BRICSの挑戦――世界の多極化に備えよ
2024年、BRICSは加盟国を拡大し、既存の国際秩序に挑む動きを見せている。一方、米国の次期大統領となるトランプ氏の強硬な反BRICS姿勢は、新たな地政学的リスクを生み出す可能性がある。本レポートでは、BRICSの狙いとその限界を考察するとともに、今後の国際秩序の変容を3つのシナリオを通じて展望する。BRICSが反米連合として一枚岩となる可能性は低いものの、世界が多極化に向かう流れは避けられないだろう。
目次
2024年11月30日、ドナルド・トランプ次期米大統領は、自身が運営するソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル(Truth Social)」において、BRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカなど)が脱ドル化を進める場合、これらの国に対して100%の関税を課す意向を示した。
トランプ次期大統領が米国の競争相手国である中国のみならず、BRICS諸国をターゲットに攻撃(一種のディール)を始めたことは、BRICS諸国の存在が国際社会で大きくなっていることを示している。BRICS諸国が、反米の基軸とさえなる芽を摘んでおきたいという思惑がトンランプ次期大統領の政権検討チームの中にあるということを示唆している。
本レポートでは、近年、その存在感を増すBRICSに焦点を当て、さらには覇権国である米国と関係性に着目する。
そもそも、BRICSはどのような存在であり、なぜその動向に注目する必要があるのだろうか。本レポートの前半では、以下の3つの問いを軸に、BRICSが非G7型の国際秩序を構築しようとする現状を考察する。その際、BRICS内部に潜む不協和音にも目を向けたい。後半では、現状分析を踏まえ、今後の地政学的リスクシナリオと日本企業への影響を検討する。
① なぜBRICSは、「一時のブーム」と評されていたのにもかかわらず、近年その存在感を増しているのか?
② BRICSの狙いは何か?
③ BRICSは反欧米連合とみなせるのか?
BRICS拡大とその経済的・地政学的背景
現在のBRICSの元となったBRICsという名称は、ブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字を組み合わせたもので、2001年にゴールドマンサックスのジム・オニール氏が、提唱した概念だ。その後、2006年に公式なフォーラムとして発足し、2011年に、南アフリカが加盟したことで、今日の「BRICS」となった。さらに、2024年1月には、アラブ首長国連邦(UAE)、イラン、エジプト、エチオピアが新たに加わり、「BRICS+(BRICSプラス)」と拡大する。G20には西側諸国(G7)が含まれる一方、BRICSはG7を含まない中ロ主導の枠組みと位置付けられる。
2024年10月22日から24日にかけて、ロシアのカザンで開催されたBRICS首脳会議(カザンサミット)は、BRICS+体制下での初のサミットとなった。このサミットには、正式加盟国の9ヵ国に加え、27の国および国際機関の代表らが参加した(図1参照)。特筆すべきは、参加国の代表に「グローバルサウス諸国」だけでなく、トルコのエルドアン大統領やセルビアのアレクサンダル・ヴリン副首相、アゼルバイジャンのアリエフ大統領が含まれることだ。これは、EU加盟国候補やNATO加盟国など、西側諸国に近い立場の国々もカザンに集まったことを意味する。
図1 2024年カザンサミット参加国
DTFA Institute作成
※参加国の3分の2は、首脳レベルが参加
当初は、新興国の経済的な可能性に焦点が当てられていたBRICSだが、近年では、米国を中心とする西側諸国が主導してきた「自由で開かれた国際秩序(リベラルな国際秩序)」に対抗する存在として影響力を増しており、その経済的・政治的な動向が注目を集めている。
まず、BRICSが拡大している背景を概観する。
発展途上国がBRICSへの関心の高めている要因として、米中の地政学的競争の激化、膠着状態のウクライナ戦争、そして中東紛争の拡大がある。
