サステナビリティ・気候変動, 米国, IRA, グリーントランスフォーメーション, 経済政策, 税制
インフレ削減法(IRA)成立から2年、米国経済に見る成果と課題
近年、クリーンエネルギーに対する見方は大きく変化した。かつては環境、ESG, サステナビリティなど、環境保護や社会的責任に寄与する点が強調されていたが、今や、投資、雇用、成長、エネルギー転換、イノベーションなど、経済・産業・安全保障的な視点が色濃くなっている。
米国内のクリーンエネルギー投資促進を目指しバイデン政権下で成立した「インフレ削減法」(Inflation Reduction Act of 2022、以下IRA)は施行2年目を迎えた。連邦議会での承認を得るための修正や妥協で予算規模は当初想定よりも縮小されたが、2031年までのエネルギーインフラ整備、製造業の競争力向上、
気候変動対策強化の実現に予算的な道筋をつける画期的な法律であった。11月初旬の大統領選で第二次トランプ政権の誕生が確定し、環境・エネルギー政策を含め米国に大きな方針転換が見込まれる中、IRAの成果と課題を経済面から検証し、日本のグリーントランスフォーメーション(GX)政策への参考としたい。
目次
1.IRAとは
(1)成立の経緯
バイデン大統領は就任初日の2021年1月20日、第一次トランプ政権が離脱していたパリ協定の復帰に関する文書に署名した。同年3月〜4月に、前政権で後退した気候変動対策を再加速させていく姿勢と、エネルギーや交通など様々な社会インフラ更新のため大規模な投資を行い、新たな雇用創出や製造業の競争力強化に取り組む方針を打ち出した。
議会ではこの方針の立法化に向けた検討作業が行われた。結果として2021年11月、社会インフラ整備に焦点を当てた超党派のインフラ投資雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act (IIJA))が成立した。しかし、バイデン政権が発表していた気候変動への取り組みは、IIJAに十分に反映されていなかったため、別途、Build Back Better法案が作成された。この法案に対しては予算規模が1兆2,000億ドルと過大でありインフレを悪化させるとの懸念から、与党民主党内からも支持を控える議員が現れた。このため予算規模を約4,300億ドルまで圧縮した新法案が2022年8月に可決、立法化された。この法律がIRAである。
(2)気候変動対策としての意義
IRAには医療保険制度改革や法人代替ミニマム税の導入などの規定が盛り込まれているが、気候変動対策としてのインフラ整備が中心的な位置を占めている。バイデン政権はパリ協定の下で、2030年に2005年比で50%〜52%の温室効果ガス(GHG)排出量削減を目標としている。IRA施行以前の政策では24%〜34%と見られていた削減可能量が、施行によって31%〜44%まで拡大したとの予測も示されている(※1)。米国の2030年の削減目標達成がIRAのみで完遂できるわけではないが、達成に一歩近づくこととなる。
(3)経済政策としての意義
IRAは気候変動対策であると同時に経済産業政策でもある。背景にあるのは、GHG排出源となっている企業、団体および個人を支援することにより関連する市場の拡大と投資拡大を促すという経済哲学であり、下記の5つの観点から米国経済の成長に寄与すると位置づけられている(※2)。
- GHG排出削減による甚大な気候被害(災害、気温上昇など)の回避
- 気候変動がもたらす影響に対する社会的適応(インフラ整備、住宅のエネルギー効率向上など)
- (GHG排出に伴い発生する)局所的な汚染物質による経済的損失の低減
- 生産性の向上に寄与するイノベーション創出支援
- 市場価格が不安定な化石燃料への依存低下
IRAに底流するこの考え方は、第一次トランプ政権下の2017年に成立したTax Cuts and Jobs Act(TCJA)とは対照的である。TCJAが企業および個人に対する所得減税により経済全体の活性化を目指した一方で、IRAは、特定の産業領域(クリーンエネルギー)に公的支援を与えることで、関連する市場の拡大と民間投資の誘発、技術革新を促進し、GHG排出削減と経済成長の両方の成長を目指す。
2.10年間で4,000億ドル規模の投資支援を見込む
IRAは、税収を増やすための歳入措置と、増収分を投資などに振り分ける歳出措置という2つの柱からなる。大企業への15%の最低課税(法人代替ミニマム税)、内国歳入庁(IRS)の執行能力の強化などを通じて、2022〜2031年までの10年間で約7,400億ドルの税収増加を見込む。その増収分のうち約1,000億ドルが、医療保険制度改革法の拡大に、約4,000億ドルが気候変動対策と再生可能エネルギーや水素などのクリーンエネルギーの普及に資する投資支援実施のための支出に充てられる(図表1)。
