今年4月に創設されたこども家庭庁は、科学的な知見を基にした政策形成によってこども政策の実効性を高めるため、EBPM推進室を設置した。推進室は有識者による研究会を立ち上げ、EBPM活用に向けた工程表を今年度末までに策定することを明らかにした。霞が関イノベーションの先駆けとなりそうだ。

EBPM推進室はこども家庭庁内の筆頭部局である官房に設けられ、中央官庁では初めてEBPMの名を冠した組織になる。こども政策の基本方針※1において、データ・統計を活用して実効性の高い政策立案などを実践していくことが定められたことから誕生した。

推進室は6月下旬に「EBPM研究会」の初会合を開催し、EBPMを活用して目指すべきこども政策の在り方を明確にし、その実現に向けた具体的な工程表を取りまとめることを決めた。研究会での具体的な取り組みをまとめたものが1となる。

図1 EBPM研究会の主な取り組み

2023年度に重点的にEBPMを試行するプロジェクトとして、①保育の質の評価、②未就園児預かり事業、③こどもの自殺対策――の3つが選定された。政策担当部局と推進室が連携して、効果測定の設計から事業実施、分析までを行い、そこで得られた学びを研究会での議論などに活かす。工程表の策定に向けて、政策評価を行うインセンティブをどうやって付与するか、組織全体のEBPM対応力を高めるにはどうすべきかなど、持続可能な取り組みとするためのテーマを集中して議論する。さらに、こども政策に関する行政データをEBPM観点から精査し、新たに収集すべきデータがないかなども検討する。

こども政策はEBPMに適した政策領域とされている。政策評価のために必要なデータを収集する対象が明確で、政策を実施した場合と実施しなかった場合の比較検証もしやすい特性があるからだ。また、大学等のパネル調査や海外でのユースケースなど活用できる知見の蓄積もあるため、EBPMを展開し始めたばかりの霞が関において先行的に実施するには最適な領域と言える。

こども家庭庁の先例が示す有用な2つのポイント

こども政策担当相の小倉将信衆院議員は、総務政務官だった2018年にEBPM定着に向けた課題を整理した報告書※2をまとめるなどEBPMに長らく取り組んできた。20228月、第2次岸田改造内閣に初入閣すると、こども家庭庁の創設前に有識者と意見交換を行い、こども政策におけるEBPM活用の推進に向けた環境づくりを行った。

EBPMの活用を巡っては、岸田文雄首相が昨年末に予算編成プロセスにおいてEBPMを取り入れた行政事業レビューシートの積極的な活用を指示し、政府横断的な推進が本格化したところである。こども家庭庁の取り組みは他省庁に先駆けたものであり、今後同じような動きが広がっていくことも考えられる。そこで、今回の取り組みにおいて他省庁においても有用と考えられるポイントを2つ挙げたい。

1点目は、EBPM推進室を政策担当部局とは切り離して官房内に設けたことだ。政府関係者によると、政策立案を担う現場は多忙な業務に追われ、EBPMという新しい観点を政策過程に導入することは負担と受け止められて消極的な向きもあるという。推進室の主業務は、そうした政策現場をサポートする形で伴走支援を行い、EBPMを着実に実施していくことである。政策担当部局から独立した形でEBPM推進の機能を設置し、連携して取り組む体制を敷いたことは、中央官庁では初めての試みとなる。

2点目は、統計学の博士号を取得している職員3人を推進室に配置したことだ。日本の行政機関には統計的なデータ分析ができる職員が不足していることは以前から指摘されているが、こうした人材が政策の効果測定の制度設計から分析、評価まで関わることで、組織内にEBPMに関する知識が蓄積されていくことが期待される。実際に庁内からは「彼らの知見から学ぶことは多く、EBPM実践においてなくてはならない存在」といった声が聞かれている。高い専門性をもった人材の確保と適切な部署への配置がEBPM活用の条件となると言えるだろう

エビデンス創出のためにインセンティブを

こども家庭庁によると、こども政策の効果を検証する目的で2024年度には新たに3つのモデル事業を検討しているという。この夏に控える2024年度予算案の編成に向けた概算要求では、検証のために必要なデータ収集などの調査費を求める方針だ。調査によって得られるデータと検証結果はEBPMの基盤であり、このような予算はEBPMを本格的に進めるうえでは欠かせない。

だが、昨今の厳しい財政状況を背景に政策評価に関する予算は財政当局の査定で認められないことが多い。政府全体のEBPM推進を司っている内閣官房は、検証活動に関する予算をどのように安定的に確保するかについて、財政当局との調整を主導したうえで今後何らかの方向性を示す必要があるだろう

また、こども家庭庁関係者によると、今年度の重点プロジェクトを選ぶ際に政策担当部局がEBPMの活用に及び腰だったため、最終的には大臣トップダウンで3つのプロジェクトが決まったという。政府のEBPMは始動したばかりであり、国会議員や中央官庁の間で広くその重要性が理解されているとは言い難い。さらに、日本の省庁では大臣が変わるたびに重点施策が変わるということも多々ある。撒かれた種を大きく育て、エビデンスに基づいたこども政策の立案と効果測定、改善というサイクルを定着させられるか、こども家庭庁のこれからの取り組みは我が国におけるEBPMの成否を占うといっても過言ではないだろう。

      

<参考文献・資料>
※1 内閣官房「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針について」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodomo_seisaku/pdf/kihon_housin.pdf
※2 総務省「EBPM(エビデンスに基づく政策立案)に関する有識者との意見交換会報告(議論の整理と課題等)」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000579366.pdf

永田 大 / Dai Nagata

研究員

朝日新聞社政治部にて首相官邸や自民党を担当し、政治・政界取材のほか、成長戦略やデジタル分野、規制改革の政策テーマをカバーした。デジタルコンテンツの編成や企画戦略にも従事。2023年5月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画した。
研究・専門分野は国内政治、成長戦略、EBPM(エビデンスに基づく政策形成)。

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