2023年10月1日、欧州連合(EU)の炭素国境調整メカニズム(CBAM)の移行期間が開始した。CBAMは、いわゆる国境炭素税と呼ばれるもので、気候変動の対策が不十分な国から欧州経済領域(EEA)域内への輸入品に対して、“関税”が賦課される。CBAMの導入は世界初の取り組みであり、鉄鋼・アルミニウム業界を中心に産業界は対応に迫られている。対象製品や温室効果ガス(GHG)排出量の計算方法などを含め、EUの今後の運用を注視する必要がある。

炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、炭素効率が低い国から欧州経済領域(EEA)内への輸入品に対して関税を課す措置だ。EUは、EEA域内で生産された製品に対してEUの排出量取引制度(EU ETS)に基づく炭素排出コストを上乗せしている。一方、域外からの輸入品には、炭素排出コスト(いわゆる炭素価格)が含まれていない。

そのため、価格競争力で有利に働く安い輸入品がEU域内で流通してしまう。したがって、CBAMの目的の1つは、この不公平を改善することだ。要は、気候変動対策が不十分な国からの輸入品に炭素価格を負担させて、競争条件を同じにするための制度である(※図1参照)。

CBAMの導入は、本質的な問題の解決も促す。EUは、20235月に、EU気候変動対策パッケージ、「Fit for 55」 の一環として、炭素国境調整メカニズム(CBAM)設置規則を施行した(※1)。「Fit for 55」は、2030年に温室効果ガス(GHG)を1990年比で少なくとも55%の削減を目指すものである。55%削減を実現するためには、EEA域内だけでなく、EEA域外の製品にも温室効果ガスの排出削減対策を促す必要があり、これが2つ目の目的である。以下、詳しく見ていきたい。

図1 CBAMのイメージ

(出所)DTFAインスティテュート作成

なぜCBAM導入に至ったのか?

温室効果ガスの排出に対して課金する炭素価格(カーボン・プライシング)制度を導入する国・地域が拡大している。なかでもEUの制度設計は先行しており、EU全体で排出量を取引する市場がすでに確立されている。これが、EU ETSEmission Trading Scheme)である。EU ETS2005年に導入された。EEA域内(EU加盟国、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー)の対象企業、施設などにGHG排出量上限が割り当てられる。そして、排出枠を超えてしまった企業は、排出枠が余っている企業などからその排出枠を購入する(市場で取引する)制度である。日本では、東京都と埼玉県が都道府県単位で導入している(※2)。

EU ETSは、第1~第4フェーズに分けられており、現在は第4フェーズ(2021年から2030年まで)に突入している。また、2022年末にEU ETSが改正され、温室効果ガス削減目標が2005年比で2030年までに62%削減に引き下げられた(※改正前の削減目標は43%)(※3)。対象部門に海運、道路輸送、建物が追加された(※4)。

EU ETSによる二酸化炭素排出枠(EUA)価格は、20222月のロシアによるウクライナ侵攻を受けエネルギー価格高騰への対応から下落したものの、総じて上昇傾向にあり、20232月には過去最高の100ユーロを突破している(※図2参照)。

図2 EU炭素排出枠価格の推移

(データソース)Statista (2023)(※5)

しかし、EU ETSには2つの欠点があった。第一に、EEA域内で温室効果ガス排出量の規制を強化しても、世界全体の温室効果ガス削減にはつながらない。そのため、EUは、CBAMを導入することで、域外メーカーに排出量削減のインセンティブを与えようとしている。

第二に、気候変動対策が不十分な国から輸入される炭素効率が低い製品は、炭素価格を負担しているEEA域内の製品に対して高い価格競争力を持つことになる。そのため、EEA域内企業が、気候変動対策が不十分な国に生産拠点をシフトさせてしまう。結果として世界全体の排出量が増加する。このような事態のことをカーボン・リーケージ(炭素漏出)と呼ぶ。

カーボン・リーケージが生じれば、企業が排出する温室効果ガスに価格(ある種の罰金)をつける「カーボン・プライシング」政策の効果が損なわれる。このようなカーボン・リーケージを防止し、国際競争上の条件を均等化するために、CBAMは設計された。

またEU ETSでは、カーボン・リーケージのリスクを軽減するために、特定企業へ排出枠を無償割当している。リーケージ・リスクが特に高い産業(鉄鋼など)には、排出枠の最大100%が無償で割り当てられる。

しかし、これにも欠点があった。100%無償排出枠を受け取った事業者は、将来的に必要となる排出枠を確保できるため、排出量を削減するインセンティブが働かず、排出量削減のための新しい技術などへの投資が消極的になる可能性がある。EUは、この無償排出枠をCBAMに置き換えることで、こうした欠点に対処しようとしている。

CBAMの概要

  • CBAMの運用について

202310月から2025年末までは、移行期間となる(図3参照)。移行期間では、対象製品の輸入者または間接通関代理人は、四半期ごとに①各製品の生産拠点ごとの輸入総量、②各製品の実際の直接排出量、③EUが規定する間接排出量、輸入元国で支払い済みの炭素価格を欧州委員会に報告する義務が生じる。報告が不適切であった場合は、輸入者に罰金が科せられる。

本格適用開始は、2026年からである。対象製品の輸入者は報告義務だけでなく、EU加盟国の当局から、CBAM証書(クレジット)を購入する必要がある。クレジット価格は、EU ETSにおける排出枠の市場取引価格に準じて決定される(※図2参照)。

