資材価格や人件費の高騰に加えて、生産性向上が重要テーマとなる建設業においては、競争力を確保するためのM&A活用の重要性がより一層高まる年となりそう。セルサイド・バイサイド双方にとってベスト・パートナーを見極める目利き力が重要に。

人手不足に悩む建設業においては、経営戦略の選択肢として、M&A(合併・買収)の重要性がより一層高まると考えられる。

注目すべき三つのポイントは、(1)2024年からの建設業における時間外労働上限規制への対処、(2)売り手側は、後継者対策だけでなく競争力確保の観点からも買い手を見極める必要が高まる、(3)買い手側は、相手先を見極めるための戦略・実行体制整備がより重要になる——である。

(1)2024年からの建設業における時間外労働上限規制への対処

建設業は20244月から、「働き方改革関連法」に基づく時間外労働の上限規制が適用される。特別な事情がない限り、時間外労働は月45時間・年360時間以内に制限され、違反した場合は刑事罰の対象になる。

業界では、これまで「建設現場で働く全ての人が確実に週二日の休日を確保する」(48閉所)を実現することを目標とした取り組みを進めている。実施率は上昇しているものの、残業の増加に悩む現状も存在している。

このため建設会社には、残業軽減に向けて業務の分業化や技術者・技能者の確保、生産性向上に向けたデジタル化推進のための取り組みといった経営課題への対処がより一層求められる。その対応力によって企業としての競争力に差が生じ得ると想定される。

(2)売り手:後継者対策だけでなく競争力確保の観点からの買い手見極め

中小企業基盤整備機構の事業承継・引継ぎ支援事業において、「全産業の成約件数」と「建設業の構成割合」から建設業の成約件数を概算すると、2019年度:131件、2020年度:183件、2021年度:185件となっている。後継者不足に悩む経営者の事業承継の受け皿として、M&Aは有効な手段となっていることが見て取れる。

今後は、前述の生産性向上に向けた経営課題を単独で対処することに限界を感じる建設会社も増加すると想定され、異業種を含む他社とのM&A・アライアンスに活路を見出す会社にとっては、買い手企業の実力の見極めが重要になると考えられる。

(3)買い手:自社戦略の明確化、相手先を見極めるための実行体制整備が重要になる

買い手企業となる建設会社にとっても、注力したいエリアや取引先、工種・技術領域の強化、新規事業への進出といった成長戦略の施策として、M&Aは重要な選択肢となっている。

魅力的な企業がM&Aの相手先に現れた場合は、複数の買い手企業が興味を示す入札案件となることも珍しくない。入札案件となると、短期間で投資判断の結論を出す必要があるため、人気案件となるとオファー水準が高額となり、将来的な減損リスクが高まる。

このため、買い手企業としては、M&A戦略(M&Aの目的・狙い)や相手先に提示できるメリット(シナジー)を整理すると共に、案件組成の際にスピード感をもって相手先の実力やリスクを見極める体制やプロセスを社内で整備し、いざという時の備えを万全にしておくことが重要となる。

(協力=DTFA産業機械・建設セクター・チーム)

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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