サステナビリティ・気候変動(Sustainability & Climate)は、世界中の国家・企業・社会・個人に実効性のある変革を迫っている。デロイト トーマツでは、「Sustainability and Climate Initiative」(SCI)をグループ横断で組織し、様々な切り口からクライアントを支援できる体制を整えている。注目が高まる「ブルーエコノミー」をリードする前田 善宏は、「“ブルーエコノミー戦略特区アイランド”に海洋国家ニッポンの英知を結集してブルーイノベーションを起こそう」と提唱する。

Situation 海洋国家ニッポンの勝機到来

日本は極東アジアの小さな島国であり、国土(陸地)面積では世界61位に過ぎない。だが、領海+排他的経済水域(EEZ)では世界6位の海洋国家である。海洋は地球表層の約7割を占めている。これからの日本の新・成長戦略を描くにあたっては、海洋国家としての優位性を最大限生かすことがカギとなる。陸地において環境に優しく持続可能な経済発展を目指す「グリーンエコノミー」と、海洋を中心とする「ブルーエコノミー」は、相互に補完し、それぞれの領域の特性に合わせたイノベーションを加速することによって、大きな成果を産み出すだろう。

海洋には限りないポテンシャルがある。国連、欧州委員会、世界自然保護基金、世銀などの公開情報を基にモニター デロイトが整理したブルーエコノミーのカバーエリアには、以下のような様々な領域が含まれている。大きく、「既に確立された分野」とこれからの発展が見込まれる「新興・革新分野」に分類できる。

既成分野としては、漁業、養殖業、水産加工業、水産品の小売業などの「海洋生物資源」、石油・ガス、ミネラルなどの「海洋非生物資源」、海洋の安全を守る「安全保障」のほか、港湾サービス、造船・船舶修理、海上輸送、観光業などである。一方、新興・革新分野として注目されているものとしては、洋上風力、波力・潮力、浮体式太陽光などの「海洋再生可能エネルギー」、深海に眠る「海洋鉱物」、藻・海藻などを食品・燃料・化学品に活用する「ブルーバイオ」、通信や電力の「海底ケーブル」、海水を淡水化する「脱塩」、陸上・海洋において求められる様々な「廃棄物処理」などがある。

このように、「ブルーエコノミー市場」は多種多様な産業・市場に広がり、今後の開発ポテンシャルが極めて大きい。デロイト トーマツでは、これを地球規模のCSV事業フィールド」(CSVCreating Shared Value、共有価値の創造)と位置付け、「陸上」と「海洋」のそれぞれの特長を活かしながら経済的効果と社会的効果を最大化させる戦略を描いている。世界の人口増加、経済発展に伴い食糧、資源、交通、エネルギーなどへの需要はますます高まっていく。同時に、土壌、大気、海洋の汚染、生態系・生物多様性の破壊、温暖化ガスの排出による気候変動の加速といった地球規模の社会課題が深刻度を増していく。こうした地球規模の課題を解決するためには、陸と海の両面からの総合的アプローチが不可欠なのである。

取り組みの当初は「陸での不足を海で補完すべき領域」から始め、次第に「陸よりも海からの供給が有効な領域」へと進むことによって、つまり、陸と海の相互補完関係を構築していくプロセスを通してブルーエコノミー市場は大きく拡大していくだろう。

実例としては洋上風力発電がある。ゼロカーボンを目指す世界的要請に応えるかたちで、風力発電は陸上から海洋へと領域を広げている。現状では陸での不足を海で補完することに主眼が置かれているが、浮体式システムの技術革新が進めば陸よりも海からの供給が有効になり主役に躍り出るかもしれない。海洋は未開拓の領域であるだけに、「経済性や価値の変質」が加われば一気に市場性が拡大する期待がある。そして、海洋そのものが二酸化炭素の一大吸収源であり、地球規模の「サステナビリティーフィールド」であるとも言える。

