質的なDX実現を目指すべきであろう。
目次
「2025年の崖」がレガシーマイグレーションを後押し
経産省は、2018年9月発表の「DXレポート~IT システム『2025 年の崖』の克服と DX の本格的な展開~」で、企業競争力の維持・強化にはDXが不可欠だとしたうえで、多大なコストとIT人材を浪費するレガシーシステムから脱却する重要性を訴えた(※1)。そのままでは2025年には導入から21年以上を経過した基幹系システムが約6割に達し、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があると試算し、これを「2025年の崖」と名付けた。
レガシーシステムのリプレイス期限が2025年とされたのには、当時、SAP ERP6.0以前の旧バージョンのサポート終了が2025年に予定されていたという背景がある(※2)。国内で大手企業がERPパッケージの導入を始めたのは2000年前後であり、多くの企業がアドオン開発を重ねて導入したERPは、老朽化・複雑化が進んでいた。SAPのサポート終了時期はその後2027年に延期されものの、「2025年の崖」という言葉のインパクトは強く残った。
2022年には富士通がメインフレーム事業撤退を表明したこともあり(※3)、メインフレームのオープン化も含め、レガシーマイグレーションの機運が高まった。結果として、2025年時点では基幹システムの更改は一定程度進んでいる。デロイト トーマツ ミック経済研究所は、レガシーマイグレーションの市場規模は成長を続けており2024年度に9,458億円になると予測している(※4)。
一方で、DXレポートの本質的なメッセージは、レガシーシステムからの脱却で維持運用費削減や人員確保を行い、デジタル技術を使ったビジネス変革に経営資源を投資するべきということだったが、手段としてのレガシーマイグレーションに関心が集中したことは、その後の課題を生む一因となったといえるだろう。
図表1: レガシー&オープンレガシーマイグレーションの市場規模推移
データソース:デロイト トーマツ ミック経済研究所株式会社「レガシー&オープンレガシーマイグレーション市場動向 2024年度版」(2024年9月)※4
「崖から落ちなかった企業」が直面する課題
DXレポートでは、老朽化したシステムを使い続けるデメリットとして、「データを活用できず市場の変化に対応できない」「維持運用が高額で戦略的な分野にIT投資ができない」「レガシーシステムの維持に人員を割かれIT人材不足が深刻化する」などの問題が挙げられている。ところが、システム更改を行っても、これらの課題を克服できていない企業が多いのが実態であろう。
データの活用は長年にわたり議論され続けており、意思決定に資するデータ活用の重要性は認知されているがその実現は難しいことを示唆している。システム更改を契機に、ERPと併用してEPM(Enterprise Performance Management:経営管理システム)を導入した企業もある。アクティビストファンドが経営成果のコミットメントを求める動きが強まっている中で、統合的な業績のモニタリングを行うことが目的である。EPM導入後の管理会計では、短期的な収益目標達成を追うPL偏重の業績管理ではなく、中長期での資本収益性の改善を重視するポートフォリオマネジメントの強化を図ることで、企業価値向上へのコミットを求める株主からの要請に応えようとしている。
コスト面では、リプレイスや移行後のクラウド基盤利用などを含む運用費が想定より高くつき、期待したコスト削減効果が得られなかった企業は少なくない。現在はFit to Standard(パッケージを改変せずに導入し、標準機能に業務を合わせる導入手法)の考え方に基づくERP導入が主流となり、20年前よりも導入のコストや期間は短縮しているものの、競争優位性を実現するための投資までたどり着けていない企業は多いとみられる。
エンジニア単価削減と人員不足対策のためCOBOLからJavaへの転換を行う場合も、ツールで機械的に移行した結果、COBOLの複雑な構造をそのままJavaで引き継ぎ、テスト工数が削減できず開発生産性が低い状態にとどまるケースもある。このようなプログラムは「JaBOL」という呼称がつくほどに多いのだが、ビジネスにスピードが重視される時代に開発生産性が低いシステムを抱えることは、技術的負債の継続に繋がる可能性が高い。
また、日本はIT人材がIT企業に偏在している業界構造を抱えているが、DXレポートは必要なIT人材をユーザ企業自身が確保する重要性を指摘している。適切な手法でのレガシーマイグレーション、ERP導入による経営基盤整備、データ活用、競争力の高い業務システム構築などの推進には、従来型のベンダー依存では難しい。自社の戦略や業務を踏まえたうえで、計画立案やリソース管理を行う必要がある。ユーザ企業も人材の獲得や育成を図っており、クラウドやローコード・ノーコード開発など技術面は進化しているが、人材不足を改善しない限り、問題は解決できない。
