政府は2024年度予算編成へのEBPM(Evidence-Based Policy-Making)の本格的な活用に向けて、国の全5000事業に適用する行政事業レビューシートに関するガイドラインを作成した。その狙いは、EBPM実践の土台となるレビューシートの品質管理にある。ポイントを速報する。

行政事業レビューシートは、各府省が所管事業の執行状況などを公開し、政策の透明性を高めることを目的に毎年作成されている。岸田文雄首相は昨年末、レビューシートの抜本的な見直しを直々に指示。その理由として強調したのが、効果的な政策の立案に向けたエビデンスに基づく政策形成であるEBPMの導入だった※1。首相指示を受けてレビューシートは大幅な改訂が行われ、予算の執行実績など過去の事実を羅列する従来の構成から、将来の成果創出に主眼を置いたものとなった。

具体的には、EBPMの根幹である政策の短期・中期・長期のアウトカム(成果目標)とそれに対する定量的な測定指標を明示し、どのような論理的根拠で設定したかについて記述を求める項目が追加された(図1)。また、EBPMが政策の修正を前提とする取り組みであることを反映して、政策効果の自己点検を毎年度義務付け、どのような政策の改善に取り組むか明記することも新たに求めることとした(図2)。

図1 新設された短期・中期アウトカムに関する項目

図2 新設された点検結果や目標年度での評価に関する項目

今回のガイドラインはレビューシートが改訂されたことを踏まえて策定されたものであり、内閣官房行政改革推進本部事務局が各府省に「行政事業レビューシートを作成する際の留意点 Ver.1」(6月27日付)として発出した。本レポートは、同事務局から提供を受けた情報に基づいている。

原則12年で政策見直しへと制度設計

EBPMは、欧米では2000年ごろから政策立案に活用する取り組みが進んできたが、日本の中央官庁での取り組みは限定的で、政策現場での理解も十分とは言えなかった※2。そのため、ガイドラインでは、前半でEBPM実践の基本的な考え方や行政事業レビューシートに記載する際の留意点について実例を踏まえて詳述し、後半には各府省から寄せられたレビューシート作成に関する24の質問への回答を掲載する形となっている。ガイドラインの主なポイントをまとめたものが図3となる。

図3 行政事業レビューシートに関するガイドラインの主なポイント

まず、EBPM実践にあたり基本的な考え方として強調されたのが、レビューシートを政策立案や予算要求に向けての各府省庁の「意思決定」の一環として新たに位置付けるということだ。幹部・管理職も実質的にレビューシート作成に関与することを促しており、前述の首相指示を受けて、行政資料としての重要度を格上げすることが明確に示されたと言えるだろう。

短期・中期のアウトカムの記述については多くの行数が割かれた。短期アウトカムについては、予期せぬ状況が迫っていることを知らせる前兆という意味である「炭鉱のカナリア」と表現した。その理由は、政策が当初の想定通りの効果を上げているか否かを把握するための最初のベンチマークであり、初期の段階で異変を発見することは有効な政策、効率的な財政支出に直結するためだ。そのため、短期アウトカムを原則として12年以内での成果目標とすることを定めた

また、単に事業の「量の拡大・縮小」だけを把握するのでは不十分として、「質の改善」まで短期アウトカムが網羅できている必要性についても言及された。具体例として紹介された事例が下記となる。

施設の維持・管理を行う事業において、災害が激甚化している現状を踏まえ、既存設備を単に更新するだけではなく、より災害に強い設備を導入しているなど質的な改善の工夫がなされている場合、単なる更新件数ではなく、災害に強い設備への更新状況を定量指標として設定する。

EBPMは政策によって所期の効果が得られたかを検証し、政策の改善を重ねていくことが肝である。具体例の場合、設備の更新件数という量だけを把握しても、具体的な改善にはつながりにくいことが想定される。激甚化する災害に耐えうる設備の導入という質に関する状況も含めて確認することで、はじめて効果を的確に測ることができ、政策の改善へとつながる。以上から、短期アウトカムの適切な設定がEBPMの成否を握ることになるだろう。

