100年かけて構築されてきた自動車産業のピラミッド構造が、大きく揺らいでいる。世界の誰かが作ったトレンドやルールの中で頑張るのか、トレンドやルールそのものを作って世界を先導していくのか――。日本の自動車産業にとって重大な選択が迫られている。

先日来日したある欧州系OEM(完成車メーカー)のゼネラルマネジャーが、こんなことを言った。

「数十年前の日本人は挑戦的でクリエイティブだった。優れた製品や魅力的なブランドを次々に世界に送り出した。時価総額が世界トップクラスのグローバル企業が何社もあった。しかし、その面影はすっかり薄れてしまい、日本人はさぞかし意気消沈していることだろうと想像していた。ところがだ。久しぶりに訪れてみると、日本の街はごく普通に動いている。日本人からハングリーさはなくなったが特に不都合はなさそうだ。企業はイノベーションを生み出せていないが、昔の成功体験に頼りながらなんとかやっている・・・。これで良いのか?」

複雑な心境だった。日本全体、そして日本の自動車産業が「コンフォートゾーン」(居心地の良い場所)から抜け出せないでいる、という鋭い指摘だったからだ。

100年ピラミッド」の不可逆的再構築

自動車産業では、頂点に立つOEMを多くのサプライヤー(部品製造メーカー)が支えるピラミッド構造が100年近い年月をかけて北米、欧州、日本で形成されてきた。特に日本では、OEMごとにサプライヤーが系列化されたため、OEMとサプライヤーは一蓮托生、運命共同体的な濃厚な関係性を築いた。

ところが、このピラミッド構造は欧米では既に崩れ始めているし、日本でもピラミッドの中にいれば安心・安全という状況ではなくなっている。ピラミッドそのものがある日崩壊してしまうかもしれない。もっと大きなピラミッドに吸収されてしまうかもしれない。異業種のピラミッドの一部に組み込まれてしまうかもしれない。食うか食われるか、下剋上だってあり得る戦国時代に入っている。

例えば、エンジンやトランスミッションなどの内燃機関系サプライヤーは、電動化が進めば進むほど需要が減るという死活問題に直面している。米国では既に、M&A(合併・買収)などによる合従連衡の動きが加速している。いわゆる「ラストマン・スタンディング戦略」で我慢に我慢を重ねた末に寡占的・独占的な地位を確立し、価格交渉力などで優位に立ち、生き延びようというわけだ。

クルマを買う側の動機も様変わりしつつある。これまでは、格好いいクルマを「所有する喜び」やハンドルを手に取って「運転する楽しさ」が中心にあったが、これからは「充電インフラなどの整備状況と利便性」「ネットサービスの充実度」などにシフトしていく。

必然的に売る側の戦略も変わる。OEMは何に知恵を絞り、どこに汗をかけばよいのか、根底から考え直さなければならない。自動車業界以外からの参入も相次ぎ、ピラミッドのカタチは変わりつつある。特にマーケティング、販売、流通、ディーラーシステムは、世界各地で新たなチャレンジが進行中である。

自動車産業「100年ピラミッド」の不可逆的な再構築がグローバルに加速しているのに、日本のプレーヤーはこのトレンドに対してどう動くつもりなのか見えてこない。なぜなのか?――。冒頭ゼネラルマネジャー氏の独白は、動かない日本勢に対する競合の立場からの素朴な疑問でもあった。

トレンドに踊らず、生み出す側に

確かに日本メーカーの動きは軽快・迅速とは言えない。先手先手で果敢に勝負を仕掛けているわけでもない。だが、だからと言って、「日本メーカーよ、自己変革せよ!」と叫ぶのはあまりにも現場が見えていない。100年はおろか500年に一度とも言われる大変革の時だからこそ、「トレンド=潮流」を見極め、狙いをしっかり定めてから撃つという慎重さも必要なのだ。もちろん、時機を失しない決断力と実行力を前提として。

もしトレンドの行方を読み誤れば、成功確率の低い戦略に札を張ることになりかねない。例えば、数年前まで自動車業界で引用された「CASE」というキーワードは最近めっきり聞かなくなっている。ドイツの大手OEM2016年に打ち出したコンセプトで、「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」「Shared & Services(シェアリングとサービス)」「Electric(電動化)」の頭文字を組み合わせた造語である。実際には、4つのキーワードには明らかな温度差が生じてきている。熱気が高まっているのは「電動化」くらいであり、そのほかは技術的な難しさや新型コロナウイルス禍の影響などによってムードは鎮静化している。トレンドはたった数年で大きく変わる。トレンドに踊らされてはいけない。

トレンドを誰がなぜ仕掛けているのか、という視点も不可欠だ。CASEのうち「電動化」がこれほど早く進むことを予測できた人は少ない。俯瞰すると、欧州が脱炭素のルールメイキングをひたすら主導し、電動化の流れを作った。中国は早くから追随し、米国と日本はやむなく後を追っている。次世代車としてハイブリッドや水素は許容できずEV(電気自動車)でなければならないとする欧州の主張には、クリーン、グリーンの大看板を掲げながら、先行する日本勢の強みを封じ込めようとする戦略性も見え隠れする。

私見だが、「Rule the World」(自分たちが世界のルールを決める)というマインドセットは、大航海時代から脈々と継承されてきた欧州人特有の気質だと感じることが多い。自動車産業も然り。新しいルールを定める責を負うのは欧州であって日本や米国ではない、という独特の自負であり、決意であり、戦略である。

つまり、今、世界の自動車産業で起きていることの本質は、「Rule the Beyond-Vehicle-World」(超クルマ時代を制する)の主導権争いである。現状では欧州が一歩リードだが、すべてが決したわけではない。日本勢にも巻き返しのチャンスはある。

ただし、一つ腹をくくらなければならないことがある。世界の誰かが作ったトレンドやルールの中で頑張るのか、トレンドやルールそのものを作って世界を先導していくのか――どちらを選ぶのかである。その決断のために残された猶予はそれほど長くない。

10年後、20年後、日本の自動車産業が「挑戦的」「クリエイティブ」「ハングリー」「イノベーティブ」といった言葉で描写される未来のために、その大きな選択についてぜひとも議論を深めさせていただきたい。

(構成=江田覚・DTFAインスティテュート 主任研究員)

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナー

渡邊 耕太郎 / Kotaro Watanabe

日本及びアジア太平洋地域における自動車セクターをリード。
銀行、大手証券会社を経て2009年に入社。約20年に亘り、製造業や金融機関によるM&A等、数多くのクロスボーダー案件を手掛けている。