温暖化、ここがポイント, カーボンプライシング, ボランタリークレジット, ホットイシュー
温暖化、ここがポイント②:カーボンプライシングとGX-ETS
温室効果ガス(GHG)排出に価格を設定する「カーボンプライシング」を導入する動きが広がっている。従来は欧州連合(EU)などの先進国が主体だったが、近年は中国、韓国、南アフリカ共和国といった新興国、途上国にも波及。日本でも企業の自主的な温暖化対策を促す枠組みが設立され、そして、2023年からGXリーグに参加する企業による排出量取引制度(GX-ETS)の試行が開始された。当初は日本政府が運営する制度に由来する排出枠(クレジット)に限り利用が認められる見込みだったが、2024年4月に追加的に利用が認められるクレジットのガイドラインが発表された。今後の展開が注目される。
目次
カーボンプライシングとは何か
カーボンプライシングとは、企業などのGHG排出者に、二酸化炭素換算1トン(tCO2e)あたりで一定の金額の支払いを求める制度である。
このような制度は1970年代から、大気汚染物質の排出規制のために欧米で実施されてきた。後述するように価格設定の方法と設定された金額の支払い方は様々なものの、導入した国々では、こうした制度が大気汚染物質の排出を規制する中心的な役割を担ってきた。
GHGについては2005年に開始されたEUの排出量取引制度(EU-ETS)が代表例である。EU、ニュージーランド、米国やカナダの一部の州などの先進国に続いて、新興国や途上国にも広がった。中国、南アフリカ共和国、コロンビア、チリなどで導入されたのに加え、インド、インドネシア、ブラジルなどでもカーボンプライシング導入に向けた検討が進んでいる。
このような制度が実施されてきた背景には、環境問題によって生じる社会的な費用を市場の商品価格などに反映できないことは失敗であるとみなす、環境経済学の考え方がある。この失敗を是正するため、汚染物質を排出した企業に課金することで環境問題解決のための費用を負担させる、という思考である。
課金には効率的な排出削減も期待できる。汚染物質排出を回避する設備の導入を政府が企業に義務づけるような一律の規制では個別企業の事情に対応できず、社会全体の削減コストが高くなってしまう恐れがある。しかし、汚染物質の排出自体に課金を行えば、企業側にも一定の柔軟性が与えられる。例えば、課金されるよりも汚染物質排出を削減した方がコストを抑えられる企業は排出削減を進めれば良いし、逆も然りである。この結果、社会全体として効率的に汚染物質の削減が進み、削減費用を抑えることが可能になる。
価格設定と課金の方法には大別して、政府が炭素価格を税金あるいは課徴金として設定する炭素税と、価格設定を市場に委ねる排出量取引制度との2つがある。さらに排出量取引制度には、キャップ&トレードとベースライン&クレジットメカニズムの2種類がある。
キャップ&トレードでは、多くの場合、政府が規制対象となっている産業分野について排出が許容される総量を設定したうえで、排出枠(アロワンス)を規制対象企業に対して配分する(注1)。そして、排出削減が想定外に進んだ企業が、余った形となったアロワンスを削減困難な他企業に販売することを認める。この制度では規制対象企業に政府からアロワンスが配分されたうえで、市場での取引を通じて価格が決められていく。
一方、前回レポートでも紹介したベースライン&クレジットメカニズムは、風力発電や植林のような排出削減・除去活動を行って排出枠(クレジット)を創出する。キャップ&トレードとの違いは、一定のクレジットが政府など規制当局から配分されるのではなく、プロジェクトを実施して、排出量の記録や第三者による検証など所定の手続きを経なければクレジットを得られないことだ。この手続きにおいては、プロジェクトが実施されない場合の想定排出量の推移である「ベースライン排出量」とプロジェクト実施後の実際の排出量との差分に対して、クレジットが発行される。
ベースライン&クレジットメカニズムによって得られるクレジットを、キャップ&トレードの規制対象企業あるいは炭素税の規制対象となっている企業が、規制の遵守に利用することを認められる場合も多い。
炭素税は政府が税金として徴収するため政府が税額を決定するが、排出量取引制度では市場での取引を通じて価格が決められる。ただし、キャップ&トレードには、アロワンスが無償ではなく入札を通じて企業に配分される制度もある。この際、入札の下限価格が設定されることが多く、政府が設定した範囲内で価格が決められる場合もある。
カーボンプライシングの導入状況
冒頭でも述べたようにカーボンプライシングを導入する国は増えている。世界銀行がまとめたデータでは、2024年4月時点で、炭素税は39、キャップ&トレードは37、ベースライン&クレジットメカニズムは35の制度が、EUをはじめとする45カ国・地域で導入されている。国、地方政府、地方自治体など多様な行政レベルで制度導入が進んでいるため、一つの国の中で複数の制度が運営されている場合もある。
