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退職所得課税は分離課税で、勤続年数に基づき控除額が決まる。控除額は勤務年数が20年以下の場合、40万円に勤務年数を乗じた額になる。勤続20年を超えると、超過した1年あたりの控除額は70万円に増える。例えば、22歳である会社に就職し、60歳まで勤めて定年を迎えた場合、控除額は2060万円になる。
(図1)退職所得控除額の計算式
勤続20年超の控除額が焦点に
退職所得課税の見直しで論点になるのが、この控除の仕組みだ。政府が5月に公表した三位一体の労働市場改革の指針(※1)で、「勤続20年を境に、勤続1年あたりの控除額が40万円から70万円に増額されるところ、これが自らの選択による労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘がある。制度変更に伴う影響に留意しつつ、本税制の見直しを行う」と明記した。
退職所得控除の長期在籍優遇を見直せば、大きな控除枠を使って額面に近い退職金を受け取ることだけを目的に同じ企業に勤め続けるメリットは低下する。そうなれば、キャリアを積んだ会社員が転職を決意し、その一部はスタートアップ企業が受け皿になることが期待される。
一方で、退職所得課税の見直しには「サラリーマン増税」といった意見もある。そこで、退職金とはどのような性質のお金なのかを確認したい。政府の税制調査会は「退職金は、一般に、長期間にわたる勤務の対価の後払いとしての性格」とする。つまり、毎月の給料と同じ性質を持っている。にもかかわらず通常の給料に対する課税に比べて優遇措置があるのは、「退職後の生活の原資に充てられる性格」を併せ持つためだ(※2)。ここでの前提は、退職金が最後の勤労所得ということになる。
厚生労働省の就労条件総合調査(2018年)によると、退職給付(一時金・年金)制度のある企業は約8割となっている(※3)。企業規模別にみると、従業員1000人以上の企業では92.3%があるのに対して同30~99人では77.6%になる。スタートアップ企業では、そもそも退職給付制度のないケースが少なくない。制度のない分を補うために、通常の給料に上乗せしているケースもある。月々の給料と退職金は同じ性質を持ちながら、退職金という制度がないだけで控除の恩恵に与れない現状は公平だろうか。
ポイントは働き方に中立な税制
退職所得課税は政府内で見直しの議論が20年以上前からありながらも、抜本的な改革は手つかずとなってきた。見直しを進める際に重要なポイントは、勤め先や転職の有無など働き方に違いがあっても中立な税制だ。この場合、給与への課税も検討課題となってくるのではないか。スタートアップで働く従業員の「退職後の生活の原資」という観点で考えるなら、企業型確定拠出年金(DC)や確定給付年金がない場合には、個人型DC(iDeCo)の拠出限度額を引き上げるといったことも検討すべきかもしれない。現在は「少数派」であっても、日本経済の成長力を左右するスタートアップに目配りをした制度改正が必要だ。
<参考文献・資料>
(※1)内閣官房「三位一体の労働市場改革の指針」(2023年5月16日)(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/roudousijou.pdf)
(※2)内閣府税制調査会「わが国税制の現状と課題 -令和時代の構造変化と税制のあり方-」(2023年6月30日)(https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/5zen27kai1_toshinann.pdf)
(※3)厚生労働省「平成30年就労条件総合調査」(2018年10月23日)(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/18/dl/gaiyou03.pdf)