モニター デロイトの推計によれば、ブルーエコノミー市場は、グローバルで2020年に270兆円規模だったところ、既に確立されている市場の成長と今後創出される新興市場とにより、2030年には500兆円規模に倍増し、関連する雇用者数は1億人規模に拡大する見込みである。ただし、この推計には、DX(デジタルトランスフォーメーション)などによる各産業領域の生産性向上や、TNFDTaskforce on Nature-related financial Disclosures、自然関連財務情報開示タスクフォース)対応を含めたネイチャーポジティブ経済の進展に伴って派生する環境関連の新技術やイノベーションの効果が入っていない。それらを加味した市場成長ポテンシャルはより巨大なものになり得る。

今後、ブルーエコノミー市場を巡るグローバル競争は激化するとみられる。海洋国家ニッポンとして、ブルーエコノミーをサステナブル&クライメートの主戦場、すなわち新たな経済成長ドライバーと位置付けて、戦略的な取り組みを急ぐ必要がある。海洋国家ニッポンにとって21世紀の成長へと導く大勝機の到来である。

Focus 「沖縄」をアジア・ブルー経済圏の中核拠点に

では、日本のブルーエコノミー戦略は、どのような考え方で組み立てていくべきだろうか――。具体的に以下三つのポイントを提案したい。

提案① アジア・世界からのカネ(投資)、ヒト(高度人材)、モノ(技術)を集積させる中核拠点を設けるべきである。日本からアジア・世界への逆投資の機能も担う。

提案② 最重点領域を絞り込み、限られたリソースを戦略的に投入することによって、スピーディーに大きなインパクトを生み出すべきである。

提案③ アジア各国の産学官プレイヤーを招致・誘致し、次世代型の国際連携プロジェクトモデルの確立を目指すべきである。

提案① 「沖縄」をブルーエコノミー戦略特区アイランドに

ブルーエコノミーは、非常に広範にわたるテーマだけに小さくまとまっていては世界のチャレンジャーに太刀打ちできない。大胆かつ挑戦的に取り組むべきだ。そこで、ブルーエコノミーを国家戦略として強力に推進するための一大集積拠点として、「ブルーエコノミー国家戦略特区アイランド」の創設を提案したい。

その「場」に、国内外の高度人材(企業、研究者・技術者・起業家)を招き入れる。その活動に対する投資マネーを呼び込み、アジアのブルーエコノミー・ファイナンス拠点を構築。その体制を基盤として、世界が直面するサステナブル課題(食料、エネルギー、気候変動、海洋環境)の解決にインパクトフルに貢献していく。その最有力候補地として「沖縄」を推す。三つの理由がある。

(1)沖縄の海洋学的・地経学的・地政学的なポジションの優位性

沖縄県は、東西約1,000キロメートル、南北約400キロメートルに及ぶ海域に、54の指定離島を含めた多数の島々が点在する広大な海洋島しょ圏である。その海域の範囲は本州の3分の2に匹敵する。海洋学的な観点からブルーエコノミー戦略特区の要件を十二分に満たしている。

また、沖縄は海洋を隔ててアジア各国と密につながっている。地理的な近さだけでなく、経済、文化、歴史の面でも近接性が高い。アジア海洋圏の中心に位置するという地経学的な強みがある。

地政学的な観点からは懸念材料もあるが、対峙・対決の姿勢だけでは緊張をエスカレートさせてしまいかねない。日本がアジアと向き合う最前線の沖縄の地に、アジア各国と手を取り合いアジア・ブルーエコノミー経済圏を築き上げていくための「協働の場」を設けることは、日本の「ソフトパワー」の拡充という観点からも大きな意義があるのではないだろうか。

(2)『新・沖縄21世紀ビジョン基本計画』の先進性

沖縄県は20225月に、「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画(沖縄振興計画)」を決定している。これは、令和4年度(2022年度)から令和13年度(2031年度)の10年間にわたる沖縄振興計画の最新版であり、基本施策の一つに、「持続可能な海洋共生社会の構築」を掲げ、海洋島しょ圏としてのSDGsへの貢献、ブルーエコノミーの先導的な展開を目指すとしている。豊かな海洋資源を活用した新産業創出が大きな目標として掲げられている。

地元行政がブルーエコノミーに対して前向きに取り組んでいることは、アジア圏プロジェクトへと大きく育てていくうえで重要な必要条件である。沖縄が構築してきた基盤と先進性を活かしつつ、そこに国や民間企業、ベンチャー、研究機関のチカラを結集することができれば目覚ましいスタートダッシュを切れるはずだ。

