グリーントランスフォーメーション, 気候変動, 経済政策, 税制, 論点
「レパトリ減税」は150兆円達成の呼び水となるか―GX推進に海外留保の活用を
世界的なカーボンニュートラルの潮流とエネルギー安全保障上の議論を踏まえて、日本政府は2023年、「GX実現に向けた基本方針」を取りまとめた。10年間で官民計150兆円超のGX関連投資を生み出すことが柱。20兆円の政府支援をテコに、民間部門を中心に130億円規模の投資誘発を目指す(図表1、2)。
しかしながら、政府支援以外のGX投資資金を民間企業がどのように工面するのかという議論はこれまで、ほとんど行われていない。政策金利の先行きが不透明な中、企業が巨額の資金調達をすれば利払いなどのリスクが大きくなる可能性がある。企業がGX投資を控えれば、150兆円の目標達成は苦しくなる。
本レポートでは、海外での内部留保を国内還流させれば税制面で優遇する「レパトリ減税」を政府が使途限定付きで導入した場合、日本企業が海外で積み上がった留保資金をGX投資に振り向ける可能性があるか考察する。その一環として2017年12月に米トランプ政権下で成立した大規模減税政策「Tax Cuts and Jobs Act(TCJA)」がどのような経済効果を生み出したかについても検証を試みる。
目次
図表1 日本におけるGX関連投資拡大イメージ
出典:経済産業省 「クリーンエネルギー戦略 中間整理」を基にDTFA Instituteが作成
図表2 規制・支援一体型GX投資促進施策のイメージ
出典:経済産業省 「GX実現に向けた基本方針(案)について」を基にDTFA Instituteが作成
不確実性が増す中、企業のGX投資の原資は?
一般的に、企業が投資資金を調達するためにとりうる方法は3つある。第1の方法は、金融機関からの借り入れや社債などの債券発行である。節税効果が見込めることや資金計画が立てやすい一方で、多額の借り入れは企業の財務状況を圧迫する可能性がある。日本銀行がゼロ金利政策からの脱却を進める中、借り入れによる資本コストは相対的に上昇している。既存の借入金の金利負担も増加するため、企業の財務リスクが高まればGX以外の設備投資を控える可能性もある。
第2は、株式の新規発行である。財務の安定性を損なうことはないものの、資本増加の規模によっては既存株主への影響(希薄化)やROIなどの財務指標に影響する。直近では、GX投資の資金調達策として、経営および財務的影響を抑えることを意図した「グリーン社債型種類株式」を発行、上場する事例が見られる。
そして第3の方法として、利益の蓄積である内部留保の活用が挙げられる(※1)。海外でも事業を展開する日本企業にとっては、海外の子会社や現地法人に蓄積してきた内部留保である海外留保の活用も資金調達の選択肢となりうる。
これまで日本企業は内部留保を原資とした賃上げを政府から何度も要請されたにもかかわらず、消極的な姿勢を示してきた。だが、配当金支払いなどの形で海外留保を国内に還流させれば、親会社の内部留保を取り崩さなくても投資に回せるメリットも考えられる。海外子会社や現地法人からの利益を国内に持続的に還流させることができれば、政府のGX投資促進を後押しする可能性がある。
積み上がる日本企業の海外留保
ここで日本企業の海外留保のトレンドをデータから振り返ってみよう。
2000年代以降、海外に進出した日本企業の利益の伸びを牽引しているのは、直接投資による海外子会社や現地法人からの利益であることはよく知られている。進出地域における増産やサプライチェーンの整備、販路の拡充などで将来の投資需要が拡大することを見据えて、日本企業は海外子会社や現地法人の内部留保を増やし続けてきた(図表3)。
2009年度に、日本企業が海外子会社から得る配当の95%相当を条件付きで非課税とする制度(※2)が導入されて以降、海外現地法人からの受取収益は増加傾向を示してきた。それでも、日本の年間対外直接投資収益20兆円のうち10兆円近くが、再投資収益としてそのまま海外に留保され、毎年積み上がっている状況だ(図表4)。
図表3 日本企業の海外内部留保残高と海外法人からの受取収益
データソース:経済産業省「海外事業活動基本調査」 (https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00550120&kikan=00550&tstat=000001011012)
図表4 海外直接投資収益および内訳
データソース:財務省「国際収支の推移 第一次所得収支」 (https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00550120&kikan=00550&tstat=000001011012)
