政府がエビデンスなどの合理的根拠に基づいて政策を立案する「EBPM(Evidence-Based Policy Making)」の本格的な導入を推し進めている。2024年度予算の編成において国の全5000事業にEBPM手法を展開させ、2024年4月にはその情報をデータベース化したシステムの一般公開も予定している。EBPM導入で目指すところは、これまでの経験や前例踏襲といった定性的な政策立案からの脱却であり、企業におけるイノベーションや成長産業創出のためにも欠かすことができない。

我が国のEBPMの取り組みは、政策立案に統計やデータが十分に活用されていないとして、2017年に統計改革推進会議が政府横断的にEBPMを推進する体制構築の必要性を提言したことに始まる※1。この年の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)には「証拠に基づく政策立案(EBPM)と統計の改革を車の両輪として、一体的に推進する」と明記され※2、EBPM推進委員会が設置された。翌年には各府省でEBPMを主導するハイレベルの責任者を新設し、一部では省内の予算検討プロセスで活用するなど試行してきたが限定的な取り組みにとどまっていた※3

転機となったのが2021年に誕生した岸田政権だ。政権発足前後でのEBPMをめぐる主な施策をまとめたものが図1となる。

図1 日本でのEBPMをめぐる主な施策

岸田文雄首相は首相に就任すると即座に「デジタル臨時行政調査会(臨調)」を新設した。当時のデジタル副大臣だった小林史明衆院議員が事務局長に選任され、新型コロナウイルスが浮き彫りにした日本のデジタル化の遅れを取り戻すため、行政改革や規制改革を実現することを掲げた。デジタル臨調が行政の構造的課題として指摘したのが、「EBPMの欠如」だった※4。その流れから2022年の骨太の方針にはEBPMの徹底強化が明記され※5、同年末の「予算編成過程での積極的な活用」との岸田首相の指示へとつながった※6

EBPMを実践するために今回大幅に改訂されたのが「行政事業レビューシート」だ。各府省庁が実施する政策の短期・中期・長期の成果目標とそれに対する定量的な測定指標を明示し、どのような論理的根拠で設定したか記述を求める。また、目標年度には評価を義務付け、改善が必要であればその方向性を示す。歳出予算の内訳も明記して予算との関係も明確化した。

今年9月には、先行的に2022年度にレビューシートを作成してEBPMを活用した30事業(重点フォローアップ事業)などについて、その改善成果を公表する。年末にかけて行われる2024年度予算の編成では、全事業において初めてレビューシートが積極的に活用される見通しだ。そして、来年4月には全ての行政事業レビューシートをデータベース化した新システムが稼働を始める。どのような設計になるかは公表されていないが、国民が政策立案の「見える化」を実感できるようなシステムを目指しているという。

EBPM活用は予算配分の見直しと官僚機構改革に直結

政府がEBPMの導入を急ぐ理由として、主に以下の2点が指摘できる。

第一に、予算の歳出額が今後増大することが予測され、より一層の効果的な予算執行の必要性に迫られることだ。昨今、社会保障費や国債費に圧迫されるかたちで、政府は政策的経費に思うように予算を振り分けられない窮状にある。長年続けられてきた事業であっても時代の変化により十分な成果が上がっていないものについては廃止や改善を実施し、少しでも予算配分の見直しを行いたいという狙いがある。

EBPMは、政策立案の時点で、想定している手段と創出される成果との論理的な因果の「裏付け」としてエビデンスを重要視する。ここでのエビデンスとは、「科学的手法により政策の因果効果が検証された根拠」である。国の全5000事業のうち68割は既存の継続事業とされ、エビデンスが不明確な政策は枚挙にいとまがない※7。日本の政策立案の実態を踏まえれば、EBPMの実践はより効率的な財政支出(ワイズスペンディング)につながると期待される。

第二に、全く新しい政策課題に対する官僚機構の対応力の向上が急務であることだ。コロナ禍で露呈した政策判断の萎縮や遅延、先送りの根底にあるのは、途中で政策を変更することは許されないという官僚の「無謬性」だという認識が政府内にはある。そうした行政の組織文化を見直すことが焦眉の急だとの危機感がある。

EBPMで重要なことは、政策成果をどのように評価するかを事前に明確にしておく点だ。これは、EBPMが政策の修正を前提とする取り組みであり、従来の行政には抜け落ちていた発想ともいえる。効果的な政策となるよう自らを見直す仕組みを取り入れることができれば、官僚機構の機動性や柔軟性を高め、これまでとは異なる政策形成プロセスとなり行政の在り方をも変革していくことになるだろう。