昨今の西側諸国による対中強硬政策(投資・貿易規制など)や対ロ制裁(SWIFTからのロシア排除など)は、多くの途上国に、西側諸国が自国の経済的優位性を政治目的で利用しているとの印象を与えた。同時に、西側諸国の政治的・経済的理念が押し付けられることへの懸念も強まった。このため、途上国間では、欧米諸国の影響を受けにくい代替的な制度や枠組みを求める声が高まっている。
また、中東での紛争における、西側諸国がイスラエルを支持する姿勢は、ウクライナ侵攻に対するロシアへの厳しい対応とは対照的であり、多くの批判を呼んでいる。特に、イスラエルによるガザ攻撃は、人権や国際法の観点から問題視されており、西側諸国が掲げてきた民主主義や法の支配の理念に反するものとされている。この明らかな「ダブルスタンダード」は、中国やロシアにとって西側諸国を批判する絶好の材料となっている。
今回のカザンサミットで、加盟国に準じる地位として「パートナー国」が新たに創設された。報道によると、インドネシア、ベトナム、タイ、マレーシア、トルコ、キューバなど13ヵ国がこの地位を与えられた[1]。
これまでの加盟国は中国やロシアと結びつきが強い中東・アフリカが中心だったが、今回はASEAN諸国が目立った。インドネシアのスギオノ外相は、BRICSへの加盟の意向を正式に表明している[2]。
シンガポールのISEAS研究所が実施した2024年の年次世論調査によると、「東南アジア諸国連合(ASEAN)が米中のどちらかを選ばなければならない場合、どちらを選ぶべきか」との質問に対して、回答者の半数が中国を選んだ[3]。過半数が中国を選んだのは、この調査を始めた2020年以来初めてであり、ASEAN諸国から米国が支持を失いつつあることを示している。このように、BRICSは、西側諸国が主導してきた国際制度や枠組みの対抗軸であり、発展途上国にとって新たな選択肢として期待されている。
次に、BRICSの世界経済における立ち位置を確認する。
BRICSが世界の購買力平価(PPP)ベースのGDP(国内総生産)に占める割合は、近年急速に増加しており、2016年にはG7諸国(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国)を上回った。国際通貨基金(IMF)の予測によると、この差は今後さらに広がる見込みだ。2030年には、BRICSのシェアが世界経済の約40%に達する一方、G7は約25%程度にとどまると予測されている(図2参照)。
図2 世界のGDPにおけるシェアの比較、G7とBRICS+
(データソース)IMF[4]
※購買力平価(PPP)に基づき算出。2023年以降はIMFの推定値。
BRICS+には、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ、アラブ首長国連邦(UAE)、イラン、エジプト、エチオピアが含まれる
BRICSの世界経済における重要性が増していることは明白であり、その影響力は金融分野でも顕著に表れている。第一に、中央銀行の外貨準備高だ。BRICS諸国は、世界の中央銀行が保有する外貨準備資産の42%を占めている[5]。これは、米ドルの基軸通貨としての支配的地位を脅かす要因となっている。実際、米ドルが世界の外貨準備資産に占める割合は、2000年の約70.7%から現在の約58.2%まで減少している[6]。今後BRICSは、共通通貨の創設や金準備の拡大、加盟国間で自国通貨の準備資産として活用する動きを通じて、さらにドル依存を軽減させていく可能性がある。
第二に、燃料市場での影響力である。BRICS加盟国は、国際的な燃料取引において補完的な関係を形成している。具体的には、大規模な産油国と消費国が連携し合う構造となっている。ただし、これはBRICSとして統一的な枠組みの下で進められているわけではなく、主に二国間プロジェクトを通じた取り組みだ。例えば、ロシアとインド、ロシアと中国間の原油取引があり、これらはドルを使用せず、自国通貨による決済が行われている。
米ドルが依然として支配的な通貨であることに変わりはないが、こうした「脱ドル化」をめぐる議論が巻き起こっていること自体が、国際経済秩序における大きな変化を象徴している。長期的には、これまで絶対的とされてきた米ドルの支配的地位が揺らぐ可能性も否定できない。いずれにしても、BRICSは世界の経済・金融分野における影響力を着実に拡大し、世界の多極化を牽引しており、国際社会におけるパワーバランスが変化していくことは不可避である。
