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サイバーセキュリティやプライバシーに関わる研究開発、イノベーション推進支援に携わっている。日進月歩の高度技術領域であり、企業や国家の機微・機密情報に関わる案件が少なくない。
だからこそ、日本企業の最先端テクノロジーへの向き合い方の現状がつぶさに見える。残念ながら、今は「守り」を固めることに手いっぱいで「攻め」の段階にまでは至っていない。
サイバー最前線で感じる挑戦への渇望
サイバーセキュリティやプライバシーは世界の経済安全保障に密接に関連している。紛争や戦争の裏側でサイバー攻撃が手段として使われてきた。特に欧米各国では、サイバーセキュリティやプライバシーに関する法制度やルールが先行的に検討・整備されてきた。
それが日本にも波及し、情報流通に大きな影響が出ている。例えば、個人情報の保護ルールがそれである。欧米基準に引っ張られるかたちで国内ルールが作られ、それらをいかに日本社会に適応・適合するかが課題になっている。公的機関も民間企業もなんとか乗り越えようと懸命に舵をとっているのだが、その様相は海外から押し寄せてきた「荒波」に飲み込まれ、翻弄されているかのようにも見える。
欧米の戦略は巧妙である。自分たち主導でルールを作り、新サービスや新ビジネスを他に先んじて打ち出し、新しい市場を創ってしまう。強引なやり方ではあるが、これは日本勢が避けることのできない現実的課題である。
では、日本勢は防戦一方で戦意まで喪失しているのかと言えば、必ずしもそうではない。
サイバーセキュリティの最前線で日本のイノベーターたちと日々接していると、強烈な「挑戦への渇望」を感じることが少なくない。
「新しい制度やルールを、制約・制限としてだけではなく、新たな事業機会を生み出すチャンスととらえて攻めに転じたい」
「日本が強みを持つ技術を掛け合わせてイノベーションを起こしたい」
「欧米型ルールを逆手にとって日本発ビッグビジネスを創出したい」
「情勢を冷静に分析し、先を読み、イノベーションによって突破口を探りたい」
「楽な戦いではないが、チャレンジスピリッツをもって前へ進みたい」
そんな声、そんな気概が、現場には溢れている。それは、私自身の思いでもある。
日本をイノベートするための私見3案
では、どうすれば良いのか。私見を述べたい。
第一に、企業の経営トップが技術と法律・制度を正しく理解することが最大の武器となる。
これからのイノベーションは、テクノロジーとルールの組み合わせによって社会実装されていく。テクノロジーで先手を取ってもルールに適応できなければ勝つことはできない。逆もまた然りである。日本はテクノロジーでは世界をリードする力を維持しているが、先述したようにルールメイキングに関してはまだまだ学ぶべきことが多い。経営トップが自ら学び、率先してムーブメントを起こしていくことが変化の呼び水になると考える。
第二に、研究開発アプローチを思い切って見直してみること。
今までの研究所像、研究者像の固定観念から離れて再設計してみるのはどうだろうか。研究のための研究から脱皮して、イノベーションを生み出し続ける新しい仕組みを日本企業らしいやり方で編み出せないだろうか。
特にイノベーションの最先端を走っている異才――天才肌で、好きなことにひたすらのめり込む、「ちょっと変わっているよね」と言われるような変人タイプ――が、自由闊達に活躍できる世界最高のイノベーションプレイスを創り出せれば、流れは変わる。突出した才能、突拍子もないアイデアを組織としていかに受け入れていくかは世界的なテーマになっている。今こそ、日本が思い切って先陣を切るべきだと考える。
第三に、長期視点かつ大胆なイノベーション戦略を練り、柔軟に書き換えること。
優れた技術を開発しても、国際標準を他社・他国主導で押さえられてしまうと旨味が少ない。逆に標準を押さえられれば、強みを発揮できる領域が格段に広がる。
例えば、携帯電話の通信規格5Gは海外勢主導が決定的となってから、日本勢は6G、あるいはさらにその先を見越した研究開発と標準化活動に力点を移している。
これはとても良い兆候である。ダイナミックなテクノロジー戦略は決して欧米の専売特許ではない。日本企業の変革の可能性を示唆している。
(構成=水野博泰・DTFAインスティテュート編集長、写真=世良武史)