全自治体が、住民情報系システムの標準化とガバメントクラウドへの移行を同時に行おうとしている。2025年度末までの短期スケジュール、コストアップになる運用費、継続する法改正対応など課題は多く、自治体やベンダーは苦慮している。政府が掲げた「コスト3割減」という目標にも疑問の声が上がる。しかし、標準化とガバメントクラウド移行の本来の目的は、少子高齢化が進む自治体の「2024年問題」をふまえ、データ連携・データ活用を実現することと考える。2026年度以降に目指すのは、公共サービスメッシュによる「スマホ60秒」という未来である。国、自治体、企業など関係者は、現在の巨大プロジェクトを推進するにあたり、この前提を共有しておきたい。

補助金7,000億円の巨大プロジェクト 自治体システム標準化・ガバメントクラウドへの移行

1,700以上ある全国の自治体の住民情報系システムの標準化とガバメントクラウドへの移行を同時に行うという巨大プロジェクトが進行している。住民基本台帳、税務、福祉、戸籍など20業務が対象となっており、国民の生活を支える基幹システムに関わる一大事業である。政府が求める期限は2025年度末に迫っている。総務省は、2023年度補正予算に経費として5,163億円を盛り込んだ。これまで1,825億円の補助金を確保していたが、不足するという見通しのもと予算が追加された形で、現時点で約7,000億円の予算が計上されている。

本稿では、現場で起きている深刻な課題を取り上げるとともに、標準化・ガバメントクラウド移行の本来の意義を考察する。

尚、標準化は法律で定められた義務であり、ガバメントクラウドへの移行は「努力義務」となっているが、多くの自治体はガバメントクラウドに移行する見通しである。

自治体とベンダーを悩ませるスケジュール、法改正、コスト

最大の難関はまずそのスケジュールであろう。政府の要請は原則として2025年度末までである。例外措置は、既存システムがメインフレーム、ベンダー撤退など移行の難易度が極めて高いとされる場合の延期だが、その場合も2025年度末までにデータ要件には従う義務がある。

標準仕様準拠システムを提供するベンダーの1社である株式会社TKCの自治体DX推進本部長 吉澤 智氏は「TKCでは約170団体の顧客対応を行うが、2024年度中に移行するのは数団体だろう。なるべく後ろ倒しにしたいという自治体側の意向もあり、2025年度下期の極めて短期間にほとんどの団体が集中する見通しだ。我々としては過去の経験を活用したりリソースを工面したりして乗り切っていきたい」という。

このスケジュール感はベンダー間でほとんど差はなく、リソースの手配や調整は深刻な課題となっている。自治体側では、リソース不足を理由にスケジュールがままならない、更には支援ベンダーが撤退し、新たに募っても応札するベンダーがいないという問題を抱える団体も出ている。

図表 1 TKCの移行スケジュール

出所:TKC(※1

継続的に行われる法改正も課題となっている。例えば子ども家庭庁は児童手当拡充へのシステム対応を202410月までに行うことを求め、自治体とベンダーからは標準化対応への影響を懸念する声があがった。ベンダーはただでさえタイトなリソースとスケジュールでシステム開発を進めている中で、現行のシステムも改修する必要が生じ、悪くすれば二重の投資負担が生じたり、更なるリソースの逼迫につながったりするだろう。その影響は自治体に及び、ひいては国費による負担に繋がる。

政治は標準化を考慮せず動いており、今年には岸田首相の重点政策として減税も実施されるかもしれない。法改正を止めるのは難しいとはいえ、現場の業務とシステムは切り離せず、配慮はあってしかるべきだろう。

コストについては、移行を行うためのイニシャルコストと移行後のランニングコストがあり、前者については補正予算で補助金が大きく積み増しされ、国が全額補助する想定とみられている。後者のランニングコストは、自治体が負担することが決まっているガバメントクラウドの費用を巡り、依然議論が続いている。ガバメントクラウド移行の先行事業では8団体中5団体で現行の運用費用を上回った。コストアップになる自治体にとっては、予算の確保に悩む事態といえよう。

