近年、地球温暖化対策への取組みにおいて温室効果ガス(GHG)排出量を正味でゼロにする「ネットゼロ」を目指す動きが広がっている。政府だけではなく地方自治体、企業なども、自主的に設定したネットゼロ目標の目標達成に動き始めている。ネットゼロではGHG排出量を可能な限り削減する一方、削減が困難な排出量については大気中からCO2を除去することで、排出量と除去量を均衡させる。GHG排出量の削減だけではなくCO2除去も重要なため、除去に関連する取組みや技術への関心が高まって来ている。こうした中、EU では2024年4月に排出枠の取引を活用して除去の導入を支援する制度が、欧州議会において正式に採択された。今後、多方面に影響を及ぼす可能性もある。

ネットゼロ目標とパリ協定

近年、ネットゼロ目標を設定する動きが世界的に広がってきている。例えばEUは、2021年に制定したEU気候法において、2050年にGHG排出量をネットゼロとするため温暖化対策を強化していく方針を示している。カナダ、英国、米国でも、法律あるいは温暖化の長期戦略の中で、2050年までにネットゼロを達成する方針が示されている。日本は、2050年までのカーボンニュートラル(ネットゼロとほぼ同義)実現を念頭に、2030年のGHG排出削減目標を2013年比46%削減に変更すると2021年に発表した。それまでの目標は同26%減だった。

また、先進国のように2050年を期限とはしないものの、ネットゼロを目指す動きは途上国や新興国でも見られるようになってきている。さらに、地方自治体や企業の中でも自主的にネットゼロ目標を設定するケースが出てきており、国家の枠を越えてネットゼロが地球温暖化対策の目標とされているのである。

このような動きの背景には、2015年にパリで開催された国連気候変動枠組み条約の第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定がある。2021年以降の温暖化対策の国際的な枠組みとなっているパリ協定の下で各国はGHG排出削減への具体的な取組みを実施している。パリ協定では世界全体の平均気温の上昇幅を工業化以前の平均気温から1.5℃に抑えることを目指す、と規定するとともに、この目標達成のため各国は、今世紀後半にGHGの排出量と除去量が均衡した状況であるネットゼロを実現すべきであるとされた。

このようなネットゼロ目標を設定する動きが広がる中で、再生可能エネルギーや省エネのようなGHG排出量の削減につながる技術や取組みではなく、大気中のCO2を取り除く技術や取組みに注目が集まってきている。日本政府は、このような除去に関する技術の導入を促進させる取組みを行おうとしているほか、海外でも、除去を後押しする制度を導入する動きが見られる。

また、ネットゼロ目標達成の上では、必ずしもGHG排出量をゼロとする必要性はない点も重要である(図表1)。パリ協定では、21世紀後半においても、ある程度のGHG排出は続くことを前提としている。ただ、ネットゼロ目標達成時においても許容される排出がどのようなものなのかは、まだ明確にはされていない。排出が許容されるべき産業分野などを具体的にどう定めていくのか、今後の課題となっている。

図表1 GHG排出量と除去量が均衡した状態(ネットゼロの状況のイメージ図)

DTFAインスティテュート作成

ネットゼロをさらに上回る取組みに動き始めている例もある。EUは、2021年に制定したEU気候法において2050年にGHG排出量をネットゼロとすることを定めるとともに、2050年以降は、排出量を除去量が上回る「ネガティブエミッション(negative emissions)」の状況とすること、を規定している。このため排出削減と並行して除去量の拡大も謳われている。GHG排出量を正味でマイナスとすることを法律に明文化したことは、今後のEU全体の温暖化政策に大きな影響を与えると思われる。さらに、国連気候変動枠組み条約の下での交渉を通じて国際社会全体の取組みにも影響を及ぼす可能性もある。このnegative emissionsの達成と維持において除去は重要な役割を担うため、ネットゼロ目標を達成した後の温暖化対策の上でも、ますます注目を集めると予想される。

なお、ネットゼロ同様の言葉としてカーボンニュートラル(炭素中立)もある。ただ、G排出規制の対象となっているGHGには、カーボン(炭素)を主成分とするCO2以外にも、メタン、N2O、代替フロン(HFCsPFCsSF6NF3)などがある。このため、CO2の排出量と除去量を均衡させることは、GHG排出量のネットゼロと厳密には同等ではない。ただ、GHG排出量の大半を産業やエネルギー分野からのCO2が占める日本では、カーボンニュートラル目標がネットゼロ目標とほぼ同義とされている。