(3)国際的・学際的イノベーション拠点「OIST」という成功

アカデミズムの分野でも沖縄には強みがある。沖縄科学技術大学院大学(OIST : Okinawa Institute of Science and Technology)という国際的・学際的イノベーション拠点を創り出したという成功体験である。

OISTは2011年に創立されたばかりだが、質の高い論文の割合が高い研究機関ランキング『Nature Index』(シュプリンガー・ネイチャー社)の2019年版で世界第9位にランキングされ、一躍、大きな注目を集めた。これは東京大学の40位を大きく上回る日本トップランクである。OISTは、神経科学、数学・計算科学、化学、分子・細胞・発生生物学、環境・生態学、物理学、海洋科学に大別される7分野で学際的な研究を行っている。学内公用語は英語、世界50カ国以上から教育・学生が集う。「OIST Innovation」と銘打ち、産学連携のイノベーション創出にも力を注いでいる。

OISTで成功したイノベーション創出モデルと構築された基盤を応用・活用すれば、「沖縄・ブルーエコノミー戦略特区」を最速で立ち上げることができるだろう。

提案② 「養殖」「海藻」「深海」を三大重点テーマに

限られたリソースを戦略的に投入することが、スピーディーかつ大きなインパクト創出につながる。広範なブルーエコノミー分野から戦略的重点領域を絞り込むためには、地球環境と社会経済の持続可能性という基準に照らして選抜するのが適切ではないだろうか。優先度が特に高いキーワードとしては、食料、エネルギー、気候変動、海洋環境などが挙げられる。

こうした考え方に基づき、具体的に三つの重点テーマを選ぶならば、「養殖」「海藻」「深海」を私案として提示したい。

養殖」と「海藻」は、数年から10年のスパンで成果を期待できる短中期テーマである。気候変動による陸上農産物の生産量・品質の低下や海水温上昇などによる漁獲量・魚介類養殖量の減少への対策として、“養殖イノベーション”は農林水産業支援だけでなく食糧安全保障の観点からも喫緊の課題である。一方の海藻は、(1)光合成によってCO2を吸収・貯留する「ブルーカーボン生態系」としての役割、(2)バイオ燃料をはじめとする「ブルーバイオ原燃料」としての役割、(3)昆布類を中心とする「食糧」としての役割、(4)魚介類の生育環境となる「漁礁」としての役割――など、多様な価値を提供する海洋資源として期待が高まっている。“海藻イノベーション”もまた対応を急ぐ必要がある。

既に、様々な国・地域でプロジェクトが立ち上がり、世界市場を目指した競争が始まっている。「沖縄ブルーエコノミー戦略特区」はアジア圏における「知の集積」と「横断的連携」を加速させるインキュベーション・プレースを目指したい。

もう一つの「深海」は宇宙にも似た未知のフロンティアであり、数十年の時間軸で取り組まなければならない長期テーマである。すぐに大きな成果が得られるわけではないが、海洋国家ニッポンの矜持を持ってチェレンジし、次世代で花開かせたいドリーム領域でもある。

特に、日本近海には大量のメタンハイドレートが埋蔵されている。メタンは石油や石炭に比べて燃焼した際のCO2排出量が半分程度であり、地球温暖化対策として有効と考えられている。2050年ネットゼロに向けた国産代替エネルギー源としての期待は大きく、商用化に向けた試行錯誤が続けられている。また、海洋鉱物資源として海底熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、マンガン団塊、レアアース泥などの開拓が進められている。

こうした海底資源開発を、まずは日本で先行させ、そのノウハウを海外のプロジェクトに展開して新たな商機とする――。そうした大局観をもって取り組みたい。リソースを分散させずに腰を据えて取り組み、海外との連携を進めるためにも、ベースとなる永続的拠点が必要である。それが、沖縄ブルーエコノミー戦略特区が果たすべきもう一つの役割である。

提案③ 次世代型の国際連携プロジェクトモデルに

ブルーエコノミーを日本の次なる成長産業とするために、ブルーエコノミー国家戦略特区はこれまでの“特区”の枠組みを超える斬新なスキームを組み立てたい。「日本の特区」の発想を超えた「アジアの特区」への挑戦である。