例えば、カナダでは、連邦政府と州政府がそれぞれキャップ&トレードとベースライン&クレジットメカニズムを実施している。日本でも、政府によるベースライン&クレジットメカニズム、二国間クレジット制度(JCM)やJ-クレジットととともに、東京都が独自に実施するキャップ&トレード制度もある。また、米国については現在に至るまで連邦政府レベルでの導入には至っていない。一方で、州単位ではカルフォルニア州、ワシントン州、がそれぞれキャップ&トレードを実施している。さらに、米国の北東部の10州が共同して運営するキャップ&トレードがある。各国、それぞれの事情に応じて多様な形で制度を実施している。
ベースライン&クレジットメカニズムは、様々な形で運営されている。運営主体となっているのは国や地方政府だけではなく、民間団体が運営する場合や京都議定書に基づくクリーン開発メカニズム(CDM)、パリ協定の6条4項メカニズムなど国際機関が運営する場合もある。実際のところ、市場で取引されているクレジットの大半は、民間団体が発行するクレジット(ボランタリークレジットと呼ばれるもの)となっており、民間事業者間で自主的に売買されている。
炭素税、排出量取引制度のいずれかだけを導入している国もあるが、両方を導入している国も多い。例えば、フランスでは、エネルギー分野と産業分野に関してはキャップ&トレードを適用し、運輸分野については炭素税を導入している。
制度を組み合わせる場合も多い。コロンビア、南アフリカは炭素税を導入しているが、規制対象者に対して、納税する代わりにベースラインクレジットで得られたクレジットを利用することを認めている。そのほかにも米カリフォルニア州のキャップ&トレードでは一定の制限の中で、ベースライン&クレジットメカニズムで得られたクレジットを規制の遵守に利用することが認められている。
このように複数ある制度を組み合わせることで、規制対象企業は柔軟性を与えられ、より効率的な目標達成を行うことができる。例えば、ベースライン&クレジットメカニズムでは、相対的に排出削減費用の低い産業分野あるいは国などで実施されるプロジェクトが多い。そうしたプロジェクトから得られるクレジットの利用をキャップ&トレードの規制対象企業に認めれば、規制遵守のための選択肢が増え、費用を抑えることが可能となる。
排出量取引制度の課題
このように多くの国でカーボンプライシングの導入が進んでいるものの、その実施には課題も残る。
一つの問題は価格の維持である。上述のように、GHGの排出にあたって一定の金額を支払うことが企業にとって排出削減のインセンティブとなるが、その額が低くなり過ぎると企業へのインセンティブも失われる。実際に、EUのキャップ&トレード、EU-ETSではアロワンスの価格低迷の是正に長い時間を要することとなった。
発端は、2008年のリーマンショックである。株価暴落と不況により経済活動が大きく縮小した結果、排出量も大幅に減少した。加えて、京都議定書に由来するCDMなどのEU域外から大量のクレジットが流入した。さらに、当時EUで実施されていた再生可能エネルギー導入支援策により、太陽光発電や風力発電の導入が増加した結果、発電部門での排出量が減少した。これらの様々な要因が相まった結果として、EU-ETSにおいて大量のアロワンス余剰が生じることとなった。そして、余剰による価格低迷が長期化した。
リーマンショックのような経済不況による余剰は、単に生産活動の縮小がきっかけであり、企業の排出削減によるものではない。規制対象企業はこの余剰を景気回復後の排出量増加に充てることで規制を遵守できるため、企業に対する排出削減のインセンティブは失われてしまうことになる。
さらに問われたのが、ベースライン&クレジットメカニズムの信頼性である。このメカニズムについては専門家から、クレジットの過剰発行につながっているとの研究成果が発表され、クレジットの品質を問題視する声も多くなった。
このような価格低迷や品質の問題に対応するためEU-ETSでは様々な対策がとられた。まずは価格の低迷を食い止めるため、余剰が生じた場合には供給を制限する制度、市場安定化留保(MSR)を導入した。もう一つの品質の問題については、CDMなどEU域外で創出されたクレジットの利用を2021年以降、全面的に禁止した。
また、ニュージーランドのキャップ&トレードでは2013年以降、ベースラインアンドクレジットの利用が認められていない。米カリフォルニア州のキャップ&トレードのように、認められたとしても厳しい条件がつけられる例もある。
このように、排出量取引制度には理論的に見れば様々な長所があるとされているものの、実際の制度運営では課題も多い。そのため、排出量取引制度を実施している政府は、追加的に様々な措置を適用している。
日本におけるカーボンプライシングの導入―GX-ETS―
