世界の多くの国で少子化が進んでいる。2023年には日本の合計特殊出生率が統計開始以来、最も低くなり、フランスでも第二次大戦後で最低に近い水準に落ち込んだ。こうしたなか、合計特殊出生率が改善している国として注目を集めているのがハンガリーだ。同国の家族政策を10年以上リードしたKatalin Novak元大統領と、世界的に著名な人口減少の研究者であるStephen J. Shaw氏を有限責任監査法人トーマツが招き、世界が直面する少子化と人口減少、そして日本の未来を議論した。

ハンガリーの2023年の合計特殊出生率は1.51で、日本の1.20より高い水準にある。しかし、下の図の通り、2010年時点では日本よりも低かった。その理由についてNovak氏はセミナーでの講演で、「計画的に子どもをつくらないのではなく、子どもを欲しかったけどできなかった、希望する数の子ども持てなかったということがあった」とし、「子育てにお金がかかるという経済的な要因が大きかった」と説明した。これらの点は現在の日本にも共通する。日本で結婚や出産を希望する人の望みがすべてかなった場合の希望出生率と、実際の合計特殊出生率には大きなギャップがある。

(図)日本とハンガリーの合計特殊出生率の推移

ハンガリーは経済支援が手厚い

ハンガリーの少子化対策の特徴として、経済的な支援の手厚さがある。Novak氏は大統領就任以前、家族政策担当大臣を務めており、子どもが3人生まれれば返済不要になる無利息のローンや4人以上の子どもを産んだ母親を対象に所得税を免除するといった支援策を推進した。現在、ハンガリーの家族政策への支出は国内総生産(GDP)比6%と、世界でも有数の規模である。

手厚い経済支援に加え、女性にキャリアと家庭の二択を迫るような環境を変えようとしてきたことも大きいと考えられる。Novak氏はその象徴でもある。3人の子どもを持ち、ハンガリーでは女性として初めて大統領に就いた。講演では「国のリーダーであったのは非常に貴重な経験だが、母親であることも非常に貴重な経験で、両方同じくらい光栄さがある。家族もキャリアもぜひ追及してほしい」と呼びかけた。

こうした政府による少子化対策が結婚ブームを起こし、ハンガリーの人口千人あたりの婚姻件数は10年間で約2倍になった。結婚は子どもの出産増加につながり、合計特殊出生率の上昇に寄与している。

世界各地で起きる少子化と人口減少

少子化とそれに伴う人口減少は日本だけの問題ではなく、世界中の多くの国で起きつつある。米国では今世紀後半に人口が減少するという予測を、国勢調査局が2023年に公表した(1)。米国の人口が減少するという予測は建国以来、初めてという。人口減少の研究者であるShaw氏はセミナーで、「世界の75%の人は人口置換水準を下回る地域に住んでいる」と指摘。そのうえで、中国を抜いて人口最大の国になったインドでも「出生件数は20年前がピークだった。ピークに比べると出生件数は20%減っている」と述べた。

Shaw氏は、母親1人あたりの子供の数が数十年にわたって一定であり、出生率の低下は「計画されていない無子世帯(unplanned childlessness)」と強く関連していることを発見した人物として知られている。セミナーでは「日本でも4人以上の子どもを持つ母親の割合は50年間ほぼ変わっていない」とのデータを示した。

多くの国で無子世帯が増加している理由として、Shaw氏は「子どもを持つ年齢を先延ばしする傾向がある」点をあげた。「1970年代の日本では20代前半で母親になることが多かった。次第に母親になることが先延ばしになり、子どもを持たない世帯も急増した。米国も同じ傾向にある」という。一方、「ハンガリーは違うトレンドが見られる。かつては日本や米国と同じ状況だったが、20代前半でかなりの女性が子どもを持つように社会が大きく転換した」。それは「一つの政策の結果ではなく、すべての政策の結果である」とShaw氏は言う。少子化のように経済的な事情、個人の価値観、文化的な背景といった様々な要素が絡み合う課題に対処するには、有機的に施策をつなぎ合わせて社会を変えていくことが重要なのだろう。