政府としても経済安保などの観点から、積み上がり続ける日本企業の海外留保をどのように活用するかについての関心は高い。昨今の地政学リスクの高まりによる海外からの調達難や調達価格の高騰を背景に、企業が生産拠点や調達先などを国内回帰させる機運は、着実に高まりを見せている(※3)。
先述のように、一定の条件下において外国子会社からの配当金に対する非課税枠を付与する制度はある。しかし、国内に資金を移転した時に課税が発生することに変わりはない。非課税対象となる海外子会社には日本の親会社が原則として25%以上を出資している必要があることや、日本の法人実効税率の相対的な高さなどにより、日本国内への資金還流に二の足を踏む企業も多いだろう。
しかし、日本の年間対外直接投資収益の半分にあたる10兆円程度が、現状のように海外で再投資されているだけでなく、その一部でも国内に還流できれば、持続的なGX投資の資金源となりえる。
留保の国内還流を促すレパトリ減税とは
海外子会社などに留保している資金を自国内に戻す行為は「レパトリエーション(Repatriation)」と呼ばれる。 レパトリ減税は、この行為に適用される税金を軽減させる措置である。企業が海外での事業で稼いだ利益への課税は現地で行われるのが通例だが、その利益を配当金などの形で本国に還流させる際にも課税されることが多い。レパトリ減税では、海外留保の税率を通常よりも優遇することで、二重課税の負担を回避または軽減する。
最近では急激な円安進行を受けて、海外留保の国内還流に伴う円買い需要を増やして円相場を反発させる効果があるとして注目を集めた(※4)。2024年6月に政府が取りまとめた経済財政運営の指針「骨太方針」にレパトリ減税が盛り込まれる可能性も取りざたされた(※5)。しかしながら、国内に還流された資金をどのように活用していくのかという観点からも、その政策意義は議論されるべきだろう。
トランプ政権下でのTransition Tax条項
国内への投資効果を狙ったレパトリ減税の事例としては、トランプ減税として知られる米国のTCJAにおけるTransition Tax条項がある。TCJAは、グローバルにビジネスを展開する米国多国籍企業の活動と利益を米国内に回帰させ、減税により経済全体の投資を喚起し経済成長を目指すことを意図した税制改革であった。そして、所得減税と並び、国際課税条項は、トランプ政権の税制改革における重要な柱の一つであった。
TCJA成立以前の米国では、企業の所得の源泉が国内か国外であるかを問わず課税する全所得課税制度がとられ、海外子会社が米国内の親会社に所得を還流した時点において課税が発生する制度であった。そのうえで外国税額控除制度により、現地法人税分支払額を国内法人税額から控除していた。TCJA成立により、それまでの全所得課税制度は廃止され、子会社の利益が現地でのみ課税される源泉地国課税に移行した。
これに伴う移行措置としてTransition Tax条項が設けられ、これまで米国企業が海外で蓄積してきた利益に関しては「米国内に還流されたもの(Deemed Repatriation)」として扱い、一回限りの軽減税率が適用された。具体的な適用税率は、現金および現金同等物などの流動資産に対しては15.5%、その他の再投資非流動資産では8.0%であった。
連邦政府の公表資料によると、米国の多国籍企業が海外に保有する内部留保の総額は2017年末時点で4.3兆ドルにのぼる(※6)。ここでいう内部留保には、現金や現金同等物といった流動資産だけではなく、工場や機械設備などの流動性の低い固定資産の評価額も含まれている。政府統計によると、米国海外法人の保有する現金または現金同等物はおよそ1.7兆ドルであった(※7)。TCJA成立直後の2018年に、米国内へ1兆ドル近い大規模な資金の還流が発生している(図表5)。
TCJAの経済効果
TCJAについては、2017年末の成立前後に複数の機関が経済及び財政効果を推計している。減税による巨大な財政出動による財政赤字拡大の影響も勘案すると、そのマクロ経済的な効果は限定的なものにとどまるとされた(※8)。成立からこれまでの5年間にパンデミックによる大きな社会的変動があったものの、経済及び税務のデータ集積が進むにつれ、TCJAおよび個別条項により企業の行動がどのように変化し、どのような効果をもたらしたかについての学術研究が進みつつある(※9)。
直近においては、バイデン政権初期に財務省で税務分析部門の副次官補およびリードエコノミストを務めたカリフォルニア大学ロサンゼルス校Clausing教授により、TCJAの国際課税に関する学術研究レビューがなされており、TCJAの政策評価に対する学術的な視点を提供している(※10)。本論文の日本語による解説については増井(2024)を参照されたい(※11)。
