温暖化、ここがポイント④ パリ協定実施本格化の裏でトランプ氏の影
2024年11月11〜24日にアゼルバイジャンの首都バクーで、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の第29回締約国会議(COP29)が開かれた。今回COPでは途上国の温室効果ガス(GHG)排出削減や温暖化への適応を支援するための資金支援目標額が決定されるなどしたが、特に重要なのはパリ協定第6条の実施規則(パリルールブック)をめぐる交渉がようやく妥結したことだ。これでパリ協定は本格的な実施の段階に移った。ただ、2025年1月には、地球温暖化対策に否定的な立場をとってきたトランプ氏が米大統領に就任する。その国際的な影響については読めない部分が多い。
目次
国際社会における温暖化対策の枠組み
まずはUNFCCC、COPの位置付けを説明する。UNFCCCは地球温暖化に対応するために策定された国際条約で、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連持続可能な開発サミット(リオサミット)で採択された。ただし、この条約は、国際社会が温暖化対策に取り組むための基本的な枠組みを設けるにとどまり、排出削減目標や具体的な取り組みは、UNFCCCに沿って採択された別の国際条約で定めることになった。
COPとはConference of Parties(COP)、締約国会議の略称である。1997年のCOP3で採択された京都議定書では、先進国に対してのみ排出削減目標を法的義務として設定した。途上国での排出削減プロジェクトを対象にクレジットを発行し、目標達成に活用できるクリーン開発メカニズム(CDM)も規定された。ただ、中国やインドに何の目標も課されなかった点を不服として米国は京都議定書を締結しなかった。結果として、主要なGHG排出国である米中印で排出削減対策が行われないこととなった。
この状況を打開するため交渉が重ねられ、2015年のCOP21でパリ協定が採択され、先進国だけではなく中国、インドも含めた全ての締約国が、法的義務ではない自主的な排出削減目標(Nationally determined Contributions, NDC)を設定することになった。オバマ政権下の米国に加え、中国、インドも批准したことから、パリ協定は2021年以降の国際社会における温暖化対策の中心となっている。
京都議定書やパリ協定の締約は、UNFCCCの締約が前提となる。UNFCCCの枠組みの中で京都議定書、パリ協定などが制定されているためだ。オゾン層保護や生物多様性の確保などでも、まずは基本的な原則、報告書提出などに取り組む枠組みを制定とした上で別途、議定書などを制定して具体的な規制を定めていく方法がとられている。この点は、米トランプ次期政権がUNFCCCやパリ協定にどう影響するか考える際には重要となる。
COPはUNFCCCの最高意思決定機関
UNFCCCで最高意思機関とされているCOPでの議論は、国際的な温暖化対策に大きな影響を持ちうる。そのため、毎年開催されるCOPに多くの注目が集まる。UNFCCCの下で採択された京都議定書やパリ協定もUNFCCC同様に国際条約と位置付けられているため、それぞれにUNFCCCのCOPに当たる最高意思決定機関のCMP(京都議定書)、CMA(パリ協定)がある。COP29では同時にCMP19、CMA6が行われている。注目されていた途上国への資金支援目標額はCMA6で議題とされ、決定が採択された。
UNFCCC以外の環境条約についてもCOPが定期的に開催されている。例えばUNFCCCのCOP29の直前の10月21日〜11月1日には生物多様性条約のCOP16がコロンビアのカリで開催された。生物多様性条約については隔年、湿地保全に関するラムサール条約は3年おきにCOPが開催されており、UNFCCCのように毎年、開催される条約は珍しい。
COP、CMP、CMAの議長はホスト国の閣僚級が務める。COP29、CMP19、CMA6ではアゼルバイジャンのムフタル・ババエフ環境天然資源大臣だった。 UNFCCCでは、ホスト国を国連の5つの地域区分(アフリカ、アジア太平洋、東欧、ラテンアメリカ・カリブ諸国、西欧及びその他の国)から順番に選ぶ。今回のCOP29の開催地バクーは東欧、来年のホスト国ブラジルはラテンアメリカ・カリブ諸国の区分から選ばれた。
COPでは各国の首脳あるいは閣僚が参加する会合が行われ注目を集める。京都議定書やパリ協定の制定のための交渉では、各国首脳が参加して合意に向けた決意表明をすることは、交渉妥結に向けて気運を高める意味でも重要な役割を担っていた。しかし、これらの交渉が終了してからは、次第に各国の温暖化対策をアピールする場へと変わってきている。今回のCOP 29でも英国の首相が新しいNDCを発表し、注目を集めた。
