デジタルツインとは、デジタル空間上に現実の双子(ツイン)となるデータを再現し、高度なシミュレーションや分析を行うことができる技術である。これを都市に適用し、防災、まちづくりなどに活かす取り組みが進んでいる。国土交通省は3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化を行うプロジェクト「PLATEAU(プラトー)」を推進する。静岡県や東京都が活用する点群データも精度の高さなどの面で有益な技術となる。産官学の協業によって、自治体のノウハウ不足、費用対効果に対する理解の得にくさ、ユースケースの不足などの諸問題を解決した上で、行政のDXやスマートシティを支える標準的なインフラとして発展していくことが望ましい。

デジタルツインによるまちづくりとは

「デジタルツイン」とは、リアル(フィジカル)空間のデータを使い、デジタル上に双子となる環境を再現するテクノロジーである。政府が掲げる未来社会のコンセプトSociety 5.0(※1)、つまり「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」を実現する技術の一つである。

デジタルツインの重要な意義は、デジタル空間上で、現実空間のシミュレーションを高精度に行えることである。現実では時間やコストがかかるシミュレーション、現実では行えない分析、リアルタイム性の高い分析などが実現できる。業務プロセス改革、効率化、最適化などの効果が見込まれるためDXを推進する上での新しい注目技術となっており、産業界では製造、建築、医療などの分野において利用が進んでいる。本稿では、「まち」にデジタルツイン技術を適用し、地域課題の解決や地域の活性化に繋げる取り組みを取り上げる。

都市のデジタルツインを実現する技術

デジタルツインを実現する技術には、3D都市モデルや点群データの活用がある。国土国交省(国交省)は、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU(プラトー)」を推進している(※2)。202312月時点で約130都市の3D都市モデルが公開されている。

静岡県、東京都など一部の自治体では独自に点群データを取得している。点群データには、精度の高さやデジタル上での再現度の高さなどの特長があり、デジタルツインとして活用する際には点群データは有用性があると考える。

図表 1 沼津市の点群データ及びPLATEAUデータ(テクスチャなし)

点群データ

PLATEAU(テクスチャなし)

出所:東京都デジタルツイン3Dビューア(参照:20242月)(※3

3D都市モデル・デジタルツイン利活用における課題と展望

補助金の支給もありPLATEAUの導入が進んでいるが、効果発揮まで含めた浸透には課題がある。

まずは、自治体での人材やノウハウ不足が想定される。静岡県や東京都は3Dデータを扱える技術や知見を持つ担当者を置いているが、すべての自治体が能力を具備するのは難しいだろう。費用についても、第一歩としてPLATEAUの簡易モデルを導入するのは、自治体が保有している都市計画基本調査をベースとして補助金も利用できるためさほど高額ではないが、精度が高くデータ量が多いモデルの整備にはコストがかかる。自治体側に、地域の課題解決や地域振興に積極的に活用したいというモチベーションがあってこそ有効に活用できるともいえる。

現段階では、自治体での活用を強く促進させるキラーコンテンツとなるほどのユースケースは生まれていないが、災害は重要なファクターとなる可能性はある。静岡県は、熱海市で起きた盛土崩落の災害復旧に際して点群データを用いて迅速に対応した成果を持つ。202411日に起きた能登半島地震では、家屋の倒壊、港の隆起、土砂崩れによる道路の封鎖、津波被害、長期にわたる断水など甚大な被害が起きているが、対策や復興に3D都市モデルを活用できているわけではない。石川県を例にとると、現段階でPLATEAUを構築済みなのは金沢市と加賀市のみである。また、今後3D都市モデルを活用すると想定した場合も、建物の築年数の古さや用途、木造・鉄筋など必要な情報が十分に含まれているか、港湾、土砂崩れが起きた山、道路、電気や水道管など各種インフラのデータの整備の方法やコストについては課題が多いと推測する。

国交省 都市局 都市政策課 デジタル情報活用推進室 内山裕弥氏は、「海外は都市単位で、測量や土木の分野での活用事例が多い。日本の取組みは、政府が国際標準に基づき実装モデルを定義し仕様書を整備していること、ユースケースが民間含め多種多様であること、全国展開を進める規模の大きさなどにおいて強みがある」という。スケーラビリティを前提に考えれば、将来的には都市のデジタルツインが標準的なプラットフォームとなり、自治体DXやスマートシティを支えるインフラとして活用されるようになることが期待される。今後、IT、モビリティ、建設、エネルギー、エンターテイメントなど様々な業種の民間事業者が、自治体とともにユースケースの検討や実証、実装を進め、横展開しながら、官民の協業で都市のデジタルツインを実効性あるものにしていくことが望ましい。

自治体事例① 静岡県 VIRTUAL SIZUOKA

静岡県は、県全土をカバーする「VIRTUAL SHIZUOKA」(バーチャル静岡)(※4)と称する3D都市モデルを構築しており、都市のデジタルツイン活用における先進自治体である。2019年頃から高精度・広範囲での点群データの取得を進め、点群を基とした3D都市モデルを構築している。
静岡県 デジタル戦略局 参与 杉本直也氏は、「精度が高い点群データは都市のデジタルツインを実現するのに適した技術である」と説明する。静岡県ではすでに多方面で3D都市モデルの活用や活用拡大の検討を進めているが、重要な事例の一つに挙げられるのが、熱海市で起きた盛土崩落の災害復旧における活用である。20217月に伊豆山で大規模な土石流が発生したが、VIRTUAL SHIZUOKAのデータにより迅速な対応が可能となった。