図表1.連邦財政への影響試算(2022年から2031年まで)
データソース:Committee for a Responsible Federal Budget, “CBO Scores IRA with $238 Billion of Deficit Reduction.” Sep 7, 2022. https://www.crfb.org/blogs/cbo-scores-ira-238-billion-deficit-reduction. (2024年11月20日閲覧)
図表1の歳出項目のうち3,910億ドルが、主に気候変動対策とクリーンエネルギー支援を対象とした投資となる。バッテリー部品や再エネなどの生産に対する税額控除(PTC)、設備投資に対する税額控除(ITC)、EV充電施設と送電網の強化などのエネルギーインフラの整備への支援、一般家庭における省エネ支援、脱炭素への移行に向け産業を強化することへの支援などのクリーンエネルギー投資が、この中に含まれる(※3)。また、先住民など社会的に不利な立場に置かれた人々への支援の強化、自然生態系の保護や農業における気候変動対策の推進、気候変動への適応、研究や観測体制の強化など、136件にも上るプログラムに資金提供を行う。
3.支出の半数弱はクリーンエネルギーに
連邦政府はエネルギー・気候変動対策に関わる具体的な支援プログラムを19に分類し、各分類の支出額の試算を示している。議会予算局の試算やホワイトハウスが示した文書を踏まえ、IRAの支援対象となる19分類について、どれだけの投資が今後10年間で見込まれているのかをまとめたのが図表2である。
図表2 IRAの主要な投資先
データソース:Congressional Budget Office, “Estimated Budgetary Effects of H.R. 5376, the Inflation Reduction Act of 2022, as Amended in the Nature of a Substitute (ERN22335) and Posted on the Website of the Senate Majority Leader on July 27, 2022”およびWhite House, “Building A Clean Energy Economy: A Guidebook to the Inflation Reduction Act’s Investments in Clean Energy and Climate Action.”
注:ホワイトハウスが発表したIRAに関するガイドブック(BUILDING A CLEAN ENERGY ECONOMY:A GUIDEBOOK TO THE INFLATION REDUCTION ACT’S INVESTMENTS IN CLEAN ENERGY AND CLIMATE ACTION)に記載された給付が予定されている補助金の総額と、2024年米国連邦議会予算局がIRA可決時に作成した予想税額控除額の総額を用いてDTFA Instituteが作成した。
図表2の通り、支出の50%近くが、クリーンエネルギー技術への支援に充てられることになっている。ついで一般家庭における省エネ推進11%、アメリカの国内産業の脱炭素経済への移行のための投資促進10%、農業の気候変動対策強化6%、EVなどクリーン車両の導入促進5%などとなっている。
4.控除と補助金で幅広く支援
クリーンエネルギー投資促進のための支援資金は税額控除と補助金によって提供されている。とりわけ、税額控除の広範な活用は特筆に値する。投資先全体で65%が税額控除を利用した支援となっており、各投資分類においても、最も多く資金を充てるクリーンエネルギーの導入支援は84%、次に大きい一般家庭における省エネ支援、アメリカ国内製造業の脱炭素経済への移行支援はそれぞれ約80%、クリーン車両の普及促進では74%が、税額控除による支援として想定されている。
資金の提供方法がプログラムの性質に応じたものになっている点も注目される。例えば、再エネとそれ以外のGHG排出量ゼロのクリーンエネルギーの導入を支援するため、投資への控除、運転費用への控除など、施設への初期投資から運営費用までを見据えた息の長い支援が想定されている。
一方で、農業、森林生態系の保護、先住民の共同体などへの支援では税額控除ではなく、補助金(資金供与、融資など)が利用されている。産業界への支援においても、鉄鋼、セメント、アルミニウム、ガラス、製紙などのエネルギー集約産業において先進的な技術を導入してGHG排出量の削減を支援するプログラムは、補助金により支援することになっている。