図表 2 ガバメントクラウド移行先行事業でのランニングコスト削減率

出所:デジタル庁「ガバメントクラウド先行事業(基幹業務システム)における投資対効果の検証結果【追加報告】」をもとに作成(202312月)(※2

標準化とガバメントクラウドで「コスト3割減」は実現するか

基幹システムやガバメントクラウドは自治体の裏方の仕組みであり国民の間で話題になりにくいが、メディア記事やSNSなどでは、関係者からの不満や疑問の声が目立つようになってきた。特に、政府が標準化の成果目標を「自治体情報システムの運用コスト等を2018年度比で少なくとも3割削減する」としたため、「逆にコストが上がるではないか」という批判が起きている。

一般感覚としても「標準化とクラウド移行」と聞くとコストが下がるイメージを抱くのではないだろうか。しかし実態はそう単純ではない。「図表 2 ガバメントクラウド移行先行事業でのランニングコスト削減率」をみても、コスト増になった団体のほうが多数派で、コストが削減した団体でも削減率は最大で15.9%である。

コスト増の批判に対して、デジタル庁は「アプリケーションのモダン化(モダナイズ)などによってもコストは下がる」とも提言しているが、モダナイズの手段であるサーバレス化はクラウドベンダーの提供機能に依存するためロックインにつながるのではないかと指摘する意見もある

自治体向け基幹系システムを開発する株式会社RKKCSでは、標準仕様準拠システムをクラウドネイティブのアプリケーションとして新規構築しており、マネージドサービスについては特定のCSPのみが提供するサービスは採用せず、各社共通で提供しているものを使うことで、CSPの乗り換えも可能な設計にしているというまた、オンプレミスの場合のインフラはトラフィックのピークに合わせて準備するが、同条件でクラウドのリソースを見積もると高くつくことが想定される。この点について、RKKCSは「当社の新システムではオートスケーリングを実現しているため、クラウドのリソースに過剰に課金することはない」という。RKKCSは標準化を機に新システムを再構築しているが、他のベンダーでは2025年度末までにモダン化まで行う時間的余裕がなく既存システムの改修で対応するベンダーがほとんどであろうと推測され、モダナイズによるコストダウンの試みは、2026年度以降に本格化しそうだ。

自治体は標準化対象以外の業務にも留意すべき

標準化とガバメントクラウドへの移行はどのように進むのか。ガバメントクラウドは、「図表 3 ガバメントクラウドにおける責任分界点」の通り、デジタル庁がガバナンスやセキュリティに関するルールを定めており、マネージドサービス構成などはアプリケーションのベンダーが決定する。

利用方法として、単独利用方式か共同利用方式、共同利用の場合はアカウント分離型/ネットワーク分離型/アプリケーション分離型という選択肢が提示されている。実態としては共同利用方式かつアカウント分離型が大勢を占めることになるだろう。自治体が個別にガバメントクラウドの運用管理を委託する事業者と契約し利用環境の統制権を持つのが単独利用方式、事業者が複数自治体のシステム運用を一括して提供するのが共同利用方式である。アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社(以下AWS パブリックセクター官公庁本事業部 本部長 大富部貴彦氏は、「利用形態は自治体が決定する。マルチベンダーのアプリケーションを利用している、庁内にクラウドの管理統制ができる人材がいる、などの背景で単独利用方式を選択するケースはある。標準化、共通化という理念に近いのは共同利用方式となる」と説明する。富士通Japan株式会社は「当社は共同利用型を軸に提案することで、集約効果を高めたい」とする。政府も、運用の共通化によって自治体側の手間とコストを削減することが望ましいとして、共同利用方式を推奨している。

図表 3 ガバメントクラウドにおける責任分界点

出所:AWS・デジタル庁 
AWS Summit 2022「ガバメントクラウドで考える技術的統制と効率性〜AWSでの実現策〜」(2022年5月)

アプリケーションは、カスタマイズせずに一律のシステムを使うのが望ましいとされている。標準仕様がすべての機能を決めるわけではなく、実装してもよいオプション機能や仕様以外の部分は各ベンダーの選択に任せられている。また、政府は自治体に、この機にBPR(業務改革:Business Process Re-engineering)を行うことを求めている。対象20業務に関しては、各自治体でFit&Gap(新システムと現行業務プロセスの適合度と乖離度を分析すること)を行い、新システムに沿って業務のオペレーションを変えることとなる。オプションで提供されない機能や実装不可となっている機能を使って業務を行っている場合は、業務フローの再構築を行う必要がある。

