生成AIほど劇的に登場し話題をさらった技術は他にない。1年経って熱狂のフェーズは過ぎ、技術の進歩が目覚ましく一般ユーザへの普及が進んだ反面で、エンタープライズ(ビジネスの現場)においては実装が遅れているという課題も見えてきた。生成AIの有用性を前提としつつ、2024年は実際の業務に変革を起こし成果獲得につながる技術の採用が焦点になる。

正解率94.1%で導入を断念したChatGPTによるごみ出し案内

202310月に、香川県三豊市がChatGPTを使ったごみ出し案内の導入を断念したと発表した(※1)。ごみの分別方法などの問い合わせに対し、多言語で自動回答できるチャットボットとして、東京大学松尾研究室の協力により6月から実証実験を行っていたものである。同市は、「正解率99%を設定していたが、94.1%に留まったことから、本格導入を取りやめる」としている。

このニュースに対して「94.1%もあるなら利用するのに十分ではないのか」という意見も聞かれたが、今現在、東京ではリチウムイオン電池からの出火が原因で粗大ごみ処理施設が稼働できなくなっており、補修費用も4億円程に及ぶという。ごみ分別の誤りは、処理事業者の怪我も含めたトラブルにつながる可能性があり、「たかがごみ分別、多少の誤りは許容すべき」とは言えないのは首肯できる。

他方で、ChatGPTの有用性の問題ではなく使い方として、99%を目指すゴール設定は妥当だったのかという疑問も抱く。あるいは、94.1%で業務効率化効果を出す使い道を探る可能性、またはチャットボットの回答の正確性を目指すなら、柔軟性には劣るが従来型のルールベース(予め人がシナリオを準備する手法)で実現する可能性もあったのではないか。

エンタープライズ用途での生成AILLM)利用率は低水準に留まる

生成AI、特にChatGPTBardを始めとする大規模言語モデル(LLMLarge Language Models)、いわゆる言語系生成AIの登場は、IT技術として過去に例をみないほどドラマチックなものだった。2023年には個人レベルで普及が進み、社会的な注目を集めた。1年経ち、2024年には熱狂的なブームは沈静化したといえよう。エンタープライズでの生成AILLM)の利用率の調査結果が複数発表されているが、およそ12割程度が平均とみられ、低い水準にあるのが実態である。

無料で個人でも利用できるため、要約、翻訳、文章作成、キャッチコピー作成など基本的な使い方はある程度定着したが、業務で日常的に要約文やキャッチコピーを作成するビジネスパーソンは多くない。また、チャットをインタフェースとすることの限界も見えてきた。プロンプト(ユーザ側の質問文)が悪いと期待した回答が返ってこない。LLMにうまく回答させるためのテクニックとしてプロンプトエンジニアリングが流行したが、これを全員が習得するというのでは現実的ではない。LLMは一見すると誰でも使える技術だが、使いこなすためには一定以上の言語能力やAI理解力が必要になるというハードルがあるといえよう。また、生成AIにはハルシネーション(誤った情報の出力)の問題があるほか、素のLLMは一般的な知識は豊富に持っているが、企業固有の情報や業務・業種のニッチな情報について回答することはできず、業務で必要な情報を引き出すツールとしては不十分である。これらの状況が、期待値とのギャップを生み、ビジネスの現場での利用率の低さにつながっていると考える。

生成AI利用の本命はエンタープライズアプリケーションへの組み込み

とはいえ、いまさら生成AIが有用かどうかを議論するのはナンセンスであろう。2024年の焦点は、エンタープライズでの実導入の促進と成果獲得である。

重要な技術の1つは、企業固有の情報や業務の専門知識など、ドメイン知識を持つLLMの構築である。手法としてはRAGRetrieval-Augmented Generation)やファインチューニングがある。RAGは、LLMの外部にあるデータベース・データソースを参照して回答を生成する技術を指し、LangChainLlamaIndexといったツールが広く利用されている。しかし汎用LLMの持つ一般的な知識が膨大であり、少量のドメイン知識で正しい回答を導くのは難しいとされ、課題は残る。上述の三豊市のケースも自治体固有のごみ分別ドメイン知識を得たLLMだが、精度99%には至っていない。

