我が国における高度な知識や技能を有する外国人材の誘致政策は、1988年に閣議決定された第6次雇用対策基本計画※1が始まりである。計画では、高度外国人材の登用は社会経済の活性化や国際化に資するとして「受け入れの範囲や基準を明確化しつつ、可能な限り受け入れる方向で対処する」との方針が示され、時代の変化に応じて範囲を見直しながら高度外国人材への受け入れを積極的に図ってきた。
政府が30年以上旗を振ってきた一方で、企業は海外からの高度人材の採用や活用、定着に十分に対応しきれていない。経済産業省が2022年度に行った日本企業のグローバル化推進を目的とした調査でも、そうした実態が浮かび上がっている。調査は、(1)日本以外の1つ以上の国・地域において実態のある事業を展開している日本のグローバル企業(203社)、(2)日本以外の国・地域に本社があり、2つ以上の国・地域で事業を行っている外国のグローバル企業156社(北米59社、欧州61社、アジア・オセアニア35社、中東1社)を対象に実施された。
まず、高度外国人材の活用をめぐる日本企業の現状を見ていきたい。海外の高度人材を増やす必要性について、5 年前と比較して半数の日本企業が「必要性は増している」と回答したが、そのうちの78%の企業が高度外国人材を確保できていないという現状が明らかになっている※2(図1)。
高度外国人材を採用した日本企業に尋ねた人事評価・待遇面での課題では、「国際的な水準に照らして遜色のない高い賃金設定」「キャリアパスの具体化(昇進基準や評価の透明性など)」が同率で一番高かった。潜在的なニーズは強くあるものの採用が追いついていない要因には、メンバーシップ型雇用や年功序列型の報酬を前提とした旧来の人事制度が障壁となっていると考えられる。
しかし、そうした問題点を認識しながら人事評価の整備や待遇面の改善といった動きにはつながっていない。外国人材の採用も見据えた賃金体系・待遇の整備状況を聞いたところ、過去5年で未着手だった日本企業は7割超を占めた。
従来の日本的人材管理に対し、業務経験や保有している資格やスキルなどの情報を一元管理して、人材配置や育成計画などを戦略的に進める手法としてグローバルタレントマネジメントがある。調査では、グローバルタレントマネジメントを管理職以上の人材に対してどれぐらいの規模で行っているかについて、日本企業(回答数:163社)と外国企業(回答数:141社)にそれぞれに尋ねている。日本企業でグローバルタレントマネジメントを行っていないと回答した割合は 31%にのぼったのに対し、外国企業ではわずか 4%という結果であった(図2)。
深刻度が増す人材競争力の劣位性
必要とするグローバル人材を確保できていない企業が4割近くに達する日本の人材競争力は、諸外国と比べてどれほど劣後しているのか。海外の学術機関が公表しているベンチマークレポートを通して、グローバルな人材競争のなかでの日本の置かれた現状を把握したい。
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が2022年に公表した「世界人材ランキング」では、日本は対象となった中高所得国63カ国・地域のうち41位だった※3(図3)。2014年の調査開始以来、最低の順位となった。アジア・太平洋地域(14カ国)の上位はシンガポール、香港、オーストラリアが占め日本は台湾や韓国、中国に次いで9位となった。
このランキングは、企業が長期的な価値を生み出すために各国で高度人材をどの程度育成、誘致そして維持できているかを評価する目的で作られている。(1)労働環境への投資と開発、(2)国外の人材を引きつける魅力、(3)高度人材を労働市場においてどれだけ供給可能かという3つの領域に関して、31項目の評価ポイントから構成される。
日本が特に低評価を受けた領域は「高度人材の供給力」で2021年調査から6つ順位を下げた。詳細を見てみると「高度外国人材」―54位、「マネジメント教育」―60位、「有能な上級管理職」―61位、「言語スキル」―62位、「国際経験」―63位の最下位という厳しい評価だった。
次に、フランスの欧州経営大学院(INSEAD)が133の国・地域を対象に調査した「グローバル人材競争力指数」(2022年)で日本は24位で、アジア・太平洋地域ではシンガポール、オーストラリア、ニュージーランドに次ぐ順位となった※4(図4)。個別の評価項目では、「グローバルな知識スキルを持つ上級幹部・管理職」―96位、「高度人材の確保」―77位、「海外からの優秀人材の獲得」―61位という結果になった。日本への寸評では、「依然として国の魅力度が弱点となっており、外国人材に対して開放性を高める余地がある」とも指摘された。