除去の具体的な方法

除去の重要性は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2018年に公表した「1.5℃特別報告書」でも指摘されている。この特別報告書は、世界の平均気温の上昇幅を1.5℃に抑制するための排出量の推移見通しや排出削減対策などについて検討したもので、パリ協定を採択したCOP21IPCCに策定を求めていた。特別報告書ではGHG排出量の削減だけではなく、大気中からのCO2除去が重要な役割を担うことが指摘されている。

特別報告書では、CO2除去に向け、以下のような取組みが紹介されている。

l   新規植林と再植林:これまで森林ではなかった場所に新規に植林、あるいは森林が失われた地域に再び植林することなどでCO2吸収を拡大させる

l   土壌とバイオチャー(バイオ炭):土壌へのCO2吸収を拡大させるために耕作法を変えることや、土壌に木炭を埋めることで CO2を貯留する

l   DACCS:大気中からCO2を分離・回収する技術を利用して地下に貯留する

l   BECCS:バイオマス発電で排出されるCO2を分離・回収する機械・装置を利用して地下に貯留する

l   岩石風化と海洋アルカリ化:岩石の風化プロセスにおいて生じるCO2吸収を利用するとともに、海洋をアルカリ化することで酸性であるCO2の吸収量を増やす

l   海洋施肥:鉄分などの微量元素あるいは窒素、リン、カリウムなどの多量要素のような栄養分を海洋に散布して海洋のプランクトンを増やすことでCO2を吸収する

IPCCの特別報告書に挙げられた以外にも、森林管理の改善を通じてCO2吸収を増やす取組みが実施されている。さらに、新しい取組みとして、水中の藻やマングローブにCO2を吸収させる取組みも見られる。

このように多様な取組みがあるものの、これまで実施されたものの大半は、新規植林や再植林、森林管理改善を通じたものにとどまっている。DACCSについては、2021年に民間ベンチャーがアイスランドにおいてCO2回収施設の操業を開始した1件のみである。除去の重要性は認識されつつあるものの、ネットゼロ目標の達成のためには、まだ十分とは言えない状況となっている。

除去を進める上でコストなどが課題に

除去の取組みが植林などに限定されているのは、その他の技術の導入コストが高いためとされている。IPCCの特別報告書は、DACCSBECCSでは1トンのCO2を除去するのに201000米ドルのコストが必要になるとの試算結果を示している。一方で植林などによる除去の費用は同550ドルで済むとしている。

しかし、植林、特に新規植林に関しては、土地利用に関して食糧生産との競合が生じる。世界的な人口増加に合わせて一定の食糧生産を続けていくためには、植林にも限りがある。その他にも、森林や土壌におけるCO2吸収量の算定方法が難しいのに加え、CO2吸収の増大のみを目指した単一種の植林は生物多様性を損なう可能性もあることや、先住民や地元共同体の権利の保護とどうバランスを取るかなど、植林などの自然生態系を利用した除去については様々な課題が指摘されている。

さらに、大気中から回収・貯留したCO2が再度放出されるのを防ぎ永続的に大気から隔離する、永続性の確保が重要な要素となっている。例えば植林をしたとしても、大規模火災などが起きればCO2も大気中に排出され除去の効果が失われてしまう。大気中への再放出によるreversal(逆転)や、地中に貯留していたCO2が漏れ出てしまうleakage(漏出)などをどう防ぐか、また、このような事態が生じた場合にどのように対応するかが課題となる。

合わせて、逆転や漏出を事前に防止するため、CO2の隔離・回収の実施期間中だけでなく、活動終了後も一定期間、常にモニタリングする必要がある。このような責任を、だれが、どのように果たすのかを明確にすることが求められる。

このような課題を踏まえて各国とも、除去の実施を後押しするために様々な施策を検討している。この中で、EUでは20244月に、CO2GHGの排出枠(クレジット)取引を前提とする「ベースライン&クレジットメカニズム」を活用して除去を支援する制度を欧州議会が採択し、注目を集めた。

排出枠取引を利用した除去をEUが後押し

ベースライン&クレジットメカニズムとは、様々な排出削減プロジェクトあるいは除去プロジェクトによって得られる排出削減量に対してクレジットを発行する制度で、実施主体は後述するように多種多様である。そして、植林などを通じた除去はこれまで、ほとんどがこのメカニズムを活用して行われてきた。

