日本エンタメのグローバル化が焦眉の急に。論点は、「ローカライズ戦略」と「クリエイター・ファースト」の2つ。日本の成功モデルによって、新興国の人々の生活を豊かにするという高い志を持って取り組めば、大きな成果につながるのではないか。

「どうすれば、グローバル化できるか?」

「どうすれば、韓国エンタメ業界のように世界展開できるか?」

日本のメディア企業やエンターテイメント企業の方々と、最近こうしたテーマのディスカッションを多くする。背景には、米系ストリーミング配信サービスの急速な台頭、新型コロナウイルス禍による視聴者の行動変容(特にテレビからネットへのシフト)などによる危機感がある。海外プレーヤーが日本市場を独占していくのか、自分たちも海外に出るべきではないか、という問題意識が高まっている。

背中を押したのが、K-POPアイドルグループ『BTS』の米国での大成功、韓国ドラマ『イカゲーム』の世界的大ヒットなど。「言語」は必ずしもエンタメの壁ではないことが証明されたことで、日本勢の焦燥感が高まったように感じる。

これまで、一部を除く日本のメディア・エンタメ企業の多くが、収益の大半を日本国内での事業に頼ってきた。日本の市場はそれなりに大きいので、無理して海外に出なくても十分に儲けられた。だが、「日本人の、日本人による、日本人のためのメディア・エンタメ産業」という古き良き時代は、終わりつつある。

では、どうすれば良いのか――。私自身、明快な答えを持ち合わせているわけではない。ぜひ業界の皆さんと一緒に考えさせていただきたいと思っている。特に以下2つの論点について。

【論点①】 日本製コンテンツを海外に輸出する発想から離れて、仕組みやビジネスモデルを各国事情に合わせて移植するローカライズ戦略に転換すべきではないか。

【論点②】 クリエイター・ファーストこそがメディア・エンタメの王道。その点で世界の競合に後れを取っていないか、謙虚に再点検が必要なのではないだろうか。

海外エンタメを日本モデルで育てる

海外からはどう見えているのか?

最近、海外エンタメ企業の幹部とグローバル戦略についてディスカッションする機会があったので聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「日本は、エンタメでマネタイズすることがとても上手い。アニメなどのIP(知的財産)を巧みに活用して、ゲーム、グッズ、興行などに展開し、収益を最大化していくビジネスモデルは秀逸だ。しかし、それを他国で展開することはしない。Finished productsは売るが、仕組みの輸出には腰が引けている。だから、日本のエンタメ企業と組む気にならない」

日本企業と組まないのはグローバルで儲けられないからかと尋ねると、「いや、金じゃない、つまらないからだ」と答えた。これには衝撃を受けた。そのフレーズがずっと頭から離れず、もやもやしている。なぜ、日本の成功モデルを世界に展開しようとしないのか、あるいは、できないのか、その点についてしっかり議論すべき時だと感じた。

「日本のアニメは世界でウケているから良いではないか?!」と思う人もいるかもしれないが、非常にニッチであり、世界のエンタメ市場を俯瞰すると実はそれほどでもない。「日本のゲームは世界で強いではないか?」と思う人もいるかもしれないが、それは過去の話。「億ゲー」(プレー人口が1億人以上の大ヒットゲーム)のほとんどは今や米国系と中国系に占められている。日本で売れたモノなら海外でも売れるという発想から、いったん離れる必要がある。

これは、エンタメの地域性に関連している。音楽や映画では米国コンテンツの強さが際立って見えるが、各国のエンタメ市場を詳しく調べてみると、音楽については、販売ランキングの大半はローカルのアーティストや作品が占めている。エンタメビジネスが未成熟の新興国では、「映画はハリウッド」「音楽は米欧」「アニメは日本」というような外国モノ頼みの過渡期があるかもしれないが、経済が発展するにつれて各国ローカルのエンタメ産業が勃興していくのではないか。東南アジア諸国は、まさにそうしたタイミングにある。

日本のエンタメ企業は、ここにチャンスを見いだせないだろうか。日本での「成功モデル」をこうした新興国に輸出して、人々が心豊かに生活できるようなエンタメ環境をつくる。現地のクリエイターやアーティストを支援・育成し、エンタメ企業がしっかりと収益を得て持続できる仕組みをつくる。冒頭の業界関係者が思い描くグローバル化のイメージとは異なるかもしれないが、日本モデルのローカライズ戦略こそが日本エンタメが向かうべき方向性ではないかと思う。

クリエイター・ファーストで世界一位に

もう一つの論点は「クリエイター・ファースト」である。

米系ストリーミング企業は、日本市場でなぜ急成長できたのか――。その大きな要因が、クリエイターやアーティストを大切にする姿勢にあった。端的に言えば、良い作品を制作するために潤沢な予算を投じる。1年ほど前、あるクリエイターにヒアリングしたら、「企画を最初に持ち込むのは米系N社、次は米系A社。日本のテレビ局は最後、彼らはスポンサーを向いて仕事をしているから」という答えが返ってきた。そこに、この競争の主戦場を見たような気がした。

クリエイター・ファーストの姿勢、各国の文化と人々へのリスペクトで、日本エンタメ界は世界一だ――。そんなふうに言われるようになれば、日本エンタメのグローバル化は自ずと進んでいくのではないだろうか。

(構成=水野博泰・DTFAインスティテュート 編集長)

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー

狩野 満美 / Mami Kano

テクノロジー・メディア・通信統括
通信・メディア・エンターテイメント リード
テクノロジー・メディア・エンターテイメント・通信の領域を中心に、国内および海外の買収・売却・再編・アライアンス・スタートアップ投資案件に幅広く従事。M&Aを含む事業戦略、デューデリジェンス、PMIなど様々なフェーズにおけるプロジェクトを担当している。
デロイト トーマツ入社前は、大手監査法人にて、監査業務に従事した後、外資系事業会社等にてM&A案件を担当。


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