BRICSによる西側主導の国際秩序への挑戦
BRICS+の狙いは何か。シンプルな答えは、BRICS+(新興国)が自らの影響力を拡大し、国際社会における地位と発言力を強化することである。換言すれば、これまで西側諸国が支配していた国際経済体制に代わる新たな枠組みを模索しているということだ。
2024年のカザンサミットで採択された「カザン宣言」は、これまでのサミットの宣言と比べて長文かつ内容が具体的である。BRICSの共通の目標を明確に示しており、①多極化の追求とグローバルガバナンス改革、②気候変動対策、③経済協力の強化など、多岐にわたるテーマに具体的なアプローチを示した[7]。以下、主なポイントを整理する。
① 世界の多極化追求とグローバルガバナンス改革
BRICS諸国は、世界の多極化を目指す姿勢を明確に打ち出した。宣言では、「新たな権力中心の台頭」を歓迎するとともに、多極的な世界秩序が発展途上国の潜在的な能力を引き出し、より公平で包括的なグローバル経済協力を可能にするとの見解を示した。中国やロシアの主要メディアは、この声明を「新たな世界秩序の基盤」と高く評価している[8]。
また、国連安全保障理事会を含む国連の包括的な改革を支持し、発展途上国の発言権など国連の中での存在意義の向上を訴えている。さらに、WTOを中心とした公平で包括的な多国間貿易システムを支持し、発展途上国に対する特別かつ異なる待遇(S&D)の重要性を強調した[9]。加えて、西側諸国がロシアに科している制裁を念頭に、「国際法に反する一方的な制裁措置」に懸念を表明した。
② 気候変動と持続可能な開発――気候変動に名を借りた一方的な制裁や措置に反対
BRICS諸国は、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)、京都議定書、パリ協定をはじめとする国際的な気候変動の枠組みを支持する一方で、「公平性」と「共通だが差異ある責任および各国の能力(Common But Differentiated Responsibilities and Respective Capabilities: CBDR-RC)」の原則性を強調した。これは、各国の状況に応じた柔軟な対応を求めるものだ。具体的には、気候変動問題への対応には、十分な資金援助、温室効果ガス削減のための技術的な協力(技術移転)、能力構築が不可欠だとしている。
また、気候変動や環境問題を口実にした一方的な制裁措置を非難し、これが国際協力を損なう要因であると強調。特に、欧州連合(EU)が導入した国境炭素調整メカニズムなどの措置を一方的かつ差別的な保護主義的な措置だと名指しで非難した。
③ 経済・金融協力の促進――新開発銀行(NDB)の役割拡大と現地通貨による取引拡大
BRICS諸国は、地政学および地経学的な分断リスクを軽減するために、経済・金融、エネルギーなど幅広い分野での連携強化を目指している。その中で注目すべきは、新開発銀行(NDB)、BRICS PayそしてBRICSブリッジだ。繰り返しになるが、こうした取り組みの背景には、西側諸国が主導する国際金融制度の支配を打破し、BRICS諸国の利益を反映した新たな制度を構築するという明確な目標がある。ロシアのアントン・シルアノフ財務大臣はサミット前に、BRICSが国際通貨基金(IMF)の代替機関を設立し、国際金融システムにおける西側主導の構造を早急に置き換えるべきと主張した[10]。
新開発銀行(New Development Bank: NDB)
NDBは、BRICSが2015年に設立した国際開発金融機関であり、中国の上海に本部を置く。資本金は、1000億ドルであり、創設メンバーである5ヵ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)が均等に出資(20%の出資率)している。総裁職は5ヵ国間でローテーション制を採用しており、任期は5年である。これは、中国が主要な意思決定に関して拒否権を持つアジアインフラ投資銀行(AIIB)とは異なり、5ヵ国が対等な権利を有している点が特徴である。