制度を運営する機関・団体では、クレジット発行に先立ち排出削減量・除去量を算定するための方法論の審査と承認、クレジット発行が認められるプロジェクトの審査と登録、クレジットの発行と発行されたクレジットを管理するための登録簿運営などが行われている。様々な団体が実施しているが、いずれの場合も、一定の基準の下でプロジェクトを登録し、承認した算定方法に基づき排出削減量のモニタリング、算定が行われたうえでクレジットが発行される点は共通している。

プロジェクトを行う事業者は、クレジットを市場での取引を通じて売却することで、プロジェクトの費用を賄う。一方で、購入した側は、政府のGHG排出規制の遵守に利用する、あるいは自主的な温暖化対策の一環として利用するなど、様々な用途に充てる。

具体例としては、2020年まで国際社会における温暖化対策の枠組みとなっていた京都議定書の下で実施されてきたクリーン開発メカニズム(CDM)が挙げられる。京都議定書は先進国に限って排出削減義務を課していたが、先進国は他国で実施した排出削減に伴い発行されたクレジットを自国の排出削減義務の達成に充てることが認められていた。CDMでは、途上国でのプロジェクト進行に伴う排出削減量や除去量に対するクレジットが発行された。こうしたクレジットは京都議定書の下での削減目標達成や企業の自主的な温暖化対策の目標達成に利用されるとともに、新規植林や再植林にも活用された。

その他にも、各国政府が実施するベースライン&クレジットメカニズムもあった。具体的には日本政府独自のJoint Crediting MechanismJCM)やJクレジットなどが挙げられる。民間団体が自主的にクレジットを発行して、植林などを行うケースも増えている。

しかし、課題も残る。一つは、除去したCO2を永続的に大気中から隔離し続けることが出来るか不確実なことだ。特に、植林など自然生態系を活用した場合、山火事や病虫害などで森林が失われる可能性もある。植林プロジェクトを対象に発行されたクレジットを政府の規制の遵守目的で購入した企業は、植林された部分が火災などで消失するとクレジットの根拠となっている除去量が失われるため、規制を遵守することが出来なくなってしまう。

また、クレジットを過剰に発行しているとの批判が後を絶たず、信頼性確保が課題となっている。近年は過剰に発行されたクレジットを悪用して、自らの事業活動や商品利用に基づく排出量を相殺しようとする企業も出てきているとの批判もある。こうした批判を受けて、グリーンウォッシング(実質を伴わない環境訴求)についてはEUも規制に乗り出している。さらに、多様な機関・団体がクレジットを発行していることから、発行基準も統一性に欠ける状況となっている。

ここまで述べてきたように課題は山積しているものの、EUは、このメカニズムを活用してEUにおける除去の実施を後押ししようとしている。

EUが新たに導入した枠組み

欧州議会は20244月に、除去に関する新たな認証枠組みも採択した(注1)。正式名称は「炭素除去認証枠組み」(CRCF)」である。2022年末に欧州委員会がベースライン&クレジットメカニズムを活用して除去を支援する制度の導入を提案したことを受け、欧州議会と欧州理事会での審議を経て採択された。

欧州委員会は提案の中で、2050年のネットゼロ達成に向けた除去の実施が困難になっている状況を踏まえ、EU域内での高品質な除去確保やグリーンウォッシング回避のために、新制度によって、信頼性があり、統一された品質の基準を適用・執行するためのガバナンス構築を目指すと説明していた。

    CRCFの概要

CRCFの特徴は、EU自身が除去に関するベースライン&クレジットメカニズムの運営団体を設立しない点である。代わりに、クレジットを発行する機関や団体のスキームを欧州委員会が認可する。そして、認可された「認証スキーム」の下で行われた除去活動クレジットについては、EUが一定の基準を満たしたものとその品質を認め、企業に利用を促す。

CRCFの利用は自主的なものだが、その設定基準を満たしていることは該当するクレジットの質が担保されていると主張する根拠となりうる。グリーンウォッシングへの懸念から、市場では信頼性の高いクレジットへの根強い需要があるため、CRCFに基づいて認可されたクレジットは、企業の購入意欲を引きつけることが見込まれる。

CRCFによって得られたEU域内の除去量は、パリ協定下での排出削減目標、NDC(国が決定する貢献)達成、あるいは域内の温暖化対策に利用されるととともに、認証スキームから得られたクレジットを域内企業の自主的な温暖化対策に活用することが認められている。ただし、EU域外の諸国のパリ協定下でのNDCなどには利用できないとしている。

