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経営者保証は創業、事業承継、事業再生の障害
まず経営者保証の功罪について整理しておきたい。経営者保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人となることを指す。
経営者保証には、確実に担保を得られるために金融機関の融資が円滑に行われるメリットがある。一方、企業が倒産して融資の返済ができなくなった場合は、経営者個人が企業に代わって返済することを求められる。
岸田政権が経営者保証を前提としない融資を推進するのは、いくつかの理由がある。施政方針演説では、スタートアップへの投資額10倍増を目指す目標を実現するために「創業時に、経営者保証に頼らない資金調達ができるよう、新たな信用保証制度を創設」することを強調していた。創業アイデアは卓越していても、資金を持たない起業家にとって経営者保証を求める融資姿勢が起業の壁になっている点を岸田首相は問題視した。
経営者保証を求める融資は、スタートアップ等の創業時融資に対する壁になっているだけではない。例えば事業承継時に経営者保証の承継まで求められ、後継者候補が事業承継に二の足を踏むケースもよく見られる。また、早期の事業再生が必要だと分かっていても、経営者個人の保証債務の履行を恐れて着手できずにいる場合が多い。
また、近年は、不動産等の有形資産を持たないが、技術力やブランド等の無形資産をその競争力の源泉として成長する企業が増えている。無形資産を主体とした経済成長を促進するためにも、無形資産の担保価値を十分に評価しない融資慣行には限界があることも指摘しておきたい。
経営者保証の代替策としての事業成長担保権
施政方針演説では、経営者保証の代替策として新しい信用保証制度の創設が表明されたが、それだけでは十分ではない。「事業成長担保権」で補完する必要がある。今後創設される新しい信用保証制度はあくまで公的信用保証の枠内から出るものではない。そのため、貸出限度額が低く、別途保証料を支払う必要があるなど限界も見えている。
金融庁としては、新しく創設する信用保証制度を補完するものとして、「事業成長担保権」を重視している。
実は金融庁は、数年前から、担保や保証を求めることなく、事業の内容や成長性に着目した事業性評価融資の浸透を図っている。ただ、現状、事業性評価融資への取り組み実績は金融機関によってまちまちである。そこで今回、事業性に主眼を置いた融資のインセンティブ付けを強化するため、海外で一般的だが、日本では確固とした制度がなかった事業全体への担保権の導入を決めた。
2月10日、金融審議会の「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」報告が公表された。この中で有形資産担保や経営者保証に頼らない融資を実現するために「事業全体に対する担保権」、すなわち「事業成長担保権(仮称)」を新たな担保とする融資が打ち出された。
事業成長担保権の浸透の要件
では、日本に経営者保証ではなく、事業成長担保権が根付くために、どんな要件が必要か三つポイントについて整理しておきたい。1)事業成長担保権の法的安定性、2)融資する側・される側の適応力、3)貸し出し金利水準の適正化――三つがポイントである。
一つ目のポイントである法的安定性とは、担保権の範囲を明確にすることだ。事業成長担保権の目的財産の範囲については、事業そのものを定義する案や、動産や債権のほか、契約上の地位、知的財産権、のれんなどを包括的に特定する案などがあった。ワーキング・グループの報告では、現行制度上も担保権の目的となる「総財産」を一体としてその目的とすることが適切と考えられるとされた。ここで言う、「総財産」とは、その企業の将来性や保有する技術やノウハウなど事業全体を担保とすることと定義づけられた。
事業全体に対する担保権となれば、担保目的財産については、範囲を明確化し、法的保証を与える必要がある。報告では、例えばのれんなどを担保権の対象に含めるためには、「事業活動から生まれる将来キャッシュフロー」も担保の目的とすることについて合意が得られる必要があるとされた。
ワーキング・グループでは、複数の事業を営む場合に、事業単位で担保権を設定すべきとの意見もあったが、事業ごとに資産を分類し担保目的財産を確定させるために課題が多く、今後の検討テーマとなった。
二つ目のポイントとして融資する側もされる側も時代に即した変化が必要だ。
事業成長担保を差し入れる企業側のガバナンス向上が必須である。高度なものが求められているわけではないが、事業者の適切な情報開示と透明性確保が大前提である。ガバナンス向上ができない企業だと、事業成長担保権の設定はできず、従来型の経営者保証制度に甘んじざるを得ない。
融資する金融機関側の新たな体制整備も求められる。ワーキング・グループの議論の中で、事業成長担保権に期待されている副産物として、金融機関がその企業の成長性を総合的に吟味する必要があるため「事業者と金融機関との関係が緊密になる」ことを挙げている。
それはメリットであると同時に、不動産や経営者保証の担保を取った場合にえてして融資先に対してチェックが甘くなりがちだが、事業成長担保による融資の場合は、その企業の成長性、生み出される将来キャッシュフロー等について常にウォッチしておく必要がある。
事業成長担保融資は、サービス業やデジタルが中心となった時代に即した担保制度であるため、金融機関にとっても新たな貸し出し先を開拓できることになる。ただし、新しいフロンティアを開拓するには、金融機関側の融資の眼を磨く必要がある。それは、デジタルに対する深い理解が求められるし、新しいビジネスモデルを理解し融資できる専門人材の採用や職員の専門性の向上が必要となる。金融機関の人材採用の方針を変えることにもつながるだろう。
三つ目のポイントは貸し出し金利水準の適正化だ。事業成長担保というアイデアをベースにしたデットファイナンスは日本でもベンチャーデット(金融機関に対して新株予約権を無償で付与する代わりに無担保で融資を受ける仕組み)やLBO(買収される側の信用力に依拠して資金調達して買収する手法)の形で実施されているものの、新株予約権付きで2桁の貸し出し金利など、経営者保証融資と比較して高金利である。
そのため、事業者は経営者保証を外すコストは相応に高いと意識する必要がある。他方、金融機関も無担保無保証のビジネスローンとは異なり有担保融資であることを理解し、担保価値に見合った金利水準に抑えるよう意識する必要がある。
上記三つのポイントが、事業成長担保権が市民権を得るための最低限の要件となるが、最後に事業成長担保権に対する懸念についても触れておきたい。
経営者保証外しが貸し渋りを招くとの懸念だ。不動産や経営者保証(つまり経営者の不動産など)は目に見える担保であるため、有形資産の担保さえあれば、金融機関側も安心して貸し出しができた。
無形資産担保については金融機関側も不慣れであること、実務上の課題など融資ルールが確立していないことから、貸し渋りに結びつくという懸念がある。
金融庁が急激な転換を金融機関に迫れば、そのような貸し渋りが各所で起きる可能性は高い。しかし、これまでのワーキング・グループの議論を踏まえれば、実務上のルールなど整備すべきことを着実にクリアしていく必要があり、長い目で転換を図るものと思われる。
金融庁としても、事業成長担保による実績を各金融機関に積み上げてもらうことに重点を置くものと見られる。一番怖いのは、事業成長担保融資があまり実行されず、実務面でのモデルケースが積み上がらないことだ。
事業成長担保融資は海外で既に成功を収めた融資モデルであることも付記しておきたい。もし、事業成長担保融資が絵に描いた餅に終われば、日本だけがガラパゴス化した融資姿勢を温存し、無形資産を武器とする成長戦略を描けなくなる。そのネガティブシナリオは避けたい。
参考文献・資料
金融審議会「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」報告(2023年2月10日)および同ワーキング・グループ提出資料