日本でのカーボンプライシング導入は、2020年に政府が発表したグリーン戦略において目標達成のために、「成長志向型のカーボンプライシング構想」の実行が求められたことを起点としている。政府が同構想を具体化する過程で、GXリーグ基本構想、GX基本方針、GX推進法などが相次いで策定・制定された。この中で、GX移行債、GX-ETS実施、炭素賦課金・事業者負担金という3つの主要施策が明らかになった。
図表1 成長志向型のカーボンプライシング構想で実施される制度
実施される制度 |
制度の内容 |
GX移行債 |
官民で今後、120兆円の脱炭素移行のための投資を行うが、国は20兆円のGX移行債を発行し先行投資を行う |
GX-ETSの実施 |
企業が自主的に参加するGXリーグにおいて実施される排出量取引制度 |
炭素賦課金・事業者負担金 |
化石燃料の輸入事業者に対して輸入時に炭素賦課金を課すとともに、電力事業者に対してクレジットの有償オークションを通じて課す |
出所:経済産業省「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」(https://www.meti.go.jp/press/2023/07/20230728002/20230728002.html)を踏まえてDTFAインスティテュート作成
これらの制度は開始時期が異なる。GX-ETSは企業の自主的な参加で2023年から試行され、GX移行債も2023年度に1.6兆円発行されて早速、具体的な事業への投資が行われている。一方で、炭素賦課金は2028年から、事業者負担金については2032年から適用される予定である。
② GX-ETSの実施ステップ
GX-ETSは、段階を踏んで導入される計画だ。2023年から2025年までの第1フェーズを試行的な段階と位置付け、2026年以降の第2フェーズで排出量取引制度を本格稼働させることになっている。2024年3月の政府発表では747社が参加し、参加企業の排出量は日本全体の5割程度を占める。
第1フェーズGX-ETSは、大きく4つのステップを踏んで実施される。目標設定(プレッジ)、実績報告(モニタリング・報告)、取引実施、レビューの4つである(図表2参照)。
プレッジ |
国内直接・間接排出それぞれについて参加企業が自ら目標を設定 ① 2030年度排出削減目標 ② 2025年度の排出削減目標 ③ 第1フェーズ(2023~2025年度)の排出削減量総計の目標 |
実績報告 |
• 国内直接・間接排出の排出量をモニタリング(算定)・報告 • 排出量の算定結果の第三者検証(必須) |
取引実施 |
• 排出量取引の対象は、国内の直接排出分のみ • 排出実績が③第1フェーズの排出削減量総計の目標を上回る場合、 ü 超過削減枠*や適格カーボン・クレジットの調達又は ü 未達理由を説明 *NDC達成水準を越えて削減がなされた場合に発行されるもの。NDC達成水準とは、基準年度の排出量から2050年カーボンニュートラルまで直線的な排出量の推移をたどる前提で機械的に設定される排出削減率。 |
レビュー |
目標達成状況と取引状況については、情報開示のためのプラットフォーム「GXダッシュボード」上で公表 |
出所:GX-ETS事務局「GX-ETS第1フェーズにおけるルール」(https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/GX-ETS%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%AC%AC1%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB.pdf)を踏まえてDTFAインスティテュート作成
③ GX-ETSの特徴とその背景
GX-ETSで特徴的なのは、目標設定も企業が自主的に行う点である。キャップ&トレードの他の制度では、通常、規制当局が一定の排出許容量(規制対象となる企業にとっては目標値)を決定し、その排出許容量に相当するアロワンスが無償あるいは有償で規制対象施設あるいは設備に配分されていく。排出許容量の設定については、業界団体などとの協議が行われているようであるが、企業の判断に委ねられている例はあまりない。
さらに、GX-ETSでは一定の水準を越えた排出削減を行わないと排出枠獲得は不可能だ。多くの制度では、上記のように、規制当局から無償あるいは有償で配分されるが、GX-ETSではNDC達成水準と呼ばれる水準を下回らない限り得ることが出来ない。カナダ連邦政府が産業分野の規制のために導入した制度(2019年から実施)や東京都の排出量取引制度(2010年から実施)でも同様な手法がとられているが、現状では限られた制度でしか採用されていない。市場に供給される超過排出削減枠の数量が読みにくくなったことは同時に、企業が超過排出削減枠を調達して目標達成をすることも難しくする可能性がある。