    認められる除去の基準や種類と発行されるクレジット

CRCFの下では、認可された認証スキームがプロジェクトを承認し、クレジットを発行する。その際は、CRCFが定めた基準(除去量が数量化され追加性があること、長期的な貯留・モニタリングの実施と責任の明確化、持続可能性への貢献など)を満たすプロジェクトを認証し、除去の種類に応じたクレジットを発行するとされている。そして、対象となるのは、EU内で実施されるプロジェクトに限定され、EU外のプロジェクトには、適用されない。

CRCFの対象となる除去の種類は3つに大別されている(図表2参照)。

図表2 CRCFの仕組み

DTFAインスティテュート作成

1の永続的な炭素除去としては、技術的に大気中からCO2を回収して地下に貯留するDACCSBECCSなどや、化学的に製品の中に永続的にCO2を隔離するもの(セメントではこのような技術が開発されている)が挙げられている。今後、開発される永続的な貯留技術なども対象となる。CRCFは「永続的」を数世紀にわたるものだと規定しており、この種類のプロジェクトには「永続的な炭素除去ユニット」というクレジットが発行される。

2番目のカーボンファーミングとは、土壌や森林でのCO2吸収・貯留を拡大させる取組みや、土壌からのGHG排出量を削減する取組みを指す。欧州委員会は例として耕作方法に工夫を加えること(間作など)による土壌の保全と、有機炭素の拡大、生物多様性と持続可能な森林管理の原則を踏まえた再植林、効率的な施肥によるN2O 排出削減などを挙げている。CRCFは、これらの活動は最低でも5年継続すると定義し、除去されたCO2は暫定的に貯留されたとみなしている。CO2除去量に対しては「カーボンファーミング吸収ユニット」が、GHG排出量削減に対しては、「土壌からの排出削減ユニット」が発行される。欧州委員会の提案ではカーボンファーミングの対象を除去に限定されていたが、CRCFではGHG排出量の削減も加わり、対象領域が拡大された。

3番目の、長期的に持続する製品における炭素貯留では最低でも35年間、CO2を製品内に貯留することが求められる。CRCFは具体的な製品の種類を明示してはいないが、欧州委員会のウエブサイトでは、木材を建築物の資材として利用することが該当すると例示されている。この種類の取組みには、「炭素貯留製品ユニット」が発行される。

CRCFでは、これらの活動により得られるCO2の除去量を算定する際の基本的な考え方や公式が規定されている。この規定では、自然生態系の循環で生じたCO2除去量は計測対象から差し引かれ、純粋に人為的な除去量だけが認められる。CO2排出源となっている森林や土壌による排出量も算定から差し引くよう求められている。このような基本的な考え方に則り、今後、欧州委員会の下に設けられる専門家グループが、個別の活動の除去量の算定方法論を策定することになっている。

③    永続性を確保するための取組み 

大気中から除去され、貯留されているCO2が大気中に放出された場合の対応策については、グループでのバッファーの設定、事前の保険の活用、最後の手段としてクレジットの取消により対応するとの基本的な考え方が規定されている。具体的な対応策は個別の活動の除去量の算定方法において、決められることになっている。

これ以上の説明はないが、ベースライン&クレジットメカニズムを実施している民間団体の一部は、除去されたCO2が森林火災などで大気中に再放出された場合に備えている。具体的にはまず森林火災を想定して、除去量に対するクレジットを発行する際に一部を控除してバッファーにとどめておく。そして、実際に森林火災などが起きれば、バッファーにとどめていたクレジットを取り消す。

こうすることで、残された除去量とクレジットの発行量を同等の水準に維持出来る。同時に、取消されたクレジットはバッファーにとどめおかれたものであるため、企業によって規制の遵守などに利用されることはない。そのため、クレジットの買い手となっている企業としても、自らが保有するクレジットの根拠となっている除去量が失われることを心配することなく、クレジットを規制の遵守などに利用可能なのである。

一方で、保険の活用については、既存の取組みでもまだ例がなく、どのようなものを想定しているのか、現状では明らかではない。

  CRCFへの評価と今後の実施に向けた作業

上記のように最終的に採択された枠組みには、2022年に欧州委員会が提案したものから変更された部分がいくつか含まれていた。最大の修正は、除去だけではなく、農業に関連する取組みについては、土壌からの排出削減も対象に含まれたことである。当初の欧州委員会の案では、除去に限定した規定となっていたが、欧州議会での審議を経る中で、農業に関連する土壌からの排出削減が含まれることとなった。