県土のデータはオープンデータとして無償公開しており、防災やインフラ管理、まちづくりなどの行政領域だけではなく、民間企業や個人にも活用され、自動運転用のダイナミックマップ、ゲームなどにも活用が進んでいる。静岡県の杉本氏は、「災害対応はVIRTUAL SHIZUOKAの重要な用途の一つであり、災害復興のスピードアップや、インフラの早期復旧による観光業など産業への影響も含めて考えると、導入効果は明らかだ。しかし、都市のデジタルツインの利活用においては、直接的な費用対効果のみにとらわれるべきではないと考えている。3Dデータのユースケースは民間活用含めてすそ野が広い」という。
点群データを基礎データとして都市の3Dモデルを活用する取り組みを、他の自治体とも協業して進めていきたい考えである。

図表2 VIRTUAL  SHIZUOKA

出所:静岡県

自治体事例② 東京都 東京都デジタルツイン

東京都は、2020年に発表した「スマート東京実施戦略~東京版Society 5.0の実現に向けて~」(※5)の中で、デジタルツインとして「バーチャル東京」を構築する構想を発表した。スマート東京実施戦略は、2030/40年までの長期ビジョンの中でSociety5.0実現に向けたデータ活用に取り組み、都市の課題解決と住民のQOLQuality of Life)向上を実現することを目的としている。20217月に「デジタルツイン実現プロジェクト」のWebサイトと3Dビューア)を公開した。行政が持つデータ(人口、防災、環境など)、交通(都バス、自動車シェアリングなど)、ランドマーク(病院、公園、都立施設など)、気象など連携データの拡大を進めている。これらの連携データは公開されている3Dビューア上で合成して見ることができる。

図表3 東京都のデジタルツイン実現ステップ

出所:東京都

今後は、多様なデータの掛け合わせが新たな価値創造につながることを望んでいる。東京都は大きな組織でありこれまでデータは縦割りの組織の中で保有していたが、デジタルツインが共通のプラットフォームとして定着が進めば、新たなデータを用いて業務を改革するといった行政のDXにつながる。

いずれは、東京都はもちろん全国でデジタルツインが利用されるようになり、企業活動や行政にとって標準のデータになるとよいと考えている。標準化すれば行政サービスの質は向上し、民間の活用も加速するとみている。政府のリーダーシップにも期待しているという。

自治体事例③ 仙台市 PLATEAU

仙台市は20234月にPLATEAUによる3D都市モデルをオープンデータとして公開した(※6)。対象エリアは都市部を中心とした341キロ平米で市域の約43%にあたる。 仙台市 都市整備局 計画部 都市計画課 課長 井藤由親氏は、「都市計画基本図等の地図データの管轄をする都市計画課がPLATEAUを担当する。仙台市の現況のモデルは、国交省直轄事業により整備され市に譲渡されたものだが、市では今後のユースケースやデータ活用の需要をみながら、植生や都市設備、ペデストリアンデッキなどのモデルも追加で整備していくことを検討している」と説明する。

公開してまだ日が浅いため、アイデアソンなどで利活用を図るための取組みを行っている。昨年度、国交省主催のもと仙台市で行われたハッカソン(PLATEAU Hack Challenge 2022 in enspace(仙台))でグランプリを取り、今年度の市主催アイデアソン(PLATEAU Idea Pitch SENDAI 2023)でファシリテータを務めた仙台市にある東北工業大学 講師 小野桂介氏は、仙台市の3D都市モデルデータを活用し、小中学生が地域の災害リスクを学べる防災教育ツールを開発した。

仙台市は、将来のまちづくりを担う次世代の人材育成に対しても有益な手段と考えており、教育ツールとして教育の現場などでは積極的に使ってほしいと期待している。

(全文はPDFダウンロードでご覧ください)

デジタルツイン/3D都市モデルによるまちづくりの可能性.pdf


<参考文献
>

(※1)内閣府 第5期科学技術基本計画 (20161)
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index5.html

(※2)国土交通省 PLATEAU
https://www.mlit.go.jp/plateau/

(※3)東京都デジタルツイン3Dビューア
https://3dview.tokyo-digitaltwin.metro.tokyo.lg.jp/

(※4)静岡県 VIRTUAL SHIZUOKA
https://virtualshizuokaproject.my.canva.site/

(※5)東京都「スマート東京実施戦略~東京版Society 5.0の実現に向けて~」(20202月)
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/02/07/documents/12_01a.pdf

(※6)仙台市 3D都市モデルについて
https://www.city.sendai.jp/toshi-kekakuchose/3d/3d.html

小林 明子 / Akiko Kobayashi

主任研究員

調査会社の主席研究員として、調査、コンサルティング、メディアへの寄稿などに従事。IT業界及びデジタル技術を専門とし、企業及び自治体・公共向けIT市場の調査分析、テクノロジーやイノベーションについての研究を行う。2023年8月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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