2024年の日本政界は激動の一年となりそうだ。政治資金パーティーをめぐる事件が自民党を直撃し、4つの派閥が解散に追い込まれた。そうした中で最大の注目は自民党総裁選挙である。今回の事件への対応を誤れば岸田文雄首相の総裁再選も危うくなる。もし新しい総理・総裁が誕生すれば、3年ぶりに総選挙が年内に実施される公算が大きい。海外に目を向けると、6月の欧州議会選挙、11月の米国大統領選挙など世界情勢に影響を与える選挙が控える。「選挙イヤー」となる2024年に岸田政権を待ち受けるシナリオを予測するとともに、日本を取り巻く情勢を展望する。

昨年来、派閥の政治資金パーティーをめぐる問題で自民党が大きく揺れている。東京地検特捜部は今年に入り、パーティー収入約4800万円を収支報告書に記載しなかったとして、自民党最大派閥である安倍派(清和政策研究会)の衆院議員を政治資金規正法違反の疑いで逮捕し、起訴。さらに同派の議員2人と会計責任者、岸田文雄首相の出身派閥である岸田派(宏池会)、二階派(志帥会)それぞれの元会計責任者らについても同法違反の罪で起訴した※1

首相は総裁直轄の組織として党政治刷新本部を立ち上げ、政治の信頼回復に向けた具体策に関して党内の議論を始めた。たが、本部のメンバーに選ばれた議員のうち9人がパーティー収入の一部を裏金にしていた疑いがあることが報じられ、本部自体の正当性が問われる事態に陥った2。首相は自らが会長を務めてきた「岸田派」の解散にも踏み込んだが、立件されなかった党内の他派閥幹部からは首相への批判が噴き出し、政権基盤が崩れかねない状況となっている。直近に実施された複数の大手メディアでの世論調査では、内閣支持率が「危険水域」とみなされる30%を割り込んだ。

126日に召集された通常国会は6月下旬までの長丁場の論戦となり、野党が攻勢を強めることが予想される。国会閉会後の9月末には首相が自民党総裁の任期満了を迎え、今年の政治イベントで一番重要な総裁選が実施される。岸田内閣は3年を超えて長期政権となるのか、それとも退陣を余儀なくされるのか。その行く末は政官財界にとって2024年の大きな関心事となるだろう。

政権浮沈のカギは4月の国政補欠選挙

2024年に予定されている政治日程を踏まえて、岸田政権を待ち受ける3つのシナリオを予測したものが図1となる。以下では各シナリオについて詳述したい。

図1 2024年の主な政治日程とシナリオ予測

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シナリオ① 4月の国政補欠選挙で自民党が大敗、政権がレームダック化

政権の最初の正念場は428日投開票の補欠選挙だ。この選挙結果が重要な意味を持つ理由は、“裏金事件”後初めての国政選挙であり、岸田首相が自民党内で「選挙の顔」となるかを占うことになるからである。

国会議員の死去に伴い衆院島根1区での実施は既に決まっている。今回の政治資金パーティーをめぐる事件で立件された2議員のうち1人が辞職したことで、衆院長崎3区も対象となる。さらに、東京都江東区長選をめぐる事件で公職選挙法違反の罪で起訴された議員が辞職の意向を示すなど、最大4つの選挙区で428日に合わせて補欠選挙が行われることになる。

第一のシナリオは、大型選挙となって自民が強いとされる保守地盤でも議席を失い、大敗するというものだ。その場合、自民党内では「岸田首相では次の衆院選に勝てない」との見方が強まるだろう。衆院議員の任期は202510月までで、それまでに衆院選が実施される。そのため党内の関心は来る衆院選に勝つための「新総裁は誰か」の一点となることが想像される。党内での首相の求心力急速に弱まり、総裁任期の9月末まで政権はレームダック化することは避けられない。そうなれば首相が総裁選で再選することは難しくなる。

