社会のデジタル化が急速に進む中、世界各国で選挙におけるインターネット投票の実現を模索する動きがみられる。日本でも導入を求める声があり、政府や各政党で議論が行われている。民主主義の根幹である選挙において、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を」というデジタル庁が掲げるミッションをどのように実現するのか。河野太郎デジタル大臣にインタビューし、日本でのネット投票の課題やこれからの展望について聞いた。その中で河野デジタル大臣は、今後予定されている参院選での一部導入に意欲を示した。

―――デジタル技術を最大限に活用し、利用者を起点として公共サービスの在り方を見直す「デジタル行財政改革会議」を担当されています。その会議でネット投票をテーマとして取り上げられた狙いは何だったのでしょうか。

河野大臣 3つの理由がありました。1つ目は、国民の皆さんからネット投票実現を期待する声が多く寄せられていることです。2016年に交付が始まったマイナンバーカードは、今では全人口の7割以上の方々が保有するまでに広く普及しました※1。確定申告をしたり、様々な証明書をコンビニで交付したりするなど、デジタル社会に必要なツールとして国民の皆さんにも認知されつつあると思います。

そうした中で、私がデジタル大臣に就任したのは20228月ですが、「次の選挙はオンラインでできますよね」といった趣旨のメールが私のところにたくさん届くようになりました。マイナンバーカードを使えばオンラインでの本人確認ができます、と我々政府は積極的に広報しているわけですから、このカードを活用したネット投票を求める声が出てくることは当然なのかもしれません。

2つ目は、海外で暮らす日本人が、選挙権を確実に行使できるよう環境整備をする必要性があるからです。海外で投票するには、あらかじめ「在外選挙人名簿」に登録されていることが必要です。在外公館を通じて登録ができますが、その在外選挙人証の交付は郵送で行われていました。さらに、投票の際には在外公館に直接出向くか郵便投票を利用するしかありません。

2022年の参院選では投開票日の1カ月前に在外選挙人証を申請しても間に合わなかったという苦情が多く寄せられました。海外在住の日本人約130万人のうち、参院選で投票できたのは2%程度という惨憺たる状況でした。こうしたことから、在外邦人の方々からネット投票を実現してほしいという強い要望をいただいており、私自身も極めて現実的な選択肢になると思っています。

最後の3つ目は、複数の自治体の首長さんから、インターネット投票をやらせてほしいという声が寄せられていることがあります。背景には、地域によっては投票所の数をこれまでのように維持していくことがだんだんと困難になってきていている切実な現状があります。投票所を減らしたことで投票所が遠くなってしまい、投票を諦めるような事態が現に起き始めているという話も聞きました。こうした地方が抱える課題の解決のためにネット投票を実現してほしい、という趣旨の要望が、デジタル大臣である私のもとに届いています。

これら3つの理由から、ネット投票に向けた機運醸成を目的に、先日のデジタル行財政改革会議で取り上げることにしました。

 

―――ネット投票に関しては、デジタル大臣に就任される以前から実現の必要性について発信されてきました。これまで政府や政党間で実現に向けた議論の機運が高まらなかった一番の要因はどこにあったと見ていますか。

河野大臣 今までは、ネット投票をやりたいと思っていても、現実的にはなかなかやりようがない状況だったと思います。ネット投票を実施する際に必要な本人確認について、国民がマイナンバーカードを持っていないのにどうやってするのかという問題があったり、行政側においても様々なサービスにおいてデジタル化が進んでいなかったりして、ネット投票を行うための具体的な議論ができる環境ではなかったと思います。

そういう中で、例えば先ほどお話した在外邦人の選挙環境をめぐっては、20247月に法改正がされ、在外選挙人名簿への登録が郵送ではなくオンラインでもできるようになりました※2。また、地方自治体では、ネット投票はまだできないけれども、投票所でタブレット端末を使って電子投票はできる、という声を国に届けた結果、総務省が電子投票システムの技術的な要件を緩和しました。現在、大阪府四条畷市などが電子投票の導入を目指しています※3。これまでになかった選挙のデジタル化への取り組みが生まれてきたことは、とても大きな出来事だと感じています。

さらに、エストニアで実施された2023年の議会選挙では、ネット投票を利用する人がリアルな投票所で投票する人を初めて上回りました(図1)。国内でもメディアによってこのことが大きく報じられ、国民の皆さんからも「ネット投票をやっている国もあるんだ」「技術的にも可能なんだ」と注目されました。

ネット投票を導入するインフラが整いつつある中で、これからは今までとは違う議論になってくるのではないでしょうか。

 

1 エストニアのインターネット投票率の推移

データソース:Valimised

―――選挙におけるDXが少しずつ進み始めている中で、デジタル政策を推進する立場であるデジタル大臣に就任して、ネット投票の実現に向け、改めて認識された課題はありましたか。

