デジタル人材不足の解決なくしては日本の成長はない――社会全体での取り組みが求められる
目次
国内外のデジタル人材不足の現状
日本のDXの停滞やデジタル化の遅れが問題になる際、真っ先に課題として挙げられるのは「人材不足」である。政府も相当な規模で育成を急ぐ。経済産業省は、2016年に発表したレポート(※1)で、IT需要拡大と生産年齢人口の減少により、2030年には最大で約79万人のIT人材が不足すると予測した。岸田政権の主要政策であるデジタル田園都市国家構想では、KPIとして、デジタル推進人材を2026年度までの5年間で230万人育成するという目標を掲げている(※2)。
なお、「デジタル推進人材」「デジタル人材」と「IT人材」は同義ではないことに留意したい。本稿でも、「IT人材」はIT企業やユーザ企業の情報システム部門で情報システムに直接携わる人材、「デジタル人材」はIT人材を包含しつつ、ユーザ企業の事業部門でDXを担う人材なども含むものとする。
図表 1 デジタル人材の育成目標の実現に向けて
出所:内閣府 第2回デジタル田園都市国家構想実現会議 「デジタル人材の育成・確保に向けて」(2023年2月)
大規模な人材不足は日本の少子高齢化に起因するという印象があるかもしれないが、ことデジタル人材不足については日本に限った問題ではない。テクノロジーが進化し、産業の発展とデジタル技術活用は不可分であるため、世界的な課題である。
しかし、海外と日本では、人材不足の中身には違いがある。海外では特にAIやロボティクスなど先端技術で需要が高まっている一方で、日本では、基幹システムの保守運用といった既存領域から先端分野までまんべんなく不足している。インドやシンガポールなどはリープ・フロッグ(新興国で先端技術が急速に浸透すること)型のデジタル化が進んでいるためレガシーシステムという課題は持たない。
デジタル人材育成学会の会長で千葉工業大学の角田仁教授は、「日本には『①量の不足』に加え、『②質のミスマッチ、新しい技術にキャッチアップできていない』『③エンジニアの偏在、IT技術者の大半がIT企業に所属している』という課題がある。この3つが揃う、“三重苦”の状況にあるのは日本だけだ」と指摘する。
1兆円予算で注目されるリスキリング政策
デジタル人材不足への対応策の1つとして、政府はリスキリング政策を打ち出している。2022年10月に岸田首相が5年間で1兆円を投じると表明し、予算規模の大きさから脚光を浴びた。リスキリング政策では研修受講、資格取得、通学などに手厚い助成金が支給される。金銭的支援は比較的潤沢に見えるが、真の成果に結びつけるためには、政策の精度を一段と高める必要があるだろう。PCスキル向上も高度IT人材育成も支援しつつ、労働移動促進として転職支援まで行うというのは強引という印象を受ける。
厚生労働省が2023年9月に発表した施策には、エンジニアを目指し職業訓練を受ける中高年層を企業に派遣するというものがある。これも、ターゲットが4~50代、6カ月という短期間、2年で2,400人に留まる規模など、氷河期世代の支援ではあっても人材育成に対する施策としては実効性に疑問がわく。
どの領域(IT企業/ユーザ企業、都市/地方など)でどのような人材(エンジニアの増員、高度人材育成、DX推進能力強化など)が必要か、具体的な施策まで落とし込むことが求められている。
IT企業、ユーザ企業、地域での人材育成と課題
一般社団法人日本IT団体連盟の華井克育氏と田中久也氏は、「IT業界の人材不足はここ30年以上続いている。昔から定期的に『XX人材が不足しているので育成すべき』という話が出るが、『XX人材』がその時代のバズワードであることが多い」と指摘する。「AI人材」「データサイエンティスト」といった「XX人材」についての議論が先行しがちなことも、人材不足の実態をわかりにくくしている。ここでは、IT企業、ユーザ企業(事業会社)、地域それぞれでの人材不足の状況とその課題について分析する。
(1) IT企業
大手金融機関や政府システムで障害が起きると、大手システムインテグレーター(SIer)が丸抱えするスキームやシステムの古さなどが批判されるが、日本は情報システム産業の歴史が長く、実績のある基幹システムが現在の社会を支えているのも事実である。既存分野といってもいわゆるレガシーシステムだけを指すわけではない。例えば企業の基幹システムであるERPは、経営基盤のモダナイズや強化を目的としたニーズにより非常に活況となっている。IT企業は売上と利益の大半を既存領域から得ており、世間的に注目度が高い先端技術領域は規模が小さく収益化もしづらいというジレンマを抱えている。
とはいえ、若い技術者をレガシーシステムのメンテナンスに張り付けるような人材配置を行うと退職に直結する可能性があるため、意欲的な人材に学びの場を与えることは必須となる。企業の枠を超えた協業によって、エンジニアに教育と実践の機会を与えることを目的とした一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)主催の「JISA版NTC(National Training Center)プロジェクト」(※3)はその好例といえよう。