鉄鋼では水素還元製鉄法とよばれる石炭を利用しない製鉄方法が気候変動対策の一つとして注目されているが、コストが高く商業化はまだ困難な状況である。そのため現状では実証プロジェクトの実施にとどまらざるを得ない部分もあり、税額控除ではなく補助金により支援することになったものと考えられる。
支援対象となっている技術は幅広い。太陽光発電、風力発電、バイオマス発電、地熱発電、水力発電、小規模水力、原子力発電、メタン発電(ゴミ処分場に由来するメタンを回収して発電)、水素、バイオディーゼルなどの多岐にわたる技術が対象となることが明示されている。それ以外にも、GHGの排出量がゼロの発電施設も対象とすると規定されており、明示されていない技術についても支援を受ける機会を提供しようとしている。
また、クリーンエネルギー普及と関係していなくても、気候変動対策の観点から求められる技術や活動も支援対象となっている。例えば、直接大気回収や原油増進回収(EOR)などの大気中から炭素を除去する技術の導入である。さらにガス田や油田からのメタン排出削減、代替フロン(HFC)の排出削減など、CO2以外のGHG排出量の削減も支援対象となっている。幅広い種類のGHG排出削減によって、将来的なネットゼロ目標の達成も視野に入れている。
さらに希少鉱物の精製なども支援対象に含まれている。希少鉱物は電気自動車(EV)のバッテリーなどに欠かせない重要な資源であるとともに、安全保障上の観点でも重視されており、エネルギーや気候変動以外にも経済安全保障などの視点も踏まえて支援対象が決定されているようだ。
5.2,650億ドルの投資を誘発
IRA成立から2年を迎えた2024年8月、バイデン政権はIRAが2,650億ドルのクリーンエネルギー分野の投資誘発と33万件の新規雇用創出に寄与したとするファクトシートを公表した(※3)。主要な成果実績としては、医療保険制度改革がもたらした家計への経済的恩恵に加え、一般家庭における住宅関連投資やEV購入に対する税額控除の利用拡大とそれによる広範な裨益の享受が挙げられている。
(1)税額控除、EV購入で急増
一般家庭の再エネ利用とエネルギーコストの低減を目的とする住宅関連の税額控除プログラムでは、住居へのルーフトップソーラーやバッテリーの設置、エネルギー効率の高い住宅資材・用品の導入のための費用の原則30%が、個人所得税から控除される。ただし、税額控除の上限額が別途設定されている。
2023年の個人所得税申告において360万人の個人納税者が活用し、控除総額は84億ドルにのぼった(図表3)。2024年以降もプログラムに対する納税者の認知拡大につれて、控除の利用は一層増加していくことが見込まれている。現行法では2034年までと規定されている。
図表3 住宅関連投資に対する税額控除プログラムの利用データ(2023年)
データソース:U.S. Department of the Treasury, “The Inflation Reduction Act: Saving American Households Many While Reducing Climate Change and Air Pollution.” https://home.treasury.gov/news/featured-stories/the-inflation-reduction-act-saving-american-households-money-while-reducing-climate-change-and-air-pollution.(2024年11月20日閲覧)
2022年8月のIRA成立以降段階的に適用されてきたEV購入に伴う税額控除の利用データも明らかになった。EVの中古車および新車を購入した場合、購入者はそれぞれ最大で4,000ドルと7,500ドルの税額控除を受けられる制度であり、従来は税額控除の要件としてメーカーあたりの累計販売台数に上限(20万台)が設けられていたが撤廃された。さらに2024年1月以降は、それまでの税務申告時に申請するのではなく、車両購入時におけるリベートとして即時適用可能となったことで、控除の利便性が大きく向上した。これは購入者に付与された控除がディーラー側に移譲されることにより車両価格の割引が可能となったためだ。
その一方で新車については、北米でのバッテリー製造要件やバッテリーに用いられる重要鉱物に関する要件(Critical Mineral & Battery Components)が新たに追加されたことで、支援対象となる車種は減少した。ホワイトハウスの公表によれば、2024年1月から8月までの期間で約25万件のEV控除が申請され、控除総額の試算は15億ドルにのぼる(※4)。