シナリオ② 内閣支持率上昇で国会最終盤に衆院を解散し、総選挙を実施

自民党が補欠選挙において複数の選挙区で勝利を重ねることができた場合はどうなるか。政治とカネの問題への対応や経済政策などの政権運営に一定の評価がなされたとして、残された総裁任期中に首相が衆院解散・総選挙に踏み切るという選択肢が浮上すると予想される。首相の最大の権力は、4年の任期の満了前に、衆院議員465人について国会議員としての身分を失わせることができる解散権だ。解散権が「首相の専権事項」「伝家の宝刀」といわれる所以である。

衆院解散時期について首相は17日放送のテレビ番組で、「まずは信頼回復、次は政策の実現。今はそれに尽きる」としたうえで、「それを行ったうえでその先については考えていきたい」と述べるにとどめた3。だが、岸田首相が自民党総裁の2期目を目指すのであれば、総裁選前に総選挙を行って勝利し、党内支持を盤石にしたうえで総裁選に挑むことが最良の選択となる。これが第二のシナリオだ。

仮に首相が衆院解散のカードを切るならば、タイミングは今国会の最終盤となる6月下旬が濃厚だ。解散に打って出るためには、苦しい戦いが予想される4月の補欠選挙で勝ち切り、政治資金規正法の改革について一定の成果を出して内閣支持率を上昇基調に乗せることが必要条件となる。

首相は国賓待遇で米国を公式訪問し、410日にワシントンでバイデン大統領と会談する4。訪米で外交成果をアピールすることができれば内閣支持率の上昇に寄与するだろう。目下の経済情勢は、30年ぶりの高水準と言われた賃上げを実現し、賃上げを伴う物価上昇でデフレ脱却の芽も見え始めている。この春の春季労使交渉(春闘)では2年連続で高い賃上げが予測されており、6月には総計3兆円半ばの規模で所得税・住民税の定額減税が実施される。国民所得の伸びが物価上昇を上回る状態をつくることができれば、岸田政権の経済政策「成長と分配の好循環」への評価につながり、解散を打つ環境としてはさらに望ましい状況となるだろう。

シナリオ③ 岸田首相の自民党総裁任期満了に伴い、総裁選を実施

最後のシナリオは、930日の自民党総裁任期まで大きな政治的な動きが起きないパターンだ。内閣支持率の低迷が続けば首相の再選には黄信号がともる公算が大きい。仮に新しい総裁が選ばれ新政権が発足した場合、政権発足から間を置かず選挙戦に突入する可能性が高い。その理由として、政権発足直後に内閣や自民党の支持率が上昇する「ご祝儀相場」を追い風として選挙に臨んだ方が戦略上有効だからだ。総裁選の結果次第では、年内に総選挙が実施される確率は高いといえる。

これまでの総裁選は、派閥ごとに意中の総裁候補を決め、支持の見返りとしてその候補が総理・総裁に就いた際には大臣ポストや党内の要職を派閥として得るギブ・アンド・テイクの関係が成り立っていた。しかし、最大派閥を含む4つの派閥が解散されたことによって党内の無派閥議員は7割超となり、今年の総裁選はあり方が様変わりするかもしれない。従来の派閥の力学が働きにくくなることで、総裁の座から遠いと目される政治家が総理・総裁に選ばれることもあり得るだろう。

 

ここまで3つのシナリオに着眼し、それぞれにおいて想定される政治情勢を具体的に見てきた。激動が予想される2024年の日本政治に対して、企業にはどのような心構えが求められるだろうか。ポイントは、政権が代わると前政権が推し進めてきた政策の優先度が見直されるという点だ。新しい政権が発足すると、新たな経済政策が策定される。過去の政権の政策を踏襲する部分も多いが、政権のメッセージをわかりやすく訴えるため、新政権では既視感のない新しいテーマが打ち出される。それに伴い政策の優先度が見直され、政策に紐づく各事業の環境に変化が生じるリスクを踏まえておく必要がある。一方、新政権が経済成長へのドライバーと見定める産業においては、予算の重点化や規制緩和などでビジネスチャンスが生まれる可能性があることも指摘しておきたい。

