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消費環境トラッカー 2024年11月号 収益環境が厳しさを増すB2C企業に求められる戦略
日本政府は物価と賃金との好循環を通じたデフレからの完全脱却を政策目標としている。企業にとっても2021年末から続く物価上昇に消費者がどのように適応しようとしているのかを的確に捉えることは重要である。そこで本稿では四半期ごとのシリーズとして、公的統計や消費動向を手掛かりに、小売・外食をはじめとしたB2C企業へのインプリケーションを示す。
現状、消費者は値上げ疲れの様相を深め、物価に応じて賃金も上がるとの確信も持てていない。年金生活者を筆頭に、日本の総世帯の約60%は物価上昇の影響を強く受けている。そのため、消費者の価格選好性がB2C企業の事業戦略を左右する形となっている。原材料費、人件費、電気代、物流費をはじめとするコストを製品価格に転嫁しにくい状況下で今後、価格競争が加速する懸念もある。
さらにリスク要因として、インバウンドをターゲットとする宿泊や飲食などの産業が、高収益をテコに人手を引きつければ、労働集約的な構造を脱却できない企業の収益機会はさらに奪われかねない。このように外部環境が変革を求める中でB2C企業は短期では、コスト競争力のさらなる強化を通じた資本集約と、価格コントロール力の構築を進める必要がある。中長期では「客数×客単価型」ビジネスからの転換が求められよう。
目次
消費の水準と方向性
消費者のノルムは転換するのか?
デフレが長期化していた日本では、賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行である「ノルム」が根強く残っていたため(*1)、企業の競争戦略は、値下げ主体となっていた。では、この物価上昇局面で消費者のノルムは転換するのか。その兆しを捉えるのは企業戦略にとって重要である。
新型コロナの日常生活への影響が薄まり始めた2021年から2023年末までは、図表1の①から②のように、消費は物価上昇にもかかわらず緩やかな回復基調を続けてきた。図表2でも示したように2024年初頭までは名目賃金上昇を背景に、収入増と暮らし向き好転が消費マインドをサポートしたことで、実質ベースでの腰折れは回避されていた。
しかし図表1の③を見ればわかる通り、2023年末ごろからは、物価上昇によって消費は弱含んでいる。消費マインドも2024年4月以降、春闘での33年ぶりの5%増などによって名目賃金がアップしたにもかかわらず、物価上昇を背景に低下傾向を続けている。これはいわゆる消費者の値上げ疲れが原因といえよう。
図表1 日銀消費活動指数(名目・実質)
2021年以降消費は緩やかに上昇するも弱含む段階へ
参考:日本銀行 消費活動指数
(https://www.boj.or.jp/research/research_data/cai/index.htm)
図表2 消費者態度指数と消費者物価指数の推移
収入の増え方が消費マインドをサポートしてきたが直近は腰折れ
参考:総務省 家計調査(https://www.stat.go.jp/data/kakei/index.html)
内閣府 消費動向調査(https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/menu_shouhi.html)
を加工して作成
背景には、物価と賃金が好循環するとの確信が持てない消費者心理がある。図表3で示すように、賃上げ期待によって収入への不安が緩和される傾向が続いているものの、物価上昇への懸念は相対的に強い。日本銀行生活意識に関するアンケート調査2024年9月調査での物価上昇見通しが1年後で10%、5年後は7.9%と、いずれも高率であることも、消費者が物価上昇は常識だとみなし始めていることを示唆している。ただ、総じて日本の消費者は現状では、物価上昇のメカニズムまでは織り込んでおらず、ノルムの転換にはまだ至っていないと理解すべきではないか。
図表3 今後1年間の支出を考えるにあたって特に重視すること
物価上昇は常識として定着しつつある
参考:日本銀行 生活意識に関するアンケート調査(https://www.boj.or.jp/research/o_survey/index.htm)
物価上昇は高齢層を中心とする生活に大打撃
物価上昇の影響を強く受ける世帯が日本全体の過半数を占めていることを統計面から確認したい。