これから始まる基幹システムの本格活用
「2025年の崖」にも後押しされ、経営基盤である基幹システムのリプレイスと導入が進んだことは、企業がデジタル化に踏み出す第一歩となった。しかし崖から転落しなかったことをゴールにするか、競争優位性を得るための変革まで歩みを進められるかは、今後の各社の取り組み次第となる。
後者を選択した場合、やるべきことは多岐にわたるだろう。正しく優先順位をつけることが肝要である。データの整備と標準化が行われていなければデータ活用は進まず、注目を集めているAIにも基本的にデータが必要である。また、人材の育成には5年~10年単位の時間がかかるため、早期に着手する必要がある。レガシー刷新を先行させたため競争領域のシステム整備が後手に回っているのであれば、その優先度を上げる必要がある。
また、大企業・中小企業を問わず、持続的な賃上げや成長を実現するうえでは、M&Aは有効な手段の一つだ。実際に、大手企業の子会社売却やMBOによる非上場化、海外企業の子会社化など大型案件が相次いでいる。さらに、政府は2024年を中堅企業元年と称しており、2025年以降は税制優遇策による中堅中小企業のM&A促進も期待される。M&Aを変革の好機と位置付け、技術や人材の獲得などを通じてDXを加速させることが求められるだろう。
DXで先行しているとされる企業の責任者は、「DXという言葉がなかった時代からの取り組みがやっと結実しつつある。もちろん終わりもない」と語る。DXの実現には、基幹システム導入の先に長い道のりがあることを認識した上で、足元の課題を洗い出し、戦略的な活用に踏み出すことが求められる。
<参考>
※1 経済産業省 「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」(2018年9月)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
※2 日本経済新聞「SAP移行進まぬ『2025年問題』1000社超を直撃か」(2020年2月13日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54588670Q0A120C2000000/
※3 富士通株式会社 社会課題解決と新たな価値を創出できるコネクテッドな社会を実現するデジタルインフラ基盤の提供について(2022年2月)
https://pr.fujitsu.com/jp/news/2022/02/14-1.html
※4 デロイト トーマツ ミック経済研究所株式会社「レガシー&オープンレガシーマイグレーション市場動向 2024年度版」(2024年9月)(※プレスリリースの閲覧は会員登録制)
https://mic-r.co.jp/pressrelease/
<執筆協力>
古賀 敬浩 パートナー
日系企業にて業務改善コンサルティング、およびIT導入支援に従事し、2012年にDTFAに入社。ITデューデリジェンス、オペレーショナルデューデリジェンス、PMI業務など、IT・オペレーションに関連するM&Aアドバイザリー業務を担当している。また、M&A以外においても大型プロジェクトのPMOなど短期間でのプロジェクトの垂直立ち上げに豊富な経験を有する。
大植 拓郎 マネジャー
SIer・外資系コンサルティングファームを経て、 2020年にDTFAに入社。 システム開発からJV設立にあたっての業務・システム統合の構想~導入まで、業務・IT観点で幅広く経験。 主にセルサイドにおける業務・IT観点での支援を実施。
加瀬 剛峻 マネジャー
日系企業にて営業・マーケティング・企画等を経験後、2022年にDTFAに入社。大型プロジェクトのコンサルティング案件、M&Aアドバイザリーやデューデリジェンスなど、多岐にわたって担当する。
下田 総至 マネジャー
国内鉄鋼メーカー財務部・総合系コンサルティングファームでの勤務を経て、2023年にDTFAに入社。 主に、カーブアウトディールにおけるオペレーションおよびIT分離にかかるイシュー分析・デューデリジェンスの実施、およびPre-PMIフェーズにおけるプロジェクト支援に従事している。経理実務構築支援、管理会計高度化支援、管理会計領域のシステム導入にかかる業務も提供している。
兵頭 昭彦 マネジャー
日系コンサルティングファームにてITおよび業務に関するコンサルティング案件に従事した後、2024年にDTFAに入社。M&Aに伴うオペレーション統合およびシステム統合、ITデューデリジェンスなどに加え、IT構想策定、ITシステム導入、業務/IT改革、マーケティング戦略立案等のコンサルティング経験を有する。