(2)クリーンエネルギー投資が拡大
IRAの成立以降、全米規模でクリーンエネルギー投資(※5)の拡大が進んでいる(図表4)。2024年の上半期における投資額は前年同期比でおよそ32%の増加となった。米国の非住宅民間投資におけるクリーンエネルギー投資の割合もIRA成立前(2022年Q2)の3.1%から2024年Q3時点で5.0%に拡大しており、米国経済全体におけるクリーンエネルギー投資の存在感は着実に増していると言えるだろう。
図表4 米国におけるクリーンエネルギー投資の推移
出所:Rhodium Group, “Clean Investment Monitor: Q3 2024 Update”を基にDTFA Instituteが作成。https://www.cleaninvestmentmonitor.org/reports/clean-investment-monitor-q3-2024-update.
注:2024年第4半期の投資額(灰色)は、2024年第1-3四半期における前年同期比変化率を用いてDTFA Instituteが算出した。
IRAの住宅関連投資およびEV購入に対する税額控除プログラムが、実際に関連製品の市場拡大(支出の増加)に結び付いたかどうかについては、現時点ではまだら模様の結果が示されている(図表5)。EVを含むゼロエミッションビークル(ZEV)への支出は大きく増加した一方で、ヒートポンプおよびルーフトップソーラーなどの住宅関連製品の支出に顕著な増加がみられない。今後精査が必要であるものの住宅関連製品については既存の代替需要が控除を利用したにとどまり、新たな需要を掘り起こすには至っていない可能性がある。
図表5 クリーンエネルギー投資関連耐久材の支出額(製品種目別)
データソース:Rhodium Group, Clean Investment Monitor(CIM)
https://www.cleaninvestmentmonitor.org/(2024年11月20日閲覧)
セグメント別の投資額では、EVなどの耐久財購入に加え、生産および研究設備の建設や拡張など製造にかかわる投資の増加が顕著である(図表6)。この投資セグメントにおいても、EVなどに使用される車載バッテリー製造設備の整備が大きな割合を占める。またこれらの投資プロジェクトは東部および南部を中心に特定の州に集中しており、主な投資主体は韓国、日本、中国の順に東アジアの企業である(図表7)。
図表6 クリーンエネルギー投資額の推移(投資セグメント別)
出所:Rhodium Group “Clean Investment Monitor: Q3 2024 Update.”を基にDTFA Instituteが作成。https://www.cleaninvestmentmonitor.org/reports/clean-investment-monitor-q3-2024-update.(2024年11月20日閲覧)
注:CIMは、”Clean Investment”を固定資本形成と耐久財購入として定義し、家庭および企業におけるGHG削減技術の導入(Retail)、クリーンエネルギー生産および脱炭素生産のための技術配備(Energy and Industry)、GHG削減技術に基づく製品の製造(Manufacturing)の3つの投資セグメントに分類している。数値は各セグメントにおける前年比変化率を示す。2024年第4四半期の投資額は第1-3四半期における前年同期比を用いてDTFA Instituteが計算した。
図表7 バイデン政権発足以降公表された主要なクリーンエネルギー投資プロジェクト
出所:U.S. Department of Energy, “Investment Announced Under Biden-Harris Administration”を基にDTFA Instituteが作成。https://www.energy.gov/invest.(2024年11月20日閲覧)
日本エネルギー経済研究所の分析(※6)によると、オハイオ州、アリゾナ州、テネシー州などの特定州への投資の集中は、IRAのAdvanced Energy Project Creditプログラムにおける”Energy Communities”(化石燃料との結びつきが強い地域)規定の影響があるとしている。当該プログラムに充当される100億ドルのうち40億ドルが同地域に投下される必要がある。また同地域において、企業が受け取るPTCおよびITCに上乗せされる税額控除ボーナス(10%上限)の存在も無視できない。
米南東部のバッテリーベルトは歴史的に自動車産業が集積する地域であり、サプライチェーン上の優位性が存在する点も指摘されている。州政府以下の地方政府が付与する金銭的インセンティブ(税額控除、補助金など)も国内外の企業の投資決定に影響を与えている可能性がある。