エンドユーザが最短で生成AIを使いこなす方法は、AI機能を持つエンタープライズアプリケーションの活用と考える。普段使っている業務アプリケーションにドメイン知識および企業のビジネスプロセスを埋め込んだ生成AIが組み込まれ、業務を支援するという形である。

幅広い利用が見込まれる製品の1つは、マイクロソフトが2023年11月にグローバルで一般公開されたMicrosoft 365 Copilotであろう(執筆時点で日本での提供時期は未定)。Microsoft 365アプリを使うユーザはGPT-4のエンジンを使ったOffice文書作成などの機能を利用できる。マイクロソフトは全ての製品・サービスにAIを組み込むと発表している(※2)。基幹業務システムのERPもAIの組み込みを進めている。SAP2023年9月にAIアシスタントサービス「Joule(ジュール)」を発表しており、AIを使いERP内のビジネスデータの分析やレポート作成などを行える(※3)。Oracleも、Oracle Fusion Cloud ERPやOracle NetSuiteなどERPをはじめとするエンタープライズアプリケーションに生成AIを組み込む(※4)CRM・SFAの大手であるSalesforceも、AI機能Einstein(アインシュタイン)で生成AIとの連携を行う(※5)。各社の取組みにより、エンドユーザが上手なプロンプトの書き方を習得せずとも業務アプリケーションから個々の企業・業務に特化したインサイトを得られることが期待できる。 

生成AI搭載の業務アプリケーションの実現よりは時間がかかるだろうが、企業や業界独自の小規模なLLMにも可能性がある。特化した用途で高い精度を発揮する目的で構築され、特定のドメイン知識を集中的に学習した、いわばプライベート型のLLMである。この目的では、巨大な計算資源を必要とし膨大なデータを抱えた汎用型のLLMより、安価で維持運用がしやすい小型のLLMのほうが利用しやすい。安全にホスティングでき、データに機密情報が含まれる場合のリスク回避やセキュリティ管理にも貢献するだろう。日本企業が開発する日本語LLMの活用場面としても期待できる。

もう1つ、少し先の技術としては、マルチモーダル(言語に加え、画像、動画、音声など様々なデータを組み合わせること)AIの普及が予想される。マーケティング、営業、接客などにおいて実用化に向けた取り組みが進むだろう。

2024年は、ビジネス実装における真のAI元年となる

これまでの生成AI動向を振り返ると、技術は日進月歩で進歩しているがビジネス実装が遅れている。それゆえに、産業革命をもたらすといわれている割には、変化の兆しはまだ見えていない。

ITの歴史を概観してみれば、オープン化、インターネット、仮想化、クラウド、あらゆる主要技術について共通していえることは、はじめは技術そのものが注目され、話題になり、研究開発が進み、そのうち知らず知らずのうちに皆が使うサービスやアプリケーションを支える裏方の技術となっている、ということだろう。ビジネスパーソンにとって技術の利用は手段であり、意識せずに使えることが望ましい。我々は、生成AIを使いたいのではなく、業務をサポートして欲しいのだ。

その前提で、ビジネス活用を目的とした技術進化が進み、ユーザが実務で生成AIの実力を享受できる環境が整うことによって、2024年は実装における真のAI元年となると予想する。

 

<参考文献>

(※1)三豊市「チャットGPTを利用したごみ出し案内」本格導入について(202310月)
https://www.city.mitoyo.lg.jp/kakuka/shiminkankyou/eisei/2/chatGPT/index.html

(※2)マイクロソフト 年次書簡: 新時代をリードする(202310月)
https://news.microsoft.com/ja-jp/2023/10/26/231026-my-annual-letter-leading-new-era-satya-nadella/

(※3SAP、新しい生成AIアシスタント、Joule(ジュール)を発表(202310月)
https://news.sap.com/japan/2023/10/2023_1002_joule/

(※4)オラクルの生成AI戦略(202310月)
https://blogs.oracle.com/saas-jp/post/generative-ai-strategy-saas

(※5Salesforce、新しい「Einstein 1 Platform」を発表(2023年9月)
https://www.salesforce.com/jp/company/news-press/press-releases/2023/09/230913-2/

小林 明子 / Akiko Kobayashi

主任研究員

調査会社の主席研究員として、調査、コンサルティング、メディアへの寄稿などに従事。IT業界及びデジタル技術を専門とし、企業及び自治体・公共向けIT市場の調査分析、テクノロジーやイノベーションについての研究を行う。2023年8月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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