総務省家計調査で全世帯を5等分した「世帯所得五分位」の最下位である513万円未満の世帯では、食品の値上がりに伴い、支出に占める食費の割合が30%を超えた。図表4で示すように、この層は日本の総世帯の約60%を占める。
高齢者世帯では、老齢年金の受給者が3000万人超(*2)と人口の4分の1を占める中、年金以外に所得のない世帯が44%、年金が所得の60%以上を占める世帯は79%に上る(*3)。65歳以上世帯の家計が赤字であることは従来から指摘されてきたが(*4)、物価上昇によって2024年度の実質的な所得はさらに0.4%目減りする見込みだ(*5)。こうした生活防衛的で価格選好性の強い世帯が大多数である点は、B2C企業の事業戦略に強い影響を及している。
図表4 所得金額別世帯構成比(2023年)および食費構成比(2024年8月累計)
約60%の世帯で物価上昇の影響から、支出に占める食費が30%を超えた
(注1) 総務省家計調査は二人以上の勤労者世帯、厚生労働省国民生活基礎調査は総世帯である点に留意
(注2) 世帯所得金額区分は2024年9月家計調査の世帯年収五分位による
(注3) 世帯構成比は、厚生労働省資料から一部推計
参考 厚生労働省 国民生活基礎調査(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html)
総務省家計調査(https://www.stat.go.jp/data/kakei/index.html)を加工して作成
節約疲れの一方でメリハリ化
また現在の消費者行動の特徴として、節約志向と選択的消費とが共存したメリハリ的な傾向が読み取れよう。図表5で示す通り、物価高から、食費や住居費、光熱費をはじめとする基礎的支出は生活防衛的な傾向を強めている。
2022年の半ばから同年末にかけては人流の回復を受け、外食に代表されるサービス消費と自動車などの耐久財販売が一時的に回復したことを受けて、選択的支出は伸びた。しかし、2023年初めからは前年への反動もあって支出を抑制する動きが強まり、用途を問わず実質でマイナスへ転じた。そして2024年に入って以降は基礎的支出がマイナスを続ける半面で、選択的な支出は持ち直して夏場からはプラスに転じており、支出にメリハリをつける傾向が強まっている。
図表6で支出対象を2024年8月時点で検討してみた。パック旅行や観覧などといった娯楽の費用は節約している一方、教育や外食にかけるお金は減らしていない傾向が見て取れる。高齢化進行もあってか、保険医療サービスも節約するわけにはいかないようだ。
図表5 基礎的支出と選択的支出前年同期比伸び率(実質)
参考 総務省 家計調査(https://www.stat.go.jp/data/kakei/index.html)を加工して作成
図表6 消費者物価指数と家計調査との品目別伸び率の差(2024年8月時点)
プラスは節約志向が高いもの基礎的支出は節約志向の一方、外出関連などは伸びる
(注1) 節約志向度数は、(a)品目別CPIと(b)品目別支出について、3か月移動平均値に基づいて前年同月比伸び率を産出し、差(a-b)をとったもの
(注2)太文字は10大品目。それ以外は中小品目から消費動向に特徴的な科目を抜粋
参考 総務省 家計調査(https://www.stat.go.jp/data/kakei/index.html)を加工して作成
B2C企業による対応の現状
小売関連では業態間競合が激化
こうした生活防衛的で価格選好的な消費に小売各社は、業態を超えた価格競争で応じている。ドラッグストアが品ぞろえを食品にまで広げたり、都市型の小型スーパーやコンビニエンスストアが生鮮食品を店頭に並べたりするような動きだ。こうした、商品カテゴリーや展開地域を問わない業態間での競合戦略が値下げにつながっている。実際に日銀の「地域経済報告―さくらレポート―」2024年10月号は、「ディスカウントストアやドラッグストアなどへの顧客の流出により来店客数が減少しており、消費者の節約志向の強まりを感じる」とする甲府市のスーパー関係者の声を引用している(*6)。
図表7で示すドラッグストア業態の購買行動では、定番商品の値上げ効果を示す価格指数の伸び率寄与度が1%程度である一方で、商品入れ替え指数が高い。これは、食品をはじめとした他業態の商材を取り込み、スーパーなどから消費者を取り込んだことが背景にある。また、2024年10月に行われた食品ディスカウンターの決算説明会でも増収要因として、ID-POSデータの分析を通じた販売戦略の展開で従来よりも広い商圏から顧客が集まるようになり、リピート客化しているとの説明があった。足元ではコンビニが価格政策で巻き返しを図るなど、消費者の変化をとらえた小売企業間のせめぎ合いが続いている。
