世界経済の序列が大きく変わりつつある。その中で日本企業が目指すべきは、競争を勝ち抜き市場支配者として頂点に君臨することよりも、協働と共創を導く調和の円の真ん中にしっかり陣取ることではないか――。片岡亮裕 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー、執行役CGO (Chief Global Officer) の問題提起パースペクティブ。

失われた30年――。いまだに出口の見えない長い停滞期を通して、日本企業はどうあるべきか、どう変わるべきか、が盛んに論じられてきた。「“ガラパゴス(内向き)”ではだめだ」「大胆な改革を」「リスクを取ってチャレンジせよ」「強力なリーダーシップが必要だ」「貪欲に世界に挑め」等々、居心地の良いコンフォートゾーンから踏み出して、もっとアグレッシブ(攻撃的)な日本企業へのトランスフォーメーションを促すものが多かったように思う。

日本企業の多くが試行錯誤と切磋琢磨の末に、自らを変革・進化させてきたことは確かである。だが世界は、新興勢力の勃興、対立と分断の激化などを背景に、日本のスピードをはるかに超える勢いでその様相を大きく変えようとしている。

そうした現状の中で、日本企業はこれからどうすべきか。模範解答は「改革をさらに加速させること」なのだろうが、それだけで大丈夫だろうか。少し立ち止まり、日本企業が歩むべき方向性について、今一度熟慮してみることに意義があるのではないだろうか。

日本の本当の強みを直視しよう

日本企業の強みは何かについて煎じ詰めていくと、次の2つに集約されると私は思う。

(1)仕事・事業に向き合う真摯な姿勢(ものづくり、おもてなし、etc.
(2)物事を協力して成し遂げる「和」の精神(調和、協働、etc.

「なんだ、精神論か」「そんな甘い考えでは競争に勝てない」「ノスタルジックな日本的発想だ」というご意見もあるかもしれない。だが、過去30年を振り返ってみると、日本企業はアメリカ的な行き過ぎた競争至上主義にも、ヨーロッパ的なルール形成による市場保護戦略にも、ましてや中国的な国家資本主義にも乗ることはなかった。乗れなかったと言った方が実像に近いのかもしれないが、日本流の文化、理念、哲学に照らしたとき、いずれも「是」ではなかったのだと私はとらえたい。結局、日本に残ったのは(1)と(2)であり、これらこそ他国が簡単に真似することができない日本の「芯」であり、これを強みとしていく戦略を構築するのが王道だと思う。

時代もそれを後押ししている。

世界は混乱の最中にある。競争原理主義の欠陥と弊害が指摘され、資本主義の修正論が唱えられている。多様性や人権意識が高まる一方で、社会・国家の分断と対立が加速している。カーボンニュートラルを目指してエネルギーシステムのトランスフォーメーションが進行中だが、それは様々な産業における構造転換を迫るばかりか、これまでに確立してきた競争優位性をご破算にしてしまう破壊力もある。米中貿易戦争、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエル・ハマスの衝突など、経済的対立、武力衝突が同時多発的に進行している。世界は「調和」とは程遠く、真逆の方向に進んでいる。

この状況を、日本企業や日本政府の力ですべて解決できるなどとは思わない。経済・外交の複雑な関係性に縛られて日本も身動きが取れなくなっている。だが、だからと言って、属する陣営の単なる追随者(フォロワー)に甘んじるだけでは世界の平和と発展に貢献することにはならない。

弱肉強食の市場生態系の頂点を目指すのではなく、「調和」の円の真ん中に陣取るというポジショニングを鮮明にしてみる。そうした視点で、混迷の世界における日本企業のレーゾンデートルを再考してみてはどうだろうか。それは、日本全体が“イノベーションのジレンマ”に陥って抜け出せなかった「失われた30年」が我々に示唆する重要な教訓である。

日本企業の英知で世界に調和をもたらすには

私がこうした視点を持つようになったのは、高校時代に見た「映像の世紀」(NHK制作)というドキュメンタリー番組に端を発している。戦争や虐殺などの悲惨なシーンに衝撃を受け、そうした悲劇を招く要因として経済の混乱やそれに伴う貧困が大きいと感じた。世界から貧困を無くすためには経済を良くしなければならない。ならば、経済学者になろうと青雲の志を立てた。

結果として学者ではなく公認会計士になったのだが、貧困を無くして世界をより良くしたいという思いは変わらずに持ち続けている。M&Aという手法も駆使し、日本企業が世界に活躍と貢献の場を広げるお手伝いをすることに使命感をもって取り組んでいる。

世界の情勢を自分の目で確かめるため、今でも時々、まとまった休暇を取ってアジアの国々をじっくり見て回っている。アジア各国の経済発展は著しいが、貧富の差も拡大している。最貧層は日本人の想像を超える悲惨な生活を強いられている。高校時代に受けた衝撃は、今も依然としてそこにある。それに比べれば、日本はまだまだ豊かで恵まれた国なのである。

日本企業の英知によって、世界に調和の輪を広げていくにはどうすればよいか――。そうした視点を、日本企業の成長戦略に組み込みたい。日本企業どうし、日本企業と外国企業の協働・共創によって大きな価値を産み出すエコシステムをつくりたい。その分野で、日本は世界のリーダーになれると私は確信している。

一つの問題提起として受け止めていただければ幸いである。

(構成=水野博泰 DTFAインスティテュート 主席研究員)

片岡 亮裕 / Akihiro Kataoka

執行役 CGO
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー
Deloitte Private Japan リーダー
コーポレートファイナンシャルアドバイザリー統括
グローバル戦略室統括

監査法人トーマツ(現 有限責任監査法人トーマツ)に入社し法定監査業務に従事したのち、デロイトトーマツ FAS(現・デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)に転籍。M&Aアドバイザリー業務に従事。
2015年3月よりDeloitte & Touche Financial Advisory Services Pte Ltd(シンガポール)に派遣され、日系企業の関与するM&A案件およびクライシスマネジメント案件の統括責任者としてディールの組成・エグゼキューションに従事、2018年より日本に帰国し引き続きM&Aアドバイザリー業務に従事。

公認会計士


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