国際社会から注目を集める首脳や閣僚の会合以外にも実質的には多様な議題があり、交渉結果を決定文書として採択することがCOP、CMP、CMAの成果となる。採択には締約国しか参加できず、全会一致が慣例。締約国は大国、小国問わず1票を持っており1カ国でも反対すれば決定を採択できない。そのため、各国に合意を取り付ける必要があり、多様な意見と利害が複雑に入り混じる中での折衝に時間を要することになる。
COP29での交渉結果
(1)COP29の交渉経緯
今回のCOPでは途上国への資金支援の新たな目標に注目が集まった。もともとUNFCCCの下で2025年までの先進国全体の目標として、途上国への資金支援を年間1000億ドルとすることが決まっていたが、それ以降の新たな資金支援目標(New Collective Quantified Goal(NCQG))は、2025年までに決めることになっていた。
NCQGをめぐる交渉は難航したものの会期延長を経て、ようやく合意に至った。パリ協定第6条に関する積み残しの論点となっていた年次情報の報告様式についても合意した。第6条2項のダブルカウントの回避手続の補足的なルール、報告書の様式、インフラの様式、審査手続きで合意したのに合わせ、6条4項監督機関が策定した排出削減量・除去量の算定方法や除去活動に関する要件に関する決定も採択された。
一方で、合意に至らなかった点も見られた。2023年のCOP28で実施されたパリ協定の進捗状況の確認作業、グローバルストックテーク(GST)を踏まえて対話を実施する方法、脱炭素社会への移行を目指す公正な移行作業計画(JTWP)などは、継続協議となった。
近年、化石燃料からの脱却を求める文言をCOPの決定文書に含めることを求める国があり、1つの争点となっている。例えばCOP26に化石燃料補助金の段階的廃止に関する文言が盛り込まれ、COP28では「化石燃料の脱却(transitioning away from fossil fuel)する」ことを各国に要請する文言が入った。このような中でCOP29での採択文書に化石燃料に関する文言がまったく見当たらないことも印象的だ。COP28のホスト国がアゼルバイジャンと同じ産油国のアラブ首長国連邦(UAE)だったことからすれば対照的な結果となった。
主要な論点 |
合意された内容 |
NCQG |
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パリ協定第6条 |
6条2項
6条4項
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損失と損害 |
「損失と損害」基金に関する運営体制の整備 |
適応 |
適応に関する世界目標(GGA)に関する基本的な要素の明確化。 |
(出所)DTFAインスティテュート作成
(2)主要な2つの成果
主要な成果としては、NCQG合意とパリ協定第6条のパリルールブック合意が挙げられる。それぞれがどのような意義を持つのか見てみよう。
NCQGはCMAの議題とされたが、合意内容には特徴的な点が幾つか見られる。先進国による資金支援目標額が、2025年までの年間1000億ドルから同3000億ドルに増額されただけではなく、先進国以外の国や関係者にも資金提供を求めている点だ。
例えば、UNFCCCの交渉において途上国グループに入っているものの、経済成長を遂げ、すでにODAの支援から卒業した中国のような国に対し、目標金額は設定されていないが今後、自主的な他の途上国支援を行うことが奨励されている。真に支援が必要な途上国への資金供給源が拡大した点では前進したと言えよう。それ以外にも、先進国以外の民間企業など多様な関係者をactorと表現した上で、途上国への資金支援への貢献を呼びかけている。過去の決定でも民間資金の活用は触れられてきたが、明確に国以外の民間企業などの様々な団体や組織に協力を呼びかけていることは今回決定の特徴的な点となっている。
一方で、途上国側には強い不満が残っている。目標額が要望していた1.3兆ドルを大幅に下回ったためだ。交渉最終盤の議長が主催する会合で、議論に主張が反映されていないとして小島嶼諸国連合(AOSIS)加盟諸国などが退出するひと幕もあり、一部の報道機関は、「コペンハーゲン以来の大惨事」と報じた。最終的には決定文書採択には反対しなかったものの、採択後にインド、ナイジェリア、AOSISなどが決定内容に強い不満を表明した。CMAでは全会一致が慣例のため途上国は採択阻止が可能だったが、最終的には決定を受け入れた。強い不満を表明した国々の真意については慎重に判断する必要があろう。
②パリルールブック交渉の完了
パリ協定第6条の実施規則パリルールブックに関する決定も大きな成果である。2016年から行われてきたパリ協定実施のための交渉が完了したことを意味するためだ。2015年にパリで開催されたCOP21で採択された条文だけでは協定の本格的な実施には不十分だったため、パリルールブック策定のための交渉を2018年までに終了させることが決定された。