第1フェーズ開始当初は、J-クレジットとJCMの利用を認めている。しかし、この二者から発行されているクレジットの数量は、GX-ETS参加企業の排出量である約5億tCO2e (日本全体の5割程度)と比較すると極めて小さい。J-クレジットの発行は約1200万tCO2eに過ぎず、うち半数は利用済みのため今後は企業が利用できない。JCMのこれまでの発行量は73万tCO2eである。目標達成のためのクレジット需要が今後、どれくらいあるか明確ではないものの、参加企業の排出量規模を踏まえると、J-クレジットやJCMだけで満たすことが出来るとは考えにくい。
こうした制約があることには、様々な理由がある。一つは、企業の目標設定をより野心的なものとしたいとの政府の狙いだ。GXリーグ事務局の説明には、参加企業が設定した排出削減目標を下回った場合に超過排出削減枠を発行することを単純に認めてしまえば、枠の取得を狙い、意図的に緩い排出削減目標を設定する企業が現れることへの懸念が示されている。野心的な目標の設定を促すとともに、一定の水準の排出削減に成功した企業へのインセンティブを付与するために、このような制度となったとも言える。
また、余剰発生への懸念も、制度導入の裏にはあるのではないかとも思われる。すでに述べたようにリーマンショック後の不況による排出量の減少が余剰を生み、EU-ETSにおける取引価格低迷が長期化する一因となった。この前例は、外部クレジットのうち、日本政府が関与した制度に由来するJ-クレジットとJCMのみを適格としたことにも影響した可能性がある。
第1フェーズは試行的な段階にとどまることにも留意が必要だろう。まずは、制度運営に関する知見を得ることで、2026年以降に予定されている本格的な実施に向けて制度整備を行おうとしているとも考えらえる。
このように第1フェーズ発足時には、超過排出削減枠以外で利用が認められるクレジットは限定的なものになっていたが、2023年以降も、J-クレジットやJCM以外のボランタリークレジットの利用をどのように認めるか検討作業が続けられていた。その結果が2024年、4月に発表された。
ボランタリークレジットの利用の条件
2024年4月、GX-ETSの運営事務局は「GX-ETSにおける適格カーボン・クレジットの活用に関するガイドライン」(以下、ガイドライン)を発表した。ガイドラインでは、これまで認めていたJ-クレジットとJCM以外のボランタリークレジットなどにも、「その他の適格性カーボン・クレジット」として、GX-ETSにおいて利用を認める道を開くとともに、利用のための条件を示している。
日本国外では現状、ベースライン&クレジットメカニズムに由来する取引では、民間団体が発行するボランタリークレジットが大半を占めている。また、パリ協定の下でのベースライン&クレジットメカニズムとして、制度の本格的な実施にむけて現在、検討作業が行われている6条4項メカニズムも、将来的には市場における主要なクレジット供給源となる可能性を秘めている。
そのためGX-ETSにおいても、これまで利用が認められなかったボランタリークレジットなどの利用の可否について検討作業が重ねられた。その結果を踏まえた今回のガイドラインでは、GX-ETS追加的に利用が認められるクレジットを、「その他の適格カーボン・クレジット」と呼ぶとともに、その利用にあたっては一定の条件を設けている。日本国内外で実施されるプロジェクトが対象となるが、実施場所が国内か、国外かで条件が異なる。
図表3 その他の適格カーボン・クレジットの要件
|
国内 |
国外 |
実施者 |
制限なし |
実施者はGXリーグ参画企業などがプロジェクト立ち上げ初期から継続し関与した事業であること。 |
実施場所 |
日本国内で実施されるプロジェクト |
JCMにおける実施が困難なプロジェクト |
方法論 |
1.将来的に日本のNDCへの貢献が期待される①CCU、②沿岸ブルーカーボン、③BECCS、④DACCSの4つの分野の方法論 2.プロジェクトの追加性、永続性、ガバナンンスなどについて一定の品質基準を満たしていること、または日本国政府が一定程度運営に関与し、運営の透明性・公平性が担保されると見なされること 3.上記に該当するプログラムが国内・国外両方に存在する場合、国内プログラムを優先 |
出所:GX-ETS事務局「GX-ETSにおける適格カーボン・クレジットの活用に関するガイドライン」 (https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/GX-ETS%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%81%A9%E6%A0%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B4%BB%E7%94%A8%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3.pdf)を踏まえてDTFAインスティテュート作成
② 明確にされていない高い品質のクレジットの判断方法