NDBは、アジア以外の新興国にも開放されており、現在までにバングラディシュ、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)、アルジェリアが加盟している。BRICS加盟国およびその他の新興国におけるインフラ整備や持続可能な開発プロジェクトへの融資を主たる目的としている。また、融資総額の少なくとも30%を現地通貨建てで実施することを目標として掲げている[11]。
ただし、NDBの実績は限定的である。設立以来、承認された融資総額は300億ドルを超えるが、実際に提供されたのはその半分程度にとどまる。現在の年間融資ペースは40~50億ドルに過ぎず、年間融資額が700億ドルに達する世界銀行や、それに匹敵する規模で融資を行う中国の国家開発銀行と比較すると、NDBの影響力は小さい。また、「脱ドル化」を掲げているものの、融資の3分の2以上が依然としてドル建てで行われている[12]。
BRICS Pay
BRICS Payは、2018年にBRICSビジネスカウンシルによって立ち上げられた決済システムで、加盟国間の自国通貨による直接決済を可能にすることを目的としている。このシステムは、QRコード決済や中央銀行デジタル通貨(CBDC)との連携を視野に入れており、分散型のネットワークを採用してリスク分散と安定性の実現を目指す。
2022年にはパイロット的な利用が開始され、一部の企業が2023年からBRICS Payを始めた。しかし、各国の国内決済システムとの統合や運用開始に向けた技術的課題が山積しており、完全な本格導入には至っていない。BRICS Payは、クロスボーダー取引のコスト削減や効率化を目指す一方、開発の遅れが課題となっている。
BRICSブリッジ
BRICSブリッジは、BRICS Payと同様に「脱ドル化」を目的としながら、より高度な技術基盤を要するデジタル決済システムである。2024年にロシアが提唱した。このシステムは、中央銀行デジタル通貨(CBDC)や非現金資金を活用した国際送金を可能にすることを目指す。主な狙いは次の通り。
² 西側金融システムからの独立(特にSWIFTに代わる選択肢を提供し、経済制裁のリスクを軽減)
² 金融主権の強化(BRICS諸国間の直接的な取引を促進し、米ドル依存を軽減)
² 多極的金融秩序の創出(西側主導の金融システムに依存しない新たな枠組みの構築)
ただし、人民元が支配的地位になることに対するインドの懸念や、セキュリティ、スケーラビリティ、相互運用性といった技術的課題により、加盟国間での合意形成は進んでいない。
このように、BRICS+のイニシアチブは、各国の経済的自立性を高めると同時に、グローバルな不均衡を是正する新たな枠組みを模索している。無論、NDBやBRICS Pay、BRICSブリッジといった新しい金融・経済ツールを実現するには、技術的な課題の克服や加盟国間の利害調整が不可欠だ。それでも、BRICS+の取り組みが成功すれば、国際経済秩序におけるパワーバランスは大きく変化するだろう。例えば、SWIFTの代替的資金調達手段が登場すれば、既存の国際金融システムに対する競争が激化し、(究極のシナリオだが)最終的には西側諸国が長年維持してきた経済的・政治的優位性が揺らぐことも考えられる。
反欧米連合となり得ないBRICS
BRICSは、経済的・政治的影響力が拡大しつつあるが、BRICS内での摩擦など課題が多く、目標の実現やグローバルプレーヤーとしての地位を確立するまでには依然として多くの障害がある。
第一に、戦略的利害の不一致である。中国とロシアは、新たな世界秩序の構築や西側の影響力からの脱却を目指しているが、インドやブラジルは、西側と対立する組織として見なされることを忌避しており、経済的な利益の追求を優先している。特に、インドと中国の対立は深刻であり、ヒマラヤ国境紛争やインドの「日米豪印戦略対話(Quad)」への参加は、両国関係をさらに複雑化している。またインドは、米国や日本との関係強化や、中国製品や投資に対する独自の規制を導入しており、BRICS内部での「脱ドル化」の議論や経済協力の進展を阻む要因となっている。
第二に、地域間の対立である。例えば、イランとサウジアラビアの対立やナイル川の水力発電をめぐるエジプトとエチオピア紛争など、新興国間での緊張が協力の妨げとなっている。第三に、ロシアのリーダーシップの限界だ。ロシアはBRICS内で主導的な立場を取ろうとしているが、経済基盤の弱さや財政的制約からその影響力は限定的であり、自国の利益を優先する姿勢が他国からの支持拡大を妨げている。実際、IMFのデータによると購買力平価GDPにおけるBRICS内のシェアは中国とインドの2大国がけん引しており、ロシアを含む他の加盟国のシェアは停滞あるいは減少している(図3参照)。