(3)雇用を着実に創出
連邦政府の報告書によると、2023年のクリーンエネルギー産業の雇用は全エネルギー産業の42%を占める(※7)。また同年の新規雇用は14万2,000人と全エネルギー産業の増加分の半分強だった。増加率に換算すると4.2%と、米国平均の2倍以上である。とりわけバイデン政権下の期間におけるEV関連(バッテリーおよび車体・部品)の雇用の伸びは顕著であり、共和党勢力の強い州においてもIRAの経済的な恩恵は非常に大きいといえるだろう(図表8)。
図表8 2022年バイデン政権下で創出された投資額および雇用(技術別)
データソース:U.S. Department of Energy, “Building America’s Clean Energy Future.” https://www.energy.gov/invest.(2024年11月20日閲覧)
6.膨らむ財政コスト
急ピッチでの投資促進を目指したIRAは、代償としてEV購入の税額控除の上限撤廃などによる大きな財政不確実性を内包することとなった。IRAの政策コストは法案成立当初の見込みから大幅に上振れると見込まれている。2023年4月に発表されたペンシルバニア大学のレポートでは、2023〜2032年の財政コスト総額が1兆ドルに及ぶと試算された(※8)。特にEV購入に対する税額控除の財政コストは同期間で3,930億ドルに達するとされた。これは下記の要因により控除対象となるZEVの大幅増が見込まれるためだ(※9)。
- 環境保護庁(EPA)のテールパイプ排出規制の拡大によるEV車両への需要増加
- 内国歳入庁(IRS)によるCritical Mineral&Battery Components要件の緩和
- 米国内でのバッテリー生産に対する助成金付与
また企業のバッテリー部品などの生産・販売に対して企業に付与されるPTCの財政コストは、1,830億ドルに達すると同レポートは見込む(CBOの当初試算では370億ドル)。工場などの企業による生産設備への大規模投資に対しては、PTCやITCなどのIRAに基づく連邦政府による支援に加え、先述した州政府以下の地方政府による助成もある。公的支援額が投資規模を上回るケースもみられ、支援の妥当性について批判も存在する(※10)。
その一方で、政策の効果を評価するうえで、財政コストの多寡のみに焦点を当てるのは適当ではない点は留意するべきであろう。税額控除や助成金などの公的支援による支出は、政府から受益者に対する裨益の還元にすぎないからだ。IRAの政策効果は「政策が実施されたシナリオ」と「実施されなかったシナリオ」における、GHG排出量や経済指標などの差によって測定される必要がある(※11)。
7.排出削減と経済の両面で効果的との指摘も
上記の観点によるIRAの政策効果については、最近公表された学術研究が注目を集めている。Bistline et al.(2024)はエネルギー経済モデルを用いたシミュレーションを行い、IRAの投資促進施策がGHG排出および経済の両面において効果的な政策であることを示した(※12)。IRAは短期的には金利と投入コストの上昇を伴うものの、エネルギーコスト低下によってインフレ抑制に寄与し、生産性向上により長期的な経済成長につながるというのだ。加えて、税額控除や助成金による政府支援が、カーボンプライシング政策の単独施行よりも効果的であるとも指摘した。
いずれにせよ経済データの蓄積は不十分であり、IRAの政策的評価はいまだ定まっていないといえるだろう。
8.EV控除廃止の検討報道も
これまで見てきたようにIRAは、税控除や助成金などの資金提供手段により対象の性質を考慮した大規模な公的支援を行うことで、気候変動対策および経済政策として効果的に機能する可能性を示唆している。
IRAの財政コストが当初想定よりも大きく膨らんでいるのに加え、TCJA規定の一部が2025年末に失効期限を迎える。こうした状況を踏まえ、第二次トランプ政権下の米国において税制を含む法改正議論が一層加熱していくことは間違いない。2024年11月15日には政権移行チームがEV購入に関する税額控除の廃止を検討しているとの報道がされたところである。今後の動向を注目していきたい。
<参考文献・資料>
(※1)King, B., J. Larsen and H. Kolus, 2022. “A Congressional Climate Breakthrough.” Rhodium Group. July 28, 2022. https://rhg.com/research/inflation-reduction-act/.(2024年10月23日閲覧)