企業はサプライチェーンの混乱に備えを

最後に2024年の諸外国の政治情勢について概観を述べたい。2024年は主要国・地域で重要な意味を持つ選挙が相次ぐ、世界的な「選挙イヤー」となる(図2)。これらの選挙結果次第では、世界の分断が一層進む可能性もあり、国際秩序の行方に大きな影響を及ぼす。企業は分断の時代にどう対応していくべきか試される一年となるだろう。

2 主要国・地域で予定されている選挙

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最大のリスクは米国大統領選となる。再選を期す現職のバイデン大統領に、野党共和党の候補者として有力視されているトランプ前大統領が挑む構図が濃厚だ。米ニューヨーク・タイムズ紙と米シエナ大学が202310月から11月にかけて、大統領選の勝敗を決する主要な激戦州6州で行った世論調査では、5州でトランプ氏が優勢との結果が出た。経済政策では、どちらを信頼するかを尋ねたところトランプ氏が59%、バイデン氏が37%で22ポイントもの差がつく結果となった5

こうした選挙情勢に対して、今年1月に開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)では、世界企業の幹部らからトランプ氏の返り咲きを警戒する声が聞かれた6。米有力シンクタンクは、「トランプ氏の主要な目的は復讐だ。彼の再選は世界のシステムをさらに不安定化させる可能性が高い」と警鐘を鳴らしている7

トランプ氏の公約からは「米国第一主義」を1期目より強化する方針がうかがえる。具体的には、広範な輸入品に10%の関税を上乗せすることなどが検討されている。トランプ氏が大統領に再選した暁には米国の世界貿易機関(WTO)からの離脱も視野に入ってくるとの指摘もあり※8、世界のサプライチェーンに一層の不確実性が付きまとうことは避けられない。米国でビジネスを展開する企業は、高関税を含むトランプ氏が掲げる経済政策への対応策も考慮しながら、今後の大統領選の趨勢を注視する必要がある。

また、6月にはEU(欧州連合)で欧州議会選挙が行われ、EUの法案や政策を実行する機関である欧州委員会の委員長も選出される。2019年に就任したフォンデアライエン氏の下で、EU2050年までのカーボンニュートラル実現を目指す成長戦略「欧州グリーン・ディール」を決定。巨大IT企業や人工知能(AI)リスクに対する法整備にも積極的に取り組んできた。選挙後のEU新体制が世界経済に影響を与えるルール形成の領域をどのように広げていくのか、企業はその動向を見定めることが求められるだろう。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

<参考文献・資料>

1 朝日新聞デジタル「ドライバーでパソコン破壊か 池田議員を起訴 安倍派幹部らは不起訴」2024126

※2 朝日新聞デジタル「自民党「刷新本部」、安倍派メンバー9人に裏金か 10人が参加 2024年1月13

※3 時事通信「岸田首相、解散『信頼回復後に考えたい』 震災、野党に協力呼び掛け」 2024年1月7

※4 日本経済新聞「日米首脳会談4月10日に 首相の国賓訪米、官房長官発表 2024年1月26

※5 The New York Times, “Cross-Tabs: October 2023 Times/Siena Poll of the 2024 Battlegrounds”, November. 5, 2023

※6 Bloomberg, “Davos Elite Size Up the Global Risks of Another Trump Presidency”, January 15,2024

※7 The Stimson Center, “Top Ten Global Risks for 2024”, January 5, 2024

※8 William Alan Reinsch, “The Return of Tariff Man”, August 28, 2023

永田 大 / Dai Nagata

研究員

朝日新聞社政治部にて首相官邸や自民党を担当し、政治・政界取材のほか、成長戦略やデジタル分野、規制改革の政策テーマをカバーした。デジタルコンテンツの編成や企画戦略にも従事。2023年5月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画した。
研究・専門分野は国内政治、成長戦略、EBPM(エビデンスに基づく政策形成)。

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