2024年は、世界各地で重要な選挙が行われる「選挙イヤー」であり、1月のバングラデシュ総選挙から11月の米大統領選に至るまで、多くの国・地域で選挙が予定されている。これらの選挙結果は、各国の政治環境や政策、貿易規制の方向性に影響を及ぼし、地政学リスクを高める可能性がある。本稿では、米中の対立点の1つとなっている台湾の総統選挙・立法院選挙に注目し、今回の選挙結果を概観したうえで、今後のシナリオを考える。

 図1 2024年の主な選挙

(出所)DTFAインスティテュート作成

2024113日、台湾の総統選が実施された。与党の民主進歩党(民進党)の頼清徳氏が40%を超える得票率で当選し、2024520日に総統に就任する予定だ。民進党は、初めて3期連続で政権を担うことになる。頼氏は、現政権の米国との関係強化路線を踏襲するとしている。最大野党である国民党の侯友宜候補は、約33.5%、第三勢力であり、若者が直面している低賃金や住宅価格などの問題に取り組むと主張し、若い世代から支持を集めた民衆党の柯文哲候補は、約26.5%を獲得した(※図2参照)。

図2 総統選の得票率

(データソース)中央選舉委員會(※1)

 

しかし、与党は立法院では単独過半数を獲得できず、国民党が第1党となった(※図3参照)。背景には、半導体需要の急減や中国経済の低迷に伴う台湾の経済成長の減速に対する不満があった(※図4参照)。頼氏は今後の政権運営において野党との協力が不可欠となるだろう。

図3 立法院の獲得議席数(定数113議席)

(データソース)中央選舉委員會(※2)

 

図4 台湾の実質GDP成長率推移

(データソース)IMF(※3)

 

今後の展望と課題

今回の選挙結果を踏まえて、今後の台湾政治や外交政策について考えたい。

① 脱中国依存は継続か

台湾と中国の関係は複雑で、政治的緊張が経済関係にも影響を与えてきた。中国は、「1つの中国」原則に基づき、台湾を自国の一部だと主張している。過去数十年、中国政府は経済関係を強化することで台湾に影響力を行使しようとしてきた。2010年には、中国と台湾は「海峡両岸経済協力枠組協定(ECFA)」を締結し、貿易の自由化を目指した。2012年には、「海峡両岸投資保障および促進協定」と「海峡両岸税関協力協定」を結び、2013年にこれらを発効している。

しかし、民進党の蔡英文政権が対中強硬姿勢を見せていた2021年、中国は突如、台湾産パイナップルの輸入を停止した。中国は、病害虫の検出を理由としているが、これは経済的威圧の一環だと見られている。また、20228月には、中国は台湾産の農産物の一部の輸入を暫時停止する措置を取った。

こうした中国による経済的威圧への対応に加え、近年の米中貿易摩擦や高まる中国との軍事的緊張を受け、蔡政権は、「脱中国依存」を進めてきた。米国の大手シンクタンクの調査によると、中国でビジネスを展開している台湾企業の多く(回答企業の76.3%)は、中国に対する経済依存度を減らす必要があるとした。実際、25.7%の台湾企業は中国での生産や調達の一部を移転しており、33.2%は、移転を検討中だ。移転先としては、東南アジアが一番多く(63.1%)、次いで台湾への国内回帰、日本を含む北東アジア(19.5%)が続いている(※4)。

それでも、台湾にとって中国との経済関係は重要だ。台湾の輸出品の約35%を依然として、中国が占める(※図5参照)。

 

図5 台湾の輸出入額に占める中国比率

(データソース)大陸委員會(※5)

 

今回の選挙では、台湾と中国の貿易自由化を実現するための「海峡両岸サービス貿易協定(CSSTA)」が争点の1つだった。CSSTAは、2010年に当時の馬英九総統によって署名されたECFAの取り組みの1つであり、2011年から交渉されていた。しかし、2014年に台湾の学生たちが立法院を占拠する「ひまわり学生運動」が発生した。この運動は、①CSSTAが台湾にもたらす利益が少ないこと、②中国が台湾との経済統合を通じて台湾への影響力を強めることへの懸念、③CSSTAの交渉プロセスが不透明で非民主的であることへの不満が背景にあった。この運動により馬英九政権は交渉を打ち切っている。

そして2024年、CSSTAをめぐる議論が再燃している。国民党は、2014年以降もこの協定を支持しており、中国との経済交流に関する対話を再開したい考えだ。また、民衆党の柯氏も、2014年当時は、不透明なプロセスに反対していたが、CSSTAそのものには反対していないと主張している(※6)。

頼氏は、対中強硬姿勢を取り、脱中国依存を推進する現政権の路線を継承する。CSSTAには反対しており、日本や米国、オーストラリアなどの友好国との関係を強化する方針だ。台湾は2021年に環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)への加盟申請をしている。しかし、民進党が単独過半数を獲得できなかったことから、立法院におけるダイナミクスが未知数であり、頼氏には野党との協力が求められる。国民党はもちろんのこと、民衆党も中国との経済関係を維持・強化したい考えであることから、今後の動向が注目される。