(※2)Nostrand, E.V. and A.Levinson, 2023. “The Inflation Reduction Act: Pro-Growth Climate Policy.” U.S. Department of the Treasury. November 13, 2023.
(※3)法人ミニマム税(AMT)を含むIRAの税制条項が企業へ及ぼす具体的な影響に関しては、デロイト トーマツ税理士法人による資料を参照されたい。デロイト トーマツ税理士法人,2022.「米国税制改正~米国Inflation Reduction Actによる日本企業への影響」. Global Tax Update 米国. 2022年11月22日号.
(※4)The White House, 2024. “FACT SHEET: Two Years In, the Inflation Reduction Act is Lowering Costs for Millions of Americans, Tackling the Climate Crisis, and Creating Jobs.”
(※5)Rhodium Groupおよびマサチューセッツ工科大学Center for Energy and Environmental Policy Research(CEEPR)の共同プロジェクトであるClean Investment Monitor(CIM)は、米国における公的および民間セクターによる気候変動対策技術への投資(“Clean Investment”)に関するデータの提供と分析を提供している。本レポートでは”Clean Investment”を「クリーンエネルギー投資」として統一して呼称する。
(※6)中森 大介, 2024. 「米国インフレ削減法(Inflation Reduction Act)1年目の動向―クリーン製造業への投資を中心にー」. 第69回IEEJエネルギーウェビナー、2024年3月19日.
(※7)U.S. Department of Energy, 2024. ”United States Energy & Employment Report 2024.” https://www.energy.gov/sites/default/files/2024-08/2024%20USEER%20FINAL.pdf.
(※8)University of Pennsylvania, 2023. “Update: Budgetary Cost of Climate and Energy Provisions in the Inflation Reduction Act.” Penn Wharton Budget Model. April 27, 2023.
(※9)Muresianu, A., 2024. “When Looking to Reform Inflation Reduction Act, Start with EV credits.” Tax Foundation. April 11, 2024.
(※10)Whiton, J., and G. LeRoy, 2023. “Power Outrage: Will Heavily Subsidized Battery Factories Generate Substandard Jobs?” Good Jobs First. Org. July 2023.
(※11)IRAの政策としての便益と費用については下記米国財務省のレポートを参照。
Levinson, A., K.D. Werner, and M.A. Ashenfarb, A.Britten, 2024. “The Inflation Reduction Act’s Benefits and Costs.” U.S. Department of the Treasury. March 1, 2024.
(※12)Bistline, J.T., N.R. Mehrotra, and C. Wolfram, 2023. “Economic Implications of the Climate Provisions of the Inflation Reduction Act.” National Bureau of Economic Research, Working Paper 31267. May 22, 2023. The Brookings Institutionによる本研究論文の解説は以下を参照。https://www.brookings.edu/articles/the-inflation-reduction-act-could-energize-the-economy/.