グリーントランスフォーメーション(GX)政策に沿った企業連携を促すため、政府は独占禁止法での対応を検討する。一案となるのは、GX目的での企業連携に、独禁法の適用除外を認めるというものだ。一方、このような除外制度を導入した場合、グリーンウォッシュを誘発しないかが懸念される。課題を整理したうえ、どのような対応が必要になるかを提示する。

GXに関する事業、技術開発は国際競争が激化しており、複数の企業による連携が重要になる。こうした事業・技術連携について独占禁止法の適用を除外する場合、次の3点が課題として整理できる。

① 米国の競争政策との違い
② 制度の複雑化
③ グリーンウォッシュを誘発する懸念

前回のレポートでは①と②について記した。後編となる本稿は③について取り上げ、制度を導入する場合の留意点をまとめる。

グリーンウォッシュ誘発を抑えられるか

政府がGXを進めるための企業活動(例えば設備廃棄、素材・燃料の共同調達)について、独占禁止法の適用除外を認めた場合、独禁法免除を目的としたグリーンウォッシュが起きないかが懸念される。

グリーンウォッシュとは、「グリーン」と「ホワイトウォッシュ」(ごまかす)を組み合わせた言葉であり、環境にとって必ずしもプラスではない経済活動やサービスを「環境に良い」と誤解させる行為を指す。金融市場では、名称や投資戦略にESGを掲げるファンド、投資信託が増えているが、投資先選定にESG評価を十分に適用していない事例があるとして、欧州連合(EU)の金融当局や日本の金融庁が監視を強化している(※1)。

こうしたグリーンウォッシュは、金融・投資分野だけではなく、企業連携や競争政策の領域でも起こり得る。例えば、欧州では2021年、ドイツの自動車メーカー5社がディーゼル車の窒素酸化物の排出を浄化する技術をめぐり、最善の手法を使わず、最高水準ではない技術を横並びで採用したと見なされ、カルテルとして摘発された(※2)。

GXに関して独占禁止法の適用が緩和された場合、独禁法免除を狙って、必ずしも排出量削減につながらないM&Aや情報共有を「GX対応」と主張する事例が現れる恐れがある。すなわち、適用除外を目的にしたグリーンウォッシュである。ドイツ自動車メーカーによるカルテルのように、最善ではない手法や企業連携を排出削減に効果があると主張する行為が横行すれば、独禁法制度やGX政策に対する信認が傷つきかねない。

公正取引委員会はGX政策に関連した意見公募の過程で、適用除外導入のリスクとして「いわゆるグリーンウォッシュの危険を高め、我が国経済の発展やイノベーションの促進にマイナスの影響を与える可能性がある」と警戒している(※3)。適用除外を導入するならば、グリーンウォッシュを抑制する厳格な審査、認定制度の設計が必要になる。相応の行政コストが生じることを念頭に置いて、検討すべきであろう。

除外対象の明確化が不可欠

これまでに指摘した3点の課題を踏まえたうえ、GXに関する独占禁止法の適用除外を導入するならば、重要になるポイントは何か。整理すると、次の二つが絞り込める。

  1. 対象の明確化
  2. 公取委と民間の意見交換の促進

第一に、どのような企業活動、情報連携であれば適用除外になるのか、条件や対象を明確にすることが必要である。GXを掲げたM&Aや事業売却、設備廃棄、共同調達を自動的に独禁法の適用除外とした場合、グリーンウォッシュを誘発する恐れが高まることは先述した通りである。

政府が地方銀行、乗合バスの経営統合・共同経営を独禁法の適用除外とした際は、2020年施行の時限特例法で「事業の改善が見込まれるとともに、その改善に応じ、基盤的サービスの提供の維持が図られること」(サービス維持)や「利用者に対して不当な基盤的サービスの価格の上昇その他の不当な不利益を生ずるおそれがあると認められないこと」(利用者の利便増進)といった要件を厳密に設け、対象事業者に対する事後監督制度を整備した(※4)。

GXに関する適用除外制度を設ける場合も、排出量削減という将来の消費者利益にかなうことを目的にしつつ、サービスの質や利便性が高まるか確認できる仕組みを取り入れることが望ましい。同時にグリーンウォッシュを抑制するような審査が不可欠となる。

第二に、公正取引委員会と民間企業の意見交換をより緊密にすることが求められる。GXに関わる適用除外制度を導入した場合、どのような場合に適用除外を申請すれば良いのか企業は判断を迫られる。さらに、前回のレポートで指摘した通り、企業は米国をはじめとした適用除外を導入していない国についての情報収集や調整も求められる。こういった情報を公取委が十分に提供し、企業の相談に従来以上にきめ細やかに対応できる体制を整えることが必要になるだろう。

実は、(1)対象の明確化、(2)意見交換の促進——という二つの取り組みは、適用除外制度の導入が見送られたとしても、GXを促進するうえでは重要なポイントになる。

公取委は20233月末にどのようなGXの企業活動が独禁法上の課題になるかを示したガイドラインを策定し、今後も事例を更新する姿勢を示している(※5)。政府が最終的に適用除外制度の導入を見送った場合でも、公取委はGXでどのような取り組みが独禁法に抵触するのかを明確にし、民間企業との意見交換を強化していくことが求められる。

公取委が民間との情報共有を拡充すれば、企業にとっては独禁法抵触への予見可能性が高まる。結果的に、企業が安心して排出量削減に向けて連携できるようになり、官民のGXの取り組みを推進することにつながるだろう。

     

<参考文献・資料>

(※1) 金融庁「ESG投信に関する『金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針』の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等について 2023331日。
(※2) European Commission, Commission fines car manufacturers €875 million for restricting competition in emission cleaning for new diesel passenger cars, European Commission, July 8, 2021.
(※3) 公正取引委員会「『グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方』(案)に対する意見の概要及びそれに対する考え方」 2023年3月31日。
(※4) 内閣官房「乗合バス及び地域銀行に関する独占禁止法の特例法案について」 2020年3月3日。
(※5) 公正取引委員会「『グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方』の策定について」 2023年3月31日。

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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