世界が、そして日本が、大きな岐路に立っている。先行き不透明感が高まる中で日本の成長戦略を描き出すという難題が、日本の各界リーダーに突き付けられている。小手先、局所的、カタチだけの改善では日本のポテンシャルを毀損してしまう。「日本新創造」のカギは、マインドセットの大転換、一歩前に出るリーダーシップである――。DTFAインスティテュート所長の前田善宏が喝破する。

日本にはたくさんの強みがある。技術力はあるし、それを生み出す人材も優秀で、イノベーションに投じるべき資金もある。それぞれの要素は世界トップクラスだ。日本全体が一律で弱体化しているわけではない。

ただし、それらがうまく噛み合わず空回りしている。一つひとつ、一人ひとりは優秀でポテンシャルがあるのに、全体になるとギクシャクしてしまって前に進まない。今の日本は、総体として真の実力を発揮できていない。

変革のカギはマインドセットの転換

だから「変革」が必要だと言われている。

だが、すべてを変えれば良いというわけではない。「強いところをわざわざ弱体化させるな」と言いたい。残念ながら、間違った変革が多くの現場で行われている。

本当にやるべきことはただ一つ。それは私たち日本人の「マインドセット」を「事なかれ思考」から「リスクテイク思考」に大転換させるということだ。

私は長年、企業買収や企業再編の支援をしてきた。名だたる企業が次なる成長を目指して、合併、買収、統合にチャレンジするのを目の当たりにした。また、スマートシティに代表される地域の再生にも関わっている。地方のDX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進でも微力ながらお手伝いをしている。

そうした現実の世界での成功と失敗の分岐点は何か。私はそれがマインドセットだと強く感じている。リスクテイク思考に変わることは決して簡単なことではないが、マインドセットを変えればすべてが噛み合って前に進み始める。逆にマインドセットが変わらなければどんな変革も小手先に終わってしまう。

例えば、クルマの自動運転の実証実験。中国は前へ前へと進めているのに、日本では遅々として進まない。「自動運転システムがサイバー犯に乗っ取られたら?」「道路標識が認識できずに事故が起きたら、事故の責任は誰が負うのか?」「現行法上できない」「そもそも法律がない」――等々、ネガティブな想定が先に立ち、身動きが取れなくなってしまう。自動運転が社会システムとして定着すれば、渋滞が緩和され、高齢者でも外出が容易になり、交通事故で死亡する人が激減する、といった大きなメリットが期待されていても、目先のトラブルを回避することに懸命になり過ぎて、一歩も前に進めない。

課題を直視し、問題を未然に防ぐ努力は大切である。特に人命がかかわるような場合には慎重な検討が不可欠である。だが、「ネガティブなことが予測されるので見て見ぬふりをする」という事なかれ主義、逃避型の思考法からはイノベーション(新たな価値創造)は生まれてこない。イノベーション無くして経済や社会の発展は見込めないのにもかかわらずである。

ポジティブな側面をもっとしっかり見ていきたい。壁にぶつかったら逃避するのではなくて、「どうすれば乗り越えられるか?」と挑戦したい。誤謬なき完璧主義で自らをがんじがらめに縛るのではなく、足りないところは補い、間違いは正し、スピード感をもって改善していけば良い。こうした「アジャイル開発」の考え方は、既にソフトウエアやシステムの分野では広く実践されている。これを、日本人の思考法や日本社会の空気にまで拡張・浸透できれば、「日本新創造」の歯車は確かに回り始めるはずだ。

日本のリーダーたちよ、一歩前へ

政・官・産のリーダー層の皆さんには、このマインドセット転換を是非とも取り組んでいただきたい。お願いしたいことは、「一歩前へ」ということである。

日本は長く、海外の先進事例や成功事例に学び、倣い、日本の強みと融合させることでより精緻で洗練されたレベルに高めることを得意としてきた。

だが、「他国が始めたから日本もやる」「競合企業がやっているので当社も」という後追い発想ではトップには立てない。技術進歩のペースが加速し、実装規模が巨大化しているために、ルールメイキング(制度化・標準化)から市場開拓、利潤化のあらゆる段階で先行者絶対有利の傾向が顕著になってきているためだ。ライバルの動きをつぶさに分析する「ベンチマーク」は戦略立案の基本だが、誰かがやるまで待ち、二番煎じの意思決定をするためのベンチマークなら、逞しい競争力が生み出されることは期待薄だろう。

特に過去三十年というもの、日本は変化に対して臆病過ぎた。世界はどんどん変わっているのに、皆が皆、不安で不愉快な現実から目を背けてきたように見える。

「日本新創造」のためには、他に先んじていかなければならない。ありたい未来を大きく妄想し、リスクを見極め、大胆な戦略を構想し、メンバーの士気を高め、スピード感をもって挑戦し、泥臭く着実に具現化していく――。それは、まさに政治家、官僚、企業経営者など日本の各界リーダーに委ねられた世紀の大仕事である。

今こそ立てよ、そして一歩前へ。

(構成=水野博泰・DTFAインスティテュート編集長)

前田 善宏 / Yoshihiro Maeda

所長/主席研究員

デロイト トーマツ グループ 執行役CGO(Chief Growth Officer)

外資系コンサルティング会社、財務アドバイザリー会社を経て、現在のデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。電力、運輸、製造業をはじめとして多業種において、戦略、財務、M&A、再編等のアドバイザリー業務に従事。M&A・再編においては、事業性調査、シミュレーション、事業デューデリジェンス、オペレーショナルデューデリジェンス、持株会社化、PMI(企業統合・分割支援)を中心に、幅広く業務に従事。


この著者の記事一覧