このように、日本政府が運営に直接関与するベースライン&クレジットメカニズム以外の制度で得られたクレジットの利用も、一定の条件下で認められることとなった。それでは、今回のガイドラインの下でどのようなクレジットが得られるのか、詳しく検討してみる。
まずは、「その他の適格カーボン・クレジット」となりうるのは、基本的にはCO2除去に関連するものになった点である。中でも直接回収の「DACCS」やバイオマス燃焼による「BECCS」などの技術を活用して大気中のCO2を除去するものが大半を占めている。CCU(CO2有効利用)には様々な手法があり、CO2を大気中から除去してセメントなどの建築物に利用するケースも含まれうる。沿岸ブルーカーボンとしては海藻へのCO2吸収などが当てはまる。日本の団体が海藻によるCO2吸収にクレジットを発行していることを念頭に置いていると思われる。
ガイドラインが利用を認めるクレジットは高価になるだろう。前回連載でも指摘した通り、DACCS、BECCSのコストは非常に高い。結果、クレジットの価格も当然、高いものになると予想される。沿岸ブルーカーボンは安くなる可能性もあるが不確実な部分が多い。海外の研究機関が試算しているブルーカーボンのコストは10〜100米ドルと、幅が大きい。
これらのクレジットが現時点までにほとんど発行されていないことにも注意が必要である。DACCSについては、2021年から操業を開始した施設があり、クレジットが取引されたとの報道がなされている。しかし、現状での数量は限定的で、市場への供給可能量は読めない部分が多い。他のCCUやBECCSなども同様だ。ブルーカーボンについては、日本国内でクレジットを先行発行している団体の記録を見ると、クレジット発行量が数十tCO2eと非常に小規模なプロジェクトが多く、非常に限られた供給しか期待できない状況である。
図表3における「方法論」の2と3のクレジットの信頼性や品質に関する規定の背景には、すでに述べたように、国外では近年、民間の自主的な取組みに利用されるクレジットの信頼性・品質を疑問視する報道がなされている点があろう。日本政府としても、J-クレジットやJCM以外のクレジットを認める場合、一定の信頼性や品質を担保する必要性があると判断して、このような要件を含めたものと思われる。
クレジットの信頼性や品質を向上させる必要性は国際社会においても認識されており、既に、多くの対応がなされている。代表的なのは2021年発足の団体であるIntegrity Council Voluntary Carbon Market(IC-VCM)が作成したCore Carbon Principles(CCPs)原則である。IC-VCMは、この原則を満たすクレジット発行機関を適格として認める取り組みを進めている。それ以外にも、国際民間航空機関(ICAO)が、同機関の下で行う温暖化対策のCarbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation(CORSIA)で利用が認められるクレジットの基準を設けている。また、2023年の札幌でのG7気候・エネルギー・環境大臣会合では「十全性(質)の高い炭素市場の原則」が採択され、クレジットの信頼性、質に関する基準を示した。2024年5月には米連邦政府も、クレジットの信頼性、質に関する基準Principles for High-Integrity Voluntary Carbon Marketsを発表している。
こうした多数の原則には共通点も多く、クレジットの信頼性と質の確保のために必要とされる措置について、国際的に共通の理解が得られつつあると言える。ガイドラインが示しているクレジットの品質の要素についても、これら既存の原則などと共通する部分が多い。しかし、信頼性・品質が確保されたクレジットの定義をガイドラインでは明確にはしていない。そのため現時点では、GX-ETSの下で利用が認められるクレジットは、様々ある原則や基準の中で、どのような原則・基準を満たしたものなのか、判断できない状況となっている。
GX-ETSの2026年以降の本格導入に向けて
2023年に制度が開始されたGX-ETSは現在、企業の自主的な参加の下で試行的な段階として実施されている。2023年の排出実績がGXリーグのサイトではまだ公表されていないため、どのような形で企業が排出削減目標を達成しようとしているかは確認できない。超過排出削減枠やJ-クレジット、JCMがどのように企業の目標達成に利用されようとしているのかも、不明のままである。
このような状況ではあるが、ここまで分析、検討してきた結果を踏まえると、GX-ETSの下では、利用できる排出枠、クレジットの数量に不確実な部分が多いため、GX-ETS参加企業としては、自社内での排出削減による目標達成に注力すると予想される。