これらの調査結果が示すのは、我が国の人材競争力の劣位性である。高度外国人材の獲得や活用が十分になされていないことに加え、グローバル時代における有能な上級管理職の不足や国際経験の欠如も明白となっている。事業のグローバル化に対して人材のグローバル化が追いついていないことを物語っており、企業の成長機会を損失している可能性がある。
日本企業のHR部門の真価が問われる
ここまで日本企業が高度外国人材を確保できていない現状と、世界から見た我が国の人材競争力の現在地を見てきた。
ビジネス環境が国際競争下にどの程度置かれているか、全体の売上に占める海外売上の大きさなどによって、人事制度のグローバル化や人材育成の方針に違いはあるだろう。だが、海外企業とますます激しい競争に直面していくなか、現行のままで競争力の源泉となる優秀な人材を企業が確保できるかという点については疑問符が付く。
政府の危機感は強い。岸田政権は高度外国人材向けの新制度創設による呼び込み強化と5年間で1兆円にのぼる「人への投資」を推し進めている。経済政策「新しい資本主義」を掲げるが、政策を実行するための高度人材が圧倒的に不足しているということを痛感し、こうした施策の打ち出しにつながっている。しかし、いくら政府が人的資本の強化という旗を振っても、企業が危機感を共有し、行動に移さなければ政策は実を結ばない。
最後に、日本企業に積み残された3つの課題を提示する。
1点目は、依然として新卒一括採用の社内人材プールの中からグローバル人材を育成しようとする傾向が強いことだ。経済と経営のグローバル化などで企業がさらされている経営環境がかつてないスピードで変化する時代である。高度経済成長の時代には機能していた人材マネジメントが現代に通用しているかについては、前述した国際的な人材競争力に関する調査の結果が示すとおりである。
2点目は、職務ではなく人をベースとしたメンバーシップ型雇用や年功序列の報酬を前提とした伝統的な雇用慣行である。これらの点に関しては、OECD(経済協力開発機構)からも高度外国人材が懸念する傾向があることが指摘されている※5。海外の高度人材は仕事を通じて専門性が身につけ、転職ごとにキャリアップしていくことが一般的だ。会社が明確なキャリアプランを示せない場合は選択肢の俎上にも上がらない。また、IT人材などの高度人材の獲得競争は近年ますます激しくなり、各企業が国境を越えて行っている。こうした人材市場では技能に応じた能力主義的な制度が通例であり、年功的な昇進・昇給制度はそぐわない実態を直視する必要がある。
3点目は、取締役会における外国人登用の低水準である。民間調査による取締役会における外国人取締役の割合(2022年)は、日経225社では5.0%、TOPIX100社では7.7%にとどまり、比較可能な英国およびフランスの36.0%と比較すると日本はかなり低い水準となっている※6。前述した2つの課題を乗り越えるためには、経営者の決断に依るところが大きいことは論を待たない。国際的な企業経営の感覚を兼ね備えた人材を積極的に迎え入れ、企業の内から改革していくことが求められる。
<参考文献・資料>
※1 第6次雇用対策基本計画
https://www.ipss.go.jp/publication/j/shiryou/no.13/data/shiryou/roudou/520.pdf
※2 経済産業省委託調査「令和4年度我が国のグローバル化促進のための日本企業及び外国企業の実態調査報告書」
https://www.meti.go.jp/policy/investment/pdf/global.pdf
※3 IMD World Talent Ranking 2022
https://imd.cld.bz/IMD-World-Talent-Ranking-2022
※4 The Global Talent Competitiveness Index 2022
https://www.insead.edu/sites/insead/files/assets/dept/fr/gtci/GTCI-2022-report.pdf
※5 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)「企業の外国人雇用に関する分析―取組と課題について―」
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2019/09seisakukadai18-6.pdf
※6 Spencer Stuart「Japan Spencer Stuart Board Index 2022」
https://jp.spencerstuart.com/-/media/2023/february/japanbi/ssbi_jpn2022web.pdf