② 新しい中台関係の時代に突入か

まず、台湾人のアイデンティティから見ていく。1949年以降、台湾社会は、中国の一部だとし中国との対話を支持する国民党と、台湾は中国の一部ではないと考える民進党との間で対立してきた。しかし、今回の選挙により、民進党が初めて3期連続で政権を担うことになったのは、台湾社会が少なくとも中国との統一を望んでいないことを示している。2023年の台湾の大学の調査では、人口の62.8%は自分自身を「台湾人」だとみなしており、30.5%が「台湾人と中国人の両方」のアイデンティティを持つと回答している(※7)。

これは中国の影響力行使が失敗したことを意味している。中国は、台湾との統一を実現するために、選挙中に経済的威圧や偽情報の流布など様々な手段を用いて圧力をかけていたとされている。しかし、台湾社会はこれに「No」を突き付けた。中国は、これまでの威圧的な姿勢を見直し、融和的へと方針を転換するかもしれない。一方で、2023年の米中首脳会談で習近平国家主席が中台統一について言及したと報じられていることから、武力による強制的な統一を進める可能性も排除できない。

どちらにせよ、中台関係は新しい段階に入っている。仮に台湾有事が発生すれば、日本の国土が軍事攻撃のリスクにさらされる。また、台湾とのサプライチェーン途絶リスクだけでなく、米中の貿易規制導入などにより中国との取引コストの上昇など、日本経済・企業に与える影響は計り知れない。シーレーンが封鎖されると中東からのエネルギー調達にも影響が出るだろう。日本企業には、台湾有事を想定したシナリオ分析やリスク管理体制の在り方についての検討が求められていることを改めて強調したい。

③ すべては米大統領選の結果次第

米国は、今回の選挙結果に強い関心を持ちつつも、選挙キャンペーンからは可能な限り距離を置いてきた。一般的には、米国が民進党を支持していると見られることが多いが、実際はもっと複雑だ。米国と民進党は全てにおいて一致しているわけではなく、米政府は台湾が中国へ好戦的な態度を取ること、つまり独立を目指す動きを進めることを望んでいない。

蔡英文総統は、台湾の独立を求めず、台湾がすでに独立した主権国家であると主張している。いわゆる現状維持路線だ。頼氏も、以前は台湾の完全な独立を謳っていたが、現在はそれを改め、蔡政権の政策を引き継ぐ考えだ。それでも、台湾がこの現状を維持するためには、米国の台湾に対する強いコミットメントが必要となる。1979年の米中国交正常化により、米国は台湾との同盟を解消しているが、台湾の防衛能力向上を支援し、この地域での米軍のプレゼンス高めるなど、力による現状変更への抑止力の強化に努めなければならない。

台湾の未来は、202411月の米大統領選の結果に大きく依存している。共和党の候補指名を争うドナルド・トランプ前大統領は、台湾が米国の半導体ビジネスを奪ったと主張している。仮に第2次トランプ政権が誕生すれば、米国は台湾への支援を貿易交渉の材料にすることも考えられる。また、関税の引き上げや既存の貿易協定の見直しなど、大きな政策転換がもたらされる可能性がある。こうしたリスクを踏まえ、台湾は日本や韓国、欧州諸国との関係を強化していくだろう。

 

企業にとっては、地政学リスクや不確実性がますます高まっている。こうしたリスクに対応するためには、まずは自社にとっての地政学リスクの把握が不可欠だ。リスクの所在を把握するための1つの手法として「シナリオ・プランニング」は有効である。「起こりうる未来」の事業環境を複数のシナリオとして整理することで、環境変化を先取りすることができる。自社のリスクを理解することで、具体的な対応方針が見えてくるのではないだろうか。地政学リスクが経営課題となっているため、企業にはシナリオ的発想が求められている。

関連リンク:シナリオ・プランニング|ファイナンシャルアドバイザリー|Deloitte Japan

<参考文献・資料>

(※1)中央選舉委員會 第16任總統副總統及 第11屆立法委員選舉” accessed on Jan 15, 2024.

(※2)中央選舉委員會 第16任總統副總統及 第11屆立法委員選舉” accessed on Jan 15, 2024.

(※3)IMF, “Real GDP growth” accessed on Jan 15, 2024.

(※4)CSIS, “It’s Moving Time: Taiwanese Business Responds to Growing U.S.-China Tensions”, Oct, 2022.

(※5)大陸委員會 兩岸經濟統計月報” accessed on Jan 15, 2024.

(※6)Line Arvidsson, “Taiwan’s 2024 presidential election and cross-Strait relations”, Swedish National China Centre, 2023.

(※7)Election Study Center, National Chengchi University, “Taiwanese / Chinese Identity(1992/06~2023/06)”, July 12, 2023.

平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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