物価の上昇が続くなか、政府が賃金の底上げに力を入れている。経済界や労働団体の代表者が参加した政府主催の「政労使会議」で、岸田文雄首相は最低賃金について「今年は、全国加重平均1000円を達成することを含めて(中略)しっかりと議論いただきたい」と発言した。1000円の達成には過去最高の引き上げが必要になる。全体の底上げに加えて、政府が推進する「ジョブ型」雇用の考えを最低賃金制度に採り入れ、介護士や保育士など低賃金が人手不足の要因となっている問題を解消できないか提案したい。

最低賃金は法律で定められた賃金の下限だ。2022年度は961円(全国加重平均)となっている。厚生労働省の審議会で議論し、都道府県別の最低賃金の目安を取りまとめる。この目安決定を受けて、都道府県ごとに審議する。最終的には各都道府県の労働局長が最低賃金を決定する。例年10月頃に改定額が適用される。

この都道府県ごとの最低賃金よりも高い水準に設定できる「特定最低賃金」という制度があり、職業(ジョブ)によって設定することも可能だ。この特定最低賃金を使って「ジョブ型」の考えを採り入れることを考えてみたい。

図1 最低賃金の推移

特定最低賃金は関係する労使の申し出を受け、最低賃金審議会でその地域の最低賃金よりも高くする必要があると認められた場合に設定できる。例えば、北海道の最低賃金は920円であるのに対し、鉄鋼業は特定最低賃金が設定され1000円となっている。全国で、特定最低賃金は20213月末時点で、227件が設定されている。

特定最低賃金を職業別に設定してはどうか

現状は業種で設定されているが、前述の通り職業で設定することも認められている。法改正などをせずとも、職務によって賃金を支払う「ジョブ型」の考え方を取り入れ、社会的に必要性の高い介護士などを対象に、職業の専門性や業務の難易度に見合った賃金を最低保証できる。適正な水準に設定することで、その職業を希望する人は増えるのではないだろうか。

このところ、特定最低賃金の機能は弱まっている。近年はコロナ禍の影響が大きかった2020年度を除くと、通常の最低賃金を毎年、約3%引き上げてきた。大幅な引き上げが続いた結果、全国3割以上の業種で特定最低賃金が通常の最低賃金を下回る事態が発生している。こうした現状からも制度の再検討は求められているといえよう。

職業ごとに特定最低賃金を設定する際、優先度が高いのは介護士や保育士といった社会的な需要の高い職業と考える。例えば、厚生労働省の「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」をもとに2022年の介護サービスの有効求人倍率を算出すると、3.6倍と高い。人手不足が常態化している一方、介護職員(医療、福祉施設等)の所定内給与額は月24.2万円で、一般労働者の平均賃金31.1万円と比べると低い(出典:厚生労働省「令和4年賃金構造基本統計調査」)。

事業所向け報酬加算との掛け合わせで効果を発揮

政府は介護士や保育士の処遇改善に力を入れており、事業所向けの報酬加算などで対応してきた。職業別の特定最低賃金を組み合わせると、非正規労働者などにも広く恩恵が行き渡り、より強力に処遇改善が図れるのではないか。介護士の人手不足を解消できれば、年間10万人といわれる介護離職を少しでも減らすことができ、企業の人的損失の緩和につながる。

職業ごとに特定最低賃金を設定する場合、全国一律か都道府県に委ねるべきかといった論点も出てくる。それぞれの地域事情に応じた設定ができるよう、都道府県に委ねることが有効と考える。

全労働者に適用する最低賃金については、持続的な引き上げに生産性の向上が必要なのは言うまでもない。企業の規模ごとの労働分配率に着目すると、小規模な企業ほど労働分配率が高い傾向にある。この状態では、中小・零細企業の持続的な賃上げは難しい。M&Aを通じた規模の拡大で生産性を高めていくことが有効な選択肢である。

 

<参考資料>
令和5年3月15日 政労使の意見交換 | 総理の一日 | 首相官邸ホームページ
特定最低賃金について (厚生労働省)
令和4年賃金構造基本統計調査 結果の概況(厚生労働省) 

奥田 宏二 / Koji Okuda

主任研究員

大学卒業後、日本経済新聞社入社。東京編集局経済部の記者として、コーポレートガバナンス・コードの制定や働き方改革、全世代型社会保障改革などを取材。金融や社会保障分野を長く担当した。フィンテックのスタートアップ企業を経て、2023年1月にデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社し、DTFAインスティテュートに参画。

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