図3 グローバルの購買力平価GDPにおけるBRICSシェアと加盟国の割合
(データソース)IMF
※購買力平価(PPP)に基づき算出。2023年以降はIMFの推定値
さらに、BRICSには、G7やEUのように価値観を共有する共通基盤が存在せず、その運用体制は不透明かつ不安定である。加盟国の多くは独裁的な指導者主導型の体制であり、意思決定や政策の実行がそれぞれの指導者に大きく依存している。この結果、個人的な交渉やアドホックな合意が重要視され、西側諸国のような制度的に整備された政治・経済のメカニズムとは大きく異なる。例えば、ブラジルでは政権交代に伴い、右派のジャイール・ボルソナーロ氏が大統領に就任した際には、BRICSへの関与が低下した。同様に、もし南アフリカで与党が弱体化し西側寄りの勢力が強まれば、BRICSへの忠誠心が揺らぐ可能性もある。
いずれにしても、こうした指導者に依存した運営体制は長期的な一貫性や安定性を欠き、BRICSの制度的な脆弱性を浮き彫りにしている。さらには各国の経済的利益の優先順位の違いなど、潜在的な対立や分断のリスクを抱えている。このような内部の不一致により、BRICSが反欧米連合として結束することは現実的ではない。むしろ、各国はそれぞれの立場から多極化した世界秩序の構築を目指しており、反欧米という単一の目的でまとまることは極めて困難だろう。
多極化する世界への準備はできているのか?――3つのシナリオ
それでも、西側諸国が主導する国際秩序が維持されるとは断言できない。むしろ、2024年の欧州議会選、米大統領選の結果を踏まえると、西側諸国内でも自国第一主義の動きが顕著であり、リベラルな国際秩序の擁護者としての役割を放棄しつつあるようにも映る。このように予見不可能性が高まっていく状況を踏まえ、今後の国際秩序をめぐる3つのシナリオを示す。
シナリオI:世界のブロック化
西側諸国とBRICS諸国の対立が深化し、世界が二極化する。特に、トランプ新政権の下、米国が第一主義を強化し、競争相手に対して一方的な強硬措置を採用することで、BRICS諸国が反欧米的な連携を見せる可能性がある。特に冒頭で引用したトランプ氏の「脱ドル化を進める場合、BRICS諸国に対して100%の関税を課す」という発言は、BRICSを反米に導きかねない。この場合、国際社会での分断が進み、冷戦期に似たブロック化の様相を呈するだろう。
日本企業にとって、このシナリオは深刻なリスクをもたらす。特定の市場やサプライチェーンへのアクセスが制限される可能性が高まり、グローバル市場での自由な事業展開が困難になるだろう。そのため、投資ポートフォリオの再検討や市場の選択、戦略的デカップリング(切り離し)の必要性が高まる。特定市場への依存度を下げるための大胆な経営判断が求められるかもしれない。
シナリオII:緩やかな多極化
西側諸国の経済的影響力が徐々に低下する一方で、BRICS諸国のプレゼンスが相対的に増大し、新たな多極的な国際秩序が形成される可能性がある。このシナリオでは、BRICS諸国が国際的な意思決定の場でより大きな発言力を持つようになり、各国の利益に基づいた政策が優先される展開が予想される。
日本企業にとっては、BRICS諸国の主要企業とのパートナーシップを深め、現地投資を拡大することが競争力を維持するための鍵となる。また、欧米諸国の動向を追随するだけでなく、BRICSとの協力を自律的に進める姿勢が、新たな収益機会を創出するうえで重要になるだろう。
シナリオIII:現行体制の維持
BRICS内での対立や分断が深まり、結果的にBRICSが機能不全に陥る。また、多くの途上国が中所得国の罠に陥り、経済成長が停滞する。この状況では、結果的に西側諸国が引き続き国際秩序を主導する可能性も考えられる。
ただし、現行の国際秩序が維持されても、安定的な経済成長が保証されるわけではない。欧米市場の縮小やBRICS諸国の成長鈍化が、世界経済全体の伸び悩みを招く可能性がある。このような環境下で、日本企業は効率化や投資の選択と集中、デジタル技術を活用した生産性向上を実現し、競争力を維持する戦略が不可欠となる。市場の拡大が見込めない状況では、イノベーションやコスト削減が生き残りの条件となるだろう。