EU-ETSでは余剰アロワンス大量発生により、企業の排出削減インセンティブが失われかねない状態となった。GX-ETSにおいては、このような事態を回避するための制度設計がなされた点が成果とも言える。一定の品質が確保されたクレジットの利用を認めることや将来的なネットゼロ目標達成を踏まえる必要性などを踏まえると、利用を認めるクレジットに一定の制限を設けざるを得ないのも確かである。
排出量取引制度はキャップ&トレード、ベースライン&クレジットメカニズムともに、規制対象企業に目標達成のための柔軟性を与えることが長所となっている。しかし、現行のGX-ETSでは、参加企業に目標達成のための柔軟性の余地があまりないのが実情である。企業の排出削減インセンティブを維持しながら、どのように柔軟性を認めていくのかが、今後の課題と言えるだろう。
現在は試行中であり、2026年以降の本格的な導入に向けて、経験を踏まえてさらなる検討が行われていくと予想される。今後の制度面での動向を注視していく必要があろう。
(注1)キャップ&トレードで規制対象企業に配分される排出枠は、アロワンス、ユニットなどと呼ばれることが多い。例えばEU-ETSでは排出枠をEU Allowance(EUA)と呼ぶ。これに対してベースライン&クレジットメカニズムでは排出削減・除去プロジェクトに発行される排出枠をクレジット、ユニットと呼ぶことが多い。制度によって呼び方は変わるが、ここでは、キャップ&トレードについてはアロワンス、ベースライン&クレジットメカニズムについてはクレジットと表記する。なお、GX-ETSはキャップ&トレードのように許容される排出量が定められるものの、それに相当するアロワンスが事前に配分されない特殊な形となっており、ここではGX-ETSで発行される超過排出削減枠については排出枠として表記する。
<参考文献・資料>
(※1)GXリーグ事務局 GX-ETSにおける第1フェーズのルール. 令和5年2月.
(https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/GX-ETS%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%AC%AC1%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB.pdf 2024年7月9日閲覧)
(※2)GXリーグ事務局 GX-ETSにおける適格カーボン・クレジットの活用に関するガイドライン. 2024年4月.
(https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/GX-ETS%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%81%A9%E6%A0%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B4%BB%E7%94%A8%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3.pdf 2024年7月9日閲覧)
(※3)若林 雅代 木村 宰 東京都の排出量取引制度の評価-事業所インタビュー調査に基づく効果の検証-. 電力経済研究 No.65 2018.04.
(※4)小松 潔 清水 透 カナダ連邦政府のOBPS(Output Based Performance Standard). 日本エネルギー経済研究所ウェブサイト 2023年9月 .
(https://eneken.ieej.or.jp/data/11308.pdf 2024年7月16日閲覧)
(※5)Christian de Perthuis, Raphael Trotignon, Governance of CO2 markets: Lessons from the EU-ETS, Energy Policy,Volume 75, 2014, P 100-106.
(※6)The Institute for Carbon Responsible Removal, Fact Sheet: Blue Carbon. June 24.2020. (https://www.american.edu/sis/centers/carbon-removal/Fact-Sheet-Blue-Carbon.cfm 2024年7月16日閲覧 )
(※7)諸富徹 ピグーにおける環境問題への処方箋. 環境経済・政策学会 編. 環境経済・政策学事典, 丸善出版, 2018.5. P 636-637
(※8)新澤秀則 経済的手法. 環境経済・政策学会 編. 環境経済・政策学事典, 丸善出版, 2018.5. P 484-485
関連サイト
サステナビリティアドバイザリー|ファイナンシャルアドバイザリー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
M&AにおけるESGトレンド調査 2024 日本版|M&A|デロイト トーマツ グループ|Deloitte