日本の雇用と価値を支える中小企業の強靭化が大きな課題となっている。後継者不在による黒字廃業の危機が迫るが、本質的な課題解決のためには正しい手順を踏む必要がある。まずは経営者が自分の会社の真価について知ること。そして地元密着型士業のM&A学び足し。この二つが突破口を開く。

中小企業の経営者は、自社の良さ・強さに気づいていない――。

中小企業の事業承継をお手伝いさせていただき、多くの中小企業経営者の皆さんとお話するなかでたびたび感じることである。

とてもユニークで可能性がある会社なのになぜか経営者に自信がない。M&Aの話を持ち出しても「うちなんか、売れるわけがないよ」と謙遜するばかり。「宝の持ち腐れ」とは、日本の中小企業のことを言うのではないかと思う。

ごり押ししてもダメ。そうした独特の気質を理解してアプローチすることが、日本の中小企業を動かし、元気にしていくための鉄則である。

目から鱗の「社長×番頭」ワークショップ

中小企業経営者に聞けば、「自分の会社のことは自分が一番よく分かっている!」と言うだろう。ところが、私が仕掛けている「社長と番頭のワークショップ」に参加いただいた社長からは「目から鱗が落ちた」という驚きと喜びの声が聞こえてくる。

やっていることはとてもシンプル。中小企業の社長向けのワークショップに、番頭に相当する方(役員であったり部長であったり)を連れてきてもらう。外部環境(市場・競合)と内部環境(自社)の分析を通して自社のとるべき戦略を明らかにする「SWOT分析」「VRIO分析」に挑戦してもらうのだが、たいていの場合、社長が話し、番頭が聞いて書く。一日がかりで自分たちの会社を見つめ直してもらう。

何が起こるか。社長は頭の中に自分の“航海地図”、つまり経営ビジョンを描いている。意気揚々と自分の考えを言葉にして番頭に伝えようとする。受け止める番頭は社長が発した言葉を必死に解釈して分析フレームワークに落とし込んでいく。番頭の顔には「えっ、社長、そんなことを考えていたのか!?」という表情がありありと映る。

阿吽の呼吸で意思疎通しているイメージの社長と番頭でさえ、実は会社に対する考えや理解にズレがあることにそこで初めて気づく。すると、今度は聞き役だった番頭が話し始める。思っていたこと、考えていたことが、控えめながらも溢れ出してくる。そうするうちに社長と番頭の会社に対する思いが重なり合い、「では、この会社をこれからどうしていこうか」という話に自然と高まっていく。この時点で、視界はかなり広がっている。M&Aに及び腰だった社長が、それを選択肢の中に入れていたりする。その変化に、本人たちが一番驚き、喜ぶのである。

こんなふうに自分たちの会社を見つめ直してみることによって、もっともっと多くの中小企業に新たな一歩を踏み出してもらいたい。

士業の「M&A学び足し」を急げ

そして、己の強みと弱みを知った中小企業を支えるのは、地元の「士業」の皆さんだと私は確信している。弁護士、会計士、税理士、中小企業診断士、等々、これまでも中小企業を支えてきた専門家集団である。日本の中小企業を強靭化するためには「地産地消」によるアプローチが最も近道である。

中小企業庁の推計によれば、2025年までに約60万の中小企業が後継者不在で黒字廃業を迫られるという。儲かっているのに会社を畳まざるを得ない「黒字廃業」は、日本全体で生み出す付加価値の多くをみすみす喪失してしまいかねない深刻な課題だ。中小企業経営者の高齢化が進むなか、早急に対処しなければならない。

かつて事業承継と言えば親族承継、番頭(社員)承継が一般的だったが、様々な要因でうまく回らなくなっている。そこで注目されているのが「第三者承継」、すなわちM&A(企業の合併・買収)という手法である。中小企業庁も20216月に「中小MA推進計画」を策定したり、MAを契機に経営革新を進める企業を後押しするための「事業承継・引継ぎ補助金」を設けたりして、政策的に支援している。

しかし、なかなかスピードが上がっていない。一つには、中小企業の経営者がまだ自社の価値に気づいていないから。先述したように、自社の強み・弱みをしっかり認識することから始めなければならない。私は中小企業の社長、番頭、社員がひざ詰めで会社の将来について話し合ってみることを、ぜひともお勧めしたい。そんな運動を展開したい。

もう一つは、中小企業のM&Aを実務面から支える助っ人が足りない。M&Aの専門家を大都市圏から全国各地に送り込んで5万件、10万件という中小企業M&Aを成立させていくのは、数の面からも現実的ではない。かといって、地方の士業の皆さんに丸投げもできない。士業の皆さんは法律、会計、税務の専門家ではあるが、会社の売買に関する知識と経験が必ずしも十分ではないからだ。

解決策は、地方の士業の皆さんにM&Aの知識を身につけていただく「学び足し」を全力で推進すること。少し時間はかかるが膨大な数の黒字廃業を避けるためには、これが決め手になると思う。実際、我々が提供しているM&A講座への関心は非常に高く、手ごたえはある。「M&Aもできる士業」を育てる学び足しプロジェクトに対して政策的支援も期待したい。

士業の皆さんは独立心と挑戦心が旺盛で、正義感が強く、大義を目指して頑張っている。日本の中小企業の真価を次世代に繋ぎ、もっと強くなってもらうために、ぜひとも奮起をお願いしたい。

(構成=細田孝宏・DTFAインスティテュート客員研究員)

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 パートナー

熊谷 元裕 / Motohiro Kumagai

有限責任監査法人トーマツにて、法定監査・金融機関監査やIPO支援・J-SOX導入支援業務に従事した後、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に転籍。現在は製造業、小売業、ライフサイエンス分野等を中心にM&Aアドバイザリー業務・企業価値評価業務に従事。特に国内上場企業が当事者となるセルサイド、カーブアウト、組織再編等のストラクチャーディールにおいて多数の実績と知見を有しており、テクニカルかつウェットな案件を得意とする。また、事業承継・地域活性化に関する政策提言等を行う各種有識者検討会のメンバーにも名を連ねており、企業成長戦略における各種ソリューションを提供している。
(肩書はレポート発表時点のものです)

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