2018年のCOP24(パリ協定のCMA1)で大半のパリルールブックが採択されたが、第6条に関しては2021年のCOP26(CMA3)で採択された。その後、第6条のパリールールにおいて求められるさまざまな報告書(初期報告書、年次情報、定期情報)の様式、透明性を確保するためのインフラの様式などに関しては積み残しとなった。今回のCOP29(CMA6)では、この残された技術的な論点の合意が得られ、決定文書が採択された。
第6条の主要規定は、6条2項のダブルカウント回避手続、6条4項のパリ協定クレジットメカニズム(PACM)設立、6条8項の非市場アプローチ、の3つである。CMA6では2項と4項に関して、重要な決定がなされた。
6条2項については年次情報の報告書様式がようやく決まり、CMA3では明確にされていなかったダブルカウント回避手続きや審査手続きに関する一定の指針が示された。そのほか、クレジットの国際移転の透明性を確保するためのインフラ、登録簿についても補足的なルールが定められた。
6条4項に関しては監督機関における運営に関する実質的な議論を経て、作成された排出削減量の算定方法の要件、除去活動の要件についてのCMA6の決定文書が採択された。また、CDMとして実施されていた新規植林/再植林プロジェクト(A/Rプロジェクト)のPACMへの移行が決定した。CMA3決定ではこの移行は認められていなかったものの、一部の国が行い続けた主張が今回のCMA6において実現した形になった。
今回のCMA6の決定により、パリルールブックについて唯一残されていた第6条の交渉が妥結したため、パリ協定をめぐる制度構築作業は全て終了したと言える。今後はパリ協定の本格的な実施に力点が移っていくと考えられる。
6条4項関連では排出削減量の算定方法について一定の方向性が示され、PACMの本格的な実施に一歩前進したことも、大きな成果と言える。また、今回の成果は将来的にボランタリークレジットなどパリ協定の枠外の制度にも影響を及ぼす可能性がある。その具体的な行方を今後、注目していく必要性があるだろう。
NDCの実施と目標引き上げに求められること
すでに述べたようにパリルールブックに関する交渉が終わったため今後は、各国のNDCの実施と更なる目標引き上げに向けた取り組みが重要となる。その際、京都議定書とパリ協定との違いに留意することが必要だ。
京都議定書は先進国限定ながらGHGの排出削減義務を定め、この目標を達成できない場合に備えて遵守委員会が設けられるなど厳しい制度となっていた。一方、パリ協定は、全ての締約国が何らかの形で自主的にNDCという形で排出削減目標を設定するが、その達成や引き上げは各国の自主性に委ねられており法的な義務はない。このため、国際社会での気運を高めていくことが求められる。COPにおいて各国首脳が排出削減に向けた決意を表明することは、国際社会におけるGHG排出削減に向けた気運の維持と向上にひと役買っていると言えるかも知れない。
気運を高めるだけでは目標達成には十分ではない。NDC実施に必要なインフラ投資など、各国が具体的な行動をとることが必要となる。しかし、全ての国が必要な資金、技術、人材を有しているわけではない。今回のCOPで主要議題となった資金支援以外にも、技術移転や人材の能力開発などが、途上国のNDC達成には必要だ。世界銀行など既存の国際機関以外にもUNFCCCの下で設けられた多様な組織や機関が途上国支援を行なっている。
例えば、2010年のCOP16を受けて設立された「緑の気候基金」はすでに135億ドルの支援を実施した。COP16では技術移転のため、気候技術センター・ネットワーク(CTCN)設立も決定した。パリ協定第6条4項に基づいて運営されるPACMは各国での排出削減プロジェクトを対象に発行したクレジットの取引を通じて途上国などのNDC達成を支援することを目指した制度である。各国のNDC達成と排出削減目標のさらなる引き上げに向け、これらの機関や組織の役割はますます重要になっていくだろう。
制度運営に関する懸念もある。UNFCCCの1992年採択から30年以上を経る中で多くの制度やプログラムが設けられ、1つの問題に複数の機関やプログラムが対応するようになってきたことだ。対応する事務局では予算やスタッフが増えず負担が拡大しているが、解決策は見えていない状況だ。
第2次トランプ政権による不確実性
一方で、11月5日(米国時間)の米大統領選挙でトランプ氏が勝利したことは、UNFCCCの行方に影を投げかけている。第1次トランプ政権は発足からほどなく、パリ協定脱退の手続きを行った。温暖化対策に積極的なバイデン氏が2020年の大統領選挙で勝利し、就任直後にパリ協定の批准手続きを行い、パリ協定に復帰した。第2次トランプ政権でも同様に、パリ協定から脱退するとの見方が強いが、さらに、現在、懸念されているのはパリ協定だけではなく、枠組み条約であるUNFCCCからも脱退するのではないか、ということだ。UNFCCCは米国の国内法により、上院の3分の2の賛成による承認を経て批准されている。もし第2次トランプ政権でUNFCCCからも脱退した場合、将来の復帰に上院の承認手続が必要なのかは、先例がないため明らかになっていない。もし、上院の承認が必要とされた場合、米国がUNFCCCを改めて批准するのは、非常に難しいだろう。