さらに、人材の多様化は改めて取り組む価値があるテーマだ。IT人材の女性比率は低く、潜在的資源としての女性の能力が十分活用されていない。外国人については、従来のコストダウンを目的としたオフショア開発という関係性ではなく、貴重なリソースを調達する先として選択することになる。海外の賃金水準の向上や円安、言語の問題などを鑑みると有利な立場には立ちにくいが、海外の巨大な人材プールにリーチする価値は高い。
図表 2 IT人材の男女比率(2015年と2020年の比較)
出所:総務省 統計局 令和2年国勢調査および平成27年国勢調査(※4)
(2) ユーザ企業(事業会社)
ユーザ企業においては、DXを企画・推進するデジタル人材がカギを握ると考える。デジタル活用の企画や社内での推進を行う人材、DXの旗振り役となる人材を指す。リスキリング政策の助成金の使い道としてもITスキル教育に目が向きがちだろうが、むしろ戦略立案やマネジメントなどのビジネススキルに重点を置き、社内からの登用を進めることが有効だろう。中小企業であっても、ローコード/ノーコードツールの活用、SaaSの導入などに前向きに取り組むことで効果を上げている事例がみられる。
内製化も緩やかに拡大すると見込むが、加速させていくためには、IT企業とユーザ企業の間での人材交流、越境学習と呼ばれる組織の枠を超えた学びの場の提供を進めることも効果的であろう。
(3) 地域
IT人材・デジタル人材は都市圏に集中している。企業や教育機関が都市に偏在し、若者は都市に進学・就職するため人材の流出が起きる。
地域に足りないデジタル人材を補うため、自治体や地方企業で都市の人材を副業で雇用する事例が増えつつある。特に、コロナ禍以降はテレワークが定着したため、新たな働き方として受け入れが広がっている。関係人口(仕事やファンベースの交流などによって地域に継続的に関わる人を指す)の増加に力を入れる自治体は少なくないものの、デジタル人材不足に対応する施策という切り口で国や自治体が支援することは有益と考える。
次いで、政府がデジタル田園都市国家構想で進めるデジタル人材育成プラットフォーム構想に基づき、地域を中心に、教育機関でのスキル習得という入口から、出口となる産業の創出による雇用機会提供までを一貫して実現するためのデロイト トーマツ グループの取り組みADXO(エリア・デジタルトランスフォーメーション・オーガナイゼーション)(※5)を紹介する。具体例の1つがデロイト トーマツ グループが運営を支援する九州DX推進コンソーシアムである。大手企業やスタートアップ、地場の企業などを含む産業界、九州大学、福岡県などが会員として参画し、デジタル人材育成と産業創造を推進している。
図表 3 ADXO構想概要
出所:デロイト トーマツ グループ
デジタル人材育成に向けた展望
少子高齢化が進む日本が競争力を回復・維持するためには、デジタルを活用し、生産性の向上やビジネスモデルの転換を大胆に進めていくしかない。これまで述べてきたように、IT企業、ユーザ企業、地域、教育機関、あらゆる場所で人材育成に取り組み途切れなく継続しなくてはならない。その際には、今一度、政府と企業が同じ目的を共有し、ITやデジタルという職業を、社会や企業における役割や処遇含め、若者や非IT人材、女性や外国人が可能性や希望をもって流入してくる魅力的なものにしていくことこそが重要であると考える。
(全文PDFはダウンロードでご覧いただけます)
<参考文献>
(※1)経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」(2016年6月)
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/001_s02_00.pdf
(※2)内閣府 第2回デジタル田園都市国家構想実現会議 「デジタル人材の育成・確保に向けて」(2023年2月)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai3/siryou7.pdf
(※3)一般社団法人情報サービス産業協会「『JISA版NTC(National Training Center)プロジェクト』トップITアスリート育成プログラム開講について」
https://www.jisa.or.jp/public_info/press/tabid/3418/Default.aspx
(※4)総務省 統計局
令和2年国勢調査結果
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/index.html
平成27年国勢調査結果
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2015/kekka.html
(※5)デロイト トーマツ グループ 「デロイト トーマツによるADXOの取り組み」
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/public-sector/articles/gv/adxo.html