Clausing教授によれば、TCJAによる国際課税に対し、米国の多国籍企業は自社株買いや配当金、内部留保を増加させることで対応した。具体的には、国内への資金還流で増加した流動性の使い道として、資本支出、雇用、研究開発、M&Aの増加ではなく、株主還元に充てたり、キャッシュとしてそのまま蓄積したという(※12)。
これによる経済全体への影響は軽微だったと見られるものの、典型的な企業群(Typical firms)は投資を促進させるという、まだら模様の研究成果が見られるとClausing教授は指摘している。 米国では全体の0.5%に過ぎない数の巨大企業が法人税全体の85%を支払っている実情があるため、少数の巨大な多国籍企業の行動が法人部門全体の統計の内容を決定づけた可能性があるというのだ。
TCJAにおけるレパトリ減税の効果については、法人税の減税およびその他の国際課税条項の相互的関係もあることから、その評価はまだ定まっていないといえるだろう。
図表5 米国企業の海外直接投資収益の変化
データソース:Bureau of Economic Analysis, “U.S. International Transactions in Primary Income on Direct Investment.” (https://www.bea.gov/itable/international-transactions-services-and-investment-position)
日本における政策応用の可能性
現在、我が国においても、海外留保の活用の重要性は認識されている。しかし、レパトリ税制の評価は米国でも定まっておらず、導入したとしても日本の多国籍企業がどの程度国内へ還流を行うのかは読み切れない。政策導入には慎重な議論が必要なことは言うまでもない。
しかしながら、今後のGX社会実現を見据えた投資需要の急激な高まりを考慮すれば、日本企業の海外留保は国内民間投資の貴重な原資となりうる。政府は、日本企業が今後10年スパンでどのようなGX投資計画を立てているのかより詳細に把握する必要があろう。
その上で、企業の海外留保の活用を組み合わせた政府のGX投資支援策のあり方について考察してみたい。
2021年度の税制改正で日本政府は、カーボンニュートラルに向けた投資促進税制として生産工程などの脱炭素化と付加価値向上とを両立させる設備を導入する場合の税額控除と特別償却を導入している。制度の概要と直近の税制改正による変更点は、デロイト トーマツ税理士法人によるレポートを参照されたい(※13)。
こうした支援策に合わせて、海外から国内への還流資金に対する課税優遇枠を企業に付与する代わりに、当該資金の用途をGX関連投資などに限定する「使途限定付きレパトリ減税」は一考の価値があるのではないだろうか。国内に還流した資金をGX投資に回させることで、米国では顕著に起こらなかった、より直接的な民間投資促進効果が発現するよう期待する。
還流資金の使途としては、政府の分野別投資戦略に整合する以下のような投資が考えられる。
- 排出量削減を抑えた生産設備への投資(例:鉄鋼メーカーによる大型革新電炉への転換、化学メーカーによる設備の構造転換)
- 排出量削減に資する製品の生産設備などへの投資(例:自動車メーカーによるEV増産、省エネに資するパワー半導体の増産)
- 排出量削減に資する研究開発投資(例:化学メーカーによるアンモニア燃料型分解炉の実用化)
- 企業による再エネ・省エネ設備の導入(例:海運企業によるゼロエミッション船舶導入)
- GX人材投資(例:GXリーグが策定するGXスキル標準に基づく、GX関連人材の雇用、外部専門家の活用、社員向けGX研修実施などの費用)
日本企業の海外留保の民間投資への活用は、既存の支援策と合わせることで民間GX投資促進の呼び水となりうる。日本企業の国内回帰を後押しする方法として、経済安全保障の確保とも戦略的な整合性がとれるのではないだろうか。
大統領選後も税制修正論議は活発化へ
2017年末のTCJA成立後、世界的パンデミックによる社会的混乱を経て2021年に発足した民主党のバイデン政権により、温暖化対策に関連するインフラ整備や一般家庭および企業の省エネ・再エネ設備導入支援を盛り込んだ「インフレ削減法(Inflation Reduction Act, IRA)」が2022年に成立した。
レパトリ減税を含め、個人及び法人所得減税による投資促進を含む経済全体の活性化を目指したTJCAとは対照的に、IRAは、温暖化排出ガスの排出源となっている企業および個人に税控除の形で支援を与えることで、クリーンエネルギー市場拡大と投資を活性化させ、排出削減と経済成長の両方の成長を目指す珍しい取り組みとなっている。
