2008年秋に起きた米国発の世界金融危機(リーマンショック)から15年が経った。中国経済の存在感が急激に高まった当時、現在とは全く異なる視点から「米国と中国のデカップリング(切り離し)」に対する関心が集まっていたことを取り上げたい。米中デカップリングの意味合いは、金融・経済政策や金融規制同様、15年の間に大きく変わった。こうした用語の移り変わりに着目していくことも、企業戦略にとって重要ではないだろうか。

Googleトレンドで”Decoupling China”という2語の検索状況を調べると、リーマンショック前後の200710年と、米国のトランプ前政権が発足した2017年以降に大きな盛り上がりが見受けられる。いずれの山も世界で注目され、検索が増えた結果だろう。(図1

ただし、リーマンショック前後と現在で、米国と中国のデカップリングという言葉は、使われ方が大きく異なることに注意が必要だ。

処方箋だったデカップリング

米国発の金融危機は、低格付融資や証券化商品の焦げ付きの恐れから広がった。いわゆるサブプライムローンが招いた危機であった。先進国の深刻な景気後退が懸念されるなか、世界経済の成長を維持できるのかが課題に上る。

当時、先進国経済に代わる存在として期待されたのが、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれた新興4カ国の経済である。中国などBRICsの成長を米欧先進国の低迷から切り離したうえ、新興国で世界全体の経済を支えるという構想が、「危機への処方箋」として取り沙汰された。

リーマンショック発生直後の200811月に初めて開かれたG20サミット(20カ国・地域首脳会議)は、世界の成長維持策がテーマとなり、先進国とBRICsの分離によって、混乱の波及を食い止めることも課題に上がっていた。これが最初のデカップリング論である。

現実には「先進国とBRICsの切り離し」は、成長維持策として、目立った効果が現れず、世界の景気は先進国の大規模な金融緩和と財政支出によって回復を遂げた。その間も中国経済は拡大を続け、米国では中国脅威論が高まることになる。

2弾となるデカップリング論が盛り上がるのは、2017年のトランプ米政権(当時)発足前後のことだ。この時のデカップリングは「米中摩擦の中で経済圏を分ける」という色彩が濃く、「金融危機後の世界経済の成長維持策」という、やや前向きな意味合いとは一線を画したものであった。

米中の経済的な対立が長引き、いまやデカップリングは企業戦略にとって無視できない用語になったと言える。一方、金融・産業関係者の間では「米国と中国の経済を完全に切り離すことは不可能」との見方も根強い。米政府は2022年頃から、デカップリングよりも現実味を帯びた、中国に関するデリスキング(脱中国依存によるリスク軽減)という表現を多用し始めており、”De-risking China”という語の検索も活性化する兆しが見られる(※2)。(図2

用語の変化に目配りを

米国と中国の双方が、先端技術に関する貿易管理や投資規制を強化するなか、日本企業は、米中の「デカップリング」や「デリスキング」を念頭に置いて、サプライチェーンの強靭化や投資先の選定に取り組むことが不可避となっている。ただし、米中デカップリングという言葉の意味付けが15年前から変わったように、当然視されている国際関係が、変質する可能性を完全に無視すべきではないだろう。

環境の変化とともに、言葉の使われ方は変わる。地政学的緊張を含めて、世界の不確実性は増している。国際展開する企業は用語の変化に目配りしながら、多様な未来図を描いていくことが、ますます求められるのではないだろうか。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

関連リンク シナリオ・プランニング|ファイナンシャルアドバイザリー|Deloitte Japan

<参考文献・資料>

(※1) Googleトレンド https://trends.google.co.jp/trends/

(※2) Eric Martin, “US Wants to ‘De-Risk,’ Not Decouple, From China, Biden Aide Says”, Bloomberg, April 27, 2023.

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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