図3 CBAMのスケジュール

(出所)DTFAインスティテュート作成

EU ETSで割り当てられている無償排出枠については、CBAMはこの無償割当に代わる制度であることから、EU ETSの無償割当枠は2026年以降、段階的に削減され、2034年には完全にCBAMに移行される見込みである(図4参照)。

図4 CBAM対象セクターに対するETS無償割当枠の削減率

(参照)News European Parliament(※6

  • 対象セクター

現在は、セメント、肥料、電力、鉄鋼、アルミニウム、水素が対象となっている。欧州委員会は2025年にCBAM対象に製品を追加するかどうかの評価を行う予定であることから、2026年までに対象範囲は拡大する可能性がある。特に、有機化合物やポリマーなどカーボン・リーケージが高い製品の追加が想定される。

  • 対象から除外される国・地域

EUが輸入元の国・地域の炭素価格メカニズムをEU ETSに相当すると判断した場合、CBAMクレジットを購入する際に控除対象とする合意を締結することが可能である(※CBAM設置規則第2条12項)。

日本への影響と今後の論点

中国、インドなどと比べると日本の製品がCBAMによって受ける影響は限定的であるものの、EAA域外から鉄鋼やアルミなどの原材料を調達する事業者は、コストアップを免れないだろう(※7)。また、対象製品を生産する企業がCBAMの影響をどの程度受けるかについては、これらの企業がEUによって求められている情報を過不足なく報告できるかに依拠する。そのため、CBAMの条件を満たすためのデータ収集ツールや社内にコンプライアンスチームを保有していない企業、特に中小企業への負担は大きくなるだろう。

EUCBAM導入について、中国、インドなどの新興諸国は懸念を表明している。特に、EEA域内の事業者には2034年までEU ETSの無償排出枠があることから、これを域内産業保護だとしWTO違反を指摘する声もある(※8)。それでも、EUWTO協定との整合性を意識してCBAMの制度設計を進めてきた。域外からの製品への課税(クレジット購入義務)は、EU ETSの無償排出枠削減と合わせて段階的に課される。仮に、WTOの原則である、内国民待遇や最恵国待遇に違反するとしても、EUとしては、WTOルールの一般的例外の「有限天然資源の保存に関する措置」(環境保護目的の貿易制限措置)に該当すると主張するだろう。また、カナダやオーストラリアでは、CBAM同様の制度についての導入が検討されており、こうした国境炭素税は今後拡大していくことが予想される(※9)。

EUによるCBAM導入が、どの程度世界の脱炭素化に有効であるのか、またEUの貿易相手国にこうした排出削減に関する政策の導入を促すことに成功するのか、現段階ではまだ分からない。もしかすると新興国との新たな貿易紛争を招くことになるかもしれない。それでも、気候変動問題は、グローバル共通の課題である。日本としては、CBAMを支援し、有志国間での連携を強化、さらには新興国との対話などを通して、リーダーシップを発揮していく必要がある。先進諸国を中心に脱炭素化の取り組みは進んでおり、サプライチェーン全体における温室効果ガス排出量の可視化や管理は避けて通ることはできない。EUCBAM対象であるかどうかに限らず、日本企業には炭素効率を高めるための先進的な取り組みが求められる。また、排出削減と産業競争力の向上実現に向けて経済社会システム全体を変革しようという日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)リーグのような政府からの長期的な支援は、引き続き重要となるだろう。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

<参考文献・資料>

(※1)Regulation (EU) 2023/956 of the European Parliament and of the Council of 10 May 2023 establishing a carbon border adjustment mechanism

(※2)東京都は、2008年に環境確保条例を改正し、「温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度」を導入。20104月から、削減義務を開始している。また、埼玉県は、2011年度から目標設定排出量取引制度を導入しており、東京都と連携して取り組んでいる。 
東京都環境局「
排出量取引入門」(20226月)  
埼玉県「
地球温暖化対策計画制度 目標設定型排出量取引制度」(20203月)

(※3)European Commission, “Our ambition for 2030”.

(※4)道路輸送・交通、建物については、2023年に新しく創設されたEU ETS2で対象となる。   
European Commission, “
ETS 2: buildings, road transport and additional sectors”, 2023.

(※5)Ian Tiseo, “Daily European Union Emission Trading System (EU-ETS) carbon pricing from January 2022 to September 2023”, Statista Oct 2023.

(※6)News European Parliament, “Climate change: Deal on a more ambitious Emissions Trading System (ETS)”, Dec 18, 2022.

(※7)The World Bank, “Relative CBAM Exposure Index”, June 15, 2023.

(※8)China says EU's planned carbon border tax violates trade principles”, REUTERS, July 26, 2021.

(※9)Government of Canada, “Exploring Border Carbon Adjustments for Canada”, June 2, 2023.
The Hon Chris Bowen MP Minister for Climate Change and Energy, “
Speech to Australian Business Economists”, Aug 15, 2023.

平木 綾香 / Ayaka Hiraki

研究員

官公庁、外資系コンサルティングファームにて、安全保障貿易管理業務、公共・グローバル案件などに従事後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。
専門分野は、国際政治経済、安全保障、アメリカ政治外交。修士(政策・メディア)。


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