河野大臣 ネット投票の実現には、選挙に関するルールを定めている公職選挙法の改正が必要になります。この改正にあたっては、政府ではなく国会議員が国会に法案を提出(議員立法)することになるため、各党各会派の合意をとりつけなければなりません。与野党ともにネット投票に前向きであるならば、それを行動に移してもらい、法改正をやってくださいということに尽きると思います。公職選挙法の所管は総務省ですが、議員立法で法改正をやっていただくことができれば、その後に必要な投票システムの開発について、デジタル庁としても十分対応したいと考えています。

 

世界で最初の導入国・エストニアに注目

―――デジタル行財政改革会議では有識者から、ネット投票のルールを作る側である国会議員にとっての懸念について質問がありました。具体的には①システムの安全性、②なりすまし投票、③投票率の向上による選挙情勢の変化、の3つがあるのではないかと指摘されました。

河野大臣 私も会議の中で「それに尽きます」とお答えしたかと思います。このことに限らず、どの分野においても「何となく新しいことは不安」という人はいると思います。ネット投票を導入したことにより投票率が上がり、選挙情勢に影響が出るという懸念があるかもしれませんが、投票率が上がることに対してネガティブであるということは、正当な理屈としては認められないように思います。

デジタル大臣として与党である自民、公明両党にネット投票の導入に向けた検討についてお願いに行きましたが、両党ともにネット投票については前向きでした。国民的な機運の高まりは、もうそれなりにあるのではないでしょうか。まずは、自民党が議論を始めてくれれば実現へとつながると思っていますので、党内で公職選挙法改正案を審査することになる選挙制度調査会への働きかけをこれからも続けていきたいと思います。

―――エストニアは2005年に世界で初めて国政選挙においてネット投票(i-voting)を実現しました。河野大臣も同国に視察に赴かれ、エストニア政府とi-votingに関するプロジェクトでの連携を推進することで合意されています。エストニアから日本が学べるところは具体的にどういった点でしょうか。

河野大臣 エストニアはシステム構築から選挙での運用まで実際にやっていますから、日本での導入に向けてi-votingは大いに参考になると思っています。ネット投票におけるリスクとしてシステムの安全性が指摘されますが、エストニアの投票システムはすべてオープンソース化されていて、中身のコードレベルまで見ることができて確認もできます。それから、投票立会人がいない環境で誰かに強制されず、自分の意思で投票できるかという指摘についても、エストニアでは何度でも投票をやり直せる仕組みを取り入れています。仮に強要されるなどの不本意な投票がなされたケースにおいては、投票後でも有権者の意思で投票内容を書き換えることができます。日本で議論されている課題は、エストアニアのi-votingを参考にすれば解決できると思っています(図2)。

エストニアは日本のネット投票導入に協力的です。エストニア政府からは、i-votingのシステムを日本語に直せばそのまま使えるというアドバイスをいただいたこともあります。日本とエストニアでは人口の規模が全く違いますから、仮に日本にシステムをもってくる際には多少のバリエーションが必要になるかもしれませんが、基本的にはエストニア国内で問題なく運用できているシステムですので、大きな問題はないと思っています。

 

図2 i-votingの特徴

(参照) Valimised, Internet voting; More about i-voting

 

―――ネット投票に向けたルール改正には国会議員の発議が必要ですが、一方で選挙権を行使する側である国民の理解も増進していかなければなりません。デジタル大臣、また一政治家としてどのように国民に理解を得て、実現への機運を醸成していきたいですか。

河野大臣 各党各会派がネット投票をやるぞ、となって法案が提出され、国会での議論が始まれば、「とうとう実現するんだな」と国民の機運も高まってくるだろうと思います。メディアがどれだけ選挙がデジタル化することに注目して、報道するかというところにもかかってくると思っています。

実現の時期については、衆院は任期満了に関係なくいつ選挙があるかわかりませんから、ターゲットにするのはなかなか難しいと思います。一方、参院選については3年ごとに実施するということで時期が決まっています。まずは2025年の参院選で在外邦人に関してはオンラインの選挙人登録をやることになっています。その次のステップとして、在外邦人に限ってネット投票を導入することができれば、ネット投票の導入が視野に入ってくるのではないかと思います。

(聞き手は永田 大・DTFAインスティテュート研究員)

<参考文献・資料>

※1 総務省「マイナンバーカード交付・保有枚数等について(令和6年6月末時点)」

※2 在外選挙人証の交付については、2024719日から施行される公職選挙法施行令の一部を改正する政令等により、市町村選管から送付された在外選挙人証データを在外公館が印刷して交付する方法になった(参照:総務省「公職選挙法施行令の一部改正について」

※3 電子投票は、地方選挙に限って導入できるようになっている

※4 GitHubはプログラムのソースコードをオンラインで共有・管理するサービスで、世界中からアクセス可能なソフトウェア開発のプラットフォーム

 

永田 大 / Dai Nagata

研究員

朝日新聞社政治部にて首相官邸や自民党を担当し、政治・政界取材のほか、成長戦略やデジタル分野、規制改革の政策テーマをカバーした。デジタルコンテンツの編成や企画戦略にも従事。2023年5月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画した。
研究・専門分野は国内政治、成長戦略、EBPM(エビデンスに基づく政策形成)。

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