一般的に、特区の優遇措置、企業誘致の優遇策には以下のようなものがある。

  • 規制の特例措置
     ・参入障壁の緩和・撤廃
     ・業法の緩和
     ・流通、輸出入に関する優遇(関税ほか)
  • 税制上の優遇
     ・法人税・地方税・事業税・固定資産税等の減免
     ・各種税額控除
  • 投資促進
     ・投資資金に対する優遇(事業投資、金融投資、寄付資金、等)
     ・土地・施設・設備の好条件での提供
  • 各種の補助金

こうした優遇策の制度設計については、アジア各国の状況を精査したうえで「世界水準」を目指すべきである。また、次のような観点を含めた総合的なプロジェクト設計が不可欠である。

  • 県・市町村(自治体)と各省庁(国)の連携と運営の体制整備
  • 人の往来増に備えた、住宅・教育・交通インフラの整備。特にハブ空港の拡充
  • アジア圏の大学・研究機関と企業(スタートアップ含む)の連携促進
  • アジア各国政府との連携ネットワークの構築。年次総会などの場での進捗確認と修正
  • ブルーエコノミー企業間の国境を超えたM&A(合併・買収)の促進
  • ブルーエコノミー金融市場の創設を目指した制度設計
  • リモート協業のためのネットワーク環境やセキュリティ体制の整備
  • 研究成果・知的財産権の共有・案分、事業収益の配分に関するルール形成
  • 新事業(スタートアップ含む)の創出を促すエコシステムの構築とリスク対策
  • アジア市場・グローバル市場へのアクセス確保

最初は小さくアジャイルに始めるとしても、究極的には日本の国運とアジアの未来を賭けた世紀のプロジェクトに発展する可能性が大いにある。また、ブルーエコノミーの領域は、大きく「海の一次産業(食・水)」「海の二次産業(バイオ)」「海の三次産業(エネルギー・資源・輸送)」と分類できるが、まだまだ未開拓の分野が多く、ポテンシャルは無限に広がっていると言ってよいだろう。

日本が全ての分野で世界をリードできるとは限らない。世界との連携を大前提として日本がどのようなリーダーシップを発揮・貢献できるかを考える時が来ている。

Commitment 沖縄ブルーエコノミー研究会の設立に向け検討開始

ブルーエコノミー市場のソリューション創出において、デロイト トーマツ グループは、以下の5原則を踏まえて推進する。

(1)世界的な社会課題や社会要請への着目
(2)サステナビリティの推進
(3)デジタルを中心としたテクノロジー活用
(4)異業種連携のエコシステム形成
(5)政策・ルール形成によるデファクトポジション形成

事業の成果と方向性、ネイチャーポジティブへの対応と方向性を合わせ、資本市場に対して開示することも重要である。単に情報を開示するだけではなく、新たな投資を呼び込み、事業価値・企業価値を向上させる戦略的開示でなければならない。

そこで、沖縄振興および国際連携の観点も含め総合的・国際的にプロジェクトを推進するため、ブルーエコノミー専門の調査研究会を沖縄に開設する検討に入る。国内外ステークホルダーが集うオープンイノベーション拠点として、また、デロイトグローバルの知見を結集する先端リサーチセンターとして、ブルーエコノミー領域における日本のリードポジション形成に貢献していく。

ブルーエコノミー市場の成長ポテンシャルの具体化とサステナビリティ社会の実現を同時に追求し、もって我が国産業・企業の新たな成長を促進する。経済価値と環境価値を両立させる「日本発・ブルー経済圏」をアジアに創出していく。

 

調査=高柳良和 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネージングディレクター
構成=水野博泰 DTFAインスティテュート 主席研究員

前田 善宏 / Yoshihiro Maeda

所長/主席研究員

デロイト トーマツ グループ 執行役CGO(Chief Growth Officer)

外資系コンサルティング会社、財務アドバイザリー会社を経て、現在のデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。電力、運輸、製造業をはじめとして多業種において、戦略、財務、M&A、再編等のアドバイザリー業務に従事。M&A・再編においては、事業性調査、シミュレーション、事業デューデリジェンス、オペレーショナルデューデリジェンス、持株会社化、PMI(企業統合・分割支援)を中心に、幅広く業務に従事。


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