かつて日本経済が右肩上がりで成長していた頃、生産性向上・改善といった一点で、日本企業の経営と現場はつながっていた。低成長に転じた今、どうすれば日本企業の活力を取り戻せるのか。先を見通しにくい時代だからこそ逆に、経営者も社員も未来観、世界観をしっかり持ち、大局観を共有することが大切であり、一つの手法としてシナリオプランニングが活用できる――。DTFAインスティテュート 主席研究員の西村行功は提案する。

戦略コンサルタントとして企業変革に30年、そのうち25年ほど「シナリオプランニング」という手法に取り組んできた。シナリオプランニングとは、未来に何が起こるのかについて複数のシナリオを描き、どのような事態が起きても対応できるように備えておこうというものだ。

未来志向で企業経営を考えることは簡単ではない。未来ビジョン議論の失敗でよく見られるのは、「自社に都合の良い未来」だけを考え、うまくいかなかった場合に「時代がついて来なかった」などと環境のせいにするケース。もう一つは、議論が抽象的過ぎて現場が実行できず「絵にかいた餅」で終わるケースである。

組織のリーダーは、このような落とし穴を避けつつ、自分なりの未来観、世界観を持って導いていかねばならない。不確実性がますます高まる時代において、大局観なきリーダーシップでは目先の数字に踊らされるばかりで、まだ見えていない未来の成長軌道を見つけることは難しい。

経営×現場で、未来観をシンクロさせる

誤解されることもあるが、シナリオプランニングは未来予測ではない。夢のようなバラ色の未来ビジョンを描くことでもない。成長(明るい未来)とリスク(危うい未来)を両睨みしながら未来の分岐パターンを洗い出し、組織としてどの道を選ぶか、どのように備えるかを考えることである。

成長が止まっている組織には、得も言われぬ「停滞感」を漂っているケースが少なくない。そんな組織はたいてい自らの過去の強みや過去の成功体験に固執し過ぎている。それが縛り、重石になって新しいことにチャレンジしにくい空気をつくる。顧客や市場のニーズとのギャップがどんどん広がってしまう。

そこでシナリオプランニングの出番となる。自社の強みをどう活かすかという議論から離れ、客観的に「起こりうる未来」を議論する。過酷な未来の可能性もあえて直視する。そうなった場合、今の組織のままで耐えられるのか、突破できるのかを経営レベル、現場レベルで徹底的に考える。何が本物の強みで、何が足りていないのかに気づくことで、組織変革のコンセンサスが作られていく。

余談だが、1980年代まで多くの日本企業ではQCサークルとかワイガヤという活動が活発に行われていた。現場の社員が課題を共有し、改善策を話し合う。真剣な議論を通して情報の共有と意識の擦り合わせが行われた。それが、かつての日本企業の強さの源泉だった。経済全体が右肩上がりの時代である。現場レベルでの生産性向上努力が効果を生んだ。少なくともその一点では、日本企業の現場と経営はつながっていた。

現代は経済全体が右肩下がりの危機に直面している。外部環境が違うのだから、やり方を変えなければならない。

シナリオプランニングは、経営と現場の事業観をシンクロナイズ(同期)させるためのツールだと考えることもできる。「来年の予算をどう達成すべきか」といった近視眼的議論から離れ、「そもそもわが社を取り巻く環境は10年後、どのようになっている可能性があるのか」「そのような環境下でも勝ち残るためには、どのような変革を遂げなくてはならないか」といった哲学的とも思えるテーマを真剣に議論する場なのである。

それは、最近話題の「パーパス・ドリブン」といった新しい経営スタイルにもつながる。企業が社会に対してどのような価値を提供すべきかを明確にするためには、経営から現場までがベクトルの合った未来観、世界観を持つことが必要なのである。

シナリオ×中計で日本企業が変わる

シナリオプランニングで1015年後の未来シナリオを描くときのポイントは、「アウトサイドイン」の視点で考えること。まず一番外に外部環境があって、その内側に戦略があり、その内側に自社がある。「自社の今の強み」や「今やりたい戦略」はいったん横に置いて、まず「アウトサイド」を考えるのが正しい順序だ。

よく比較されるのが、35年で考える中期経営計画である。比較的短期で更新を繰り返す中計が日本企業の戦略を近視眼化・硬直化させる要因になったという辛口の見方もある。自社の強みをどう活かすかを優先し過ぎて、アウトサイドの深掘りがおろそかになってしまうケースが少なくないからだ。

では、中計はデメリットばかりかというとそんなことはない。35年という“見直しタイマー”がセットされていることは、戦略の見直しを当たり前化し、変化に対する抵抗を封じるために有効だからだ。

かといって、3~5年先のことしか考えないのでは、抜本的な変革ではなく微修正に終わってしまいがち。「手っ取り早く今の強みを生かそう」という理屈になって、インサイドアウト思考に戻ってしまう。それでは、自社の強みが生きる都合の良い未来しか視野に入ってこない。そんな負のスパイラルに陥ってしまうと、経営の視野はどんどん狭くなってしまう。

そこで提案である。

中計のスタイルは変えなくて良い。その上でシナリオプランニングを試しにやってみて未来戦略を描いてみよう。1015年先の「起こりうる未来」をまず議論する。不確実性が高い時代ゆえ、起こりうる未来も当然複数となるだろう。それらをバックキャスティングし、中計と連結させてみるのだ。

未来シナリオに沿って中計の戦略にも複数の選択肢があることに気づければ、効果は絶大だ。「都合の良い未来」「絵に描いた餅」の罠に陥ることを回避できるし、中計そのもの質も上がるはず。その過程で、経営と現場が未来観と世界観を共有し、長期と短期の時間軸で自社の在り方を議論できたとすれば、変革は自ずと進んでいくのではないだろうか。

(構成=水野博泰・DTFAインスティテュート編集長)

西村 行功 / Michinari Nishimura

主席研究員

事業会社にてマーケティング戦略および全社経営戦略の策定に従事した後、米ミシガン大学にて経営学修士(MBA)を取得。戦略コンサルティング会社などを経て、株式会社グリーンフィールド コンサルティング(GFC)を設立。長年にわたり、シナリオ・プランニング、中長期事業戦略、新規事業・新商品開発戦略、企業変革、人材育成などの分野を中心に活動するほか、大手企業の人材育成プログラム・戦略研修講師も務める。150以上のシナリオプランニングプロジェクト、100以上の戦略プロジェクトを経験。

2021年12月より、デロイト トーマツ ファイナンシャル アドバイザリー合同会社にGFCの事業を譲渡し、コーポレートイノベーションのパートナーに就任。

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