この対象拡大は、欧州議会の農業委員会による提案を踏まえたものと思われる。同委員会は2023年の審議で農家における除去を議論する際に、メタンやN2Oなどの排出量削減の除外は困難だと指摘するとともに、CO2除去のみに焦点を当ててしまうと、農家が、農業における全体的なGHG排出量の削減に関心をもてるかどうかが不明であり、大きな影響が出るとの懸念を示した。その上で、土壌からのGHG排出量削減を枠組みに追加するよう求めた。この提案に対してどのような審議がなされたのか確認できないが、政治的な妥協があったことは容易に想像できる。一方で、このような妥協に対しては、土壌へのCO2吸収以外の方法で除去を行おうとしている企業から懸念が示されているとの報道もある。

このように一部、不協和音が聞こえているものの欧州委員会は、家畜からのメタン排出量も対象に加えるか今後検討を行うと説明しており、対象とする活動がさらに拡大される可能性はある。それ以外にも、CRCFの前文では、将来的には海洋での除去活動も対象となるとの考え方が示されており、活動対象はさらに幅広くなっていくことも考えられる。  

欧州委員会は採択後、早速、実施に向けて動き始めている。まずは個別プロジェクトの除去量の算定方法について20245月、木炭を土壌に埋め込みCO2吸収量を増加させるバイオチャーの除去量の算定方法論が審議されるとの発表がなされた。

CRCF実施への課題と日本企業への影響

このようにCRCFは制度構築の段階から、実施の段階へと移ってきたが、まだ課題も残る。

特に、永続性の確保については、今後の本格的な実施に向けて議論するべき論点が多い。大気中から除去したCO2が再放出された際への対応について、基本的な原則、バッファーを設けることと事前に保険を利用すること以上、詳細は明らかになっていないためだ。

バッファー設定については上記のような先行導入事例はある。しかし、近年は温暖化の影響もあってか森林火災が増加傾向にあり、果たしてバッファーにとどめ置かれたクレジットだけで十分に対応できるか懸念は残る。保険の利用も既存の取組みでは行われておらず、今後の検討課題だ。ほかにも、CO2貯留地モニタリングの方法や期間などを、様々なプロジェクトに合わせて個別に策定することが必要となっている。認証スキームをどのように認可していくのかも明確にはなっていない。

また、本稿では詳しく触れなかったが、基準を満たしているか検証する第三者検証機関の認定方法、発行されたクレジットの有効性の期限、クレジットを管理するための重要なインフラ、登録簿の整備など、制度の本格的な実施に向けて検討しなければならない課題は山積している。

しかし、CRCFで示された規定は、今後、除去に関わる取組みに多様な影響を及ぼすと思われる。例えば現在、パリ協定の下でも除去関連の活動にクレジットを発行することが検討されており、EUCRCFで示された内容が、その議論に影響を及ぼすと予想される。また、除去由来のクレジットを発行している民間団体における制度運営にも、CRCFで示された様々な基準、原則が影響を与えると予想される。特にEU域内で何らかの除去プロジェクト・活動を実施してクレジットを発行することを考える場合、この枠組みは無視できないものとなるだろう。

CRCFEU域内が対象で義務的なものではないため、日本企業に与える影響は読みきれない。しかし、この枠組みで先行して示された基準、原則はパリ協定での議論などを通じ、日本の様々な制度の実施にも影響を与える可能性がある。例えば日本国内における温暖化対策の一環として2023年から試行的に制度が開始され、2026年から本格的な運用が開始予定の排出量取引「GX ETS」では、参加企業が自らの排出削減目標を設定するよう求められるとともに、20244月には民間団体が発行するクレジットの利用も認められることになった(注2)。利用の際に様々な要件を満たす必要性があるが、一つの要件として国際的な基準に則る除去クレジットであることが求められている。EUCRCF自身が国際基準と言えるかどうかは議論の余地は残るが、この枠組みで示された基準、原則はパリ協定の議論などを通じて、除去に関する国際基準の形成に影響を及ぼす可能性もある。

一方で、このEUの取組みは、日本企業にとってチャンスとなる可能性もある。日本には除去に関わる技術、特にCO2を大気中から回収する技術を有している企業や、BECCSを実証プラントとして実施してきた企業がある。これら各社にとっては自らの技術をEU域内に売り込むチャンスとなりうる。また、CO2の地下への貯留に関しては、既に日本国内で行われているパイロット事業で得られた知見、技術などが活用できる可能性もある。