ハンガリーと日本の共通点

合計特殊出生率のトレンドに違いはあるものの、日本とハンガリーには移民政策で共通点があるとShaw氏は見る。日本では外国人労働者が増えているものの、政府は「いわゆる移民政策を取る考えはない」(岸田文雄前首相、※2)という立場だ。ハンガリーも移民に対して消極的な立場を取っている。Shaw氏は少子化対策という観点で「移民の受け入れは解決策にはならない」と言う。「移民を推進するのは悪いことではない」としつつ、「移民が増えたことで合計特殊出生率も上がったということはほとんどない。増えたとしても微増にとどまっている」と指摘した。移民の受け入れが多いフランスでも、合計特殊出生率の押し上げ効果は0.1程度である、とフランス国立人口研究所のレポートで示されている(※3)。こうしたことから、Shaw氏は「ハンガリーや日本のような国は世界のリーダーになり得る。ほかにどのような解決策があるのか示すべきである」と話した。

より良い未来に向けて

セミナーではNovak氏とShaw氏、特定非利活動法人manma理事の新居日南恵氏、デロイト トーマツ グループおよび有限責任監査法人トーマツ ボードメンバーの香野剛氏、デロイト トーマツ グループおよび有限責任監査法人トーマツ ボード議長の永山晴子氏(ファシリテーター)の5人によるパネルディスカッションも行った。日本の少子化対策、より良い未来に向けた各氏のメッセージを紹介したい。

Novak氏は、「多くの女性は将来的に子どもを欲しいと考えている。子どもを産むにはまだ時間があると考える人は多いが、現実的には若い時に考えているほど時間はない。こういった現実を直視し、若い人たちが将来、遅かったと後悔しないよう、早い段階から情報を提供し、それぞれ個人の選択ができるようにしないといけない」と提言した。

新居氏は、「(ハンガリーのように)国のトップに子育て政策をけん引した人がなる意味はすごく大きいと思った。トッププライオリティーの政策として、子育てを支援するぐらいの気概がないと変わっていかない」と述べた。さらに「私自身は(manmaの活動を通じて)20代前半のうちに苦しい話も含めてたくさん聞いてきたからこそ、自分自身の意思決定が変わったなと思う。早いうちにリアルな情報を知ることができる機会広がっていけば、それが変化につながっていくのではないか」とNovak氏の話に共感していた。

Shaw氏は、「合計特殊出生率が人口置換水準に戻ったとしても、地域社会には50年くらい様々な影響が出る。それは準備する必要がある。現実に対して準備できてないと厳しい」と述べたうえで、「合計特殊出生率だけでなく、子どもを持たない世帯の割合、何歳で親になっているのか、雇用状況など様々なデータと政策効果を地方自治体は見ていかないといけない。50年先が暗いというわけではない。準備していけば、厳しい状況から抜け出すことはできる」と希望を見出していた。

香野氏は、「日本の自治体をそれぞれみたときに出生数を維持し、かつ人口が増えているのは、福岡市周辺自治体のように、通勤できる距離に働く場と、比較的安価に住む場がある地域であり、同様な理由で工業地帯周辺の自治体が多い」との分析を示したうえで、「自治体間で子育て支援策が過熱気味になっているが、まずは、子育て支援策と少子化対策を明確に区分して政策を検討すること、そして地域間で子育て支援策の競争をするより、例えばある自治体は働く場を提供し、隣の自治体は住みやすい環境を実現するといった広域の生活圏単位で連携し、役割分担していくことが必要になっていくのではないか」と提案した。

講演者

Katalin Novak氏

2022 年から 2024 年までハンガリー共和国の大統領を務めた。大統領就任前は家族政策担当大臣で、出生率向上を目的とした幅広い政府政策の責任者。在任中、ハンガリーにおける婚姻率は倍増し、出生率は日本と同水準の 1.3 /女性から 1.6 /女性にまで持続的に上昇。その結果、ハンガリーは主要国の中で唯一、出生率の向上に成功したため、世界中の人口動態の専門家や政策立案者の注目を集めている。 Katalin Novak 氏は Corvinus University of Budapest で経済学の学位、University of Szegedで法学の学位を取得。公務員としての経歴は外務省から始まり、様々な役職を歴任しました。Katalin Novak 氏は高い出生率を奨励し、伝統的な家族構造を支持する政策の提唱者としても知られている。22 年間の結婚生活の中で 3 (20 歳、18 歳、16 )の子を持ち、マラソンランナーとしても熱心なスポーツ愛好家である。

