石油、化学、鉱業、金属といった重厚長大産業は、脱炭素の大潮流の中で大きな分岐点にある。しかし、多くの企業が互いに連関しながら一大産業を形成しているため、個社ベースの取り組みには限界もある。共通化することで効率アップできる分野での日本連合結成、大規模な公的投資による好循環の創出――。2つの提言。

◎ ベストシナリオ ◎

―日本が、脱炭素、クリーンエネルギー、カーボンニュートラルの先端・中核技術を押さえる。

―国内需要を喚起し、地産地消の態勢を確立し、雇用を創出する。

―国外では、先端・中核技術の輸出、供給網の要衝における生産・供給で収益を上げる。

✕ ワーストシナリオ 

 —脱炭素技術の国際競争力を喪失する。

 —海外から技術を輸入しなければ国内製造設備を作れない。

 —コスト競争力を失い、販売力が低下、輸入に依存せざるを得なくなる。

 —技術大国の地位から脱落し、雇用も失う。

戦後日本の成長を支えてきた石油、化学、鉱業、金属といった重厚長大産業は、運命の分かれ目にある。ここに挙げた2つのシナリオは両極端の想定ではあるが、今後の対応によっては悪い方に振れてもおかしくない。

その背景に「脱炭素」があることは想像に難くないであろう。大量の温室効果ガスを排出する重厚長大産業では、石油や天然ガスを主力とする生産・製造プロセスの大転換が迫られている。

だが、一朝一夕にはいかない。需給の変化を見据えながら、旧を生かしつつ、新に投資するという中長期にわたる転換を巧みに舵取りすることが必要である。特にこの分野はプラントなどへの投資金額が莫大であるため、世界の潮流を読み誤ったり、タイミングを間違えたりすると、取り返しのつかないダメージを負いかねないというリスクがある。

提案① 日本連合で大転換期を乗り切るべし

例えば、日本の高度経済成長を支えた石油化学コンビナート。日本には15カ所あるが、規模、採算性の面で新興国に太刀打ちできなくなっている。いかにダウンサイズしていくか、集約していくかが長きにわたる課題となっている。各社は努力を重ねているが、目に見える大きな成果にはつながっていない。

石油化学コンビナートでは、数十の企業がパイプラインでつながり、各社ごとの最終製品を作り出している。1社が抜ければ全体が機能しなくなってしまうこともあるため、個社の都合だけで簡単に抜けられるものではない。脱炭素の世界的プレッシャーの中で、儲けの薄い石油化学の汎用品については国内での製造比率を下げ、例えば石油、石炭からグリーン水素等を主力とするプラントへの転換に挑戦したいという意欲はあっても、その大転換は容易ではない。個社ごとの努力には明らかに限界がある。

そこで、「日本連合」によるトランジションを提案したい。業界内では様々な議論と努力がされてきたところだが、それを承知であえて進言する。将来性の薄い、GHG(温室効果ガス)を多く排出する事業については、業界各社がジョイントベンチャーを結成して共同運営型に移行し、需要の推移を見ながら徐々にフェードアウトさせていく。製造現場技術の伝承を図り、移行期においても事故を起こさないよう、最後まで供給者責任を果たしていく。縮小・撤退の痛みを共同運営で分かち合いながら、一方で今後の成長分野である先端的イノベーション領域には各社ごと、あるいは、新たな連携によって挑んでいくのである。

そうなってくると、ある程度(すべてではない)の生産・製造機能が国内に回帰することも考えられる。グリーン水素等を利用したカーボンフリーのマザー工場、パイロット工場を日本に建設し、そこで技術を徹底的に磨き上げる。その次世代技術やノウハウをシステム、プラントごと海外に売り込み、新たな輸出産業に育てていく。国内は「地産地消型」とし、輸送に伴う温暖化ガスの排出を発生させない仕組みとする。

脱炭素、地政学リスク、円安がこの流れを後押しする。千載一遇のチャンスである。1社で立ち向かうのではなく、連合を組むことで大きな変革を起こしていくべきである。産業のカタチを変えていけるかどうか――。日本の連携力が問われている。

提案② GX政府投資の大幅増額を呼び水に

脱炭素の流れを、新型コロナウイルス禍後の経済成長の原動力にする政策スローガンを、世界では「グリーンリカバリー」と呼ぶ。回復を超えて、社会や企業の在り方そのものを変革していこうという意味合いを強調した「グリーントランスフォーメーション(GX)」の方が、日本では馴染みがあるかもしれない。

ここで、日米欧の数字を比較してみたい。

  • EU(欧州委員会)が2020年に公表した新型コロナ後の総合経済対策基金7500億ユーロ(約100兆円)のうち、気候変動対策関連は約1800億ユーロ(25兆円)。
  • バイデン米大統領が2021年に打ち出したインフラ計画2兆ドル(約270兆円)のうち、6280億ドル(85兆円)が気候変動関連。
  • 菅前首相が2020年に「2050年カーボンニュートラル」を宣言。同年発表の「グリーン成長戦略」に盛り込まれた民間企業の環境投資促進のための研究開発基金は、水素を自動車だけでなく産業・運輸・業務・家庭を含めて社会実装することなどを謳い、まずは約2兆円が投入されることとなった。

桁が違う。

欧米のグリーンリカバリーが官民総力戦の様相を見せ始めている中、この投資額の違いについては問題提起をさせていただきたい。

先述したように、企業個社ベースでは大きな戦略転換に思い切って踏み切れない“お見合い”状態にある。グリーン水素等への転換をとっても、供給側は需要の立ち上がりが見込めなければ投資できない。需要側は供給システムが整わなければ購入に踏み切れない。産業利用の場合、生産プラント、貯蔵タンク、輸送船などを含め、サプライチェーン全体のインフラの大転換が必要になる。どこかで腹を決めないと、日本はずるずるとカーボンニュートラル後進国の道を辿りかねない。

この三すくみ、四すくみ、五すくみ状態を解消し、好循環に転じさせるためには、欧米並みの大規模な公的投資を呼び水とする必要があるのではないだろうか。

(構成=水野博泰・DTFAインスティテュート 編集長)

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー

松本 鉄矢 / Tetsuya Matsumoto

石油・化学/鉱業・金属リード
監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)の監査部門を経て、2005年にデロイト トーマツ FAS株式会社(現・デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)に入社。石油・化学/鉱業・金属セクターを中心にM&Aアドバイザリー業務に従事。デロイト トーマツ グループ(監査・コンサルティング・税務・法務を含む)の石油・化学/鉱業・金属セクターチームのリードパートナーも兼務。


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