図表7 SRI一橋大学消費者購買支出指数 前年同週比伸び率
他業態の商材を導入し、スーパーなどから顧客を奪い売り上げを伸ばす
参考 一橋大学経済研究所経済社会リスク研究機構(https://risk.ier.hit-u.ac.jp/Japanese/nei/)
「コト消費」業態は転嫁による値上げに成功
一方で、体験価値を訴求する「コト消費」のうち、外食産業は値上げに成功している。二大コストである食材費と人件費が上昇する中で、図表8で示すように、値上げで客単価を確保しながらも、客離れを引き起こさずに客数増加を実現している。ただし、値上げによる売上高伸び率に対する寄与度は2023年半ばには8%程度だったが、直近では半減した。さらに利用客数増の効果も伸び悩んでいる。
図表8 外食売上高伸び率寄与度(利用客数伸び率×客単価伸び率)
単価と客数増を両立させてきたが、単価効果はおよそ半減
(注1)6か月移動平均値による
参考 一般社団法人日本フードサービス協会 データからみる外食産業
(https://www.jfnet.or.jp/data/data_c.html)
価格転嫁が不十分でも、価格競争は過熱か?
日銀短観における販売価格DIと仕入れ価格DIの差をみると、図表9のように一貫して大きくマイナス圏で推移している。小売や飲食などの業界が全体的には、価格転嫁をできていない状況が見て取れる。
しかし、上場している大手流通各社の第2四半期の決算説明会では、価格競争を意識する発言が相次ぎ、他社に先駆けて値上げをしないスタンスも相次いで示された。一部のコンビニや大手スーパー、「Every Day Low Price(エブリデイ・ロー・プライス)」を謳う小売店は、低価格を呼び水とした集客を重視している。
さらに10月にファストフード大手が先んじて値下げに転じる方針を発表したことは、これまで価格転嫁に成功してきたと目される企業や業態も消費行動が変化する予兆を感じているためと理解できよう。趨勢的には需要の急な腰折れは考えにくいが、一層の価格政策が求められるリスクが認識され始めたのではないだろうか。
図表9 日銀短観DI:業種ごとの価格転嫁状況(販売価格/実績DIと仕入価格/実績DIとの差)
価格転嫁できていない状況は幅広い業種で変わらず
(注)2024年12月は予測による
参考 日本銀行(短観)2024年9月調査全容
(https://www.boj.or.jp/statistics/tk/zenyo/2021/all2409.htm)
注目される潜在的リスクはインバウンド需要
さらに、インバウンド需要の盛り上がりは企業間競争の潜在的リスクとなるのではないか。人件費を負担する余力の大きい宿泊・外食をはじめとした企業群と、それ以外のB2C企業との人手の奪い合いが激化する可能性がある(*7)。リピーターの増加などを受けて地方での消費拡大に向けたインバウンド誘客が図られているため、人材の奪い合いリスクは都市部に限った課題ではない(*8)。さらに収益減が賃上げ余力の低下と人手不足を経てさらなる収益源につながる負のループも想定される。B2C企業には依然として労働集約的な企業が多いため、効率化と生産性向上は地域を問わず、さらなる急務となろう。
B2C企業の戦略にとってのインプリケーション
終わりなき消耗戦を避けるには
物価上昇で打撃を受ける世帯が日本全体の過半数を占める点を踏まえると、客離れを起こさないための低価格戦略は経営面で合理的なオプションではある。ただし、消費者側のノルム転換が見通せない現状では、終わりのない消耗戦にもつながり得る。
各事業者には、厳しい収益環境をしのぎつつ生産性を向上させて、高付加価値化を実現する道への転換が求められよう。そのための3つの方策を以下に示したい。①と②は短期的、③は長期的なものである。
① コスト競争力のさらなる強化を通じた資本集約
コスト競争力の強化は従前から各社が取り組んできた。しかし、価格競争への耐性が重要になり、賃上げ原資確保が必要な現状で、目指すべきは省人化、機械化、自動化の投資を通じて、労働集約から資本集約への移行を進めることではないか。実際に、食品スーパーが総菜を店内調理することで粗利を確保しようとするケースが増えてきた。複数店に提供する惣菜の調理を1カ所で行う「セントラルキッチン化」や、加工から配送までを一括して行う「プロセスセンター」整備への投資を積極化すれば、生産性の向上が図られよう。
