生損保100年ジレンマ、正面突破のススメ
目次
生命保険・損害保険のセクターにおいて、M&Aアドバイザリー等の支援を行っている。
ここ数年顕著なM&Aトレンドは大きく2つ。
- 海外における保険会社の買収
- 国内外でのテクノロジー企業への出資
前者は、現業の保険ビジネスを強化するため、後者は現業の枠を超える事業展開を目指したもの。健康寿命を延ばしたり、予防未病を支援したり、防災減災を支援したりする「保険ではないサービス」をデジタルで提供するための模索である。
その背景には、「人口減少やテクノロジーの急速な進展などこれまでにない大きな時代の変化に備えるために残された時間はそれほど長くない」という業界全体に低通する危機意識がある。人口が減れば生命保険加入者が減る。自動車登録台数も減るので損害保険加入者も減る。自動運転が実現して事故が減れば保険料が下がり保険料収入が減る。今は業績好調だが、10年後には下降トレンドが顕在化しているかもしれない。そうなってからでは遅い。今のうちに、海外保険市場に活路を求めたり、新しい事業領域を開拓したりと、これまでにはなかった挑戦が始まっているのである。
ただし、そこには深いジレンマがある。
イノベーションのジレンマ
保険業界には、創業から100年を超える歴史を誇る老舗企業が多い。明治以降の発展と成長の長い歴史において、保険会社が引き受けるリスクに大きな変化は少なく、経済社会において果たすべき役割ははっきりとしていて、商品・サービスをドラスティックに変えるのではなく、より大きなシェアを取って規模の経済を利かせることが重要な時代が続き、損害保険では様々な合従連衡を経て会社の統合が進み、ある意味非常に成功したビジネスモデルになっていたと考えられる。
そのため、これまでと変わらない生活様式、価値観、リスクであれば問題はなかったと思われるが、いまのような大きな環境の変化が起きる中で新しい商品・サービスの開発に取り組む場合、既存ビジネスモデルの存在が障害にもなっている。契約者保護、保険金支払い能力の担保という大原則を背負っているがためにリスクと失敗を取りづらいこともあり、たとえ経営トップが「失敗を恐れず挑戦を!」と旗を振っても会社の命運を左右するようなハイリスク・ハイリターンな挑戦はなかなかやりづらいのではないだろうか。
新規事業開発はベンチャー投資の世界でもよく言われる「1000に3つ」を覚悟してかからなければならないのだが、繰り出される手数はそれほど多くないのが現状ではないだろうか。アイデアを検討していく中で様々な観点から分析をしてしまうがゆえに、なかなか前に進めないというケースが少なくないようだ。
そんな中で突破口になるのではと期待されているのが、商社、プライベートエクイティ、ベンチャー業界など社外から招き入れたDX(デジタルトランスフォーメーション)や新規事業開発に長けたプロフェッショナル人材の活躍である。外の血(知)を入れることによって、保守的な企業文化に刺激を与え、チャレンジスピリッツを実行することが狙いである。ここ数年、各社が相次いで始めた取り組みであり、しっかり継続していくことによってそのインパクトはかなり大きなものになると思う。
ジャパンイノベーションを支える石橋たれ
ここまで、変わりたいのに変われないという保険業界が抱えるジレンマについて俯瞰させていただいたが、視点を大胆に変えると全く違う様相が見えてくる。私は、保険会社はかつてなかったほどエキサイティングな立ち位置にあると思っている。
少子高齢化による日本経済の縮退にどう対応するかが大きな課題になっている。あらゆる企業・産業においてイノベーションを起こし新たな価値創造を目指せと叫ばれている。イノベーションはチャレンジによって生まれる。チャレンジにはリスクが付きものである。リスクを軽減する仕組みを提供することによってチャレンジを促進することが、保険会社の本領である。日本経済はそのおかげで発展を遂げてきた。
「あなたがやろうとしているチャレンジにはリスクがあります。ほかにも同じようなチャレンジをしようとしている人たちがたくさんいます。私たちが皆さんのリスクを引き受ける仕組みを提供しますから、失敗を恐れず、思い切ってチャレンジしてください」
そんな支えがあるからこそ、「チャレンジしよう!」と奮起する人が増える。人口増の日本でも、人口減の日本でも同じではないか。
大仰な言い方だが、「21世紀のジャパンイノベーションを支える石橋」に保険会社はなれると信じているし、なってほしい。それは一世紀以上にわたって日本の成長と発展を支えてきた保険業の原点であり、これからの一世紀も続く矜持であると思う。立ちはだかる壁に対して、真正面からの突破をススメたい。
(構成=水野博泰・DTFAインスティテュート 編集長)