図2 政府が抱える課題とEBPM導入により期待される効果

2024年4月に稼働予定の全事業をデータベース化した新しいシステムは、国民が政策形成プロセスや評価などの情報に容易にアクセスできるようになり、政治がより国民に向かって開かれたものになるという点で画期的といえる。霞が関では情報を共有するよりも囲い込む組織的な習性があり、政策議論も担当部局内で完結してしまう傾向が強いと言われる※8。政府内では当初、行政事業レビューシートの公開だけを検討していたが、河野太郎デジタル相が新しいシステムの必要性を重く見て、データベースの一般公開に至ったとされる。

国の全事業が「見える化」されれば、民間企業は新規事業も含めた公共政策の成果目標や検討されている政策手段など信頼性の高い政府情報を入手できるようになる。大学や研究機関などによるデータの利活用も進むことが想定され、政府は国民に対する政策の説明責任が今以上に求められることになるだろう。

レビューシートの品質管理と着実なエビデンス蓄積が課題

現在、政府内でEBPM推進の取り組みを担っているのは、首相を直接補佐し、重要政策に関する府省庁間の総合調整を担う内閣官房だ。政府関係者によると、官僚機構トップの内閣官房副長官(事務)がEBPM活用の体制強化に強い意欲を示しているという。だが、前述のとおりEBPMは従来の政策形成プロセスや霞が関特有の慣習からの転換が求められることから、一朝一夕にはいかないことが想定される。まずは、基礎的なレベルでのEBPMを確実に実践していくことが必要となる。

具体的には、EBPM実践の土台となる行政事業レビューシートの品質管理が挙げられる。過去に実施された各府省の担当者への調査では、EBPMの取り組みが目的化している実態が明らかになっている※9。今後、予算編成での活用が始まりその重要性はさらに認知されると想像されるが、作成を単なるルーティン作業としないために、管理職レベルがシートの点検や活用に実質的に携わる仕組みを定着させることが重要だ。

有益なエビデンスの蓄積もポイントだ。これまでの取り組みでは、効果検証における因果関係の分析が限定的だったとの指摘もなされている10。まずは、5000事業の中から重点的に取り組む分野を検討し、有意なエビデンスを着実に積み重ね、既存・新規の事業に横展開していくことが重要だ。効果検証においては、人材やリソースを政府内で完結せず、アカデミアや外部団体との連携など柔軟に対応することも有効ではないか。

また、各府省庁の官僚を統括する立場である大臣や副大臣などの政務三役の積極的な関与も欠かせない。政策決定の議論での活用などを通じてEBPM活用の意識醸成、ひいては官僚の行動変容を後押しすることが望ましい。さらに、政務三役だけでなく与野党国会議員が国会論戦のなかでエビデンスをチェックすることが行われるようになれば、国家全体でのEBPMの推進力が生まれることにもなるだろう。

      

< 参考文献・資料 >

1 統計改革推進会議「最終取りまとめ」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/toukeikaikaku/pdf/saishu_honbun.pdf

2 経済財政諮問会議「経済財政運営と改革の基本方針2017
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2017/2017_basicpolicies_ja.pdf

3 内閣官房行政改革推進本部事務局「EBPM推進に係るこれまでの取組及び当面の課題」
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11987457/www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/ebpm/kadaikento_wg/dai1/siryou4.pdf

4 デジタル庁「デジタル臨時行政調査会における論点(案)」
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/33ba342e-840b-4bbc-b18a-ee6848f9e5d9/20211116_meeting_extraordinary_administrative_research_committee_05.pdf

5 経済財政諮問会議「経済財政運営と改革の基本方針2022
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2022/2022_basicpolicies_ja.pdf

6 内閣官房行政改革推進本部事務局「行政改革推進会議(第51回)議事録」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gskaigi/dai51/gijiroku.pdf

7 小倉将信「EBPM[エビデンス(証拠・根拠)に基づく政策立案]とは何か 令和の新たな政策形成」1頁 中央公論事業出版、2020

8  EBPM推進委員会「第5回議事要旨」[三輪芳朗発言]
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11987457/www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/ebpm/dai5/gijiyoushi.pdf

9  内閣官房行政改革推進本部事務局「各府省におけるEBPMの取組について」
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11987457/www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/ebpm/kadaikento_wg/dai2/siryou1.pdf

10  EBPM推進委員会「EBPM課題検討ワーキンググループ取りまとめ」
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11987457/www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/ebpm/dai7/siryou1-1.pdf

永田 大 / Dai Nagata

研究員

朝日新聞社政治部にて首相官邸や自民党を担当し、政治・政界取材のほか、成長戦略やデジタル分野、規制改革の政策テーマをカバーした。デジタルコンテンツの編成や企画戦略にも従事。2023年5月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画した。
研究・専門分野は国内政治、成長戦略、EBPM(エビデンスに基づく政策形成)。

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