また、人材獲得面で潜在的な脅威であるインバウンド向け業界と並ぶ付加価値を、短期間に生み出すのは難しい。省人化にとどまらず、無人化を前提にした業態変革やビジネスモデル再設計も含め、現場への実装と効果発現が急務となる。そのためには、従来の業界の枠組みだけでなく、通信や鉄道のような、生活をサポートする企業群との業際的な取り組みも有効になるはずである。
② 価格コントロール力の構築
メリハリ化した消費志向性に応えるには、自ら商品・サービスを持つことによる価格コントロール力が必須である。
とりわけ原材料価格が高騰している現状で競争優位性を持つのは、サプライチェーンやオペレーションまで含めたビジネスモデルを構築しうる企業である。それには、消費者ニーズを緻密に把握、判断する仕組みの保有が大前提となる。高品質な商品・サービスの開発力を手の内に収めれば、データ活用やSCM統合を通じて、価格設定の主導権をバリューチェーン上の他のプレーヤーから取り返すことができるだろう
③ 「客数×客単価型」ビジネスからの転換
本節の冒頭で述べたように、現在はまさに消耗戦に逆戻りするか否かの瀬戸際にある。ただこれは、従来型の客数×客単価(または店舗数×店舗当たり売上高)の発想をベースにしたビジネスに限っての話である。LTV(Life Time Value)のようなKPI(重要業績評価指標)をベースとしたビジネスモデル事態の転換も視野に入れて、異業種との提携や再編に踏み出す選択肢もあり得るだろう。
以上の3つは、必ずしも新しい取り組みではない。しかし、現状では求められるレベルが上がり、対応の迅速化も不可欠になった。企業単体ではなく産業としての取り組みも必要となろう。B2C企業における競争と協調が深まれば、産業の高付加価値化と日本経済の成長という好循環が実現する奇貨ともなり得る。
<参考文献・資料>
(*1) 日銀「黒田総裁退任記者会見」(2023年4月10日)
https://www.boj.or.jp/about/press/kaiken_2023/kk230410a.pdf
(*2) 厚生労働省「老齢年金の受給者:厚生年金保険・国民年金事業状況(事業月報)」
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/toukei/geppou/
(*3) 厚生労働省「2023(令和5)年 国民生活基礎調査の概況 Ⅱ各種世帯の所得等の状況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa23/index.html
(*4) 総務省「統計からみた我が国の高齢者」(2021年9月19日)
https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1290.html
直近2022年および2023年平均でも65歳以上では、二人以上世帯、単身世帯ともに月平均2万円の赤字である。
(*5) 日本年金機構「令和6年4月分からの年金額等について」
https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/2024/202404/0401.html
厚生労働省から発表された年金額の改定は2024年4月から+2.7%なのに対し、物価上昇見通しは+3.1%である。
(*6) 「地域経済報告―さくらレポート―」(2024年10月)
https://www.boj.or.jp/research/brp/rer/rer241007.htm
(*7) 日銀「地域経済報告―さくらレポート―」(2024年10月)から
https://www.boj.or.jp/research/brp/rer/rer241007.htm
企業の主な声 「本年入り後、パートを中心に賃上げを行ったが、求人への反応は芳しくない。最近では、好調なインバウンド需要を背景に、より高い給与を支払う他地域のホテルに従業員を引き抜かれるなど、人材獲得競争は激化している(釧路[宿泊])」。
(*8) 観光庁「令和6年版観光白書について」(2024年5月)
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001743038.pdf
<関連リンク>
Industry Eye 第88回 小売・流通セクター アクティビスト・ファンドが日本の流通・小売業に見るもの
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/mergers-and-acquisitions/articles/industry-eye88.html