Stephen J. Shaw氏

著名な人口統計学者、データサイエンティストであり、ドキュメンタリー映画監督。低出生率の背景にある共通のグローバルパターンの解明に集中的に取り組んできた。彼の革新的な作品「Birthgap - Childless World」では 24 カ国 230 人以上の人々にインタビューし、ニューヨークのチェルシー映画祭に選出。Shaw 氏は、母親 1 人あたりの子供の数が数十年にわたって一定であり、出生率の低下は計画されていない無子世帯(unplanned childlessness)と強く関連していることを発見したとして知られ、世界中の主要メディアや講演プラットフォームで多数取り上げられている。東京を拠点としながら、ハンガリーの家族支援政策の研究のためしばしばハンガリーに滞在。出生率研究以前は、米国でデータ分析企業を 20 年以上経営、パリの ISG で MBA を取得し、現在はハーバード大学で博士号取得を目指している。

新居 日南恵氏

特定非営利活動法人 manma 理事 / Founder

慶應義塾大学在学中に任意団体「manma」を設立。学生が子育て家庭の日常生活に1日同行し、生き方のロールモデルに出会う体験プログラム「家族留学」を開始。「manma」設立の 3 年後に法人化し、現在は代表の立場を離れ理事を務めるほか、こども未来戦略会議をはじめ、厚生労働省やこども家庭庁などの有識者会議の構成員も務めている。

香野 剛氏

デロイト トーマツ グループ 及び 有限責任監査法人トーマツ ボードメンバー

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 パートナー

デロイト トーマツ入社後、上場会社等の会計監査に従事。その後パブリックセクター部に異動し、公共セクターに対する各種アドバイザリーおよびコンサルティング業務、会計監査にプロジェクトマネジャーまたは業務責任者として関与。現在、日本の IT&RGInfrastructure, Transportation & Regional Government)セクターリーダーを務めるとともに、官民連携およびスマートシティ・イニシアティブをリード。デジタルガバメント、地方創生やスマートシティに関する数多くのプロジェクトの経験を有し、地域アジェンダ解決・未来創造の官民連携プロジェクトを全国各地で推進している。

永山 晴子氏

デロイト トーマツ グループ 及び 有限責任監査法人トーマツ ボード議長

総合商社、小売業、グローバル製造業、旅行業、金融業など幅広い業種の日本基準および IFRS 基準の監査業務、連結財務諸表作成支援、IFRS 導入支援業務等の業務に従事。また、企業会計基準委員会、日本公認会計士協会の各種委員を務め、会計基準の開発に携わる経験を有する。著書に『監査の現場からの声 -監査品質を高めるために- 』(共著:同文舘出版)、『監査の品質に関する研究』(共著:同文舘出版)がある。

現職(2022 7 月より)並びにデロイトアジアパシフィック Board of Directors メンバー、AP Risk Committee Chair2024 6 月より)を務めており、社会貢献活動として、30 Club Japan Vice Chair、赤い羽根福祉基金運営委員を務めている。

<参考文献・資料>

(※1United States Census BureauU.S. Population Projected to Begin Declining in Second Half of Century(2023119) https://www.census.gov/newsroom/press-releases/2023/population-projections.html

(※2)第213回国会参議院本会議第21号(2024524日)https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=121315254X02120240524&current=1

(※3)フランス国立人口研究所(INEDSabrina Volant, Gilles Pison, François HéranLa France a la plus forte fécondité d’Europe. Est-ce dû aux immigrées ?(2019年)

https://www.ined.fr/fichier/s_rubrique/29430/population.et.societes.568.2019.fecondite.immigrees.fr.pdf

奥田 宏二 / Koji Okuda

主任研究員

大学卒業後、日本経済新聞社入社。経済部の記者として、コーポレートガバナンス・コードの制定や働き方改革、全世代型社会保障改革などを取材。金融や社会保障分野を長く担当した。フィンテックのスタートアップ企業を経て、2023年1月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。自治体の少子化・人口減少に関する分析や政策提案業務などに従事。

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