生成AI(人工知能)の進化によって、AIが雇用にどのような影響をもたらすのか世界的に関心が高まっている。産業革命以降、イノベーションにより誕生した新技術は時に雇用への脅威とみなされ、「ラッダイト運動」のような激しい抵抗もあったが、総体としては人類を豊かにする新しい職業を大量に生んできた。AIが雇用にもたらす影響を概観し、日本のチャンスと課題を整理する。

新技術が雇用にもたらす影響・効果は、大きく三つに分けて考えることができる。一つは人間の代わりになる「代替効果」だ。鉄道線路上にある踏切の遮断機を例に説明しよう。多くの遮断機は、電車の往来に合わせて自動で上げ下げしている。これは鉄道が登場して以来、ずっとそうだったわけではない。過去には遮断機の上げ下げなどを行うなどを行う「踏切番」という仕事あった。1950年の国勢調査によると、「踏切番及び橋番」の就業者が約1万人いたことが確認できる(※1)。ところが、2020年の国勢調査には「踏切番」という職種は見当たらない(※2)。自動化した遮断機が人の仕事に置き換わったためと考えられる。

二つ目は人間の仕事を補ってくれる「補完効果」だ。身近なもので言うと、洗濯機や炊飯器などだろう。全て人間の手で家事を行っていた時代に比べると、家事にかかる時間や負担を大幅に減らしている。三つ目が新技術によって新しい仕事が生まれる「創出効果」だ。生成AIに関連して注目が集まっているプロンプトエンジニアのような職業があげられる。

AIは雇用の「代替効果」に関心が集まりやすく、どのような職業が大きな影響を受けるのか各種の予測はメディアなどで頻繁に取り上げられている。経済開発協力機構(OECD)が7月に公表した「2023年の雇用見通し:AIと労働市場」では、「AIの影響を考慮すると、自動化リスクの最も高い職業が雇用の27%を占めている」という。ただ、これまでの実証研究をもとに「労働需要の減速の兆候は(まだ)ない」とある。(※3)

OECDのレポートで興味深いのは、AIのリスクにさらされている高スキル労働者の方が、過去10年間で低スキル労働者よりも雇用が増えているという点だ(※3)。その要因に関する仮説の一つとしてAIによる新たな仕事の「創出効果」を挙げている。

生成AIは格差を埋めるとの見方もある

生成AIに関する米国の研究では、導入によって同じ仕事でもスキルの低い人ほど生産性が上がったという結果が出ている。スタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソン教授らがある企業の5179人のカスタマーサポートエージェントを対象にした調査では、生成AIによって時間あたりの問題解決率が平均で約14%向上し、特に新人やスキルの低い従業員で大きな効果があったという(※4)。一方、経験豊富で高度なスキルを持つ従業員では大した効果がなかった。こうした結果から、経済的な格差を埋めるのではないかといった見方も出ている。このような「補完効果」は見逃せない。今後、AIが雇用にどう影響してくるのか予断を持つことはできないが、上記三つの効果が綯い交ぜになるのではないだろうか。

では、AIが普及してくなかで人間にはどのような能力が重要になるのかを考えてみたい。生成AIでも人間と同じ水準のコミュニケーション能力を獲得するのは現段階で難しいとされており、コミュニケーション能力の重要さは変わらない。政府が2019年に公表した「人間中心のAI社会原則」では「AIの利用にあたっては、人が自らどのように利用するかの判断と決定を行うこと」とうたっている(※5)。人間にはAIが生み出すモノやサービスを判断する知識や批判的思考力、課題発見能力が必要になる。実のところ求められるのは、AI登場以前から重要と言われてきた普遍的な能力が多いのではないだろうか。

日本は人口減少で活用の余地が大きい

人口減少が進む日本にとって、AIは活用する余地が大きい。国立社会保障・人口問題研究所が2023年4月に公表した「日本の将来推計人口」では、2056年に人口が1億人を下回る(※6)。人手不足が深刻化し、失業より労働力確保が政策の優先順位として高くなるのではないだろうか。

仮にAIによる雇用の「代替効果」が一定程度あった場合でも、労働市場への新規参入者が多い国に比べれば社会的に受け入れる余地は大きいとみている。一方で高齢の労働者が多くなる点は課題になるだろう。一般的に新技術への対応は高齢になるほど難しくなるとされるためだ。こうした課題に対応し、日本企業が成長・発展していくためにも、従来のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)のみではなく、いかに経営戦略のなかでリ・スキリングを定着させていくかが重要になる。

    

<参考文献・資料>
(※1)総務省「昭和25年国勢調査」(https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200521&tstat=000001036869&alpha=9&result_page=1
(※2)総務省「令和2年国勢調査」(https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/kekka.html
(※3)OECD「EMPLOYMENT OUTLOOK 2023 Artificial intelligence and jobs」(2023年7月11日)(https://www.oecd.org/employment-outlook/2023/#ai-jobs
(※4)Erik Brynjolfsson, Danielle Li & Lindsey R. Raymond「Generative AI at Work」(https://www.nber.org/papers/w31161)
(※5)内閣府「人間中心のAI社会原則」(平成31年3月29日)(https://www8.cao.go.jp/cstp/aigensoku.pdf
(※6)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」(https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp2023_gaiyou.pdf

奥田 宏二 / Koji Okuda

主任研究員

大学卒業後、日本経済新聞社入社。東京編集局経済部の記者として、コーポレートガバナンス・コードの制定や働き方改革、全世代型社会保障改革などを取材。金融や社会保障分野を長く担当した。フィンテックのスタートアップ企業を経て、2023年1月にデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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