生成AI(Generative AI)を使ったビジネス、業務の効率化が注目されている。民間企業に続いて、自治体や公共団体でAI活用を検討する動きが日本でも広がってきた。生成AI導入で先行する米国マサチューセッツ州ボストン市のガイドラインを取り上げ、行政が関わるAI導入の在り方を提示したい。

202211月に「チャットGPT」が公開されて以来、企業を中心に、生成AIを文章やプログラムの作成、データ整理などに活用する取り組みが進んでいる。ただし、公的サービスは民間よりも安全性、安定性を問われることから、政府や公共団体によっては慎重な対応が目立つ。イタリア政府、米国の一部の自治体の教育部門などは導入を禁じると表明した。日本については「多くの自治体が関心を持っているが、システムや陣容を整備できていない」(政令指定都市の関係者)との見方がある。

こうした状況の中、ボストン市は積極的に生成AIの活用に乗り出した。20235月、全職員に対して業務での生成AIの活用を支援すると表明し、ガイドライン(バージョン1.1)を策定した(※1)。


プリンシプルと活用事例を明示

行政にとって生成AI導入で期待されるメリットは、(1)政策決定・判断の効率化、(2)公共サービス(問い合わせ対応など)の効率化、(3)業務の効率化——が考えられる。一方、不正確な情報の拡散、非公開情報の流出などは民間企業以上に深刻なリスクとなる。

ボストン市の目標は、リスクや危険性を抑制しながら、生成AIを導入し、上記のような有用性を引き出すことである。ガイドラインには「生成AIはツールであり、我々はAIによる生成物・成果物に責任を負う。テクノロジーによって業務は可能になるが、テクノロジーが我々の判断や説明責任を免除することはない」と記し、AIを利用した結果について市と市職員が責任を負うという原則を定めた。この原則を踏まえ、次の6つのプリンシプルを設けている。(表1)

6つのプリンシプルは民間企業のAI倫理規定やガバナンスと類似した内容が目立つが、「公共パーパス」は行政機関特有の要素と言える。

このプリンシプルを踏まえたうえで、ボストン市は、どのような業務に生成AIを使うべきかを整理した。ガイドラインは、「書類や書簡の草案作成」、「コンテンツの翻訳」、「テキストの要約」、「コーディングやプログラミング」などを活用事例として示し、具体的なプロンプト(対話型生成AIへの指示や質問)も記載している。(表2)

例えば、生成AIに書類を下書きさせることで、市職員の負担は減り、別の業務に時間をさけるようになる。また、生成AIに適切に指示できれば、複雑な用語をかみ砕いて、小学生を含めた様々な立場の読み手に合わせた行政文書を生成できる。AIにコードを作らせることで、高度な専門知識を持たないインターンであっても、プログラムやウェブサイトを簡単に作成できる可能性がある。

活用事例にはリスクへの対応も列挙したAIが生成した内容を人間が事実確認することを義務づけたほか、非公開情報や個人情報、倫理的に問題がある表現をプロンプトに入れることを禁じた。公共サービスは民間サービスよりも安全性、安定性を問われるため、AIを利用する職員に情報の中身を吟味するよう求めている形である。


特色は「使い方の明示」と「知見の集積」

ボストン市の生成AIガイドラインで、特に注目すべき取り組みは何か。二つのポイントを取り上げたい。

一つは、行政文書の作成にAIを利用した場合、それを明示することを推奨した点である。ガイドラインによると「AIの利用が最小限であっても、情報開示は透明性による信頼構築につながり、他者がエラーを発見する手助けになる」という。ガイドラインでは、市職員にこうしたサンプルに沿って、(1)生成AIの使い方、(2)利用したAIのモデル・バージョン——を記録することを求めており、「この記述はチャットGPT3.5によって作成され、Santiago Garces(ボストン市CIO=最高情報責任者)によって編集された」、「この文章は Google Bard を使って要約された」といった記録例を掲載している。

生成AIの民間、公的セクターでの利用が普及し続ければ、将来的にAIが作成した文書やデータ、画像などは増殖していくだろう。結果として、人間が作成したコンテンツとAIが作成したコンテンツの見分けがつかなくなる事態は加速すると見られ、コンテンツの責任の所在や知的財産保護という点から警戒する声が増している。欧州連合(EU)が導入を目指すAI法は、20236月に可決された修正案に「AIを使ってつくった文章や画像、音声などはAIによる生成物だと明示する」という透明性の確保策を盛り込んだ(※2)。こうした規制が今後は国際標準になっていく可能性がある。AIの関与を明示するというボストン市のガイドラインは透明性確保の要請を先取りした内容と言える。

もう一つの注目点は、職員がオンライン上でAI利用の在り方を共有できるフォームを設け、ガイドライン内に示したことである。ボストン市はフォームで、職員が生成AI利用時の工夫や懸念点を共有するよう求めており、AI導入を後押しする枠組みを整えた。職員が知見を共有できるだけではなく、AI利用に関わるデータが蓄積され、分析されることで、それが公共サービスの改善・向上につながる可能性がある。

日本でも行政機関、自治体による生成AI導入の取り組みが始まっているが、ボストン市ほど詳細にガイドラインをまとめ、公開している事例はほとんど見当たらない。特にAI利用の記録や、公的パーパスを柱としたプリンシプルは、将来の技術革新やルールの強化に対応できる内容であり、生成AI導入を目指す日本の自治体にとって参考になるだろう。自治体と協業・契約している企業や、社会的責任(CSR)を重視する企業にとっても、生成AIを活用する際のモデルになるのではないだろうか。


<参考文献・資料>

(※1) City of Boston, City of Boston Interim Guidelines for Using Generative AI Version 1.1, May 18, 2023.

(※2) European Parliament, “EU AI Act: first regulation on artificial intelligence”, June 14, 2023, Updated.

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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