不確実性が高まる時代において、企業はこれまで以上に戦略的自立性を強化する必要がある。特に、米国が国際秩序の維持におけるリーダーシップを後退させる中で、日本企業は中国やBRICS諸国との競争を意識しつつ、独自の市場戦略を構築し、グローバルサウスをはじめとする新興市場への積極的な進出を図ることが求められる。国際情勢の変化はこれまでにない速さで進んでおり、これに対応するためには、世界の動向を常に注視するとともに、複数のシナリオを想定した柔軟な意思決定が不可欠となるだろう。
<参考資料・注釈>
[1] 「パートナー国」の創設は、加盟国拡大に消極的なインドやブラジルへの配慮だといわれている。
[2] Jayanty Nada Shofa , “Indonesia Finally Seeks BRICS Membership”, Jakartaglobe.id, October 25, 2024.
[3] ISEAS, “The State of Southeast Asia: 2024 Survey Report”, April 2, 2024.
[4]世界経済を定量的に評価する際、一般的に使用される指標はGDPだが、それには「名目GDP」と「PPP(購買力平価)に基づくGDP」の2種類がある。どちらの指標が世界経済における影響力を比較する上で適切かについては、専門家の間でも意見が分かれる。PPPに基づくGDPを支持する立場は、PPPがその国の生活水準に合わせた指標であり、物価水準が低い国の経済パフォーマンスをより現実的に反映していると主張する。一方、名目GDPを支持する意見では、物価水準の低さは開発の遅れを示すものであり、国際的な影響力を測るうえでは、国家がどれだけ「ドル」を管理できるかが重要だとされている。そのため、どちらの指標を用いるかによって、G7とBRICSの経済パフォーマンスを比較した際の結果は大きく異なる。
[5] Dmitry Dolgin and Chris Turner, “De-dollarisation: More BRICS in the wall”, ING, October 23, 2024.
[6] 同上。これは、ロシア中央銀行が脱米ドルを進めたことが影響しているといわれている。
[7] Kazan Declaration ,October 23, 2024.
[8] 安德烈·科尔图诺夫 and 赵华胜 “安德列·科尔图罗夫、赵华胜:这134条,是金砖国家对世界新秩序的宣言”, 观察者, October 27, 2024. Zhao Huasheng and Andrey Kortunov, “The Kazan BRICS Declaration — a New World Order Manifesto”, Russian Council, October 28, 2024.
[9] 特別かつ異なる待遇(S&D)とは、GATTの基本原則に対する例外として位置づけられており、WTO協定内で、発展途上国や後発開発途上国(LDC)に対して「特別」または「(先進国とは)異なる」扱いを認めるもの。これには、義務の免除や緩和、技術協力を途上国に与える条項などが含まれる。発展途上国は、S&D条項をより利用しやすくするために、これらを任意規定ではなく義務的な条項にすることを求めているが、先進諸国は、S&Dを義務化することで、貿易ルールが不均衡になり、公平な競争が妨げられる可能性があると懸念しており、近年S&Dをめぐる議論は活発化している。
[10] “Russia calls on BRICS partners to create alternative to IMF”, Reuters, October 10, 2024.
[11]現地通貨での取引を重視する理由は次の通り。①発展途上国がドル建てで借金をすると、為替リスクが高まり、債務危機に繋がる恐れがある、②ドル依存は制裁の影響を受けやすい。
[12]Rachel Savage and Brenda Goh, “'BRICS bank' looks to local currencies as Russia sanctions bite” Reuters, August 10, 2023.