自治体が検討すべき事項は、標準化対象の20業務以外の業務及び業務システムにも及ぶ。標準化対象のシステムは文字やデータの要件が統一され、標準化対象外のシステムは疎結合で別に構築することとなっているが、当然、標準化対象と対象外とでデータ連携は行われる。インフラについても、ガバメントクラウドとオンプレミスや他のクラウドなどの連携を考えれば、ガバメントクラウドに移行するほうが効率的な場合もあるだろう。BPRは標準化対象業務に限らず、関連業務を中心に見直しを進めることが望ましい。

政府及び自治体を支援する企業においても、標準化対象外の業務や関連システムまで含めた方向性を明らかし、支援を行っていくことが求められている。

本来の意義は「2040年問題」をふまえた公共サービスメッシュの実現

果たして、この難易度の高い国家プロジェクトからどういう成果を得られるのか。筆者は、自治体の「2040年問題」に対応しつつ、ひいては政府が掲げる「公共サービスメッシュ」を実現することが本来の意義であると考える。2025年度末に標準化・ガバメントクラウド移行を行うことは、その意味においてゴールではなく、スタート地点に立つことにすぎない。

2040年問題とは、「自治体戦略2040構想研究会」(※3)で報告された自治体行政の課題を指す。少子高齢化が進む日本では、いずれ、現状の半数の職員数で住民サービスを維持しなくてはならなくなる。そのためには、デジタル技術を使いこなし効率的なサービス提供を行う「スマート自治体」へと転換する必要がある。少子化は想定以上のペースで進んでいるため、そのタイミングは2040年を待たずとも前倒しで訪れる可能性が高い。業務や帳票を標準化し、個別投資・重複投資を排除し、データの連携性を高めることは、スマート自治体へのパラダイムシフトを実現するための第一歩となる。2025年度末に一斉に行うのは強引ではあるが、各団体のシステム更新のタイミングで無理なく行う、という条件としていれば10年がかりになったことも考えられる。

その上で、政府が目指す行政サービスは、「スマートフォンで60秒で手続きが完結」というものである(※4)。これを実現するためには、自治体及び政府のデータがマイナンバーをキーとしてシームレスに連携可能な状態になっていなければならない。政府は情報連携の基盤を「公共サービスメッシュ」と称し、2025年度中の整備を計画している。

政府が描く全体像は、データ駆動型社会の実現である。人口減少、地方の過疎化などの社会課題を抱える日本は、データとデジタル技術を切り札とし、大胆な最適化、自動化、効率化などの構造変革を実現することで成長を目指さなくてはならない。そのための施策が、自治体情報システムの標準化、デジタル田園都市国家構想で進められているデータ連携基盤の実装などとなる。公共サービスメッシュの実現は、コスト3割削減と比べると抽象的で分かりにくいが、政府はまず、ビックピクチャーを自治体や企業などの関係者と共有することが必要であろう。

但し、個々の自治体にとっては、2040年より先に来る2025年に向け、スケジュールや予算など具体的な課題は容易に承諾できるものではない。政府には、コスト増となる自治体への対応、移行困難自治体への補助金支給などのフォロー、法改正などの実態に応じてスケジュールに柔軟性を持たせるなど、現実的な支援を行っていくことは欠かせないだろう。さらに、2026年度以降には公共サービスメッシュによるデジタル化の促進という新たなチャレンジが始まることを指し示し、国・自治体・関係する企業が一体的に目的を共有できる機運を醸成することが求められる。

(全文はPDFダウンロードでご覧ください)

自治体のシステム標準化とガバメントクラウド移行を前に公共サービスメッシュという未来を共有しよう.pdf

<参考文献>

(※1)株式会社TKC「新風」2023年10月号
https://www.tkc.jp/lg/kaze/202310trendview01/

(※2)デジタル庁 「ガバメントクラウド先行事業(基幹業務システム)における投資対効果の検証結果【追加報告】」(202312月)
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/information/field_ref_resources/8c953d48-271d-467e-8e4c-f7baa8ec018b/5230aa17/20231222_news_local_governments_outline_03.pdf

(※3)総務省 自治体戦略2040構想研究会(2017年~2018年)
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/jichitai2040/index.html

(※4)「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(20236月閣議決定)
https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program

 

小林 明子 / Akiko Kobayashi

主任研究員

調査会社の主席研究員として、調査、コンサルティング、メディアへの寄稿などに従事。IT業界及びデジタル技術を専門とし、企業及び自治体・公共向けIT市場の調査分析、テクノロジーやイノベーションについての研究を行う。2023年8月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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