TCJA規定の一部が2025年末に失効期限を迎える一方、IRAの税額控除プログラムのコストは当初試算よりも大きく膨らんでいる。こうした状況を踏まえ、税制の修正論議が米国内で活発化していくだろう。
減税を通じて企業投資を促進させ、経済全体の生産力や供給力を拡充させようとするTCJAの政策と、特定の領域への支援を行うことで投資誘発を意図するIRA的政策の是非に関する議論は、今後の日本の経済産業政策の指針にもなりうる。米国での今後の動向を注目していきたい。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
<参考サイト>
Global Investment & Innovation Incentives(Gi3)優遇税制特集第2回 カーボンニュートラルに向けた投資促進税制の概要~令和6年度税制改正のポイントを踏まえて
<参考文献・資料>
(※1)林正義, 2024. 「税制と経済学 その言説に根拠はあるのか」 中央経済社. p.g.136.
(※2)外国子会社配当益金不算入制度:二重課税の排除と外国子会社の留保金を日本に還流させることを目的に、一定の要件を満たした外国子会社から受け取る剰余金の配当金を法人税法上の利益に算入しない制度。
(※3)帝国データバンク, 2023年1月. 「国内回帰・国産回帰に関する企業の動向調査」.
(※4)唐鎌大輔, 2024年5月10日. 「【円安抑止へ2つの処方箋】レパトリ減税案とNISA国内投資枠、その役割と効果を徹底検証」. Wedge Online. Accessed on Oct.16, 2024.
(※5)産経新聞, 2024年4月. 「34年ぶりの円安水準で注目される「リパトリ減税」導入、6月の骨太方針に明記の可能性も」. Accessed on Oct.16, 2024.
(※6)Council of Economic Advisers, 2019. “2019 Economic Report of the President.” White House, p.g.63.
(※7)Bureau of Economic Analysis, 2020. “Worldwide Activities of U.S. Multinational Enterprises: Revised 2017 Statistics, Part II. Majority-Owned Foreign Affiliates.” Accessed on Oct. 16, 2024.
(※8)Tax Policy Center, 2024. “What were the economic effects of the Tax Cuts and Jobs Act?” The Tax Policy Briefing Book. Accessed on Oct.16, 2024.
(※9)TCJA成立後から2019年までの期間における分析については、以下日本語による論文を参照されたい。
河音琢郎, 2020. 「アメリカ2017年減税・雇用法(いわゆるトランプ減税)の企業課税、国際課税面の意義と課題」. 国際経済71巻.121-143.
(※10)Clausing,K.A., 2024. “US International Corporate Taxation after the Tax Cuts and Jobs Act.” Journal of Economic Perspectives, volume 38(3), 89-112.
(※11)増井良啓, 2024. 「TCJA以降の米国国際課税に関するClausing教授の論文を読む」. 租税研究897号. 226-232.
(※12)Albertus,J.F., B.Glover, O.Levine, 2020. “The real and financial effects of internal liquidity: Evidence from the Tax Cuts and Jobs Act.“ Journal of Financial Economics, Forthcoming. 2024.
(※13)デロイト トーマツ税理士法人. 「Global Investment & Innovation Incentives(Gi3)優遇税制特集第2回 カーボンニュートラルに向けた投資促進税制の概要~令和6年度税制改正のポイントを踏まえて」. Japan Tax Newsletter, 2024年10月