国の全5000事業のうち68割は既存の継続事業であり、成果が上がっていないものについてはEBPMを活用して見直す方針を打ち出している。そのような事業開始から長期間が経過している事業については、長期アウトカムの設定について指摘がなされた。まずは、その事業のみの成果で達成できる状態を明確にして、目標年度についても遠く離れた将来ではなく達成時期を明確に定めることを求めた。

新しくなった行政事業レビューシートへの記入は、基礎的なレベルでのEBPMの実践である。ガイドラインでは「ごく当たり前のことをレビューシートで明確にするものである」と記したが、霞が関は往々にして経験や勘、前例踏襲といった定性的な政策立案に拠ってきた。さらに、ガイドラインには度々「ロジカルかつ具体的に表現する」という言葉が出てくる。この意味について、事業実施による効果がどのような段階を踏んで発現するか、レビューシートを読んだだけで国民や予算査定をする担当者が理解して、納得できるように記述することだと詳述している。EBPMを通じて政策の「見える化」を目指す政権の意識が垣間見えると同時に、霞が関に長年かけて根付いた価値観や行動原理の変革を迫っていると見ることができる

有益なエビデンスの蓄積が重要

岸田政権が注力するEBPM導入で特筆すべき点は、内閣官房を中心に予算編成を主管する財務省主計局と行政評価局を有する総務省とが一体となり推進していることである。ただし、政策現場がレビューシート作成を予算削減の根拠に利用されると捉えてしまうと、EBPMが有名無実になりかねない。具体的に想起される事態は、「予算を削られないようにとりあえず記入する」「データを恣意的に選び、実態よりも良く見えるように記入する」などといったことだ。このような状況に陥らないためにも、政策立案者一人ひとりが省益を追求するのではなく、国家の課題に対して実効性のある政策と賢い財政支出を両立させるというEBPMの意義をしっかりと理解することが必要だ。

内閣官房幹部によると、政府内での議論で、財務省は「レビューシートの内容が不十分だからすぐに予算を削ることはしない」という方針を明らかにしているという。ガイドラインでも、成果指標の設定が難しい場合は来年度に記載することを前提として、定性的な指標の記入で問題ないとする特例措置を設けた。政府のEBPMは緒に就いたばかりである。まずは5000事業のレビューシートの質を十分なレベル以上に高め、エビデンスに基づいた政策立案と効果測定、そして政策の改善というサイクルを定着させることが重要である。そうした取り組みによってこそEBPMの信頼性は向上し、企業も政策データを分析、活用することが促進され、事業創出の機会が増えてより自由なイノベーションに繋がることが期待される。

また、着実なEBPMの実践は、有益なエビデンスが政府内に蓄積されていくことを意味する。5000事業の中には異なる府省庁の事業だが同じような性格を持ったものも存在する。内閣官房と総務省は今後、事業内容に応じた成果指標の設定方法や政策効果の測定方法について実用的な事例を整理して、横展開することを検討しているという。EBPMの発展のためには国内事例にとどまらず、EBPMの活用で先を行く米国や英国で効果が認められたエビデンスの中から自国で応用可能なものを抽出することも有効になってくるだろう。

      

< 参考文献・資料 >

※1 内閣官房行政改革推進本部事務局「行政改革推進会議(第51回)議事録」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gskaigi/dai51/gijiroku.pdf

※2 内閣官房行政改革推進本部事務局「各府省におけるEBPMの取組について」
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11987457/www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/ebpm/kadaikento_wg/dai2/siryou1.pdf

永田 大 / Dai Nagata

研究員

朝日新聞社政治部にて首相官邸や自民党を担当し、政治・政界取材のほか、成長戦略やデジタル分野、規制改革の政策テーマをカバーした。デジタルコンテンツの編成や企画戦略にも従事。2023年5月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画した。
研究・専門分野は国内政治、成長戦略、EBPM(エビデンスに基づく政策形成)。

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