欧州委員会は木材を建材として利用することを除去と認めているため、木造建築物の多い日本の企業の技術、ノウハウを利用する機会があるかもしれない。森林、海藻でのCO2の貯留状況をモニタリングする技術などでも、日本企業には1日の長がある。

このようにEUCRCFは、今後の国際的な制度や規制の動向に影響を与える可能性がある一方で、日本企業にもビジネスチャンスとなる可能性がある。今後、さらに注目していく必要があるだろう。

 

(注1)正式名称は「永続的炭素除去、カーボンファーミングおよび製品における炭素貯留の認証枠組み(Union Certification Framework for permanent carbon removals , carbon farming and carbon storage in products)

(注2)日本が2030年のGHG排出削減目標を2021年に強化したことを踏まえて、政府は、日本企業の温暖化対策を促進するために、GXリーグを設立した。GXリーグの中では、企業は自主的にGHG排出削減目標を設定し、温暖化対策を進めることになっている。そして、GX ETSと呼ばれる排出量取引制度も設けられており、GXリーグ参加企業の間でのクレジットの取引が認められている。

<参考文献・資料>

(※1de Coninck, H., A. Revi, M. Babiker, P. Bertoldi, M. Buckeridge, A. Cartwright, W. Dong, J. Ford, S. Fuss, J.-C. Hourcade, D. Ley, R. Mechler, P. Newman, A. Revokatova, S. Schultz, L. Steg, and T. Sugiyama, 2018: Strengthening and Implementing the Global Response. In: Global Warming of 1.5°C. An IPCC Special Report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, H.-O. Pörtner, D. Roberts, J. Skea, P.R. Shukla, A. Pirani, W. Moufouma-Okia, C. Péan, R. Pidcock, S. Connors, J.B.R. Matthews, Y. Chen, X. Zhou, M.I. Gomis, E. Lonnoy, T. Maycock, M. Tignor, and T. Waterfield (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA, pp. 313-444, 

(※2)“PA_TA (2024) 0195 European Parliament legislative resolution of 10 April 2024 on the proposal for a regulation of the European Parliament and of the Council establishing a Union certification framework for carbon removals (COM(2022)0672 – C9-0399/2022 – 2022/0394(COD))”

(※3)“Opinion - AGRI_AD(2023)746718  OPINION of the Committee on Agriculture and Rural Development for the Committee on the Environment, Public Health and Food Safety on the proposal for a regulation of the European Parliament and of the Council establishing a Union certification framework for carbon removals (COM(2022)672 - C9-0399/2022 - 2022/0394(COD))

(※4)“Carbon farming certification to cover soil and wetland management.” Euroactive. Feb 20, 2024
https://www.euractiv.com/section/agriculture-food/news/carbon-farming-certification-to-cover-and-soil-and-wetland-management/
2024514日閲覧)

(※5)“EU lawmakers insist on monetisation of carbon farming” Euroactive. Aug 31, 2023.
https://www.euractiv.com/section/agriculture-food/news/eu-lawmakers-insist-on-monetisation-of-carbon-farming/ 
2024514日閲覧)

(※6)GXリーグ事務局GX-ETSにおける適格カーボン・クレジットの活用に関するガイドライン. 20244.

(※7)欧州委員会ウエブサイト “Certification of permanent carbon removals, carbon farming and carbon storage in products - European Commission (europa.eu)
https://climate.ec.europa.eu/eu-action/certification-permanent-carbon-removals-carbon-farming-and-carbon-storage-products/certification-permanent-carbon-removals-carbon-farming-and-carbon-storage-products_en (2024年5月14日閲覧)

(※8”Revealed: top carbon offset projects may not cut planet-heating emissions” The Guardian.  Sept 19,2023.
https://www.theguardian.com/environment/2023/sep/19/do-carbon-credit-reduce-emissions-greenhouse-gases   (2024
514日閲覧)

 

関連サイト

サステナビリティアドバイザリー|ファイナンシャルアドバイザリー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte

小松 潔 / Kiyoshi Komatsu

主任研究員

政府系研究機関や民間企業において、環境問題に関する調査・分析に長く従事。特に、国連や各国の温暖化政策の動向、中でもカーボンプライシングに関わる政策動向、クレジット取引市場の動向などの研究に取り組んできた。2011年から2023年まで、国連気候変動枠組み条約の締約国会議(COP)の日本政府代表団に専門家として加わり、交渉に参加した。
2024年にデロイ トトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。修士(学術)。


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