運輸産業では、大手運送会社によるM&A(合併・買収)が加速しそう。規模拡大による業務効率化とドライバー確保を狙う。海運・航空では、脱炭素技術、デジタルに対する投資が進むと見られる。

  

運送業界では新型コロナウイルス禍に伴うインターネット通販の拡大によって、大手運送会社が高い収益を上げた。一方、中小のトラック事業者の経営は厳しさを増した。過当競争に伴う運賃下落、燃料費高騰に加え、通販に対応した多品目・小口配送が重い負担になったためである。

海運業界では2017年に海運大手3社がコンテナ船事業を統合。コンテナ事業の効率が向上した上、コロナ禍により運賃が高騰し、3社の223月期連結業績は過去最高益を更新した。

航空業界では感染拡大によって旅客需要が急激に縮小し、大手航空会社の経営に打撃を与えた。一方、貨物航空会社の業績は物流運賃の高騰によって好調となった。

23年、最も注目すべき三つのポイントは、(1)ドライバー不足を背景とした陸運会社のM&A加速、(2)海運会社による脱炭素・事業多角化への投資、(3)航空会社による新事業創出が進むか——である。

(1)ドライバー不足を背景とした運送会社のM&A加速

運送業界では、収入の低下を背景としたドライバーの離職が問題となっており、大手運送会社がドライバー確保を目的とした中小企業の買収を進めている。244月にはドライバーの待遇改善を目的とした時間外労働時間の上限規制が強化される。人手不足が深刻になる可能性があり、大企業による同業買収は加速するかもしれない。

ドライバー不足に対応するため、大手運送会社はデジタル技術を用いた物流効率化にも意欲的だ。物流改革を目指したベンチャー企業のM&Aが注目である。荷主と運送事業者を仲介するデジタルサービスや需要予測システムなどが有力な投資先になるだろう。

(2)海運会社による脱炭素・事業多角化への投資

大手海運会社は直近の好業績によって資金を蓄えており、積極的な投資に向かうと見られる。投資の主要テーマは「脱炭素」と「事業多角化」となっている。

脱炭素では、国内外の規制強化の流れを受け、次世代クリーン燃料船の導入が主要な投資対象となる。環境負荷が低いLPG(液化石油ガス)燃料船の導入に続き、炭素排出ゼロのアンモニア・水素燃料船の開発と導入が進むか注目である。

脱炭素につながる手段として、航海を効率化するデジタル技術も期待されている。位置情報サービスやビッグデータ分析技術を狙い、ベンチャー企業に対する投資が加速する可能性がある。

事業多角化は、景気に左右されやすい海運ビジネス以外の収益源の開拓が狙いだ。有力な投資先は、安定的に収益を得やすい港湾サービス運営企業、魅力的な資産を保有する3PL(サードパーティー・ロジスティクス、物流の一括受託)企業などが挙げられる。また、エネルギー事業、不動産の取得に意欲的な海運会社もある。

(3)航空会社による新事業創出が進むか

大手航空会社は、収益源のビジネス旅客事業の需要がコロナ禍で落ち込み、完全な回復を見通せていない。大手航空会社は旅客需要の低迷を補うため、新事業の創出を試みている。マイレージと金融・物販の連携ビジネスやデジタル広告事業などの創出・拡大が検討されている。ただし、コロナによる業績悪化で投資資金は限られ、M&A実行のハードルは高い。

貨物航空会社は、デジタル領域のM&Aを通じた改革が進むか注目である。ITによって輸出入・物流手続きの効率化を支援する「デジタルフォワーダー」に対する関心は高く、投資や提携が進む可能性がある。

  • 中長期課題:脱炭素実現に向けた機材転換

運輸産業は、脱炭素経済への転換が重要な課題となっている。従来の自動車・船舶・航空機を脱炭素に対応した機材・燃料に切り替えていくため、長期にわたる巨額の投資を進めていかなければならない。

国際競争にさらされる運輸事業者にとって負担は重いため、政府も支援に向かい始めた。2022年末策定の脱炭素実現に向けた基本方針には、次世代の自動車と航空機、炭素排出ゼロ燃料船舶に対する10年間の投資支援の行程表が盛り込まれた。

官民連携の枠組みは固まった。今後は民間が投資・改革に乗り出すかが焦点となる。コロナ禍での物流混乱を経て海運会社などは潤沢な資金を確保している。余力がある間に機材転換を推進できるかが、脱炭素時代の競争力を左右することになる。

(協力=DTFA航空運輸・ホスピタリティ・サービスセクター・チーム)

江田 覚 / Satoru Kohda

編集長/主席研究員

時事通信社の記者、ワシントン特派員、編集委員として金融や経済外交、デジタル領域を取材した後、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。DTFAインスティテュート設立プロジェクトに参画。
産業構造の変化、技術政策を研究。

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