現在、各国は2035年までのNDCを2025年2月までに提出する準備をしているため、仮にトランプ政権がパリ協定やUNFCCCから脱退したとしても、大幅な温暖化対策の変更は不可能ではないかと思われる。そのため、米国以外の国は当面、温暖化対策の方向性を現状のまま継続すると予想される。
しかし、長期的にはどのような影響が生じるかは読めない部分が多い。特にパリ協定の下で各国が設定するNDCの達成は義務ではなく、目標引き上げなども各国の自主的に任されている。温暖化対策に積極的に取り組む気運を国際的に盛り上げていく必要性がある中で、米国が不在となれば何らかの影響を与えてもおかしくはない。2025年以降のトランプ政権の動向は、UNFCCCにとって不確定要素となる。
<参考文献・資料>
(※1)小松 潔. 2025年の論点 米国はUNFCCCから脱退するか. DTFAインスティテュートウェブサイト
https://faportal.deloitte.jp/institute/report/articles/001183.html
(※2)BBC. This is as bad as the Copenhagen summit - Christian Aid official. BBC Live Reporting. posted 00:12 24 November.
https://www.bbc.com/news/live/c8jykpdgr08t?post=asset%3A1cb08e36-ed33-4c17-814c-f4cfab6e3669#post (2024年12月6日閲覧)
(※3)The Earth Negotiations Bulletin. Summary report of UN Climate Change Conference Baku - November 2024. IISD. 26 November 2024
https://enb.iisd.org/sites/default/files/2024-11/enb12865e_0.pdf (2024年12月6日閲覧)
(※4)The Earth Negotiations Bulletin. Summary of the 2024 Bonn Climate Change Conference: 3-13 June 2024. IISD. 17 June 2024.
https://enb.iisd.org/sites/default/files/2024-06/enb12853e_0.pdf (2024年12月6日閲覧)
(※5)UNFCCC Draft decision -/CMA.6 Matters relating to finance New collective quantified goal on climate finance(FCCC/PA/CMA/2024/L.22)
https://unfccc.int/documents/643641 (2024年12月6日閲覧)
(※6)UNFCCC Draft decision -/CMA.6 Matters relating to cooperative approaches referred to in Article 6, paragraph 2, of the Paris Agreement (FCCC/PA/CMA/2024/L.15)
https://unfccc.int/documents/643663 (2024年12月6日閲覧)
(※7)UNFCCC Draft decision -/CMA.6 Guidance on the mechanism established by Article 6,paragraph 4, of the Paris Agreement(FCCC/PA/CMA/2024/L.1)
https://unfccc.int/documents/642623 (2024年12月6日閲覧)
(※8)UNFCCC Draft decision -/CMA.6 Further Guidance on the mechanism established by Article 6,paragraph 4, of the Paris Agreement(FCCC/PA/CMA/2024/L.16)
https://unfccc.int/documents/643666 (2024年12月6日閲覧)
*参考文献(※5)から(※8)はDraft Decisionとなっているが、COP29の最終日の全体会合で提案された文書。全体会合で採択されたため、この文書が決定文書となる。
<関連サイト>